日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第二十三話『その燐火に捧げる鎮魂歌』 破

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 まゆづきは固まっていた。
 とっの事で致し方無かったとはいえ、わたるくも兄妹をよりにもよって彼女に押し付けたのだ。
 何も知らないくもたかまゆづきの腕の中で寝息を立てている。

まゆづきさん、にいさまを下ろしてもらっても構いませんですよ?」

 くもは戦いをじっと見詰めたまままゆづきに言った。

「え、でも……」
「大丈夫です、も御兄様も子供じゃありませんから。それに、予感がするのです。すぐにまゆづきさんの力も必要になる予感が……」

 今のところ、まゆづきの外に置かれている。
 だが、もし今闘っているメンバーが全員屋渡に抜かれたら、否が応にも彼女にお鉢が回ってくる。
 彼女が動くのは手遅れになったその後か、それとも……。

    ⦿

 わたるふたかばい、膝立ちで刀を構えていた。
 たいするわたりは両腕、両肩、両すね、後首、そして口内から蛇の様に伸びた肉のやりうねらせている。

「驚いたな、さきもり。貴様までがじゅつしきしんを身に付けていたとは」

 言葉とは裏腹に、わたりあざけるように口角をゆがませている。
 わたるのことなどまるで問題としていない、とでも言いたそうだ。
 実際、それは当たっているだろう。

(悔しいが、ぼくの力ではわたりに勝てないだろう。ずみさん・あぶの三人掛かりでも危なっかしいんだ。ぼく一人でどうにかなる相手じゃない)

 わたるは立ち上がり、柄の感触を確かめる。

 厳密に言えば、刀を握るのは今日が初めてではない。
 六年前の高校襲撃事件の際、テロリストの刀を奪って一時的に手にしている。
 だがあの時は、さやごと投げ付けただけだった。
 くも研究所で戦った相手はきゅうどうしんたい、つまりロボットだ。

 今、わたるは初めて刀で人間を相手にしようとしている。
 まさに命のりの様相だ。
 しかも目の前の相手ははるかに格上である。

(だが、やれるだけのことをやらないと! なんとか活路を切り開かないと! 一人で駄目でも、みんなと一緒なら!)

 わたるは覚悟を決め、飛び掛かった。
 一の太刀、二の太刀――刃がわたりに向けて振るわれる。
 だが、わたりを捉えることは出来ない。

「何だ、その素人丸出しの大振りは? 欠伸あくびが出るぞ!」

 わたるの攻撃を難なくかわわたりは、腕の槍でわたるへ反撃に出る。
 がその時、氷をまとった拳がわたりの顔面にたたけられた。

「こっちを忘れんじゃねええッッ!!」

 しんわたりの顔面にこんしんの連打を浴びせる。
 わたりは額に青筋を浮かべて腕の槍を振るおうとしていた。
 だがその刺突を、今度はわたるの刀が防ぐ。

あぶ、無理はするな!」
「悪い、助かったぜさきもり!」
「貴様らァ……!」

 槍と押し合う刀身が光っている。
 それは刀の悲鳴のようにも見えた。
 実際、力で勝るわたりわたるは押し込まれてズルズルと後退していた。

「貴様ごとき、おれの敵じゃないんだよ……!」

 わたりの武器・伸縮自在の槍は一本ではない。
 当然、他の槍がわたるを串刺しにしようと急所に狙いを定めていた。
 がその時、わたりの体に木のつるが巻き付いて動きを封じる。
 ピンチが一転、ふたの能力でチャンスをつかんだわたるは、刃を翻して再度わたりに斬り掛かった。

 しかし、わたりわたるの刀身に自ら頭をぶつけてきた。
 真横から強い衝撃を加えられた刀は折れ、きっさきはじんだ。
 きりみ回転する刃がわたるほおかすめ、あかぶきを散らす。

「なんだと!?」
「クク、なまくらだな。ま、貴様にはお似合いだぞ」

 追い詰められた咄嗟の機転、卓越した戦闘技術――わたりの実力はしんだけに頼ったものではないということだ。

「ヌオオオオオッッ!!」

 更に、わたりたけびと共に彼を拘束していた木の蔓が弾け飛んだ。
 その勢いのままに、八本の槍がじゅうおうじんに振るわれる。

!!」
「任せろ!!」

 間一髪、の鏡がわたりを覆い、槍の攻撃を防ぐ。
 だが障壁は槍の殴打で砕け、破片をらす。
 そしてそのまま、わたりの槍は旋風の様にわたる達四人を弾き飛ばした。

「ぐああっ!!」
「きゃあっっ!!」
「くっ!!」
「うおああっ!!」

 四人は地面に叩き付けられた。
 しんはすぐに起き上がる。
 わたるはふらつきながらもなんとか立ち上がった。
 だがふたはダメージが大きくて動けない。

「大丈夫か、ずみさん!」
「ま、まだ……!」

 呼吸を乱し辛うじて戦意を保つふたに、わたるが駆け寄る。
 だがそんな彼女にわたりは容赦しない。

「さっきからうっとうしいと思っていた。一人つぶしておくか」

 わたりの槍が三本、ふたまっぐ伸びて襲い掛かる。
 の防御壁は間に合わない。

「させない!」

 わたるは新しい刀を作り出し、渾身の力で槍の攻撃を弾いた。
 だが槍はまだ五本残されている。
 しんはそれぞれ二本の槍を相手に攻めあぐねていた。

(駄目だ、らちが明かない。本気のわたりがこれ程までに強いとは……!)

