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第18話 内緒の電話(後編)

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冷めた戒の視線が、心境を探り当てるように胸に深く突き刺さって、ゾワゾワと背筋を泡立たせた。


「あはは。戒の方が優羽を怯えさせてんじゃん。」

「そんなことありませんよ。ただ、そうですね。優羽がいつもより多目に涙を流すことになるだけです。」

「ッ?!」


にこりと笑った戒に見惚れる暇はない。
再び指を喉の奥まで差し込んできた陸に視線を戻して、優羽は悟る。


「よかったねぇ、優羽───」 


至近距離で覗き込むように笑う陸の瞳が細く変わっていた。


「───もしもの話で。」

「ゴホッゴホッあぁりッぐ」


後頭部まで押さえつけられて、喉の奥まで指で犯されるとどうなるのか。
陸の膝にまたがったまま苦しさに悶え、よだれだけでなく涙が勝手に溢れ出てきて止まらない。
酸素不足に脳が働くことを否定して、力が上手く入らない身体が助けを求めるように暴れ始める。


「喉の奥でも感じるようになれるって優羽はもう知ってるよね?」


陸の調教する指は止まらない。
止めてもらえるはずがなかった。
だってこれは、陸が考えた新しい"お仕置き"の仕方───


「アッアぁがっえぁ~っ~かはっ」


───苦しさの向こう側に見えるのは、たしかな快楽への入り口。陸の肩を持つ指先に力が入る。かなり爪が食い込んでいるのに、冬服に身を包んでいる陸は平気そうな顔をして笑っている。


