日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
28 / 297
第一章『脱出篇』

第九話『親愛なる残春』 急

しおりを挟む
 翌朝、わたるは朝食の準備をしていた。
 この一食を最後に、彼らは飢餓訓練に入るとのことなので、軽食ながらも腕によりを掛けて作る。
 中学時代から段々と料理をする頻度が上がり、大学生になった時点で家事能力が完成していたわたるにとって、これは普段の生活の延長だった。
 人数分料理を作るのも、ことを相手にするのと大して変わらない。

「こんなもんかな」

 一息いていると、ふた椿つばき、それと何故なぜしんも食堂に入ってきた。

「あ、三人ともおはよう」
さきもり君、おはよう」
貴方アンタも大変だね。ま、自分で引き受けた事なんだから頑張りな」
おれも手伝えたら良いんだけどなー。家事出来ねえからなおれは」

 三人は席に着いた。

「待っててくれ。今、配膳するから」

 わたるは三人分の朝食を用意する。
 これを最後にしばらく何も食べられなくなるからしっかり食べておけ、とは言えない。
 ――彼らにとって敵の一人であるおうぎから、有利な情報をもらっていると話す事は出来ないのだ。

さきもりあぶには言ったけど、ふたの話は昨日の夜あたしが聴いといたから」
「悪いな、椿つばき
「うぅ、みんなに迷惑掛けてごめん……」

 ふたは申し訳なさそうに縮こまっている。

貴女アンタはビビってオドオドしてるのが良くないんだよね。その癖、余計な事は言っちゃう毒舌だし。そういうところ、他人の神経をさかでしがちなんだよね」
ようさん、それは昨日言われてわかったから……」

 椿つばきの言葉で、わたるはふと高校生の頃を思い出した。
 毒舌、といえば真っ先にことの方を思い出すが、ふたもそれに同調して結構色々な事を言ってきた気がする。
 ただ、仲良くし始めた頃にはそんな事も無かったので、慣れてきたらそういう面が出てくるのだろうか。
 そういうことなら、逆説的に彼女はこのメンバーに打ち解けてきたのかも知れない。

ずみちゃん、言いたい事言うのは別に良いんだぜ。だが、もう一寸ちょっと堂々とした方が良いな。その点、おれの妹のぐさ仮令たとえおれにでもズケズケ物言ってくるからな。たいしたもんだと思うよ、兄貴としては」

 またしんの妹自慢が始まった。
 隙あらばに自分の妹が素晴らしいかをアピールしてくるので、今では全員が彼の妹を認知している。
 同室のわたるに至っては、少々へきえきとしている。
 おそらく、他の者達がそうなるのも時間の問題だろう。

貴方アンタさ、妹ぼんのうなのは良いけど、あんまりそういうことを言い触らすと妹本人にウザがられるよ」

 どうやら既に椿つばきを辟易とさせつつはあるらしい。
 しんいさめる彼女の口調にはあきれが多分に混じっていた。
 だが、ふと思い出した様に付け加える。

「まあ、会えないんだけどさ……」

 椿つばきの顔に影が差し、朝の空気が重くなった。
 しかし、それを和ませるべく動いたのは彼女だった。

「大丈夫、きっすぐに会えるよ」

 ふたしん椿つばきほほみ掛け、二人を勇気付けようとしていた。
 思えば、初日にはらひなが自己紹介を始めた時、しんが渋る中で流れを切らなかったのは彼女だった。
 ふたは決して空気の読めない人間ではなく、皆に気を遣って清涼剤になることが出来る優しい女である。
 わたることも、そんなふたの美点はよく解っている。

「会えるよ。あぶ君の妹さんにも、ようさんの弟さんにも。だからもっと、御家族の話を沢山聞かせて」
「え? 椿つばきお前、弟がいたのか?」

 わたるしんには初耳だった。
 そもそも、椿つばきしんと違ってあまり自分の事を話したがらない。
 それをふたが知っているということは、同室で生活する内にかなり彼女と打ち解けたということだろう。
 そういえば心做しか、椿つばきの態度は当初と比べて柔らかくなった気がする。

「まあ、そうだね……。双子の弟がいるんだ。一緒だった時間は短いけれど、大切な弟なんだ。あいつのためなら、あたしは……」

 どうやら椿つばきにも何かと事情がありそうだ。

「いやー、解る! 解るぜ椿つばき! なんだ、お前もおれと一緒だったのかよ! やっぱり兄弟姉妹ってそういうもんだよな! 何かと気には掛かるし、助けになりてえもんだ!」