 現状、わたる達はなんとかこたえているだけのジリ貧と言えた。
 わたる達の立ち回りや気力、の防御壁などでどうにかわたりの猛攻に耐えてはいるものの、攻撃面では決定打が無い。
 更に、三人とも着実に疲労とダメージが蓄積してきていた。
 しんも、肩やももに何度か傷を負わされている。

 そしてわたるにも、残された一本の槍が襲い掛かってきた。

「くっ!!」

 わたるは刀身で槍の刺突を受け止めた。
 だが敵の圧の強さに、刀はまたしても折れてしまった。

くそ!! この武器じゃ駄目だ! もっと扱いやすくて強力な武器が欲しい!)

 わたるは肩で息をしている。
 くも研究所でもそうだったが、この日本刀を使うと妙に体力を消耗する。
 この感覚にはどこかで覚えがあるが、はっきりとは思い出せない。

(気のせいか? あの日本刀、本来の力を出せていない気がする。本当はもっと、強力な使い方があって、でもぼくしん不足でそれを発揮出来ていないような……)

 しかし、そんなことを考えているわたるわたりの槍が二本差し向けられる。
 わたるに油断は無い。
 考え事の最中に不意を突かれた、という経験はひぐまとの戦いで懲りている。
 なので、紙一重のところで攻撃を躱す、躱そうとした。

「いや、駄目だ!!」

 わたるは状況に気が付いてあおめた。
 そばではふたが動けないままだ。
 わたるは三度刀を手にして弾かなければならなかった。
 しかし、焦って防御の当たり所が悪かったのか、三本目の刀は一撃でられてしまった。

「しまった!」

 一本の槍がわたるに、二本の槍がふたに襲い掛かる。
 ばんきゅうす、わたるは辛うじて攻撃を躱せるかも知れないが、ふたがやられてしまう。
 わたるは折れた刀でなんとか三本の槍を打ち払おうとするが、明らかに望み薄である。

 だがその時だった。
 巨大な火炎がわたりを包み込み、ひるませる。
 目がくらんだせいか狙いが外れ、わたる達はもちろんの事しんも助かった。

「今度は何だ!」

 わたりは怒りからうなり、周囲をにらみ回す。
 彼が答えを見付けたのは、わたる達のすぐ後だった。

まゆづき……さん……?」

 まゆづきが川を背にして立っていた。
 その背中からは巨大なほのおが燃え上がり、湾曲して紅い翼の様相を呈していた。
 更に、その周囲には黒いひしがたの結晶が浮いている。

「今度は貴様かァ、まゆづき……。どいつもこいつも今更じゅつしきしんに覚醒しやがって……。まるで夏休みの宿題を忘れて居残りでていさいを整える落ちこぼれだなァ」
「みんなが必死に戦っている中、自分だけ何も出来ないのは確かにがゆかった。一番年上なのにね」

 まゆづきの背中からもう一本の焔が上がり、さながら不死鳥の翼となった。
 更に、彼女はばたいて体二つ分程空中へと舞い上がる。
 その両眼はわたりまっぐ見据えている。

「雌豚卒業おめでとう、まゆづき。だが、今またおれの言付けを破ったな? 豚語しかしゃべるなと言っていたはずだが。ククク、これはお仕置きだなァ……!」

 まゆづきぎゃく的に挑発するわたり
 しかし、彼女は全く動じない。
 まゆづきと共に舞い上がった黒い菱形の結晶体を焔の翼が打ち付ける。
 結晶は燃え盛る弾丸となって、恐るべき速さでわたりの頬を掠めて出血させた。

「ヌウッ!」
「どうした? ビビったの? 減らず口を続けてみなさいよ、チキン野郎!」

 わたりは眼に怒りを剥き出しにして、まゆづきへ槍を向ける。
 再びまゆづきの燃える結晶弾が放たれ、わたりきっさきと激しく衝突する。
 結晶は砕けたが、槍もまた弾かれた。

「ぐっ……!」

 肉の槍が震えていた。
 両者の運動量は互角らしい。
 わたりの槍の刺突は真正面から完全にはじかえされた。
 さしもの彼もきょうがくを禁じ得ない。

 そんな中、まゆづきは大声で指示を出す。

「みんな動いて! わたしわたりくぎけにする! あぶ君は双子を守る! さきもり君は長手の武器でわたりの気を引く! 君はみんなを守りつつさきもり君の援護! ずみさんは無理せず休んで、回復次第わたりを拘束! ここがふんりどころよ!」

 まゆづきは本来、大手企業のキャリアウーマンである。
 他人を引っ張るその姿こそが本来の彼女だった。

 彼女が戦意を取り戻した理由、心の奥底に眠っていた力が目覚めた理由は、一つ大きな心境の変化があったからだ。
 それをもたらしたのは、三人の人物だった。
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