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第四章『朝敵篇』
第七十九話『合流』 急
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根尾は一つの成果から語り始める。
『先ず、我が国では先行して本日深夜未明、武装戦隊・狼ノ牙の最高幹部である八卦衆の一人・屋渡倫駆郎と交戦し、これを撃破した。岬守君、御苦労だった』
「おお、マジかよ岬守! あの後そんなことになってたのか! 一人であの屋渡に勝っちまうなんて、お前はやっぱ凄え奴だな!」
初耳であった新兒はやや興奮した様子で喜んでいる。
武装戦隊・狼ノ牙を全て片付けてから改めて両親の墓前に報告しようと約束したその夜に因縁の相手を斃したとは、非常に幸先が良い。
「やっと、あの男との決着が付いたという訳ね……」
繭月も感慨を漏らしていた。
屋渡は拉致被害者全員にとって因縁の相手であった。
『岬守君は当然、屋渡を生け捕りにするつもりだった。狼ノ牙の潜伏場所を吐かせる為に。そして奴を投降させ、目論見通りに行く筈だった。しかし、突如顕れた刺客によって屋渡は消されてしまったのだ』
根尾の言葉に、早辺子と白檀もまた神妙な面持ちとなった。
二人は既に屋渡の死を知っている。
早辺子にとっては自分を苦しめた難き相手であり、また白檀にとっては仁志旗蓮殺害の実行犯という憎き相手である。
その死には思う処があって当然だろう。
『ここで一つ、刺客について、特に皇國からいらっしゃった皆さんにお伝えしておかなければならないことがある。というのもこの刺客、実は狼ノ牙の構成員ではないからだ。つまり、狼ノ牙を裏から操っている黒幕が存在する。そしてそれは、皇國の重要な地位に近い人物が関わっていることでもある。令嬢方にはどうか、心して聴いていただきたい』
根尾は話を続ける。
『屋渡倫駆郎を殺害し口を封じた人物、その名は推城朔馬。能條緋月元首相の密偵として、甲夢黝元首相の秘書や皇道保守黨の青年部長に扮していた男だ』
「え!?」
早辺子が驚いて声を上げた。
彼女は皇道保守黨の一員として推城に少なからず世話になっている。
「どういう……ことですか?」
『驚かれるのも無理は無い。しかし我々の調査に拠ると、どうやらこの男は武装戦隊・狼ノ牙の首領補佐・八社女征一千と繋がっていることが判っている』
「そんな……何かの間違いでは? あの方が叛逆者と繋がっているなどと……」
早辺子は困惑しているようだった。
彼女にとって、推城は決して悪い人物ではない。
ずっと探し続けていた姉の居場所を教えてくれたのは、他ならぬ推城である。
自分のことを何かと気に掛けてくれていた筈の男である。
しかし、そんな彼女に航は真実を告げる。
「早辺子さん、僕も推城本人の口からはっきりと聞きました。八社女と繋がっていることはほぼ間違い無いでしょう」
「そう……ですか。あの方の言葉に従い、皇道保守黨を抜けてしまいましたが、それも策のうちだったのでしょうか……」
「あ、それは全然良かったと思います」
皇道保守黨という極右の如何わしい団体を抜けたことは推城に関係無く歓迎すべきだろう。
閑話休題、話を戻す。
『このことは既に皇國側にも連絡済みだ。おそらく推城は今後、皇國の特別高等警察の間で要監視人物とされ、八社女と同等の扱いとなるだろう。しかし一方、奴もまた日本国に入ってきているということがこの一件で判明した。この分ならば、おそらくは八社女も同じく、日本国内に潜伏している可能性が高い』
「了解」
埜愛瑠が猫の縫い包みを撫でながら頷いた。
「私達の標的を八卦衆の残党と八社女征一千・推城朔馬両名と理解した」
『その通り。それともう一つ、二人の人物についても話しておかなくてはならない。首領Дこと道成寺太の子女・椿陽子と道成寺陰斗だ。この二人も狼ノ牙の活動に協力しており、八卦衆に先んじて開戦時に我が国へと不法入国している。しかし、この二人については我が国の別働隊に捜査させたいと考えている』
「おやおや、それは何故です?」
黎子が碧い眼で根尾の姿をじっと見据えながら問い質す。
