日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
300 / 315
第四章『朝敵篇』

幕間十四『破邪顕正の華傑刀(血ノ巻)』 下

しおりを挟む
 かみは周囲を見渡す。
 自身を取り囲む賊の中にふみを見付けた彼女は、を合わせてわくてきな笑みを強めた。

「懐かしい顔ですね……。まえわたくしひいにした宝石商の息子でしょう? 相変わらず……」

 ふみは警戒を強めた、強めたはずだった。
 だがかみはあっさりと、軽やかに、縮地的に、充分離れていた筈のふみほおに手を触れたのだ。

うるわしくて何よりですよ……」

 その瞬間、ふみの全身を例えようのない恐ろしいかんはしった。
 体の芯から刹那にして凍り付いてしまうかの様な感覚に、彼は全てを悟ってしまった。
 嗚呼ああ、我々は今からこの女にじゅうりんされる。

「リーダーから離れろ!!」

 誰かが叫んだ。
 しかし、その瞬間にかみは叫んだ男の目の前に移動していた。
 その動きを、この場の誰もとらえることが出来ない。

「無礼者」

 かみは男の頬を平手打ちした。
 同時に、男の頭部から燃える球体が飛び出した。
 男は一撃で頭を失い、千切れた首から鮮血を噴き出させていた。

な、こんなにあっさり!」
ほのおの能力か!」

 部隊に動揺がはしった。

ろたえるな! 基よりごわいのは承知の上!」
「少数精鋭の我々がこれだけの数をそろえたんだ! 一人二人たおれようと必ず命をる!」

 別の二人がかみの背後を取った。
 そして、じゅつしきしんの能力を行使する。

じゅつしきしん美徳の盾ジェスティーヌ
じゅつしきしん悪徳の矛ジュリエット

 彼らが作ったのは、その名の通り矛と盾だ。
 誰もが知る有名な故事「矛盾」――まさにその通りの、説に違わぬ全てを貫く矛と全てをはじかえす盾である。

 じゅつしきしん――すなわち、術の形で発揮されるしん
 ばんぶつに秘められし神性、神のし事、あるいは神に為る事。

 それは通常、まずは超常的な生命力、回復力、修復力、復元力という形で現れる。
 次に、超常的な身体能力、気力の放出。
 最後に、数々の特殊な能力をもって完成へと至る、とされている。

 彼らの能力は二つで一つ。
 それは故事の通り、矛で盾を突くことによって完成する。

 その結果は、この世の摂理にいて起きてはならないことである。
 突いた瞬間の接点は、この世に在ってはならない空間である。
 故に生じる、完全な「虚無」。
 二人の能力はこの「虚無」をほんの一瞬作り出し、付近の物体を全て虚無に巻き込んで消滅させるというものだ。

 しかし二人がおのおのの装備を構えた瞬間、かみは不敵に笑った。

「下らない……」
「何だと!?」
「構うな! 良いからやるぞ!」

 矛の一撃が盾に向かって放たれる。
 しかし、禁断の衝突は起こらなかった。

 麒乃神がいつの間にか二人の間に割って入っていた。
 矛はかみの指先で、あっさりとその刺突を止められてしまったのだ。

「え……? なっ……⁉」

 男はきょうがくしていた、当然だろう。
 かみの指先は、出血はおろかうっけつすらしていなかったのだ。

「全てを貫ける矛……そう思うならばそもそもその矛で攻撃すればよろしい。もっとも、そんな身分いやしき者のせんな『言い分に従って』、『貫かれてやる義務』などわたくしにはありませんがね」
「何だとォッ……!?」

 矛の男はおそおののいてあと退ずさる。
 そんな彼を鼻で笑い、かみは言葉を続けた。

「大体、まえたちの戦い方はずるいのですよ。やれ、『相手にあれそれをさせる能力』だの、『自分はどれこれをされない能力』だの、挙げ句の果てには『相手を必ず斃す無敵の能力』だのと……。たとえるならば素手の決闘に自分だけ拳銃を持ち出す、或いは相手を縄で縛って思う存分殴る蹴るを行う様なもの……。にも身分卑しき者の下賤な戦い方と言うより他ありませんね……」

 この第一皇女は、矛の男だけでなくこの場にいる全員、いな、もっと多くの戦士たちをあざわらっていた。

「へええ……。じゃあ見せてくださいよ。第一皇女殿下の高貴なる戦い方というやつを……!」

 盾の男はそんな彼女にいらったのか、あろうことか挑発を返してしまった。
 そんな彼に顔を向けた彼女は、天使の様な悪魔の様な晴れやかな笑みを見せた。

「良いでしょう」

 それだけ言うと、かみせいは笑顔のままで全ての攻撃を弾き返す筈の盾を殴った。
 殴った瞬間、その盾は粉々に砕け散ってしまった。

「なッ!?」

 かみは燃える手を振り、炎を消し去った。

「あり得ない……。全てを貫く筈の矛で傷一つ付かず、全てを防ぐ筈の縦を砕くなんて……。そのほのおの能力に一体どんな秘密があるというのだ……?」
「全く、無礼なのか物分かりが悪いのか……。この焔は能力などではありませんよ。ただ打撃の時、空気の摩擦で火がいてしまうだけです。もう少し洗練された拳なら、火が点かないように空気の隙間を縫えるらしいのですがね」

 かみは腕を振り上げた。
 いつの間にかその手には、閉じた黄金の扇が握られていた。
 そして、燃え盛る黄金の殴打。
 盾の男の頭はそれだけで腐ったトマトの様につぶれ、燃え始めた。

 彼ばかりではない。
 矛の男も、それから次から次へとこのただの黄金の扇子による殴打がじょうさそりの精鋭達を虐殺していく。
 彼女は力が強いばかりではなく、舞う様なその動きもつかどころが無い。

