日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第七十六話『家族』 急

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 わたるしんがツーリングコースに選んだのは箱根山周辺を一周するルートである。
 朝に墓参りをした霊園からは一般道で三・四時間程だが、途中で昼食を含めて二回の休憩を挟んだため、最初の目的地である箱根峠への到着は十五時頃となっていた。
 から二キロ程北東には、かつて日本三大関所の一つに数えられ、日本の大動脈・東海道の要所を担っていた箱根関所が在る。
 この関は明治に入って廃止されたものの現代では復元されており、人々は観光地として訪れ、当時の歴史に触れることが出来る。

 二人の目的は箱根峠から入ることが出来るツーリングルート、あしスカイラインと箱根スカイラインを走ることである。
 このコースは富士山を眺めながら山間を縫う様に走ることが出来るので、定番のコースとして自動車乗りやバイク乗りの間で人気を集めているらしい。
 わたるもまた、しんと共に東からの富士山の絶景と、高地の天空をかける様な浮遊感を堪能しながら、計十六キロのコースを走り抜けた。

 そこから御殿場箱根線に入り、三キロ程北上した地点にある名勝駿するだいという場所で、二人は一旦バイクをめた。
 この場所には両脇にこまいぬが控える石の鳥居があるのだが、その鳥居の向こう側に富士山が見える景色からは、日本の郷土の美しさを味わうことが出来る。

 わたるはこの場所に立ち、「今度ことを乗せて来ようか、きつ喜ぶだろう」などといったことを考えていた。

「富士山、か……」
「今日初めて見たぜ。立派なもんだな」
「ああ。世界にはもっと高い山が沢山あるんだろうけど、四方を山に囲まれたこの日本で、一目見ただけですぐにそれだとわかる圧倒的な個性を持った山の姿は、まさに天下一の霊峰として君臨するにさわしいな……」
「……よくわからんが、感動したってことは伝わったぜ」

 わたるがこのような言葉をすらすらと述べられたのは、そうせんたいおおかみきばに拉致された日々の中で日本に帰る時を思い焦がれ続け、帰り着いた今では郷土の有難みが身に染みるようになったということかも知れない。
 また、自分が守ろうとしているものに意識を向ける様になったことも影響しているだろう。
 少し前まではただの大学生に過ぎなかった彼は、数々の経験を経て確実に変わっていた。

「これから、色々なところに旅行したいな……」
「そうか。まあ俺は自分のことで手一杯だから、行けるとしてもこれくらいが限界だろうな。今日もかなり遠くまで来ちまったし」

 遠く――そんな言葉がしんから出たことで、わたるはふと思い出した。

「そういえばさん、今頃何処どこで何してるんだろうな……」
「ああ、そういえば出張に行くとか言ってたっけ。その間、おれらだけでおおかみきばを探すことになんのか。大変だな」
「まあ、こっちはびやくだんさんが指揮するってことになってるけど……」
「おいおい、あの人で大丈夫なのかよ? なんか不安になっちまうな……」

 一週間程前、は皇からそうせんたいおおかみきばの他にもう一つ、重要な仕事を言い渡されていた。
 こうこくに潜入させていたちようほういんれんから託された情報の捜査である。
 からに伝えられた情報は、そこに示されていた人物にとって都合が悪いらしい。
 は何度か命を狙われる中で、たった一つだけ手掛かりとなる情報がていた。

けのひろむしが引き取った孤児、か……。今頃、ひろむしのことを色々と調べて回っているのかもな。あるいは、孤児についても記録が残っているかもしれない」
「ふーん、成程なあ……。ま、おれたちえずおおかみきばだな。なんか、こうこくからも人が来るんだろ?」
「そういえばそんなことも言っていたな。今日、びやくだんさんが迎えに行くことになっているはずだったっけ。さんの身柄引き渡しも兼ねているって……」

 わたるが気掛かりなのはもう一つ、こうこくから来る者達が引き取ることになっているはたのことだ。
 話によると、釈放されて引き渡された後はこうこくの管理下でそうせんたいおおかみきばの捜査に協力することになっているらしい。

 彼女とは色々あった。
 交流もあるし、恩義もある。
 そして敵味方に分かれてからは命のりまで経ている。

 今一度、きずなを結び直すことは可能だろうか。
 おおかみきばと戦う上で、再び協力し合うことは出来るのだろうか。

はたさんな……。ま、あの人は良い人だからまた仲間になるんなら大歓迎じゃねえか? なんだかんだ、公転館ではちゃんと世話してくれたし、またくやっていけるだろ」
「楽観的だな、あぶは……」

 しかししんの言うように、そう心配しすぎても仕方が無いだろう。

「それよりおれは、こうこくから来るって言う連中の方が気になるぜ。向こうの連中、良いやつは居るんだがいけ好かねえ奴はとことんだからな……」
あぶ、そりゃどこの国でもそんなもんじゃないか?」
「ま、そうかもな……」