道成寺太の子女が狼ノ牙に協力しているということであれば、皇國としてはそちらも自分達で始末してしまいたいと考えて当然だ。
革命動乱を起こし、先代神皇を始めとした三名の皇族を死に追い遣った叛逆組織はこの機に必ず根絶やしにしなければならず、世代交代の可能性を残すなど言語道断である。
そして、まさにそれこそ根尾が椿陽子・道成寺陰斗姉弟を特別扱いする理由であった。
(根尾さんは、多分二人を助けようとしているんだな……)
航の想像は当たっていた。
航達が皇國から帰国出来たのは、飛行機の操縦を陽子と陰斗が引き受けたからだ。
つまりある意味で、日本政府が自ら姉弟を入国させたとも言える。
戦後の皇國との関係を考えた時、その事実が姉弟から皇國側に漏れることは避けたい。
姉弟の身柄を皇國側に引き渡す訳にはいかないのだ。
しかしそれ以上に、姉弟の事情をある程度把握している、というのが大きい。
帰国の飛行機の中で、彼らは陽子の事情を久住双葉からある程度聞いていた。
(根尾さんは冷徹な仕事人間に見えて結構情が深く面倒見の良い人だ。椿達には恩もあるし、情状を酌量して日本で罪を償わせたいんだろうな)
だからこそ、根尾は航達とは別に元崇神會のメンバーを動かして陽子と陰斗を逮捕しようとしているのだ。
しかし、そう素直に答えては黎子や埜愛瑠が納得する筈も無いので、適当な言い訳を捏ち上げて取繕う。
『姉弟のうち、姉の陽子は岬守君達に組織の内通者として関わっている。その中で、我が国内に協力者が居ることを仄めかしているのだ。その情報を、我が国としてはどうしても欲しい』
「そういうことですか……」
黎子は腹黒い笑みを浮かべた。
納得しているとは思えないが、一先ず引き下がってはくれるらしい。
『整理すると、残る敵は道成寺太・久地縄元毅・沙華珠枝・八社女征一千・推城朔馬の五名、ということになる』
「それは良いんですけど……」
繭月が根尾に疑問をぶつける。
「現状、此方には何の手掛かりもありませんよ。屋渡の生け捕りには失敗してしまったようだし……」
『うむ。俺も八社女と推城の正体を探ってはいるのだが、正直雲を掴む様な話で行き詰まりを感じ始めている。もう少しだけ調べたら、一旦切り上げて其方に戻ろうかとも思っているところだ……』
確かに、このままでは捜査を進展させるのは難しいだろう。
しかし、この状況に一石を投じる様に埜愛瑠が口を開いた。
「屋渡の屍があれば術識神為で足跡を辿れる」
「それもそうですわね。遺体でなくとも身に着けていたものがあれば充分だったかと」
『それは本当か!』
黎子にも心当たりがあるらしい。
本当ならば僥倖である。
屋渡の遺体は鑑識に回収されているが、遺品を借りることが出来れば、捜査が大きく進展することは間違い無い。
『解った、早速手配しよう。明日にも屋渡の遺品を届けさせるから、是非協力してほしい』
しかし、黎子と埜愛瑠は気不味そうに互いの顔を見合わせている。
そして、魅琴の方を見て溜息を吐いた。
「あの、もしかして……」
航は大方の事情を察した。
「その能力の使い手って、君達二人のどちらかじゃないの?」
「ええ、残念ながら」
「この場に居ない東風美の能力」
気不味さが会議室中に充満した。
航と根尾の溜息が同時に響く。
『……仕方無い。その彼女にはまずゆっくり療養させてくれ。そして恢復し次第、屋渡の足跡から狼ノ牙の潜伏先に目星を付けよう』
「あの、もう一つ良いですか?」
繭月が根尾にもう一つ物申す。
「実は気になっているのが、屋渡が何故出歩いていたのか、ということなんですよ」
『と、いうと?』
「はい。狼ノ牙って、残り数名にまで追い詰められた上に外国である日本に逃亡してきていて、メンバーに勝手な行動を取らせている場合じゃないと思うんです。にも拘わらず、屋渡は何故か単独行動をして、岬守君に襲い掛かってきたんですよね……?」
『何か……思い当たるところがあるのか?』
「特に根拠がある訳じゃないんですが、何か日本国内でやろうとしていることがある、とか……」
『成程、確かにその可能性はあるかも知れん。これはあまり時間を掛ける訳にはいかないかもな……』
会議室の空気が少し張り詰めた。
『一先ず、この場の集まりはここまでにしよう。自分は数日の後に其方へ戻る。どうか皆、身の安全だけは充分に気を付けて事に当たってくれ。何かあれば、白檀まで報告すること。以上だ』
