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《第5章》シュゼンハイド王国
第5話:英雄カイオス
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第5話:英雄カイオス
同時刻。リズがゼオラの腕のなかで甘い吐息を繰り返しているあいだに、フォンフェンの森は海の色に染まっていた。
原因は高い樹の上。
四方に伸びる枝に立ち、身を潜ませた群青兎の毛が反射しているせい。
その中央。波紋に広がる中心には白い兎。
何万年と年輪を重ねた聖樹ンシャラヴィカに出来た広場は、集まった戦士たちの視線を受けて、異様な静寂をみせていた。
「エデンが完成した」
ルオラの声が静寂に別の波紋を広げていく。
『あの忌まわしい毒薬が完成したというのか』
『なんということだ』
『十四年前の恨み、忘れた日はない』
『人間どもめ。今こそ、我ら戦士の力にひれ伏すとき』
そうだそうだと声は徐々に大きく、森を泳いで揺らめいている。今日は晴れた空ではない。ところどころ陽光が差し込む雲の切れ間はあるものの、全体的には曇天。灰色に厚みを増していく湿気は、そのうち雨を降らせるつもりかもしれない。
「リヒドに対して故意に盛られた意図はなにか」
凪げば美しい海の青も、暗雲が立ち込めれば濁流に変わる。すべてを飲み込む激しさを伴って、シュゼンハイド王国に雪崩れ込むのは何も難しいことではない。
ルオラがたった一言『行け』と命じれば、狂乱兎=戦士たちはその爪と牙で人間狩りを楽しむだろう。
「ひとつは、王家による反獣亜人勢力の失脚。もうひとつは、リヒドの抹殺?」
『まさか、我々をお疑いなのですか!?』
『あの惨状を知っていながら人間に手を貸す同志はおりません』
『王よ。なぜ、そのようなお考えを』
「うん。リヒドをよく思ってない子、いるよね?」
ざわめきが止まり、ルオラの追求に表情筋が凍り付く。黄金色の瞳は群青の海のなかで唯一の白を誇り、道標のように立っているのだから仕方がない。
「何度も言ってるけど、リヒドは僕の花が望んでる。リズ様を泣かせるなら、ここにいる全員殺すよ」
冗談ではなく本気。雲の切れ間から現れた光を浴びる神々しさは、天使ではなく悪魔に宿されたのか。
「僕が王であることを許せないなら直接かかっておいで」
男女関係なく吐息をこぼすほどの美しさでルオラは微笑む。けれど、安直にルオラの内輪に入れば、頭と胴体は一瞬で離れるだろう恐ろしさもまとっていた。
「近く、戦士は全軍でフォンフェンの森のみならず、シュゼンハイド王国を守ることになる」
ざわめきはない。嵐の前の静けさを思わせる静寂が、ルオラの声に耳を傾けている。
それを了承と受け取ったルオラは再度、首都シェインに戻るために聖樹ンシャラヴィカの幹を蹴った。
フォンフェンの森は広い。世界地図ではシュゼンハイド王国に組み込まれているが、実質、その森で暮らしているのは群青兎=ブルーラビットと呼ばれる獣亜人だけ。かつて、人はその森を手に入れようとして足を踏み入れた。けれど、その試みが成功したことはない。
樹齢何千、何万年の年輪を刻む大木たちは栄養豊富な実をつける反面、人間では到底登れない高さ以上に枝を生やし、磁場や方向感覚を狂わせる独特の周波数を放つ。地上を覆う草木は毒草や食動植物もあり、とてもじゃないが自給自足は難しい。凶悪な肉食獣も多数の生息が確認されている。神々の時代から受け継がれている生きた古代遺跡。その過酷な環境から、世界はフォンフェンの森を第一種危険地帯と銘打っている。
その森を泳ぐように駆けていたルオラの耳が不審な音を拾ったのは、聖樹ンシャラヴィカを離れて間もなくの頃。
『誰なの。隠れてないで、出ておいでよ』
群青兎がその耳で捉えられる音の範囲は個体差による。ルオラの発する独特の鳴き声が二十五本先にある樹の根元に向けられたとはいえ、それを「隠れている」と断言するのは群青兎らしいといえば兎らしい。
『相変わらず、可愛げのないガキだな』
二十五本の樹の距離を一瞬で駆け抜けて蹴りを繰り出したルオラは、その的を目視して初めて、表情に変化をみせた。
『カイオス!?』
間一髪。ルオラの足は目標を蹴り殺す前に失速し、森の大樹を反動にして地面に足を降ろす。真白の尻尾が優美に振れ、黄金色の瞳に輝きが増していた。
