日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第十一話『約束』 破

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 わたりは「けいたいさん」と称して更に人間離れした姿になった。
 骨肉の枝分かれと変形は右腕だけでなく左腕・両脚・両肩・後首にも及び、伸縮・変幻自在のやりが合計七本も形成されていた。
 更に、首から下腹部に掛けて、シャツの裏にじゃばらの様なこうかくまとっている。

「覚悟しろ、さきもり。この姿になったからには、今までとは全く違うぞ」

 わたるは、わたりが怪物の如き姿になったこと、それ自体にはほど驚かなかった。
 既に、高校時代にこの手の変貌には耐性が付いている。
 だが、それはそれとして強い危機感を抱かずにはいられない。

(あの槍の攻撃、一本でもかわすのは困難だったのに、七本も同時に襲い掛かってくるのか。おまけに、あれじゃあ今までのように脛を狙うことは出来ない)

 それでも、わたるはどうにか活路をみいそうと観察し、考える。

(槍と甲殻が形成されていないのは、ぱっと見る限り顔とももか。後は背中もそうだろうけど、ジャケットで隠れてよくわからないな。だとすると、狙いはローキックか)

 わたるがそんな分析をしていると、わたりは両腕と両肩の槍を同時に伸ばしてきた。
 容赦の無い刺突の嵐が四方から襲い掛かる。

「蜂の巣になれッ!」
「くっ!」

 わたるは大きく跳び退いて難を逃れようとした。
 しかし、一本の時でさえかすめてしまった槍を四本も躱し切ることはすがに出来ず、肩と脇の肉をえぐられてしまった。

「うぐァッ!!」

 それでも、わたるは懸命にわたりへと向かっていく。
 しんまゆづきが起きない限り、逃げずにあらがい続けなければならない。
 だがそんな気負いもむなしく、わたるわたりの次なる狙いに気付けなかった。
 いや、気付きはしたが、手遅れだった。

(腿と首の槍! 地面に刺さって……!)

 瞬間、わたるの足下から三本の槍頭が顔を出した。
 寸前で気付き、辛うじて致命傷は免れた。
 しかし左肩・右腿を抉られ、左足を貫かれてしまった。

(しまった! 脚が!)

 これは痛恨である。
 逃げる上で、重いあしかせめられてしまった。
 だが、わたるの抗う意志はなおも揺るがない。

「おおおおおおッッ!!」

 わたるはそのままの勢いでわたりに殴り掛かった。
 丁度、彼の七本の槍は全て伸び切っており、大きな隙をさらしている。
 加えて、全くひるまずに向かっていったわたるに意表を突かれたわたりは、頭部を完全に無防備にしている。

 わたるの拳がわたりの顔面目掛けて繰り出された。
 完全に入る、かに思われた。
 だがその時、わたりは口を大きく開き、第八の槍と化した舌を飛び出させた。

「なっ!?」

 舌の槍がわたるの肩を貫いた。
 わたるの顔が苦痛に、わたりの顔が嘲弄に、それぞれゆがむ。

(心臓は外した! なら!!)

 わたるは突き刺された腕でわたりの伸びた舌をつかんだ。
 そしてもう一方の腕で力一杯顔面を殴った。
 二人の体がもつれるように倒れ込む。

 だが、わたりは殴り倒されながらも不敵に笑っている。
 わたるもまた、手応えに違和感を覚えていた。

「掛かったなァッ!」

 わたりは舌の槍を勢い良く振るい、わたるの体を勢い良く上空へ投げ飛ばした。

「しまった!」
「空中では身動きが取れまい! 終わりだ!!」

 わたりはわざと倒れ込んでいた。
 勢いを利用して、わたるを回避不可能な空中へ投げ出したのだ。
 ばんきゅうす、舌も含めて八本の槍がわたるを蜂の巣にすべく襲い掛かる。

くそッ、こんなところで……!」

 わたるのうことの澄ました微笑みが浮かぶ。
 ただ思い浮かべるのではなく、この眼でもう一度見られるのなら、それが氷の微笑でも構わない。
 だから……。

「こんな所で死ねるか!」

 わたるは腕を前に出し、襲い来る槍を掴んで受け止めようとする。
 明らかに単なるわるき、八本の槍を二本の腕では止めようが無い。

 だがその瞬間、聞き覚えのある女の声が戦いによこやりを入れる。

じゅつしきしん陽多扶殺ヨタプサイ

 瞬間、一筋のあかい雷光がわたりの体を貫いた。

「ヌゥッ! このじゅつしきしんは……!」

 振り向いた二人の視線の先、椿つばきようわたりの方へ右手を差し出し、残存電流を紅く散らせていた。
 突然の乱入者に気を取られたわたりは、わたるへの止めが遅れた。
 その隙に、彼の足下が大きく割れた。

