日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

幕間二『毒牙を研ぐ者達』

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 しんせいだいにっぽんこうこくしずおか州・やまなし州境、標高一一九四一メートル――世界最高峰「さんろく、「そうせんたいおおかみきば」現総本部「だいろくてんごくろう」。
 ひっそりと建てられた広大な山荘、その薄気味悪いロビーに、男が四人、女が一人居た。
 立って窓の外を見詰める青年をのぞき、四人は机を挟んで向き合ってソファに腰掛けている。

 さきもりわたるわたりりんろうの戦いとほぼ時を同じくして、一人の青年が何かを感知していた。
 ベルトが装飾されたあんりょくしょくのシャツを着た彼は、窓から北を見ていた。

「あらどうしたの、かげ坊や? 心配事かい?」

 ファーを掛け、ピンク色のラメを織った際どい服を着た女が青年に尋ねた。
 青年は無機質なを外へ向けたまま、答えを返さない。
 そんな彼に、背の高い初老の男が改めて問い掛ける。
 黒く丈の長い、胸に十字を装飾された服は加特力カトリック神父の祭服を思わせ、痩せた体型とあいって非常に洗練された印象を与える。

「息子よ、何事かね?」
「今、大きな力が解放された。強い敵と戦ったようだ」

 青年の口調は無機質で、一切の感情が込められていなかった。

かげ君、大丈夫なのか?」

 黄色いタートルネックの、髪を短く刈り上げた若い男が青年を心配して声を掛けた。
 彼の代わりに、父親が蓄えられたあごひげいじりながら答える。

「心配要らんよ、同志。あれは今、あまりにも遠く離れている。感知は働いても悪影響は及ばん。そうだろう、かげ?」

 かげは黙して答えない。
 無視しているというよりは、機械が応答する対象としていない、という状態に似ていた。
 初老の男はほど気にせず、夕闇を遮る雨を眺めている。

「ふーむ、同志わたりが『けいさん』を披露したのか、それとも……。いずれにせよ、良い兵隊が育ってくれていれば良いのだが……」
「期待出来るとは思いませんわ、しゅりょうДデー

 派手な女はソファのもたれに踏ん反り変えった。

「同志はなは相変わらず同志わたりと反りが合わんようだね」
「ええ。あの男、このわたしに毎度毎度やれ行き遅れだの、厚化粧ばばあだの、見てくれのことばかり言いやがって。お前と同い年だよ、こっちも」
「そういうお前も、わたりのことを何かと脳筋だの、無能だのと散々ろしているじゃないか。まあ、事実だがな」
「同志土生はぶ、あまり先輩を悪く言うものではないよ」

 青を基調とした飛行服を着たモヒカン頭の巨漢が女をらかい、初老の男「しゅりょうДデー」がいさめた。
 異様な程姿勢の良い佇まいは、何やら特殊な訓練のごりを感じさせる。

 青年以外の四人は、しゅりょうДデーことどうじょうふとしを含めておおかみきばの幹部「はっしゅう」の者達である。
 はなたまれん土生はぶあき、そこにわたりりんろうも含めて、みな戦闘を始めとした高い能力を持ち、おおかみきばの破壊活動の根幹を成しているのだ。

「では、同志はなはやめておくかね? あおもり支部への訪問は」
「そうですね、パスしますわ。わたりと会っても、どうせろくな事が無い」
「成程。では我輩と息子のかげ、それから同志だけでよいかね?」
「自分も同行します。おうぎの連絡もありました。久々にどうしんたいの状態を確認しておきたい」
「ああ、そういえば彼女が整備してくれているのだったね。では、同志土生はぶも同行、と」
「他の三名はどうしているのです?」

 黄色いタートルネックの男がたずねた。

「皆、外せぬ任務があるよ。我々の使命のためにね」

 しゅりょうДデーは口角を大きくゆがめ、狂気に満ちた笑みを浮かべる。

「間もなくだ。間もなく、こうこくはまたしてもこの世界線に戦争を仕掛けるだろう。遺伝子の深い所に領土的野心の根付いた卑しきいぬの民族から、世界の平和を守らねばならぬ。その為に、なる手段を講じても、如何なる犠牲を払っても我々はこの民族を根絶やしにせねばならんのだよ。分かるかね、同志諸君?」

 激しい稲光が部屋からハイライトを一瞬奪い、五人の陰影を不気味にかたどる。

「『使命は地球より重い』ということだね」
「ならばそこに新兵として加えんとした者達の現状を確かめねばなりますまい」
「何でも良いさ。一人でも多く狗共を後悔させられるならな。あいつらの命なんざおれ達の使命に比べれば羽根よりも軽いんだ」

 彼らはやぶの中で恐るべき毒牙を研いでいる。
 おおかみきばは年々勢力を衰退させているが、なおも政権打倒を諦めてはいない。

 彼らの望みは、ヤシマ人民民主主義共和国の再興だろうか。
 いな、彼らは既に大きく変質していた。
 かつての志は大きく変形し、まがまがしい邪悪へと成り果てていた。

「狗の民族に国家など必要無い。それこそが、この国にける真の革命である。政治的・道義的に劣った狗の民族は、そうして漸く始めて罪に塗れた血が浄化され、世界の朋友としてのスタートラインに立てるのだ!」

 彼らはその為にあらゆる準備を進めている。
 しんを身に着ける為の「とうえいがん」、政府の軍事力に対抗する為の「どうしんたい」、他にも多くの財産を蓄えている。

 彼らはこの夜、さきもりわたるはたが交わす約束など知る由も無い。
 目的の為に手段を選ばず、目的すらも狂い切っている、それでも正義が己の側にあるというまんに浸りきった彼らは、近くそのせつな在り方の報いを受けることになるだろう。
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