「生きてたんだ」
「久しいな、息災か?」
「僕に殺気を向けながら言う台詞じゃなくない?」
「好きだろ、こういうの」
カイオスの声にルオラの顔が可愛く微笑む。聞き間違いじゃなければ「うん。大好き」と返答したはずの愛らしい姿は、白線の雷となって交戦を開始しているのだから見間違いじゃないかと疑いたくもなる。
ルオラと戦うのは群青色をした両手足と尻尾、そして長い耳。よく知る戦士と違うところは黄金色の瞳を失い、両眼に深い傷が刻まれているということ。かつて戦士たちの頂点に立っていた男は八年前、人間にその目を与えたことで、永久追放されたはずだった。
それがなぜ、今になってフォンフェンの森に姿を現したのか。
「ちょっと。その武器、どこで手に入れたの?」
ルオラは可愛い顔にかすった銃弾の音が、はるか後方の樹にめり込む音を聞いて、目の前の男に愚痴を吐き出す。
「ああ、これか」と、獣亜人の大きな手でも扱えるように特注に作らせた銃は、カイオスの左右両手からルオラに銃口を向けている。群青兎は高い戦闘能力を誇るゆえに、攻撃のほとんどを身体能力だけに頼るイキモノ。現に、ルオラは蹴り技だけでカイオスに対抗していた。それがどういうわけか、かつて群青兎の長とまで言われた男は美しい群青色の足で飛び回りながらその銃撃を止めない。
「飛び道具に頼るなんて、戦士の誇りはどうしたのさ」
「森を出た身だ。誇りも何もないだろう」
両眼を失った戦士とは思えない動きでカイオスはルオラに攻撃を仕掛けてくる。それも人間が愛用する銃と名のつく武器と共に。その姿にルオラが苛立ちを抱かないわけがない。
「そうやってすぐに頭に血がのぼるところ、変わってないな」
眼球を黒く染め、黄金色の満月が欠けて逆さ三日月に変わるのをカイオスは笑いながら眺めていた。いや、実際に眺めているのかは定かではない。それでも獣亜人であることに変わりない以上、視覚情報よりも聴覚で感じるものがあるのかもしれない。
「エデンを喰らったそうじゃないか」
「僕じゃなくて、リヒドがね。年取って、耳が遠くなったんじゃない?」
瞬間。フォンフェンの森は地響きを鳴らし、ルオラの下にカイオスを埋めて勝敗を決めていた。
「・・っ、容赦ないな。生きてるんだろ?」
「当たり前でしょ。僕がリズ様を泣かせるわけないじゃん」
殺すつもりでかかって死なないところは、さすがカイオスと言わざるを得ない。特注品はどこまでも特注なのか、重ねる形でルオラの足を受け止めた銃は変形もせずにカイオスの体を守っていた。
「っていうか、カイオス。何しにきたの?」
絶対零度の声で見下ろす風格は王そのもの。真白の容姿を可愛いと褒めるのは、ルオラが意図してそう見せる相手だけだろうと本能で悟る。それが誰かは容易に想像がつくだけに、カイオスは身体を起こしながら降参の音を奏でていた。
「我が王に土産を」
「みやげ?」
ルオラの声が胡散臭いものを見るように歪んだのはいうまでもない。
「まあ、いいや。くれるっていうならもらってあげる」
聞く姿勢に変わったルオラの気配に、カイオスも銃をしまって話す姿勢を整える。とはいえ、ここは群青兎が縄張りにするフォンフェンの森。秘密が守られる場所ではない。
「では、どうぞこちらへ」
かしこまったカイオスの態度に、ルオラの唇が好奇に揺らめく。新しいものはキライじゃない。けれど、ついていったその先でルオラは明らかに落胆した息と共に「来るんじゃなかった」と吐き出した。
「僕たちが成人するまでの主食じゃん」
フォンフェンの森では割と目にすることのできる肉厚の植物。鋭利なトゲのある丸い青紫の葉が密集している植物の名前は「エイル草」。薄暗い場所に生息し、根がないからかどこにでも生える。千切れば赤い血のような果汁を吹き出し、繊維のある果肉の歯ごたえは悪くない。
美味しい、不味いの二択に属さない独特な風味があり、何より生で食べられる。
群青兎のオスは成人するまでの一定期間を樹の下で暮らす。その際、狩りの必要がない栄養価の高いエイル草は主食として重宝していた。
「十四年前、フォンフェンの森にイザハ帝国の連中が来たのはエイル草を手に入れるためだ」
「あー、僕たちがリズ様と会うきっかけになった日ね」
