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第四章『朝敵篇』
幕間十四『破邪顕正の華傑刀(血ノ巻)』 上
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第一皇女・麒乃神聖花には二人の夜伽役がいた。
何れも見目麗しき中性的な男で、傍目には女にしか見えない化粧と装いをしていた。
彼らは麒乃神が自ら名付けた名を持っていた。
一人は頤望愛といって、嘗て幼馴染の恋人を逸見樹に寝取られた男の成れの果てである。
そしてもう一人の男・宍妻娼也は、全身から血を噴き出した望愛の穏やかな死に顔をじっと見つめていた。
皇紀二六八六年――西暦にして二〇二六年の八月十五日、主である麒乃神聖花薨去の報は彼らの元にもすぐに入ってきた。
そして、連合革命軍を率いて一連の事件を起こした武装戦隊・狼ノ牙がまたしても革命を為せず、逃走したことも。
望愛は直ちにに麒乃神から与えられていた毒薬を二錠服薬し、自殺した。
彼にとって、主から苦しみの無い死を賜り同じ場所へ逝けるのは、まさに本望だったのだろう。
娼也は思い出す。
嘗て自分が黄柳野文也という革命家であった時のことを。
彼の原点は、黄柳野家の営んでいた宝石店である。
まだ幼かった麒乃神聖花が実家を訪れ、宝石を購入していったところから始まった。
⦿⦿⦿
黄柳野文也が最も尊敬した人物は、自身の父親・武也であり、また最も嫌悪感を抱いたのも同じく父であった。
黄柳野武也は元々誠実な宝石商であった。
卸業者を厳選に厳選を重ねてより価値の有る宝石を取り扱い、更には超人的な加工技術により驚異的な品質と価格を実現する、知る人ぞ知る職人でもあった。
栄光ある皇國臣民は遍く本物の輝きを身に着けるべきである――それが父の思想であり、故になるべく来る者を拒まぬよう顧客本位の商売を続けていた。
そしてどんな大人物であろうと、決して平民の先約より優先して売るなどということはしなかった……あの時までは。
父はよりにもよって見つかってしまった。
当時まだ皇國の基準における未成年者、つまり十五にも満たぬ小娘だった麒乃神聖花に目を付けられてしまったのである。
勿論、武也は相手が子供であろうと不誠実な取引はしない。
彼女が払える莫大な予算と、彼女の可憐を極めし美貌に見合うだけの宝石を全力で見繕った。
そんな彼と、彼が用意した宝石に、当時の第一皇女はこう言った。
「素晴らしい。この世に御前程、私を美しく彩るに足る宝石商は居ないでしょう。今後も精進を続ける限り、私は御前を贔屓にし続けて差し上げましょう。そして孰れは私だけのものになりなさい」
その時、息子の文也は明らかに父の目の色が変わったのを見た。
欲に目が眩んだ、という類の澱んだ色ではない。
しかしそれは凡そ、良い歳をした中年の男が我が子よりも幼い少女に向けて良いような視線ではなかった。
その後麒乃神は、宣言通り何度も父の許を訪れた。
ある時、いつものように彼女が父を称賛する際、彼女は十代とは思えない蠱惑的な笑みを浮かべつつ、父の頬に手を触れた。
その瞬間、父は息子の見ている目の前で「びくり」と奇妙な痙攣をした。
麒乃神は意に介していなかった様だが、父を中心に異臭が拡がっていた。
それは息子・文也に何事が起ったのかを察知させるには充分だった。
父はそれ以降、彼女に会う際は予め部屋に籠って何かに没頭するようになった。
父の出した塵の中に異様な量の鼻紙と襁褓が混じるようになったのも同時期からだ。
そしてこの頃から、父は第一皇女だけは顧客に対する平等な宝石の取り扱いの例外とし始めた。
彼は成長して大学に進学してから暫くすると、授業に出ることは無くなった。
だが、構内では何年かに渡って活動し続けた。
