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第一章『脱出篇』
幕間四『正義の名の下に』
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これより語るは、水徒端早辺子が扇小夜として受けた恥辱の一端。
それは五年前の二〇二一年、彼女が武装戦隊・狼ノ牙に潜入して間もなくのことだった。
(ここが狼ノ牙の本拠地「第六天極楼」……。神聖なる巫璽山の麓にこんな如何わしい建物を……)
この日、早辺子は皇國最高峰たる巫璽山麓にひっそりと建つ山荘を訪れていた。
不気味なロビーでは、七人の男女がジロリと彼女に白羽の矢を立てる。
(この者達が、最高幹部「八卦衆」か。首領以外は全員揃っている……)
黄色いタートルネックの男が立ち上がった。
「扇小夜さんでしたね、ようこそ。私は八卦衆の一人、仁志旗蓮」
「これは……初めまして、仁志旗様……」
仁志旗は早辺子に頭を下げると、傍の男に伺いを立てる。
「同志久地縄、首領Дを呼んで参ります」
「ああ、頼む」
仁志旗はそう告げると、廊下の奥へと引っ込んでいった。
早辺子が此処「第六天極楼」を訪れたのは、他ならぬ首領Дこと道成寺太の呼び出しだった。
そんな彼女に、先程仁志旗が伺いを立てた、スーツ姿の壮年男が近付いてきた。
「八卦衆の一人、久地縄元毅だ」
「久地縄様、初めまして」
久地縄元毅、狼ノ牙の中でも参謀的な立場の人物である。
この男の術識神為「自由叛逆獅子凱旋門」は、八卦衆が活動する上で極めて重要な能力を持っている。
この能力の対象となった人間は、出会った人間に対して自分の素性の一部を認識させない。
つまり、道成寺太が対象となった場合、道成寺太と出会った人間は、彼が「道成寺太という名前の人物」だとは解るが、「悪名高き狼ノ牙の首魁」だとは一致して認識出来ないのだ。
(久地縄の能力があるお陰で、八卦衆の連中は全員街中を堂々と出歩くことが出来る。指名手配されているにも拘わらず、堂々と名乗れる。犯罪組織として活動する上で、これ程都合の良い能力は無い。実に厄介……)
早辺子は一人の貴族として、この男の存在を憂えずにはいられなかった。
何度目かの蜂起も失敗に終わった狼ノ牙だが、依然として組織は安泰である。
久地縄が居る限り、彼らは容易に潜伏出来る。
この組織を皇國が駆逐出来るのは当分先だと思われた。
(それにしても、ここまで私に挨拶をした八卦衆は二人だけか……)
仁志旗と久地縄の他には、蛇の様な眼をした赤いジャケットの男、青いパイロットスーツを着たモヒカン頭の巨漢、黄ばんだ博衣を纏った長髪の男、ピンク色のラメが入ったボディコンワンピースの女、そして、女の化粧と格好をした長身の男がこの場に控えている。
(入隊して、彼らのことは聞いたことがある。屋渡倫駆郎、土生十司暁、鍛冶谷群護、沙華珠枝、そして逸見樹。どいつもこいつも、腐った性根が顔に出ている……)
早辺子がそんなことを考えていると、胸に十字の装飾を施された黒ずくめの壮年男が仁志旗と共に入って来た。
胡散臭い髭の、痩せた長身男――早辺子をこの場に呼び出した男、武装戦隊・狼ノ牙の首魁・首領Дこと道成寺太である。
「やあ、態々御足労いただいてすまないね」
「いいえ、他ならぬ首領の御指示で御座いますので」