「フォンフェンの森にしか生えないエイル草は群青兎=ブルーラビット以外が口にすれば数秒で死ぬ毒草だって知っているか?」
「馬鹿にしてる。あの頃、リズ様が口にしないようにどれだけ神経をすり減らしたか知ってるくせに」
大体、食べたくないと全力で拒否したにも関わらず、否応なく口に突っ込んできたのはカイオス本人。食事をしないわけにもいかず、何年も神経をすり減らしながら森と城を行き来する生活を送ってきた。
獣亜人と人間は似ていて非なる生物。それは自分達が一番よく知っている。
「エイル草が狙いっていうのはわかったけど、何のために。これ、僕たち以外の種族はたとえ獣亜人でも身体が受けつけないでしょ」
「人間の考えることだ。獣亜人の中でも高度の戦闘力を誇る群青兎の力の源を手に入れようとしたのさ」
「まさか、エイル草がエデンの」
「どうです。よい土産でしょう」
「植物だけで人間が獣亜人になるとでもいうの?」
「行方不明のもの、殺されたもの、我らの血肉は糧となり。世の中には残酷を好む奇怪な実験狂いがいるとだけ」
カイオスの音に嘘はない。むしろ面白がっている声と心底不快に思っている声が混ざっているあたり、ルオラの心境と大差ないだろう。
「あー、もう。面倒くさい、だから人間はキライなんだよ」
耳を動かすことすらやめて、ルオラは尻尾の力を抜く。だらんと垂れたその後ろ姿は、王の威厳を忘れて今すぐ別のことを楽しみたいと訴えている。
「無性にリズ様に会いたくなってきた」
「愛する花が人間だと苦労するな」
「リズ様が僕だけを欲しいって望めば、すぐにでも叶えてあげるのにね」
「それはそれで血の雨が降る」
「好きでしょ、そういうの」
向けられた笑顔になんと応えるべきか。仮に、花が血の雨で咲いたとして、それを嬉しく思うのはルオラくらいだろう。狂乱兎の異名を持つ獣亜人の王らしく、花が望めば、どんな環境にでも世界を変えてしまえる力を持っている。
「ルオラ」
その呼びかけに耳を動かしたルオラは、次いで飛んできた小さなガラス瓶を手にして尻尾を揺らす。中身は血のように赤い液体。
「じゃあ、カイオス。僕はもう帰るから」
「ああ」
情報を得た兎が帰る場所はひとつしかない。
それは花が眠る首都シェインの屋敷。カイオスを置いてフォンフェンの森をたったルオラは、その日の深夜、風にはためくシーツが揺れる屋敷に足を降ろした。
・・・・《第5章》シュゼンハイド王国 Fin.
同時刻。リズがゼオラの腕のなかで甘い吐息を繰り返しているあいだに、フォンフェンの森は海の色に染まっていた。
原因は高い樹の上。
四方に伸びる枝に立ち、身を潜ませた群青兎の毛が反射しているせい。
その中央。波紋に広がる中心には白い兎。
何万年と年輪を重ねた聖樹ンシャラヴィカに出来た広場は、集まった戦士たちの視線を受けて、異様な静寂をみせていた。
「エデンが完成した」
ルオラの声が静寂に別の波紋を広げていく。
『あの忌まわしい毒薬が完成したというのか』
『なんということだ』
『十四年前の恨み、忘れた日はない』
『人間どもめ。今こそ、我ら戦士の力にひれ伏すとき』
そうだそうだと声は徐々に大きく、森を泳いで揺らめいている。今日は晴れた空ではない。ところどころ陽光が差し込む雲の切れ間はあるものの、全体的には曇天。灰色に厚みを増していく湿気は、そのうち雨を降らせるつもりかもしれない。
「リヒドに対して故意に盛られた意図はなにか」
凪げば美しい海の青も、暗雲が立ち込めれば濁流に変わる。すべてを飲み込む激しさを伴って、シュゼンハイド王国に雪崩れ込むのは何も難しいことではない。
ルオラがたった一言『行け』と命じれば、狂乱兎=戦士たちはその爪と牙で人間狩りを楽しむだろう。
「ひとつは、王家による反獣亜人勢力の失脚。もうひとつは、リヒドの抹殺?」
『まさか、我々をお疑いなのですか!?』
『あの惨状を知っていながら人間に手を貸す同志はおりません』
『王よ。なぜ、そのようなお考えを』
「うん。リヒドをよく思ってない子、いるよね?」
ざわめきが止まり、ルオラの追求に表情筋が凍り付く。黄金色の瞳は群青の海のなかで唯一の白を誇り、道標のように立っているのだから仕方がない。
「何度も言ってるけど、リヒドは僕の花が望んでる。リズ様を泣かせるなら、ここにいる全員殺すよ」
冗談ではなく本気。雲の切れ間から現れた光を浴びる神々しさは、天使ではなく悪魔に宿されたのか。