「はいはーい。ではではー」
白檀が通話を切った。
そして、一人に全員の視線が突き刺さる。
「……解っているわ、やり過ぎたわよ……」
寝込んでいる東風美が万全なら明日にでも捜査は進展するのだが、この場は仕方が無い。
魅琴も反省はしているようだ。
「ま、仲直りしておいてくださいねー。それはそうと皆さん、先日は契約を結び直してくれて有難う御座いますねー。次の契約更新はちょっと早めの今月二八日になるんですけど、虻球磨さんみたいに引越しなどで住所が変わる場合は早めに教えてくださいねー。契約書に記載する登録内容、先に変更しといちゃいますんでー」
白檀の他人事の様な事務連絡を最後に、この場はお開きとなった。
⦿⦿⦿
時を同じくして、皇國は丁度夕食時を迎えようとしていた。
この日、神皇・獅乃神叡智は皇道保守黨の荒木田将夫総裁と食事の席を設け、今後の方針について話し合っていた。
皇宮宮殿の食堂には、獅乃神と荒木田の二人だけが向かい合って食卓を挟んでいる。
「汝とは二人切りで話をしたかった。故に、二人の近衛侍女には外してもらっている」
「私の様な者に、勿体無き御言葉……」
並べられた料理には少しだけ華が戻っていた。
二人は政権を取った後の組閣や政策方針などについて密に話し合う。
獅乃神は汎ゆる学術理論に深く精通しており、高い見識を持っている。
彼の政権構想は、荒木田を唸らせる途轍もないものだった。
「陛下には謁見の度に深甚なる感動を賜りますな。貴方様の御叡慮に因り皇國が力強く蘇り、汎ゆる世界の日本民族が手を取り合い、更なる無限の繁栄を享受する様がこの目に見えてくる様で御座います」
「うむ、必ずやそうなるであろう」
「しかし畏れながら陛下、それならば一層のこと、組閣はせず全ての閣僚を陛下が兼任する一人内閣になさっては如何でしょう」
「成程、考えておこう」
神皇が全ての権限を握る太古の親政の再現――それこそが荒木田の悲願であった。
彼は獅乃神叡智という絶対的な存在に己の全ての願望を託している。
最悪なことに、獅乃神は荒木田に答えるだけの能力と気概が有るのだ。
日本国内で平和に向けた取り組みが成される一方で、皇國の密室では未来に暗雲を予感させる不穏な話し合いが成されていた。
『先ず、我が国では先行して本日深夜未明、武装戦隊・狼ノ牙の最高幹部である八卦衆の一人・屋渡倫駆郎と交戦し、これを撃破した。岬守君、御苦労だった』
「おお、マジかよ岬守! あの後そんなことになってたのか! 一人であの屋渡に勝っちまうなんて、お前はやっぱ凄え奴だな!」
初耳であった新兒はやや興奮した様子で喜んでいる。
武装戦隊・狼ノ牙を全て片付けてから改めて両親の墓前に報告しようと約束したその夜に因縁の相手を斃したとは、非常に幸先が良い。
「やっと、あの男との決着が付いたという訳ね……」
繭月も感慨を漏らしていた。
屋渡は拉致被害者全員にとって因縁の相手であった。
『岬守君は当然、屋渡を生け捕りにするつもりだった。狼ノ牙の潜伏場所を吐かせる為に。そして奴を投降させ、目論見通りに行く筈だった。しかし、突如顕れた刺客によって屋渡は消されてしまったのだ』
根尾の言葉に、早辺子と白檀もまた神妙な面持ちとなった。
二人は既に屋渡の死を知っている。
早辺子にとっては自分を苦しめた難き相手であり、また白檀にとっては仁志旗蓮殺害の実行犯という憎き相手である。
その死には思う処があって当然だろう。
『ここで一つ、刺客について、特に皇國からいらっしゃった皆さんにお伝えしておかなければならないことがある。というのもこの刺客、実は狼ノ牙の構成員ではないからだ。つまり、狼ノ牙を裏から操っている黒幕が存在する。そしてそれは、皇國の重要な地位に近い人物が関わっていることでもある。令嬢方にはどうか、心して聴いていただきたい』
根尾は話を続ける。
『屋渡倫駆郎を殺害し口を封じた人物、その名は推城朔馬。能條緋月元首相の密偵として、甲夢黝元首相の秘書や皇道保守黨の青年部長に扮していた男だ』
「え!?」
早辺子が驚いて声を上げた。
彼女は皇道保守黨の一員として推城に少なからず世話になっている。