「陸、あまり優羽を苛めないで下さい。」

「ッゴホッゴホ」


戒に助けられるとは思ってなかったが、優羽は酸素の戻ってきた視界の中で陸の手首を押さえる戒の姿を見つけた。


「ちょっと、邪魔しないでくれる?」


すわった陸の低音が木枯らしと一緒に駆け抜けていく。思わず身震いするほどの陸の圧力に、優羽は慌てて戒に大丈夫だと目で訴えた。


「ッ?!」


ペロッとほほに伝う涙を掬い上げるように戒が舌を這わせてくる。
味わうように近づいてきた顔は、その綺麗な長い睫毛の先端を見せつけるように優羽の顔から離れていった。


「優羽の涙がやっぱり一番美味しいですね。」


一人納得してうなずく戒に、優羽の顔が再び赤く染まっていく。
無駄に整っている二つの顔を至近距離で眺めるには、心臓がいくつあっても足りなかった。


「ねぇ、優羽?」

「っなっ何、りっアッ?!」


戒の手から解放されたらしい陸の腕が抱きつくように腰に手を回ってくる。そのまま胸に擦りあわせるようにして、陸の顔も埋もれてきた。


「僕にも聞いて?」


ニコッと見上げてくる顔のなんと可愛いこと。


「なっ何を?」


思わず裏声になりながら、優羽は陸の腕から抜け出すように体をひねるが、こう言うときばかり、陸の力はやたらと強いことを忘れていた。


「もしも優羽が涼と電話していたら、ですか?」


すっかり冗談だと思っている戒が、思いつかずに奮闘している優羽の姿を見つめながら提案する。


「そう、それそれ。僕はね──」


抱き締めてくる腕の強さに、思わずゴクリと喉が鳴った。


「───ぐちゃぐちゃにしてあげる。」

「ッ?!」


ガタンっとイスが倒れ、陸に反転させられた体に悲鳴をあげながら、優羽はテラスの縁に設けられた手すりを慌てて掴む。


「ちょっと陸、乱暴ですよ。」


追いかけてきた戒が珍しく驚いたように陸を注意したが、事の真相を知る陸の怒りは止まらない。


「だったら戒はそこで見てなよ。」

「ヒゥッ?!」


勢いよくめくりあげられたワンピースに、冷たさを増した秋空の冷気が一気にかけ上がってくる。けれど、その乱暴さがどこか心地いいほど、優羽の身体は熱く火照っていた。


「ほら、優羽。お尻あげてくれないと僕のが入らないよ?」

「あっや…アァ…陸っ~りく」


あげてもあげなくても、下着をおろされて強制的に埋まってくる陸の怒りに優羽は手すりを持ちながら身体をのけぞらせる。


「ヤッ…あぁ…戒みなっ~ッで」


挿入される針型に感じて震える姿なんて見られたくない。
まして、庭のテラスで半裸状態のまま犯されるなんて、理性が警戒心を緩められるわけもなかった。


「優羽、しめすぎ。」

「あぁっ…あ…無理アァ」


根本まで深く差し込まれる陸のモノに、手すりを掴む手に力がこもる。
家の中とは違う、外の解放感が精神を混乱させて集中力が散漫していた。


「そんなに声出してたら隣近所に全部聞こえちゃうよ?」

「ッ?!」


血の気が引いていく音はきっとこういう時に聞こえるのだろう。


「ッん…ンンっ~ぁ…ぁん」


パンパンと、腰を打ち付けて来る陸の振動に負けないように、優羽は必死に声を圧し殺す。
隣近所は見ないほど遠いし、顔すら知らないが、ここは外。防音が行き届いた家の中ではない以上、どこで誰に聞かれるかわからない。


「優羽、どうしたんですか?」


しゃがみこんで顔を覗いてきた戒が、優羽の髪にその手を伸ばして、指先で耳のあたりを愛しそうになぞった。


「優羽、いまビクッてしたでしょ?」


繋がる陸に、その心境は隠せない。


「ヒゥ~ッ……ぁ…くァッ」

「見られて感じちゃうなんて優羽も変態だね。」

「ッ?!」


悔しかった。
こんな屈辱的に犯されながら、それでも感じてしまう自分の身体が恨めしい。


「今日は一段と可愛いですよ。優羽。」

「~~~~ッく」


息を吹き掛けるように喋る戒のせいにしなければ、この込み上げてくる快感を認めてしまうことになる。
外で犯されて、お仕置きと言う名前を喜ぶ変態だと認めてしまうのだけは避けて通りたいが、心のどこかでそれは無理なことだとわかっていた。

だって、こんなに気持ちいい。

内壁を擦りあげる陸の形も、囁く戒の吐息も、肌を冷やす外気も全部が揺れている。茜から濃紺になり始めた空の匂いが変わっていく。
鼻を抜けるほど寒い風は、熱く沸き立つ身体を冷やして絶頂を与える前に過ぎ去っていった。


「我慢してる顔もそそりますよ。」

「ンッぁ戒…ちが…っ」

「こーらー。優羽、今ココに入ってるの誰?」

「アァッぁあありっ陸ッ陸ぅあ」


遊ぶように緩い律動を繰り返していた陸が、角度を変えて突き上げてくる。
声を殺して快楽に耐えていた優羽は、その激しさに耐えきれずにガクガクと膝を震わせながら、その感情を吐き出した。


「ィヤァあぁあっ止まっ陸──」


檻にしがみつく猛獣のように優羽は手すりに掴む手を前後に震わせながら、高く弓なりに体をしならせる。


「───イクッいくぅあぁッぁアァ」


声が木々の間を吹き抜けていく。


「陸ッああぁごめんなさッヤァぁ」


本当に奥の奥まで突き上げてくるその動きは止まる気配さえ見せずに、最奥の入口を何度も突き破ろうと迫ってくる。目の前がチカチカして、一度イッた身体は、止まることなく悦な声を優羽に叫ばせていた。


「ヤだァっ…ッ…あぁ…陸」


見上げた空に月が上っている。
明るく欠けた月までも凌辱に見下ろしているようで、溢れ出してくる蜜がポタポタと足にかかるのがわかった。


「そんなところで何やってるのかな?」

「ヒッ、あきッ?!」


いつの間に帰ってきたのかはわからない。困ったように笑う晶が、立ち上がった戒に出迎えられるようにして、近づいてくる。


「ナニしてるんだよ。」


見てわかるでしょとニコヤカに答える陸とは違い、目を見開いて腰をふる優羽は何とも言えない顔をしていた。
恥ずかしさだけではない。
何か気まずいことでもあるのか、隠し事をするように顔を背けたのが何よりの証拠。