 しんは大きく伸びをした。

「じゃ、そろそろ行くか」
「そうだな」

 鳥居と富士山の絶景も堪能したところで、二人は再びバイクにまたがった。
 この後、曲がりくねった山道を抜けて国道に入り、それから再び長尾峠出入り口から箱根スカイラインに入る。
 そこから芦ノ湖スカイラインに入り、北上していくと、少しだけ芦ノ湖を脇に見ながら走ることが出来る。
 二人はそのまま芦ノ湖湖畔のルートをぐるりと一周回り、箱根関所の付近を通って箱根峠まで戻ってきた。

「帰るか」
「途中、晩飯おごるぜ」
「だから良いって」

 路肩でそんな話をした後、二人は帰路に就いた。
 途中で夕食を含む二度の休憩を経て、戻った時には午後十一時頃になっていた。



    ⦿⦿⦿



 その後、わたるしんの自宅で少しだけ荷物の整理を手伝った。
 新生活に向けた準備がほんの少しだけ残っていたらしい。
 八月まではホテルで軟禁状態だった彼らだが、月初で特別警察特殊防衛課として二度目の契約更新をした際、自宅での生活が認められるようになっていた。
 これから廃止に向かう特別警察特殊防衛課を少しでも存続させる為、批判の材料になる待遇だけでも改めたのだろうか。

 そんな訳で、わたるしんの家を出て自宅へと戻ろうとしていた。
 思えば今日は一日中、このバイクで走り回っていた。
 通常ならばくたくたになっていただろうが、散々遊び回っても疲れないのはしんの恩恵故である。

(今のぼく達なら三日三晩遊び通せるかもな……。いや、最近何かで途中ギブアップしたことがあったような……)

 そんなわたるも、こととのデート一日目の夜は何かの途中で音を上げたのだが、記憶が曖昧で何が起きたのか今一つ覚えていない。
 男として一皮むける重大な経験の筈だが、残念なことにわたるの中かられいに抜け落ちてしまっているのだ。
 丁度、一晩中作業をしたレポートのデータが消し飛んでしまった様な状態である。

(なんか、単位不足で卒業が取り消されたみたいな感じだな……。何を卒業した筈だったのかは、まあわかるんだけど……)

 さきもりわたる、精神的には未だに童貞である。

て、ちょっとやることが残ってるんだよな……)

 日付は回っているが、わたるにはきゆうきよやることが出来ていた。
 バイクを走らせながら、向かうべき適当な場所に思いを巡らせる。
 なるべく人気の無い場所が良い。
 深夜なので、それなりの場所が労せず見付かるだろう。

あぶの家に寄ったのは、この場合どうだったのかな? 吉と出たのか、凶と出たのか、どちらとも言えるかもしれないな……)

 実をいうと、わたるしんの家を出てからしばらくバイクを走らせたところで、背後に何やら不穏な気配を感じていた。
 それはバイクの速度に難なく食らいついてきており、わたるく対処を決めたのだ。

(近付いている……。でもこれ以上速度を上げる訳には行かないんだよな……)

 わたるは大きな橋を渡る。
 渡りきって暫く北上すると、アーチを抜けた先に駐車場があった筈だ。
 左前にコンビニエンスストアが見える交差点を右折し、小さな道から駐車場へと入る。
 営業時間が終わっている為、此処なら人に遭遇することは無いだろう。

(すみません、入ります)

 わたるは芝を突っ切って駐車場内に侵入し、すぐにバイクを停めた。
 そしてそのまま、敷地内へとゆっくり歩を進める。

「この辺でどうだ? ちなみに、お前にもわかるのかな?」

 わたるは背後に迫る人物に話し掛けた。
 この場所、実はわたると彼にとってはいんねんの場所である。

「入り口からもう少し進んで海辺に出たところが、例の海浜公園なんだ。ぼくとお前の決着を付ける場所として、おあつらきなんじゃ無いかと思ってな」

 駐車場の中央辺り、自動車の止まっていない広いスペースに立ち止まったわたるは、背後の人物へと振り向いた。
 そこには蛇の様な目を血走らせた、赤い服を着た狂気の男が立っていた。

「なあ、わたり!」

 わたるの呼び掛けに応える様に、わたりりんろうは異形へと変貌し、すさまじい殺意と共に怒声を上げる。

「少し見ぬ間に良い子に育ったなァ! さきもりィ!!」

 戦闘態勢に入り、八本の肉のやりを蛇の様にうねらせるわたり
 こんな姿を衆目にさらしては、パニックになること請け合いである。
 わたるは人目の無い場所で決着を付けたかった。

「自分から出てくれて助かったよ、わたりおおかみきばかくあらざらい吐いてもらう」
「すっかり国家のいぬに成り下がった様だな、さきもり。だがそんなことはどうでも良い。おれはこの瞬間をずっとびていた。貴様だけはこの手で殺してやると、牙を研ぎ続けてきたぞ!」

 夜の空気が張り詰める。
 宿敵同士が今、激突しようとしていた。
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