独自に学んだ市民革命思想に拠って革命組織「地上ノ蠍座」を創設した彼は、後に武装戦隊・狼ノ牙の首領Дこと道成寺太に認められ、対等の立場で同盟を組んだ。
軈て、中流以下の平民を中心とした大規模な組織を持つ狼ノ牙と、恵まれた境遇の者から成る少数精鋭の地上ノ蠍座で役割は別れ、事実上同一の組織と化していった。
そして、同盟が正式に統一組織「武装戦隊・狼ノ牙」に統合され、「地上ノ蠍座」は狼ノ牙の別働隊となった。
それと同時期に、彼にとって最高の鴨が見つかった。
彼の実家に強盗が入り、第一皇女が贔屓にし続けた宝石店が蛻の殻となったのもこの頃である。
⦿⦿⦿
時は流れ、武装戦隊・狼ノ牙の組織規模は武力面・資金面・動員面で絶頂期に至った。
陸海空様々な軍用機ばかりか為動機神体まで手に入れ、超級の運用すら視野に入っていた。
それは即ち、並大抵の国家ならば転覆できるということを意味していた。
そして皇紀二六八〇年――西暦にして二〇二〇年、狼ノ牙は後の第二次八月革命動乱を除いては皇國史上最大の内乱を起こした。
皇國の新皇軍ではこの時一人の英雄・輪田衛士が台頭したわけだが、それに引き換え叛乱軍側は悲惨だった。
基より神聖大日本皇國は武力・資金・動員の何れに於いても世界最強であり、そればかりか時空・世界線を越えた侵攻すら可能とした不敗の国家である。
そんな異次元の力を持った正規軍に勝てる筈も無く、狼ノ牙に勢いがあったのは緒戦だけで、後は見るも無残に敗走していった。
しかし、彼らは滅びなかった。
逃げていく狼ノ牙の殿を、精鋭・地上ノ蠍座がその組織のほぼ全てを犠牲にして守り切ったが故である。
武装戦隊・狼ノ牙はこれ以降暫く地下に潜った。
そして地上ノ蠍座が犯した最大の失敗は、徹底抗戦を選んでしまったことだ。
一応、七曜衆と呼ばれる最高幹部七名は武装戦隊・狼ノ牙の八卦衆が一人、逸見樹の能力によって無理矢理戦場から救出された。
だが、二人だけは言うことを聞かなかったのだ。
一人はリーダーの黄柳野文也、もう一人は水徒端早芙子である。
文也は往生際悪く皇族を襲撃しようとしていた部隊の指揮に戻り、早芙子は単独で皇族を暗殺しようとしていた。
二人は長らく交際しており、将来を誓い合っていた。
第一皇女の宮の周囲に部隊を展開させた黄柳野文也は、先ず父との苦い記憶を思い出した。
そしてそれを塗り潰すべく、動乱直前に交わした約束に追憶を切り替える。
『早芙子さん、僕が用意できる一番の宝石を合わせた指輪だ。受け取ってくれないか?』
『奇麗……。でもそれって……』
『僕と結婚してください』
あの時の早芙子から零れた涙の輝きは忘れようもない。
その美しさには宝石すらも敵わぬと嫉妬したものだ。
『では私は、今日この時より黄柳野早芙子を名乗ろう』
『成程、素晴らしいな。確かに僕達は叛逆者の身で入籍など出来ない。役所に書類を出せる筈も無いからね。しかし、今僕達は確かに夫婦になったんだ。近代的社会制度が成立する前から、この世には人と人の繋がり、男女の愛があったのだから』
今思えば革命動乱直前としてあり得ない暢気さに笑えるが、二人はあの時確かに強い絆で結ばれていた。
『リーダー、号令を』
「ああ、すまん」
部下からの無線に文也は我に返った。
そうだ、今この戦場に眼を向けなければ。
おそらく革命には敗れるだろうが、それでも一矢報いる為に皇族の邸宅まで押し掛けたのだ。
「三つ数えて突入するぞ。三……二……一……」
文也の号令で、部隊は皇族の一人が住まう紅坂御用地の敷地内へと侵入した。
まるで果実に蟻が集る様に、人の群れが豪勢な建屋に群がっていく。
狙うべき皇族は決まっていた。
文也の戦いに、これ以上相応しい相手は居ないだろう。
「おやおや、随分とまあ招かれざる客が沢山参ったものですね……」