「優羽がまた何かやらかした?」


穏やかな口調も晶が口にすると全然違って聞こえてくる。


「わかりません。たぶん、陸の悪い癖だと思うんですけど。」

「そう。」


月を背後に疑るような目で見てくる視線すら気持ちいいと感じるのはどうかしているのだろうか。


「ねぇ、消した着信履歴。僕、戻せる方法知ってるんだ。」

「ッ?!」


悪魔の囁きは、腰を折って優羽の背中に陸の胸が重なる場所から聞こえてきた。
途端に、今までの律動が嘘のようにやむ。

嘘発見器につながれた被験者はきっとこんな気持ちに違いない。


「アッアァも、陸ッゆるしッア」


目の前の晶と戒にはバレたくないだけに、優羽は青ざめた顔でうつむきながら、背後の陸に懇願した。


「なんでもし…ッます…願い…陸」

「じゃあ、今晩は僕だけにちょうだいね。」

「りッ?!」


今もさんざん独占しているくせに、今晩の契約まで身体に刻み込んでくる陸の下で優羽は敗北に泣く。
さわさわとしなる庭の紅い葉が、落ちて月明かりに黒く照らされていた。

───────────

すっかり冷えた身体は、家の中に入ってからでも震えっぱなしだった。
あのあとすぐに陸との約束の証を中に注ぎ込まれると同時に、竜がワインをもって帰宅し、次いで幸彦も頃合いを見図るように帰って来た。
長い長いティータイムの残骸は、晶と戒が片付けてくれたらしい。


「ったく、若けぇからってさかってんじゃねぇよ。」

「えー。違うもん。僕のせいじゃないしぃ。」


夕食の席で、輝が批判的な態度で陸をしかっている。


「じゃあ、誰のせいだってんだよ。」

「優羽がいけないんだよ。」

「はぁ?」


意味がわからないと輝の声が響くが、あながち間違ってもいないだけに、優羽は身を小さくして事のなりゆきを見守っていた。
触らぬ神に祟りなし。
こういう時は飛び火が自分に絶対に来ないように、細心の注意を払っていなければならない。


「ああ、優羽。」

「えっ、なっなな何?!」


突然の幸彦の呼び掛けに、優羽は面白いほど挙動不審に狼狽える。
落ち着きをなくした優羽の態度に、探るような視線が集まっていた。


「涼から電話がきただろう?」

「ッ?!」


どうしてそれを知っているのか。
優羽の表情と陸の態度で一瞬にして全てを悟った家族の視線が痛いほどに突き刺さる。


「おや、図星かな。」


クスッと笑った幸彦に、優羽はパクパクと声にならない叫び声をあげた。まさかとは思うが、そのまさからしい。


「かまをかけたんですか?」

「なんや、ほな陸との約束は今晩は守らんでえーんやんか。」

「そんなのひどいよ!」

「ひどくねぇよ、っざけんな。」

「優羽の態度に何かあると思っていたけど、そういうことだったとはね。」


交互に飛び交う会話に心が乱れていく。


「素直が一番だよ。」


にこりと笑った恐怖の大魔王から、この日ほど逃げ出したいと思った日はなかった。

───────────
─────────
───────

頭が割れそうなほど痛い。
天気のいい昼下がりを何気なく過ごしていただけなのに、ふと気になって電話をかけたせいでこの様だ。


「はっ」


頭を押さえながらこぼれた自嘲の息に、彼は眼鏡を投げ捨てるように床に叩きつけた。
刹那、カシャンとレンズが粉々に砕け散る。


「くそっ。」


どうしてこんなことになっているのか、誰かにきちんと説明をしてもらいたかった。
あの日から少しずつ明確になってきた不可解な感情は、今や身体中から溢れ出していくように止まることを知らない。