 しんは一人で納得し、共感した様だが、椿つばきの方は少々いらちを覚えた様な視線を彼に送っていた。

「ま、まあいずれにせよこのままじゃ何も始まらないよな」

 これ以上争いの火種を抱えたくないわたるは、強引に話をまとめようとする。
 ふたも同じ気持ちなのか、わたるの後に続いた。

「その為にやるべきことははっきりしているんだから、わたし達はそこへ向けてみんなで頑張れば良いんじゃないかな」
「ま、貴女アンタもそう思うんなら、あんまりと衝突している場合じゃないよね、ふた
「うぅ、はい……」

 椿つばきくぎを刺され、ふたはしゅんとしてしまった。

「解ってるよ。君はあくまでも仲間なんだって、本当の敵が誰なのかって、わたしは見失ってなんかいないよ」

 本当の敵。
 そうせんたいおおかみきばわたりりんろうは今日からより過酷にわたる達を生死の境へと追い込むだろう。
 いわく、それは本来危険なだけで効果的とはいえないとのことだが、おおかみきばわたる達を使い捨てる事など何とも思っていない。
 気を確り持って必死にかなければ、はらひなの様に殺されてしまう。

 下らない不和で無駄なエネルギーを消費している場合ではない。
 今日から始まる飢餓訓練とやらでは、おそらくより七人の協力体制が重要になるだろう。

さきもり君も、本当にたおすべき相手を間違えないでね」

 ふたはそう言うと、わたるに笑顔を見せた。
 心做しか、高校生の頃よりも世の中を知って大人びた様な印象を受ける。
 彼女も強くなったのだろうか。

 そんな事を考えていると、食堂の扉が開いた。
 が起きてきたのだ。

「あ、おはよう……」
「お、おう……」

 彼と真っ先に挨拶したのはふただった。
 反省は本物で、少しでも関係を修復しよういう意思がうかがえる。
 で少し驚いたようで、気の抜けた返事をする。
 わたるしん椿つばきは嫌な予感を覚えながらも、希望を持って二人を見守っていた。

「その、なんだ……。昨日は悪かったのだよ」
「うん、わたしも……」

 ぎこちないながらも、ふたは互いに謝罪の言葉を口にした。
 この分なら大丈夫だろう、と見守る三人にあんが広がる。

「腕が当たったのは事実なのだから、素直に謝っておけばあんな面倒な事にはならなかったよな」
「そうだね。わたしも『自分の事ばかり』とか、言い過ぎだったかも。仮に本当だとしても、言われた方は気分良くないし」

 んん?――安堵に亀裂が生じた。
 二人の会話に早くも相手を殺傷する刃が見え隠れしている。

一寸ちょっと待て、本当って何なのだよ?」
「そっちこそ、面倒って何?」

 どうやら駄目そうである。

「だから、ちゃんと助けようとしたと言ってるのだよ!」
「結局、面倒臭いから口先で謝るだけじゃない!」
そもそも、不可抗力で起きた事を批難されているのだから、面倒臭いのは当然だろ!」
「それでもこっちはお陰で溺れたんだよ! 謝って欲しいのは当然でしょ!」
「じゃあ謝る以上の事を求めるなよ!」
「心からの謝罪が欲しいの!」
「心からの謝罪という言葉、大嫌いなのだよ! そんなのお前の胸先三寸だろ!」
「謝られる立場なんだから当然でしょ!」
「そういう性根が腐ってる!」
「意味解んない! どっちがよ!」
!」
!」
「ぴえん!」
「非モテ!」

 結局こうなるのか、とわたるは頭を抱えた。
 しん椿つばきためいきいている。
 食堂の奥、台所へと目をると、も冷めた視線を向けていた。

(すみません、はたさん。こいつらが仲直りするのは多分無理です。何とか、計画に支障が出ない様に祈るしかありません)

 わたるは心の中でそんな事を思いながら、今日から始まるという飢餓訓練の内容を想像して現実逃避した。

 一週間の飢餓訓練、わたる達はどうにか乗り切った。
 飲まず食わずで山脈を巡る、この間で四人がしんの第三段階に達した。
 一方でわたりはこの結果に満足しておらず、日に日に「その時」が近付いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。 それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。 彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。 シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。 それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。 すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。 〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟 そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。 同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。 ※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...