邸宅の玄関が開き、一人の背の高い女が姿を現した。
長い黒髪を艶めかせる蠱惑的な美女、黄柳野文也が道を踏み外した元凶、妖艶なる第一皇女・麒乃神聖花が彼らの目の前に堂々と立っていた。
何れも見目麗しき中性的な男で、傍目には女にしか見えない化粧と装いをしていた。
彼らは麒乃神が自ら名付けた名を持っていた。
一人は頤望愛といって、嘗て幼馴染の恋人を逸見樹に寝取られた男の成れの果てである。
そしてもう一人の男・宍妻娼也は、全身から血を噴き出した望愛の穏やかな死に顔をじっと見つめていた。
皇紀二六八六年――西暦にして二〇二六年の八月十五日、主である麒乃神聖花薨去の報は彼らの元にもすぐに入ってきた。
そして、連合革命軍を率いて一連の事件を起こした武装戦隊・狼ノ牙がまたしても革命を為せず、逃走したことも。
望愛は直ちにに麒乃神から与えられていた毒薬を二錠服薬し、自殺した。
彼にとって、主から苦しみの無い死を賜り同じ場所へ逝けるのは、まさに本望だったのだろう。
娼也は思い出す。
嘗て自分が黄柳野文也という革命家であった時のことを。
彼の原点は、黄柳野家の営んでいた宝石店である。
まだ幼かった麒乃神聖花が実家を訪れ、宝石を購入していったところから始まった。
⦿⦿⦿
黄柳野文也が最も尊敬した人物は、自身の父親・武也であり、また最も嫌悪感を抱いたのも同じく父であった。
黄柳野武也は元々誠実な宝石商であった。
卸業者を厳選に厳選を重ねてより価値の有る宝石を取り扱い、更には超人的な加工技術により驚異的な品質と価格を実現する、知る人ぞ知る職人でもあった。
栄光ある皇國臣民は遍く本物の輝きを身に着けるべきである――それが父の思想であり、故になるべく来る者を拒まぬよう顧客本位の商売を続けていた。
そしてどんな大人物であろうと、決して平民の先約より優先して売るなどということはしなかった……あの時までは。
父はよりにもよって見つかってしまった。
当時まだ皇國の基準における未成年者、つまり十五にも満たぬ小娘だった麒乃神聖花に目を付けられてしまったのである。
勿論、武也は相手が子供であろうと不誠実な取引はしない。
彼女が払える莫大な予算と、彼女の可憐を極めし美貌に見合うだけの宝石を全力で見繕った。
そんな彼と、彼が用意した宝石に、当時の第一皇女はこう言った。
「素晴らしい。この世に御前程、私を美しく彩るに足る宝石商は居ないでしょう。今後も精進を続ける限り、私は御前を贔屓にし続けて差し上げましょう。そして孰れは私だけのものになりなさい」
その時、息子の文也は明らかに父の目の色が変わったのを見た。
欲に目が眩んだ、という類の澱んだ色ではない。
しかしそれは凡そ、良い歳をした中年の男が我が子よりも幼い少女に向けて良いような視線ではなかった。
その後麒乃神は、宣言通り何度も父の許を訪れた。
ある時、いつものように彼女が父を称賛する際、彼女は十代とは思えない蠱惑的な笑みを浮かべつつ、父の頬に手を触れた。
その瞬間、父は息子の見ている目の前で「びくり」と奇妙な痙攣をした。
麒乃神は意に介していなかった様だが、父を中心に異臭が拡がっていた。
それは息子・文也に何事が起ったのかを察知させるには充分だった。
父はそれ以降、彼女に会う際は予め部屋に籠って何かに没頭するようになった。
父の出した塵の中に異様な量の鼻紙と襁褓が混じるようになったのも同時期からだ。
そしてこの頃から、父は第一皇女だけは顧客に対する平等な宝石の取り扱いの例外とし始めた。
彼は成長して大学に進学してから暫くすると、授業に出ることは無くなった。
だが、構内では何年かに渡って活動し続けた。
独自に学んだ市民革命思想に拠って革命組織「地上ノ蠍座」を創設した彼は、後に武装戦隊・狼ノ牙の首領Дこと道成寺太に認められ、対等の立場で同盟を組んだ。