早辺子は一つの感情を呑み込み、首領Дへ深く頭を下げた。
目の前の男は姉を誤った道へ引き摺り込んだ張本人である。
それを前に、何も思わぬではなかった。
だが、この場で首領Дを始めとした八卦衆の不興を買うわけにはいかなかった。
「他の者達にも紹介しておこう。彼女、扇小夜君は幼い頃に貴族の手で家族を奪われて以来、貴族社会への復讐を誓って様々な技能を身に付けてきたという期待の新入隊員だ。ある貴族を襲撃した際に手に入れた東瀛丸と私有兵器から、術識神為と為動機神体の操縦技術を身に付けておる。これ程の逸材が我らが同志に加わったこと、実に喜ばしいではないかね」
「恐縮で御座います」
勿論、この扇小夜としての経歴は全てが大嘘の捏ち上げである。
「今後は八卦衆の補佐官として、同志屋渡の下で勉強させてもらいなさい」
「畏まりました」
首領Дに手招かれ、赤いジャケットの男――屋渡が面倒臭そうに早辺子の下へ歩み寄ってきた。
「屋渡様、宜しく御願いいたします」
「フン……」
屋渡は早辺子の顔を覗き込んできた。
その蛇の様な眼は値踏みするかの様に、早辺子の出で立ちから何かを読み取ろうとしているかの様にも見え、気味が悪い。
「では、本題に入ろうかね」
「本題?」
早辺子は訝しんだ。
自分のことを八卦衆に紹介し、屋渡の下に付けるのが本題でなければ、一体何の用だというのだろう。
「首領Д、本題とは何で御座いましょう」
「ふむ、君にはまだ名前を贈っていなかったと思ってね」
「名前? 何のことやら、皆目見当も付きませんが」
「知れたこと。術識神為の名前だよ」
「はい?」
早辺子にとって、理解に苦しむ言葉だった。
術識神為の名前、一体この男は何を言っているのだろう。
「名前を付けられるのですか? 術識神為に?」
「悪の皇國貴族共は兎も角、我ら正義の執行者には映える必殺技名が必要だと、そうは思わんかね? 武装戦隊・狼ノ牙の同志には、我輩から直々に術識神為の名前を贈っているのだよ」
「さ、然様で御座いますか……」
(な、なんだその茶番は……)
「君の能力、意識を一瞬にして朦朧の闇へ、深淵への一滴の様に落とす術識神為。旧約聖書の異教神モロクに引掛け、『朦朧苦滴下』と名付けようではないかね!」
「は、はあ……」
早辺子を八卦衆達の拍手が包み込む。
今までの不気味な雰囲気から一転、滑稽な空気へ変わり、早辺子は逆に居た堪れなくなった。
「では、今後術識神為使用時にはその名を唱え給え」
「え?」
「え、ではないよ。折角名前を付けたのだから、当然だろう。この名を唱える度に、我々は己の使命を思い出し、正義の名の下に戦う精神力に変えるのだよ」
(ば、莫迦じゃないのか……?)
「では、早速練習だ!」
「ええ!?」
(くっ、已むを得ない……!)
「では、我輩の後に続いて。『術識神為・朦朧苦滴下』」
「術識神為・朦朧苦滴下」
「もっと心を込めて! 『術識神為・朦朧苦滴下』」
「術識神為・朦朧苦滴下」
「まだ恥じらいがある! 『術識神為・朦朧苦滴下』」
「術識神為・朦朧苦滴下」
「そのまま続けなさい」
「『術識神為・朦朧苦滴下』『術識神為・朦朧苦滴下』……」
勝手に付けられた名前を延々と連呼させられる早辺子に、下卑た視線が突き刺さる。
ある意味、これは公開調教かも知れない。
(何たる辱め……! しかし、これも姉さんの為……!)