「僕が王であることを許せないなら直接かかっておいで」
男女関係なく吐息をこぼすほどの美しさでルオラは微笑む。けれど、安直にルオラの内輪に入れば、頭と胴体は一瞬で離れるだろう恐ろしさもまとっていた。
「近く、戦士は全軍でフォンフェンの森のみならず、シュゼンハイド王国を守ることになる」
ざわめきはない。嵐の前の静けさを思わせる静寂が、ルオラの声に耳を傾けている。
それを了承と受け取ったルオラは再度、首都シェインに戻るために聖樹ンシャラヴィカの幹を蹴った。
フォンフェンの森は広い。世界地図ではシュゼンハイド王国に組み込まれているが、実質、その森で暮らしているのは群青兎=ブルーラビットと呼ばれる獣亜人だけ。かつて、人はその森を手に入れようとして足を踏み入れた。けれど、その試みが成功したことはない。
樹齢何千、何万年の年輪を刻む大木たちは栄養豊富な実をつける反面、人間では到底登れない高さ以上に枝を生やし、磁場や方向感覚を狂わせる独特の周波数を放つ。地上を覆う草木は毒草や食動植物もあり、とてもじゃないが自給自足は難しい。凶悪な肉食獣も多数の生息が確認されている。神々の時代から受け継がれている生きた古代遺跡。その過酷な環境から、世界はフォンフェンの森を第一種危険地帯と銘打っている。
その森を泳ぐように駆けていたルオラの耳が不審な音を拾ったのは、聖樹ンシャラヴィカを離れて間もなくの頃。
『誰なの。隠れてないで、出ておいでよ』
群青兎がその耳で捉えられる音の範囲は個体差による。ルオラの発する独特の鳴き声が二十五本先にある樹の根元に向けられたとはいえ、それを「隠れている」と断言するのは群青兎らしいといえば兎らしい。
『相変わらず、可愛げのないガキだな』
二十五本の樹の距離を一瞬で駆け抜けて蹴りを繰り出したルオラは、その的を目視して初めて、表情に変化をみせた。
『カイオス!?』
間一髪。ルオラの足は目標を蹴り殺す前に失速し、森の大樹を反動にして地面に足を降ろす。真白の尻尾が優美に振れ、黄金色の瞳に輝きが増していた。
「生きてたんだ」
「久しいな、息災か?」
「僕に殺気を向けながら言う台詞じゃなくない?」
「好きだろ、こういうの」
カイオスの声にルオラの顔が可愛く微笑む。聞き間違いじゃなければ「うん。大好き」と返答したはずの愛らしい姿は、白線の雷となって交戦を開始しているのだから見間違いじゃないかと疑いたくもなる。
ルオラと戦うのは群青色をした両手足と尻尾、そして長い耳。よく知る戦士と違うところは黄金色の瞳を失い、両眼に深い傷が刻まれているということ。かつて戦士たちの頂点に立っていた男は八年前、人間にその目を与えたことで、永久追放されたはずだった。
それがなぜ、今になってフォンフェンの森に姿を現したのか。
「ちょっと。その武器、どこで手に入れたの?」
ルオラは可愛い顔にかすった銃弾の音が、はるか後方の樹にめり込む音を聞いて、目の前の男に愚痴を吐き出す。
「ああ、これか」と、獣亜人の大きな手でも扱えるように特注に作らせた銃は、カイオスの左右両手からルオラに銃口を向けている。群青兎は高い戦闘能力を誇るゆえに、攻撃のほとんどを身体能力だけに頼るイキモノ。現に、ルオラは蹴り技だけでカイオスに対抗していた。それがどういうわけか、かつて群青兎の長とまで言われた男は美しい群青色の足で飛び回りながらその銃撃を止めない。
「飛び道具に頼るなんて、戦士の誇りはどうしたのさ」
「森を出た身だ。誇りも何もないだろう」
両眼を失った戦士とは思えない動きでカイオスはルオラに攻撃を仕掛けてくる。それも人間が愛用する銃と名のつく武器と共に。その姿にルオラが苛立ちを抱かないわけがない。
「そうやってすぐに頭に血がのぼるところ、変わってないな」
眼球を黒く染め、黄金色の満月が欠けて逆さ三日月に変わるのをカイオスは笑いながら眺めていた。いや、実際に眺めているのかは定かではない。それでも獣亜人であることに変わりない以上、視覚情報よりも聴覚で感じるものがあるのかもしれない。
「エデンを喰らったそうじゃないか」
「僕じゃなくて、リヒドがね。年取って、耳が遠くなったんじゃない?」
瞬間。フォンフェンの森は地響きを鳴らし、ルオラの下にカイオスを埋めて勝敗を決めていた。
「・・っ、容赦ないな。生きてるんだろ?」