「どういう……ことですか?」
『驚かれるのも無理は無い。しかし我々の調査に拠ると、どうやらこの男は武装戦隊・狼ノ牙の首領補佐・八社女征一千と繋がっていることが判っている』
「そんな……何かの間違いでは? あの方が叛逆者と繋がっているなどと……」
早辺子は困惑しているようだった。
彼女にとって、推城は決して悪い人物ではない。
ずっと探し続けていた姉の居場所を教えてくれたのは、他ならぬ推城である。
自分のことを何かと気に掛けてくれていた筈の男である。
しかし、そんな彼女に航は真実を告げる。
「早辺子さん、僕も推城本人の口からはっきりと聞きました。八社女と繋がっていることはほぼ間違い無いでしょう」
「そう……ですか。あの方の言葉に従い、皇道保守黨を抜けてしまいましたが、それも策のうちだったのでしょうか……」
「あ、それは全然良かったと思います」
皇道保守黨という極右の如何わしい団体を抜けたことは推城に関係無く歓迎すべきだろう。
閑話休題、話を戻す。
『このことは既に皇國側にも連絡済みだ。おそらく推城は今後、皇國の特別高等警察の間で要監視人物とされ、八社女と同等の扱いとなるだろう。しかし一方、奴もまた日本国に入ってきているということがこの一件で判明した。この分ならば、おそらくは八社女も同じく、日本国内に潜伏している可能性が高い』
「了解」
埜愛瑠が猫の縫い包みを撫でながら頷いた。
「私達の標的を八卦衆の残党と八社女征一千・推城朔馬両名と理解した」
『その通り。それともう一つ、二人の人物についても話しておかなくてはならない。首領Дこと道成寺太の子女・椿陽子と道成寺陰斗だ。この二人も狼ノ牙の活動に協力しており、八卦衆に先んじて開戦時に我が国へと不法入国している。しかし、この二人については我が国の別働隊に捜査させたいと考えている』
「おやおや、それは何故です?」
黎子が碧い眼で根尾の姿をじっと見据えながら問い質す。
道成寺太の子女が狼ノ牙に協力しているということであれば、皇國としてはそちらも自分達で始末してしまいたいと考えて当然だ。
革命動乱を起こし、先代神皇を始めとした三名の皇族を死に追い遣った叛逆組織はこの機に必ず根絶やしにしなければならず、世代交代の可能性を残すなど言語道断である。
そして、まさにそれこそ根尾が椿陽子・道成寺陰斗姉弟を特別扱いする理由であった。
(根尾さんは、多分二人を助けようとしているんだな……)
航の想像は当たっていた。
航達が皇國から帰国出来たのは、飛行機の操縦を陽子と陰斗が引き受けたからだ。
つまりある意味で、日本政府が自ら姉弟を入国させたとも言える。
戦後の皇國との関係を考えた時、その事実が姉弟から皇國側に漏れることは避けたい。
姉弟の身柄を皇國側に引き渡す訳にはいかないのだ。
しかしそれ以上に、姉弟の事情をある程度把握している、というのが大きい。
帰国の飛行機の中で、彼らは陽子の事情を久住双葉からある程度聞いていた。
(根尾さんは冷徹な仕事人間に見えて結構情が深く面倒見の良い人だ。椿達には恩もあるし、情状を酌量して日本で罪を償わせたいんだろうな)
だからこそ、根尾は航達とは別に元崇神會のメンバーを動かして陽子と陰斗を逮捕しようとしているのだ。
しかし、そう素直に答えては黎子や埜愛瑠が納得する筈も無いので、適当な言い訳を捏ち上げて取繕う。
『姉弟のうち、姉の陽子は岬守君達に組織の内通者として関わっている。その中で、我が国内に協力者が居ることを仄めかしているのだ。その情報を、我が国としてはどうしても欲しい』
「そういうことですか……」
黎子は腹黒い笑みを浮かべた。
納得しているとは思えないが、一先ず引き下がってはくれるらしい。
『整理すると、残る敵は道成寺太・久地縄元毅・沙華珠枝・八社女征一千・推城朔馬の五名、ということになる』
「それは良いんですけど……」
繭月が根尾に疑問をぶつける。
「現状、此方には何の手掛かりもありませんよ。屋渡の生け捕りには失敗してしまったようだし……」
『うむ。俺も八社女と推城の正体を探ってはいるのだが、正直雲を掴む様な話で行き詰まりを感じ始めている。もう少しだけ調べたら、一旦切り上げて其方に戻ろうかとも思っているところだ……』