「地割れ……! 今度はおりか、おのれ!」

 わたるへの攻撃は完全に阻まれ、わたりは地割れにまれた。
 同時に、わたるは地面から伸びてきた木のつるに巻き取られた。
 お陰でわたりが落ちた地割れに巻き込まれずに済んだ。

さきもり君、大丈夫?」
「助かったよ、ずみさん」

 無事に地面へ降ろされ解放されたわたるは、木の蔓を生やしたずみふたに礼を言った。

椿つばきおりも、ありがとう」
「ああ……」
「油断すんじゃねえ。わたりの野郎がこの程度で死ぬかよ」

 一息吐いたわたるおりりょうの叱責が飛んだ。
 その言葉通り、異形のわたりが地割れから飛び出してきた。

「貴様らァッ!! そろいも揃って親に刃向かうとは良い度胸だァ!!」

 蛇の様にうねりを上げる八本の槍が、空を裂く破裂音と共に猛スピードでわたる達に襲い掛かる。

「させんのだよ!」

 間一髪、けんしんが掛け声と共に形成した鏡がわたる達を守り、わたりの槍をことごとはじかえした。

「見たか! いずれはミサイルすら弾き返してみせる! おれは国防の盾となり日本を守るのだよ!」
君、またみたいなこと言ってる」
「なんだと、ずみ?」

 せば良いのに、こんな時にもふたは言い争いを始めてしまう。
 しかし、鏡の壁は粉々に砕け散った。
 この場はの分が悪そうだ。

「確かにこれじゃ夢物語だな、お兄ちゃんよ」
「ぐっ……!」

 駆け付けて早々にそんなりをするわたるの仲間達だったが、敵のわたりは地面に着地して彼らの背後に目を遣っていた。

「全員戻って来たということは、やはりそうか……」

 じゅつしきしんとくした彼らが先にこうてんかんへ戻されてから、まだそう時間はっていない。
 つまり、彼らを乗せたワゴン車がそのまま舞い戻ったということになる。
 わたりだけでなく、わたるも察した。
 そして思った通り、わたる達の後から「おうぎ」ことはたが歩み出た。

おうぎよ、なんのつもりだ?」
わたり様のしんが膨張なさられましたと関知いたしましたので、もしやと思い舞い戻り参じた次第で御座います。やはり、さきもり様を粛正なさられるおつもりでいらっしゃられましたのですね」
「そんなことはいていない。なんのつもりでおれの邪魔をするのかと問うているんだ」
わたくしにはさきもり様を完全に始末する理由が分かりかねます。年々同志が減る今、使い道は何も戦闘員に限らずとも良いのでは、と以前申し上げいたしましたはずですが」
「意見は聞くが、その上で判断するのはおれだ。そこにお前が口を挟む権限など無い」

 どうやら、彼女がわたりを誘導しようとしていたのは確かなようだ。
 だが、わたりはそれを聞き入れずにわたるを処分しようとしていたらしい。

「では、このまま処刑を続行なさられますか? さきもり様一人ならばいざ知らず、五人が相手となりますと、わたり様といえどもいささか骨が折れるかと」
「白々しい」

 わたりは、何故なぜわたるの方をにらけていた。
 そんな遣り取りの間に、しんまゆづきも目を覚ました。

「おいおい、寝てる間にどういう状況だ?」

 しんは困惑してわたる達とわたりを交互に見る。

「しかも何だ、あの化け物?」
あぶ、後で説明するから黙っていてくれないか?」

 状況の分からないしんが話に入るとややこしくなる、とわたるは考えた。
 一方、まゆづきおりの後に隠れていた。
 そんな中、彼らの処遇に関する遣り取りは続く。

「どうしても、とおっしゃられますなら、わたくしは立場上貴方あなたに従いましょう。また、死体の処分もお任せください。そして、しゅりょうДデーにも『新隊員は、わたり様の訓練に耐えきれず、全滅』と報告いたしますが?」

 わたりは舌打ちと共に光に包まれ、元の姿に戻った。
 どうやら、粛正は中止の判断が下ったようだ。
 わたるひとず胸をろした。

「良いだろう。ここはお前の望み通りにしてやろう。だが、さきもりはや戦士としては使わん。その決定は覆らない」
「ええ。そちらに関しまして、わたくしが異論を挟む理由は御座いません」

 雲の合間から照らす月の光に照らされ、はたが闇の中で一筋の光をもたらしているようだった。
 わたるは小声で彼女に礼を言う。

「あ、ありがとうございます……」
「いいえ、約束ですから」

 もまた、かすかなささやき声で答えた。
 わたりの態度からしても、当初の約束通りの展開に落ち着きそうな気配がある。
 二人で想定していたていさいはどうにか整いそうだ。

 だが、宵の空気は不穏によどんでいた。
 月が不安定な空の雲に隠れてしまったからだろうか。

 わたりは、わたるの粛正に横槍を入れられて不服な筈だが、どういう訳か下卑た笑みを浮かべていた。
 わたるは血の気の引いたの顔に、一抹の不安を覚えていた。
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