日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
269 / 297
第四章『朝敵篇』

第七十九話『合流』 急

しおりを挟む
 は一つの成果から語り始める。

ず、我が国では先行して本日深夜未明、そうせんたいおおかみきばの最高幹部であるはつしゆうの一人・わたりりんろうと交戦し、これを撃破した。さきもり君、御苦労だった』
「おお、マジかよさきもり! あの後そんなことになってたのか! 一人であのわたりに勝っちまうなんて、お前はやっぱすげやつだな!」

 初耳であったしんはやや興奮した様子で喜んでいる。
 そうせんたいおおかみきばを全て片付けてから改めて両親の墓前に報告しようと約束したその夜にいんねんの相手をたおしたとは、非常にさいさきが良い。

「やっと、あの男との決着が付いたという訳ね……」

 まゆづきも感慨を漏らしていた。
 わたりは拉致被害者全員にとって因縁の相手であった。

さきもり君は当然、わたりを生け捕りにするつもりだった。おおかみきばの潜伏場所を吐かせるために。そして奴を投降させ、もく通りに行くはずだった。しかし、突如あらわれた刺客によってわたりは消されてしまったのだ』

 の言葉に、びやくだんもまた神妙な面持ちとなった。
 二人は既にわたりの死を知っている。
 にとっては自分を苦しめた難き相手であり、またびやくだんにとってはれん殺害の実行犯という憎き相手である。
 その死には思うところがあって当然だろう。

『ここで一つ、刺客について、特にこうこくからいらっしゃった皆さんにお伝えしておかなければならないことがある。というのもこの刺客、実はおおかみきばの構成員ではないからだ。つまり、おおかみきばを裏から操っている黒幕が存在する。そしてそれは、こうこくの重要な地位に近い人物が関わっていることでもある。令嬢方にはどうか、心して聴いていただきたい』

 は話を続ける。

わたりりんろうを殺害し口を封じた人物、その名はつきしろさくのうじようづき元首相の密偵として、きのえくろ元首相の秘書やこうどうしゆとうの青年部長にふんしていた男だ』
「え!?」

 が驚いて声を上げた。
 彼女はこうどうしゆとうの一員としてつきしろに少なからず世話になっている。

「どういう……ことですか?」
『驚かれるのも無理は無い。しかし我々の調査にると、どうやらこの男はそうせんたいおおかみきばの首領補佐・おとせいつながっていることがわかっている』
「そんな……何かの間違いでは? あの方がはんぎやく者と繋がっているなどと……」

 は困惑しているようだった。
 彼女にとって、つきしろは決して悪い人物ではない。
 ずっと探し続けていた姉の居場所を教えてくれたのは、他ならぬつきしろである。
 自分のことを何かと気に掛けてくれていた筈の男である。

 しかし、そんな彼女にわたるは真実を告げる。

さん、ぼくつきしろ本人の口からはっきりと聞きました。おとと繋がっていることはほぼ間違い無いでしょう」
「そう……ですか。あの方の言葉に従い、こうどうしゆとうを抜けてしまいましたが、それも策のうちだったのでしょうか……」
「あ、それは全然良かったと思います」

 こうどうしゆとうという極右のいかわしい団体を抜けたことはつきしろに関係無く歓迎すべきだろう。
 閑話休題、話を戻す。

『このことは既にこうこく側にも連絡済みだ。おそらくつきしろは今後、こうこくの特別高等警察の間で要監視人物とされ、おとと同等の扱いとなるだろう。しかし一方、奴もまた日本国に入ってきているということがこの一件で判明した。この分ならば、おそらくはおとも同じく、日本国内に潜伏している可能性が高い』
「了解」

 が猫の縫い包みをでながらうなずいた。

わたし達の標的をはつしゆうの残党とおとせいつきしろさく両名と理解した」
『その通り。それともう一つ、二人の人物についても話しておかなくてはならない。しゆりようДデーことどうじようふとしの子女・椿つばきようどうじようかげだ。この二人もおおかみきばの活動に協力しており、はつしゆうに先んじて開戦時に我が国へと不法入国している。しかし、この二人については我が国の別働隊に捜査させたいと考えている』
「おやおや、それは何故なぜです?」

 れいあおの姿をじっと見据えながらただす。
 どうじようふとしの子女がおおかみきばに協力しているということであれば、こうこくとしてはそちらも自分達で始末してしまいたいと考えて当然だ。
 革命動乱を起こし、先代じんのうを始めとした三名の皇族を死にった叛逆組織はこの機に必ず根絶やしにしなければならず、世代交代の可能性を残すなどごんどうだんである。
 そして、まさにそれこそ椿つばきようどうじようかげ姉弟を特別扱いする理由であった。

さんは、多分二人を助けようとしているんだな……)

 わたるの想像は当たっていた。

 わたる達がこうこくから帰国出来たのは、飛行機の操縦をようかげが引き受けたからだ。
 つまりある意味で、日本政府が自ら姉弟を入国させたとも言える。
 戦後のこうこくとの関係を考えた時、その事実が姉弟からこうこく側に漏れることは避けたい。
 姉弟の身柄をこうこく側に引き渡す訳にはいかないのだ。

 しかしそれ以上に、姉弟の事情をある程度把握している、というのが大きい。
 帰国の飛行機の中で、彼らはようの事情をずみふたからある程度聞いていた。

さんは冷徹な仕事人間に見えて結構情が深く面倒見の良い人だ。椿つばき達には恩もあるし、情状を酌量して日本で罪を償わせたいんだろうな)

 だからこそ、わたる達とは別に元じんかいのメンバーを動かしてようかげを逮捕しようとしているのだ。
 しかし、そう素直に答えてはれいが納得する筈も無いので、適当な言い訳をでっげて取繕う。