軈て、中流以下の平民を中心とした大規模な組織を持つ狼ノ牙と、恵まれた境遇の者から成る少数精鋭の地上ノ蠍座で役割は別れ、事実上同一の組織と化していった。
そして、同盟が正式に統一組織「武装戦隊・狼ノ牙」に統合され、「地上ノ蠍座」は狼ノ牙の別働隊となった。
それと同時期に、彼にとって最高の鴨が見つかった。
彼の実家に強盗が入り、第一皇女が贔屓にし続けた宝石店が蛻の殻となったのもこの頃である。
⦿⦿⦿
時は流れ、武装戦隊・狼ノ牙の組織規模は武力面・資金面・動員面で絶頂期に至った。
陸海空様々な軍用機ばかりか為動機神体まで手に入れ、超級の運用すら視野に入っていた。
それは即ち、並大抵の国家ならば転覆できるということを意味していた。
そして皇紀二六八〇年――西暦にして二〇二〇年、狼ノ牙は後の第二次八月革命動乱を除いては皇國史上最大の内乱を起こした。
皇國の新皇軍ではこの時一人の英雄・輪田衛士が台頭したわけだが、それに引き換え叛乱軍側は悲惨だった。
基より神聖大日本皇國は武力・資金・動員の何れに於いても世界最強であり、そればかりか時空・世界線を越えた侵攻すら可能とした不敗の国家である。
そんな異次元の力を持った正規軍に勝てる筈も無く、狼ノ牙に勢いがあったのは緒戦だけで、後は見るも無残に敗走していった。
しかし、彼らは滅びなかった。
逃げていく狼ノ牙の殿を、精鋭・地上ノ蠍座がその組織のほぼ全てを犠牲にして守り切ったが故である。
武装戦隊・狼ノ牙はこれ以降暫く地下に潜った。
そして地上ノ蠍座が犯した最大の失敗は、徹底抗戦を選んでしまったことだ。
一応、七曜衆と呼ばれる最高幹部七名は武装戦隊・狼ノ牙の八卦衆が一人、逸見樹の能力によって無理矢理戦場から救出された。
だが、二人だけは言うことを聞かなかったのだ。
一人はリーダーの黄柳野文也、もう一人は水徒端早芙子である。
文也は往生際悪く皇族を襲撃しようとしていた部隊の指揮に戻り、早芙子は単独で皇族を暗殺しようとしていた。
二人は長らく交際しており、将来を誓い合っていた。
第一皇女の宮の周囲に部隊を展開させた黄柳野文也は、先ず父との苦い記憶を思い出した。
そしてそれを塗り潰すべく、動乱直前に交わした約束に追憶を切り替える。
『早芙子さん、僕が用意できる一番の宝石を合わせた指輪だ。受け取ってくれないか?』
『奇麗……。でもそれって……』
『僕と結婚してください』
あの時の早芙子から零れた涙の輝きは忘れようもない。
その美しさには宝石すらも敵わぬと嫉妬したものだ。
『では私は、今日この時より黄柳野早芙子を名乗ろう』
『成程、素晴らしいな。確かに僕達は叛逆者の身で入籍など出来ない。役所に書類を出せる筈も無いからね。しかし、今僕達は確かに夫婦になったんだ。近代的社会制度が成立する前から、この世には人と人の繋がり、男女の愛があったのだから』
今思えば革命動乱直前としてあり得ない暢気さに笑えるが、二人はあの時確かに強い絆で結ばれていた。
『リーダー、号令を』
「ああ、すまん」
部下からの無線に文也は我に返った。
そうだ、今この戦場に眼を向けなければ。
おそらく革命には敗れるだろうが、それでも一矢報いる為に皇族の邸宅まで押し掛けたのだ。
「三つ数えて突入するぞ。三……二……一……」
文也の号令で、部隊は皇族の一人が住まう紅坂御用地の敷地内へと侵入した。
まるで果実に蟻が集る様に、人の群れが豪勢な建屋に群がっていく。
狙うべき皇族は決まっていた。
文也の戦いに、これ以上相応しい相手は居ないだろう。
「おやおや、随分とまあ招かれざる客が沢山参ったものですね……」
邸宅の玄関が開き、一人の背の高い女が姿を現した。
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