確かに、このままでは捜査を進展させるのは難しいだろう。
しかし、この状況に一石を投じる様に埜愛瑠が口を開いた。
「屋渡の屍があれば術識神為で足跡を辿れる」
「それもそうですわね。遺体でなくとも身に着けていたものがあれば充分だったかと」
『それは本当か!』
黎子にも心当たりがあるらしい。
本当ならば僥倖である。
屋渡の遺体は鑑識に回収されているが、遺品を借りることが出来れば、捜査が大きく進展することは間違い無い。
『解った、早速手配しよう。明日にも屋渡の遺品を届けさせるから、是非協力してほしい』
しかし、黎子と埜愛瑠は気不味そうに互いの顔を見合わせている。
そして、魅琴の方を見て溜息を吐いた。
「あの、もしかして……」
航は大方の事情を察した。
「その能力の使い手って、君達二人のどちらかじゃないの?」
「ええ、残念ながら」
「この場に居ない東風美の能力」
気不味さが会議室中に充満した。
航と根尾の溜息が同時に響く。
『……仕方無い。その彼女にはまずゆっくり療養させてくれ。そして恢復し次第、屋渡の足跡から狼ノ牙の潜伏先に目星を付けよう』
「あの、もう一つ良いですか?」
繭月が根尾にもう一つ物申す。
「実は気になっているのが、屋渡が何故出歩いていたのか、ということなんですよ」
『と、いうと?』
「はい。狼ノ牙って、残り数名にまで追い詰められた上に外国である日本に逃亡してきていて、メンバーに勝手な行動を取らせている場合じゃないと思うんです。にも拘わらず、屋渡は何故か単独行動をして、岬守君に襲い掛かってきたんですよね……?」
『何か……思い当たるところがあるのか?』
「特に根拠がある訳じゃないんですが、何か日本国内でやろうとしていることがある、とか……」
『成程、確かにその可能性はあるかも知れん。これはあまり時間を掛ける訳にはいかないかもな……』
会議室の空気が少し張り詰めた。
『一先ず、この場の集まりはここまでにしよう。自分は数日の後に其方へ戻る。どうか皆、身の安全だけは充分に気を付けて事に当たってくれ。何かあれば、白檀まで報告すること。以上だ』
「はいはーい。ではではー」
白檀が通話を切った。
そして、一人に全員の視線が突き刺さる。
「……解っているわ、やり過ぎたわよ……」
寝込んでいる東風美が万全なら明日にでも捜査は進展するのだが、この場は仕方が無い。
魅琴も反省はしているようだ。
「ま、仲直りしておいてくださいねー。それはそうと皆さん、先日は契約を結び直してくれて有難う御座いますねー。次の契約更新はちょっと早めの今月二八日になるんですけど、虻球磨さんみたいに引越しなどで住所が変わる場合は早めに教えてくださいねー。契約書に記載する登録内容、先に変更しといちゃいますんでー」
白檀の他人事の様な事務連絡を最後に、この場はお開きとなった。
⦿⦿⦿
時を同じくして、皇國は丁度夕食時を迎えようとしていた。
この日、神皇・獅乃神叡智は皇道保守黨の荒木田将夫総裁と食事の席を設け、今後の方針について話し合っていた。
皇宮宮殿の食堂には、獅乃神と荒木田の二人だけが向かい合って食卓を挟んでいる。
「汝とは二人切りで話をしたかった。故に、二人の近衛侍女には外してもらっている」
「私の様な者に、勿体無き御言葉……」
並べられた料理には少しだけ華が戻っていた。
二人は政権を取った後の組閣や政策方針などについて密に話し合う。
獅乃神は汎ゆる学術理論に深く精通しており、高い見識を持っている。
彼の政権構想は、荒木田を唸らせる途轍もないものだった。
「陛下には謁見の度に深甚なる感動を賜りますな。貴方様の御叡慮に因り皇國が力強く蘇り、汎ゆる世界の日本民族が手を取り合い、更なる無限の繁栄を享受する様がこの目に見えてくる様で御座います」
「うむ、必ずやそうなるであろう」
「しかし畏れながら陛下、それならば一層のこと、組閣はせず全ての閣僚を陛下が兼任する一人内閣になさっては如何でしょう」
「成程、考えておこう」
神皇が全ての権限を握る太古の親政の再現――それこそが荒木田の悲願であった。
彼は獅乃神叡智という絶対的な存在に己の全ての願望を託している。
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