「当たり前でしょ。僕がリズ様を泣かせるわけないじゃん」
殺すつもりでかかって死なないところは、さすがカイオスと言わざるを得ない。特注品はどこまでも特注なのか、重ねる形でルオラの足を受け止めた銃は変形もせずにカイオスの体を守っていた。
「っていうか、カイオス。何しにきたの?」
絶対零度の声で見下ろす風格は王そのもの。真白の容姿を可愛いと褒めるのは、ルオラが意図してそう見せる相手だけだろうと本能で悟る。それが誰かは容易に想像がつくだけに、カイオスは身体を起こしながら降参の音を奏でていた。
「我が王に土産を」
「みやげ?」
ルオラの声が胡散臭いものを見るように歪んだのはいうまでもない。
「まあ、いいや。くれるっていうならもらってあげる」
聞く姿勢に変わったルオラの気配に、カイオスも銃をしまって話す姿勢を整える。とはいえ、ここは群青兎が縄張りにするフォンフェンの森。秘密が守られる場所ではない。
「では、どうぞこちらへ」
かしこまったカイオスの態度に、ルオラの唇が好奇に揺らめく。新しいものはキライじゃない。けれど、ついていったその先でルオラは明らかに落胆した息と共に「来るんじゃなかった」と吐き出した。
「僕たちが成人するまでの主食じゃん」
フォンフェンの森では割と目にすることのできる肉厚の植物。鋭利なトゲのある丸い青紫の葉が密集している植物の名前は「エイル草」。薄暗い場所に生息し、根がないからかどこにでも生える。千切れば赤い血のような果汁を吹き出し、繊維のある果肉の歯ごたえは悪くない。
美味しい、不味いの二択に属さない独特な風味があり、何より生で食べられる。
群青兎のオスは成人するまでの一定期間を樹の下で暮らす。その際、狩りの必要がない栄養価の高いエイル草は主食として重宝していた。
「十四年前、フォンフェンの森にイザハ帝国の連中が来たのはエイル草を手に入れるためだ」
「あー、僕たちがリズ様と会うきっかけになった日ね」
「フォンフェンの森にしか生えないエイル草は群青兎=ブルーラビット以外が口にすれば数秒で死ぬ毒草だって知っているか?」
「馬鹿にしてる。あの頃、リズ様が口にしないようにどれだけ神経をすり減らしたか知ってるくせに」
大体、食べたくないと全力で拒否したにも関わらず、否応なく口に突っ込んできたのはカイオス本人。食事をしないわけにもいかず、何年も神経をすり減らしながら森と城を行き来する生活を送ってきた。
獣亜人と人間は似ていて非なる生物。それは自分達が一番よく知っている。
「エイル草が狙いっていうのはわかったけど、何のために。これ、僕たち以外の種族はたとえ獣亜人でも身体が受けつけないでしょ」
「人間の考えることだ。獣亜人の中でも高度の戦闘力を誇る群青兎の力の源を手に入れようとしたのさ」
「まさか、エイル草がエデンの」
「どうです。よい土産でしょう」
「植物だけで人間が獣亜人になるとでもいうの?」
「行方不明のもの、殺されたもの、我らの血肉は糧となり。世の中には残酷を好む奇怪な実験狂いがいるとだけ」
カイオスの音に嘘はない。むしろ面白がっている声と心底不快に思っている声が混ざっているあたり、ルオラの心境と大差ないだろう。
「あー、もう。面倒くさい、だから人間はキライなんだよ」
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「無性にリズ様に会いたくなってきた」
「愛する花が人間だと苦労するな」
「リズ様が僕だけを欲しいって望めば、すぐにでも叶えてあげるのにね」
「それはそれで血の雨が降る」
「好きでしょ、そういうの」
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「ルオラ」
その呼びかけに耳を動かしたルオラは、次いで飛んできた小さなガラス瓶を手にして尻尾を揺らす。中身は血のように赤い液体。
「じゃあ、カイオス。僕はもう帰るから」
「ああ」
情報を得た兎が帰る場所はひとつしかない。
それは花が眠る首都シェインの屋敷。カイオスを置いてフォンフェンの森をたったルオラは、その日の深夜、風にはためくシーツが揺れる屋敷に足を降ろした。
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