初めは単なる好奇心だと思っていた。
こき使われて働き続ける憂さ晴らしに、彼らの大事なものを奪ってやろうと、本当にただそれだけで誘拐を企てた。けれど、待っていたのは共犯者の裏切りと、自分への嫌悪感と後悔に悩まされる日々だけ。
会社の製品を使用して犯罪行為に身を染めた自分を彼らは決して許さない。


「ッ」


また吐き気がして、彼はシンクにもたれ掛かるように突っ伏した。
胃袋には何も入っていない。
吐き出せるだけ吐いたせいで、嗚咽だけが込み上げて口からこぼれ落ちていく。


「これじゃまるで悪阻(ツワリ)だな。」


悪態付いていなければ正常が保てそうにない。
彼、室伏涼二は手の甲で口許をぬぐいながら、その蛇口をひねった。

勢いよく水が流れていく。


「くそ。」


しばらくその水が流れていくのを見ていたが、室伏はその水をすくって何度か顔を洗った。
少し気分が落ち着いてくる。


「どうして俺が。」


こんな目に合わないといけないのか。
その答えは何度考えても見つけられそうにない。

病院で誘拐未遂事件を起こして以降、こうして見つからないように隠れながら過ごす日々は想像以上に精神がすり減って、とてもじゃないが平常心を保っていられそうになかった。
どうやって調べたのか、潜伏場所を探り当てた魅壷の親玉が、息子を使って呼び出しをかけてきたのが約二ヶ月前。


「どうなっている。」


警察に通報するどころか、自分のことを「涼」と呼んだ男の視線が忘れられない。
何がしたいのか不可解なまま、もうどうにでもなれと、自宅に戻ってきたのも束の間。今度は息苦しくなって、気晴らしに町へと足を運んでみた。

それだけなのに、出会ってしまった。


「優羽」


その名前を口にすると、まるで精神安定剤かのように気分が落ち着く。
蛇口を止めてしゃがみこんだ先では、破れたカーテンの向こう側から少し欠けた月が望んでいた。
満月まであと少し。
沈んだ太陽の光を受けて明るく光る白銀の月に、なぜか心が苦しくなる。


「………優羽」


噛み締めるように呼んで目を閉じれば、昨日のことのようにその出来事はよみがえってきた。
柔らかな肌と耳に残る声、抱き締めた温もりと残された爪痕。何もかもが愛しくて、たまらなく自分だけのものにしたかった。
誰かが欲しくてたまらないなど、今までもったことのない感情に戸惑いは隠しきれない。


「っく」


また頭が割れそうなほど痛くなる。
何か大事なことを忘れているのか、もう少しで何かが見えそうなのに何も見えない。
深い深い闇の中をずっとさ迷っているかのように、息が苦しくて吐きそうになる。


「力を貸そうか?」


誰かが囁く。
けれど、その誘いにのってはいけないことはわかっていた。


「手をとれば楽になれる」


たしかに楽になれるだろう。
その声は随分前から自分の中にあり、今では真横で叫ぶほど大きな声で聞こえるのだからたまらない。


「失せろ」


力を込めて叩きつけた床に、その声は消えた。


「はぁ。」 


どうせまた不定期に聞こえてくることは知っている。
昔からそうだった。


「………優羽」


もう一度だけ会いたい。
昼間に何故か呼ばれた気がして、何気なく電話をかけてみたが、その声を聞くだけで心が穏やかな気持ちになれた。

─────涼

彼女にそう呼ばれるのは不思議とイヤじゃない。むしろ、それが本来の名前なのではないかと思えるほど、心地よく胸に響いてくる。

────傍にいて

聞いてはいけない何かを聞いてしまった気がして、慌てて電源を切ってしまった。
聞き間違いじゃないかと何度も確認しようと思ったが、優羽が今、どこにいるか考え直して辞めた。
魅壷家にいる以上、あの家族たちが近くにいる。

秀麗な男たち。
自分が苦しんでいる今このときも、優羽がいいように愛されているかと思うと虫酸がはしる。


「俺のものだ。」


自分の中から込み上げてくる感情は誰のものか知らない。
けれど、確実にその人格が自我を芽生えさせようとしていることだけは確かだった。

───────To be continue.
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