日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
260 / 315
第四章『朝敵篇』

第七十六話『家族』 急

しおりを挟む
 わたるしんがツーリングコースに選んだのは箱根山周辺を一周するルートである。
 朝に墓参りをした霊園からは一般道で三・四時間程だが、途中で昼食を含めて二回の休憩を挟んだため、最初の目的地である箱根峠への到着は十五時頃となっていた。
 から二キロ程北東には、かつて日本三大関所の一つに数えられ、日本の大動脈・東海道の要所を担っていた箱根関所が在る。
 この関は明治に入って廃止されたものの現代では復元されており、人々は観光地として訪れ、当時の歴史に触れることが出来る。

 二人の目的は箱根峠から入ることが出来るツーリングルート、あしスカイラインと箱根スカイラインを走ることである。
 このコースは富士山を眺めながら山間を縫う様に走ることが出来るので、定番のコースとして自動車乗りやバイク乗りの間で人気を集めているらしい。
 わたるもまた、しんと共に東からの富士山の絶景と、高地の天空をかける様な浮遊感を堪能しながら、計十六キロのコースを走り抜けた。

 そこから御殿場箱根線に入り、三キロ程北上した地点にある名勝駿するだいという場所で、二人は一旦バイクをめた。
 この場所には両脇にこまいぬが控える石の鳥居があるのだが、その鳥居の向こう側に富士山が見える景色からは、日本の郷土の美しさを味わうことが出来る。

 わたるはこの場所に立ち、「今度ことを乗せて来ようか、きつ喜ぶだろう」などといったことを考えていた。

「富士山、か……」
「今日初めて見たぜ。立派なもんだな」
「ああ。世界にはもっと高い山が沢山あるんだろうけど、四方を山に囲まれたこの日本で、一目見ただけですぐにそれだとわかる圧倒的な個性を持った山の姿は、まさに天下一の霊峰として君臨するにさわしいな……」
「……よくわからんが、感動したってことは伝わったぜ」

 わたるがこのような言葉をすらすらと述べられたのは、そうせんたいおおかみきばに拉致された日々の中で日本に帰る時を思い焦がれ続け、帰り着いた今では郷土の有難みが身に染みるようになったということかも知れない。
 また、自分が守ろうとしているものに意識を向ける様になったことも影響しているだろう。
 少し前まではただの大学生に過ぎなかった彼は、数々の経験を経て確実に変わっていた。

「これから、色々なところに旅行したいな……」
「そうか。まあ俺は自分のことで手一杯だから、行けるとしてもこれくらいが限界だろうな。今日もかなり遠くまで来ちまったし」

 遠く――そんな言葉がしんから出たことで、わたるはふと思い出した。

「そういえばさん、今頃何処どこで何してるんだろうな……」
「ああ、そういえば出張に行くとか言ってたっけ。その間、おれらだけでおおかみきばを探すことになんのか。大変だな」
「まあ、こっちはびやくだんさんが指揮するってことになってるけど……」
「おいおい、あの人で大丈夫なのかよ? なんか不安になっちまうな……」

 一週間程前、は皇からそうせんたいおおかみきばの他にもう一つ、重要な仕事を言い渡されていた。
 こうこくに潜入させていたちようほういんれんから託された情報の捜査である。
 からに伝えられた情報は、そこに示されていた人物にとって都合が悪いらしい。
 は何度か命を狙われる中で、たった一つだけ手掛かりとなる情報がていた。

けのひろむしが引き取った孤児、か……。今頃、ひろむしのことを色々と調べて回っているのかもな。あるいは、孤児についても記録が残っているかもしれない」
「ふーん、成程なあ……。ま、おれたちえずおおかみきばだな。なんか、こうこくからも人が来るんだろ?」
「そういえばそんなことも言っていたな。今日、びやくだんさんが迎えに行くことになっているはずだったっけ。さんの身柄引き渡しも兼ねているって……」

 わたるが気掛かりなのはもう一つ、こうこくから来る者達が引き取ることになっているはたのことだ。
 話によると、釈放されて引き渡された後はこうこくの管理下でそうせんたいおおかみきばの捜査に協力することになっているらしい。

 彼女とは色々あった。
 交流もあるし、恩義もある。
 そして敵味方に分かれてからは命のりまで経ている。

 今一度、きずなを結び直すことは可能だろうか。
 おおかみきばと戦う上で、再び協力し合うことは出来るのだろうか。

はたさんな……。ま、あの人は良い人だからまた仲間になるんなら大歓迎じゃねえか? なんだかんだ、公転館ではちゃんと世話してくれたし、またくやっていけるだろ」
「楽観的だな、あぶは……」

 しかししんの言うように、そう心配しすぎても仕方が無いだろう。

「それよりおれは、こうこくから来るって言う連中の方が気になるぜ。向こうの連中、良いやつは居るんだがいけ好かねえ奴はとことんだからな……」
あぶ、そりゃどこの国でもそんなもんじゃないか?」
「ま、そうかもな……」

 しんは大きく伸びをした。

「じゃ、そろそろ行くか」
「そうだな」

 鳥居と富士山の絶景も堪能したところで、二人は再びバイクにまたがった。
 この後、曲がりくねった山道を抜けて国道に入り、それから再び長尾峠出入り口から箱根スカイラインに入る。
 そこから芦ノ湖スカイラインに入り、北上していくと、少しだけ芦ノ湖を脇に見ながら走ることが出来る。
 二人はそのまま芦ノ湖湖畔のルートをぐるりと一周回り、箱根関所の付近を通って箱根峠まで戻ってきた。