『姉弟のうち、姉のようさきもり君達に組織の内通者として関わっている。その中で、我が国内に協力者が居ることをほのめかしているのだ。その情報を、我が国としてはどうしても欲しい』
「そういうことですか……」

 れいは腹黒い笑みを浮かべた。
 納得しているとは思えないが、ひとず引き下がってはくれるらしい。

『整理すると、残る敵はどうじようふとしなわげんはなたまおとせいつきしろさくの五名、ということになる』
「それは良いんですけど……」

 まゆづきに疑問をぶつける。

「現状、ちらには何の手掛かりもありませんよ。わたりの生け捕りには失敗してしまったようだし……」
『うむ。おれおとつきしろの正体を探ってはいるのだが、正直雲をつかむ様な話で行き詰まりを感じ始めている。もう少しだけ調べたら、一旦切り上げてちらに戻ろうかとも思っているところだ……』

 確かに、このままでは捜査を進展させるのは難しいだろう。
 しかし、この状況に一石を投じる様にが口を開いた。

わたりしかばねがあればじゅつしきしんで足跡を辿たどれる」
「それもそうですわね。遺体でなくとも身に着けていたものがあれば充分だったかと」
『それは本当か!』

 れいにも心当たりがあるらしい。
 本当ならばぎようこうである。
 わたりの遺体は鑑識に回収されているが、遺品を借りることが出来れば、捜査が大きく進展することは間違い無い。

わかった、早速手配しよう。明日にもわたりの遺品を届けさせるから、是非協力してほしい』

 しかし、れいそうに互いの顔を見合わせている。
 そして、ことの方を見て溜息を吐いた。

「あの、もしかして……」

 わたるは大方の事情を察した。

「その能力の使い手って、きみ達二人のどちらかじゃないの?」
「ええ、残念ながら」
「この場に居ないの能力」

 気不味さが会議室中に充満した。
 わたるの溜息が同時に響く。

『……仕方無い。その彼女にはまずゆっくり療養させてくれ。そしてかいふくし次第、わたりの足跡からおおかみきばの潜伏先に目星を付けよう』
「あの、もう一つ良いですか?」

 まゆづきにもう一つ物申す。

「実は気になっているのが、わたりが何故出歩いていたのか、ということなんですよ」
『と、いうと?』
「はい。おおかみきばって、残り数名にまで追い詰められた上に外国である日本に逃亡してきていて、メンバーに勝手な行動を取らせている場合じゃないと思うんです。にもかかわらず、わたりは何故か単独行動をして、さきもり君に襲い掛かってきたんですよね……?」
『何か……思い当たるところがあるのか?』
「特に根拠がある訳じゃないんですが、何か日本国内でやろうとしていることがある、とか……」
『成程、確かにその可能性はあるかも知れん。これはあまり時間を掛ける訳にはいかないかもな……』

 会議室の空気が少し張り詰めた。

『一先ず、この場の集まりはここまでにしよう。自分は数日の後にちらへ戻る。どうか皆、身の安全だけは充分に気を付けて事に当たってくれ。何かあれば、びやくだんまで報告すること。以上だ』
「はいはーい。ではではー」

 びやくだんが通話を切った。
 そして、一人に全員の視線が突き刺さる。

「……解っているわ、やり過ぎたわよ……」

 寝込んでいるが万全なら明日にでも捜査は進展するのだが、この場は仕方が無い。
 ことも反省はしているようだ。

「ま、仲直りしておいてくださいねー。それはそうと皆さん、先日は契約を結び直してくれて有難う御座いますねー。次の契約更新はちょっと早めの今月二八日になるんですけど、あぶさんみたいに引越しなどで住所が変わる場合は早めに教えてくださいねー。契約書に記載する登録内容、先に変更しといちゃいますんでー」

 びやくだんの他人事の様な事務連絡を最後に、この場はお開きとなった。



    ⦿⦿⦿



 時を同じくして、こうこくは丁度夕食時を迎えようとしていた。
 この日、じんのうかみえいこうどうしゆとうあらまさ総裁と食事の席を設け、今後の方針について話し合っていた。
 皇宮宮殿の食堂には、かみあらの二人だけが向かい合って食卓を挟んでいる。

なれとは二人切りで話をしたかった。故に、二人の近衛侍女には外してもらっている」
わたしの様な者に、もつたいこと……」

 並べられた料理には少しだけ華が戻っていた。
 二人は政権を取った後の組閣や政策方針などについて密に話し合う。
 かみは汎ゆる学術理論に深く精通しており、高い見識を持っている。
 彼の政権構想は、あらうならせるてつもないものだった。

「陛下にはえつけんの度に深甚なる感動を賜りますな。なたさまえいりよに因りこうこくが力強くよみがえり、汎ゆる世界の日本民族が手を取り合い、更なる無限の繁栄を享受する様がこの目に見えてくる様で御座います」
「うむ、必ずやそうなるであろう」
「しかし畏れながら陛下、それならば一層のこと、組閣はせず全ての閣僚を陛下が兼任する一人内閣になさっては如何でしょう」
「成程、考えておこう」

 じんのうが全ての権限を握る太古の親政の再現――それこそがあらの悲願であった。
 彼はかみえいという絶対的な存在に己の全ての願望を託している。
 最悪なことに、かみあらに答えるだけの能力と気概が有るのだ。
 日本国内で平和に向けた取り組みが成される一方で、こうこくの密室では未来に暗雲を予感させる不穏な話し合いが成されていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす
ファンタジー
 病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。  時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。  べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。  月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ? カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。 書き溜めは100話越えてます…

処理中です...