 ふみには一層優雅にすら見えた。
 焔をまとさつりくの舞いは、こうごうしさすら帯びていた。

 じゅつしきしんは人間の奥底に眠る力の極致――ただそう思っているのはどうやら皇族の言う「身分卑しき者」だけらしい。

 抑も神とのつながりという意味では、天神の血筋である皇族に勝る者など現在のこうこくには存在しない。
 居たとしてもそれは前時代の弾圧によって絶えてしまった。

 こうこくの皇族にとってしんとは「単なる力」であり、またその総量自体が桁違いなのだ。
 また、能力が通用しない理屈も単純である。
 皇族にとってそれは、喩えるならば「バリアを張った」と言って遊ぶ子供のたわごと――正しく児戯なのである。

「う、うわあああっ!!」

 すがに力の差を悟ったのか、ふみの部下達は血相を変えて逃亡し始めた。
 それを見てかみは残酷な、しかし美しい笑みを浮かべ、てのひらからしんの光を放出する。
 力の奔流は逃げ惑う賊を跡形も無く消し飛ばしてしまった。
 それはまるで彼女の意に添う様に、消すべき者だけを消し残すべき物には傷一つ付けていなかった。

 残されたのはふみ一人だけだ。

さてて、まえの処遇ですね……」

 かみはわざとらしく、ゆっくりと恐怖に固まるふみに歩み寄って来る。
 恐怖――果たしてそうだろうか?

かみ……せい……」

 憎ききゅうてきを前に思い出す。
 父がかつて彼女を見たあの目――あれは確かに、中年の男が我が子よりも幼い少女に向ける視線ではなかった。
 あれは確かに、宝石よりも美しい愛すべきものを見つけてしまったというまなしだった。

「違いますよ」

 そんな追憶を見透かしたように、第一皇女は笑った。

「彼は宝石になりたいと願ったのですよ。そしてこのわたくしでられたいと……。あの時の眼はそう訴えていました」
「何……だと……?」

 ふみは腰を抜かし、迫り来る彼女から逃げることも出来ず、ただただ己の運命を待っていた。
 ふと、彼はある事に気が付く。
 目の前で、彼女の有り得ない一部が主張していた。

「あらあら、嫌だわわたくしったら」

 かみせい両性具有アンドロギュノスの第一皇女。
 うわさには聞いていたが、目の前に突き付けられたそれは想像をはるかに上回っている。
 ふみは別の意味でも、彼女に到底かなわないと認めざるを得なかった。
 そしてその時、彼はようやく父の眼の意味を悟った。

「あれは……あれは乙女の眼だ! 父さんはあろうことか年端も行かぬ少女を前に、乙女にされたっ! 眼差しを、せっぷんを、ほうようを、そしてまぐいを乙女として求めたのだッ!!」
「御名答! ようやく真実に辿たどけましたね。ですが、本当はそれだけではないのでしょう?」

 かみを中心に視界が、世界がゆがんでいく。
 駄目だ、この人は女神だ。
 刃向かえない、逆らえない。

「さあ、正直におっしゃい! わたくしに心の内を全てさらけ出すのです!」
「父さんッッ!! そんなこと出来るわけ無いだろう!! としを考えろよッッ!! ぼくならいざ知らずううぅぅッッッ!!」

 余りにも恥を知らぬ絶叫。
 だが、それがかみには心地良かったらしい。
 うっとりとした眼で天を仰いでいる。

くそっ!! くそぉっ!! 殺してくれ!! ぼくもみんなみたいに殺してくれ!!」

 ふみの感じた惨めさは想像に余りある。
 だがそんな彼に、かみは更に悪魔の様にささやいた。

ふみまえね、父親似ですよ」
「え?」
「親子の夢をかなえましょう? さあ、生まれ変わるのです。ふみという名はてなさい。今この時よりまえの名前はしししょうわたくしのもう一人のとぎ役となりなさい」

 くして、ふみという男はしししょうという名の存在に変えられ、かみせいの愛玩人形にちた。



    ⦿⦿⦿



 再び皇紀二六八六年――西暦にして二〇二六年の、八月十五日に時を戻す。
 今、しょうは鏡に映った自分の身体を見詰める。
 そこにはかつて願った様な、雌に堕ちた雄失格の男の姿があった。

まえもこんな風になれますよ』

 今は亡きかみの言った通りだった。
 それは逃れられない、拭えない屈服のらくいん
 それを魂にまで刻まれたのだと悟った彼は、笑い叫ぶより他に無かった。

「アハハハッ……アァーッハッハッハッハッハァーッッッ!」

 今、繭売しょうは周囲を見渡す。
 父が主に売った宝石が散らばっている。
 今の彼に出来ることは、はやこの空間を滅茶苦茶にすることだけだった。
 狂った様にわめき散らしながら部屋で暴れ回った彼は、髪を切るためはさみを自らの喉に突き刺して死んだ。

 革命動乱でじんのうは崩御し、皇位はかみせいの弟である第一皇子・かみえいが継承した。
 新たなじんのうとなった彼は姉の思い出としてかみ邸を残すことを望んだが、この部屋だけは完全に封鎖されることとなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

優しい世界のシリウスさん

みなと劉
ファンタジー
ギルドで毎日仕事をコツコツとこなす青年シリウスは 今日も掲示板とにらめっこ。 大抵は薬草採取とか簡単なものをこなしていく。 今日も彼は彼なりに努力し掲示板にある依頼書の仕事をこなしていく

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

才能は流星魔法

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。 そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。 流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。 ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。 井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。 山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。 井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。 二日に一度、18時に更新します。 カクヨムにも同時投稿しています。

処理中です...