「帰るか」
「途中、晩飯おごるぜ」
「だから良いって」

 路肩でそんな話をした後、二人は帰路に就いた。
 途中で夕食を含む二度の休憩を経て、戻った時には午後十一時頃になっていた。



    ⦿⦿⦿



 その後、わたるしんの自宅で少しだけ荷物の整理を手伝った。
 新生活に向けた準備がほんの少しだけ残っていたらしい。
 八月まではホテルで軟禁状態だった彼らだが、月初で特別警察特殊防衛課として二度目の契約更新をした際、自宅での生活が認められるようになっていた。
 これから廃止に向かう特別警察特殊防衛課を少しでも存続させる為、批判の材料になる待遇だけでも改めたのだろうか。

 そんな訳で、わたるしんの家を出て自宅へと戻ろうとしていた。
 思えば今日は一日中、このバイクで走り回っていた。
 通常ならばくたくたになっていただろうが、散々遊び回っても疲れないのはしんの恩恵故である。

(今のぼく達なら三日三晩遊び通せるかもな……。いや、最近何かで途中ギブアップしたことがあったような……)

 そんなわたるも、こととのデート一日目の夜は何かの途中で音を上げたのだが、記憶が曖昧で何が起きたのか今一つ覚えていない。
 男として一皮むける重大な経験の筈だが、残念なことにわたるの中かられいに抜け落ちてしまっているのだ。
 丁度、一晩中作業をしたレポートのデータが消し飛んでしまった様な状態である。

(なんか、単位不足で卒業が取り消されたみたいな感じだな……。何を卒業した筈だったのかは、まあわかるんだけど……)

 さきもりわたる、精神的には未だに童貞である。

て、ちょっとやることが残ってるんだよな……)

 日付は回っているが、わたるにはきゆうきよやることが出来ていた。
 バイクを走らせながら、向かうべき適当な場所に思いを巡らせる。
 なるべく人気の無い場所が良い。
 深夜なので、それなりの場所が労せず見付かるだろう。

あぶの家に寄ったのは、この場合どうだったのかな? 吉と出たのか、凶と出たのか、どちらとも言えるかもしれないな……)

 実をいうと、わたるしんの家を出てからしばらくバイクを走らせたところで、背後に何やら不穏な気配を感じていた。
 それはバイクの速度に難なく食らいついてきており、わたるく対処を決めたのだ。

(近付いている……。でもこれ以上速度を上げる訳には行かないんだよな……)

 わたるは大きな橋を渡る。
 渡りきって暫く北上すると、アーチを抜けた先に駐車場があった筈だ。
 左前にコンビニエンスストアが見える交差点を右折し、小さな道から駐車場へと入る。
 営業時間が終わっている為、此処なら人に遭遇することは無いだろう。

(すみません、入ります)

 わたるは芝を突っ切って駐車場内に侵入し、すぐにバイクを停めた。
 そしてそのまま、敷地内へとゆっくり歩を進める。

「この辺でどうだ? ちなみに、お前にもわかるのかな?」

 わたるは背後に迫る人物に話し掛けた。
 この場所、実はわたると彼にとってはいんねんの場所である。

「入り口からもう少し進んで海辺に出たところが、例の海浜公園なんだ。ぼくとお前の決着を付ける場所として、おあつらきなんじゃ無いかと思ってな」

 駐車場の中央辺り、自動車の止まっていない広いスペースに立ち止まったわたるは、背後の人物へと振り向いた。
 そこには蛇の様な目を血走らせた、赤い服を着た狂気の男が立っていた。

「なあ、わたり!」

 わたるの呼び掛けに応える様に、わたりりんろうは異形へと変貌し、すさまじい殺意と共に怒声を上げる。

「少し見ぬ間に良い子に育ったなァ! さきもりィ!!」

 戦闘態勢に入り、八本の肉のやりを蛇の様にうねらせるわたり
 こんな姿を衆目にさらしては、パニックになること請け合いである。
 わたるは人目の無い場所で決着を付けたかった。

「自分から出てくれて助かったよ、わたりおおかみきばかくあらざらい吐いてもらう」
「すっかり国家のいぬに成り下がった様だな、さきもり。だがそんなことはどうでも良い。おれはこの瞬間をずっとびていた。貴様だけはこの手で殺してやると、牙を研ぎ続けてきたぞ!」

 夜の空気が張り詰める。
 宿敵同士が今、激突しようとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

優しい世界のシリウスさん

みなと劉
ファンタジー
ギルドで毎日仕事をコツコツとこなす青年シリウスは 今日も掲示板とにらめっこ。 大抵は薬草採取とか簡単なものをこなしていく。 今日も彼は彼なりに努力し掲示板にある依頼書の仕事をこなしていく

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

才能は流星魔法

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。 そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。 流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。 ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。 井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。 山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。 井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。 二日に一度、18時に更新します。 カクヨムにも同時投稿しています。

異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。 で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか? 異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕! 異世界帰りのハーレム王 朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!

処理中です...