「『術識神為・朦朧苦滴下』『術識神為・朦朧苦滴下』……」
これにて語られしは、水徒端早辺子が扇小夜として受けた恥辱の一端。
それは五年前の二〇二一年、彼女が武装戦隊・狼ノ牙に潜入して間もなくのことだった。
(ここが狼ノ牙の本拠地「第六天極楼」……。神聖なる巫璽山の麓にこんな如何わしい建物を……)
この日、早辺子は皇國最高峰たる巫璽山麓にひっそりと建つ山荘を訪れていた。
不気味なロビーでは、七人の男女がジロリと彼女に白羽の矢を立てる。
(この者達が、最高幹部「八卦衆」か。首領以外は全員揃っている……)
黄色いタートルネックの男が立ち上がった。
「扇小夜さんでしたね、ようこそ。私は八卦衆の一人、仁志旗蓮」
「これは……初めまして、仁志旗様……」
仁志旗は早辺子に頭を下げると、傍の男に伺いを立てる。
「同志久地縄、首領Дを呼んで参ります」
「ああ、頼む」
仁志旗はそう告げると、廊下の奥へと引っ込んでいった。
早辺子が此処「第六天極楼」を訪れたのは、他ならぬ首領Дこと道成寺太の呼び出しだった。
そんな彼女に、先程仁志旗が伺いを立てた、スーツ姿の壮年男が近付いてきた。
「八卦衆の一人、久地縄元毅だ」
「久地縄様、初めまして」
久地縄元毅、狼ノ牙の中でも参謀的な立場の人物である。
この男の術識神為「自由叛逆獅子凱旋門」は、八卦衆が活動する上で極めて重要な能力を持っている。
この能力の対象となった人間は、出会った人間に対して自分の素性の一部を認識させない。
つまり、道成寺太が対象となった場合、道成寺太と出会った人間は、彼が「道成寺太という名前の人物」だとは解るが、「悪名高き狼ノ牙の首魁」だとは一致して認識出来ないのだ。
(久地縄の能力があるお陰で、八卦衆の連中は全員街中を堂々と出歩くことが出来る。指名手配されているにも拘わらず、堂々と名乗れる。犯罪組織として活動する上で、これ程都合の良い能力は無い。実に厄介……)
早辺子は一人の貴族として、この男の存在を憂えずにはいられなかった。
何度目かの蜂起も失敗に終わった狼ノ牙だが、依然として組織は安泰である。
久地縄が居る限り、彼らは容易に潜伏出来る。
この組織を皇國が駆逐出来るのは当分先だと思われた。
(それにしても、ここまで私に挨拶をした八卦衆は二人だけか……)
仁志旗と久地縄の他には、蛇の様な眼をした赤いジャケットの男、青いパイロットスーツを着たモヒカン頭の巨漢、黄ばんだ博衣を纏った長髪の男、ピンク色のラメが入ったボディコンワンピースの女、そして、女の化粧と格好をした長身の男がこの場に控えている。
(入隊して、彼らのことは聞いたことがある。屋渡倫駆郎、土生十司暁、鍛冶谷群護、沙華珠枝、そして逸見樹。どいつもこいつも、腐った性根が顔に出ている……)
早辺子がそんなことを考えていると、胸に十字の装飾を施された黒ずくめの壮年男が仁志旗と共に入って来た。
胡散臭い髭の、痩せた長身男――早辺子をこの場に呼び出した男、武装戦隊・狼ノ牙の首魁・首領Дこと道成寺太である。
「やあ、態々御足労いただいてすまないね」
「いいえ、他ならぬ首領の御指示で御座いますので」
早辺子は一つの感情を呑み込み、首領Дへ深く頭を下げた。
目の前の男は姉を誤った道へ引き摺り込んだ張本人である。
それを前に、何も思わぬではなかった。
だが、この場で首領Дを始めとした八卦衆の不興を買うわけにはいかなかった。
「他の者達にも紹介しておこう。彼女、扇小夜君は幼い頃に貴族の手で家族を奪われて以来、貴族社会への復讐を誓って様々な技能を身に付けてきたという期待の新入隊員だ。ある貴族を襲撃した際に手に入れた東瀛丸と私有兵器から、術識神為と為動機神体の操縦技術を身に付けておる。これ程の逸材が我らが同志に加わったこと、実に喜ばしいではないかね」
「恐縮で御座います」
勿論、この扇小夜としての経歴は全てが大嘘の捏ち上げである。
「今後は八卦衆の補佐官として、同志屋渡の下で勉強させてもらいなさい」
「畏まりました」
首領Дに手招かれ、赤いジャケットの男――屋渡が面倒臭そうに早辺子の下へ歩み寄ってきた。
「屋渡様、宜しく御願いいたします」
「フン……」
屋渡は早辺子の顔を覗き込んできた。
その蛇の様な眼は値踏みするかの様に、早辺子の出で立ちから何かを読み取ろうとしているかの様にも見え、気味が悪い。
「では、本題に入ろうかね」
「本題?」
早辺子は訝しんだ。
自分のことを八卦衆に紹介し、屋渡の下に付けるのが本題でなければ、一体何の用だというのだろう。
「首領Д、本題とは何で御座いましょう」
「ふむ、君にはまだ名前を贈っていなかったと思ってね」
「名前? 何のことやら、皆目見当も付きませんが」
「知れたこと。術識神為の名前だよ」
「はい?」
早辺子にとって、理解に苦しむ言葉だった。
術識神為の名前、一体この男は何を言っているのだろう。
「名前を付けられるのですか? 術識神為に?」
「悪の皇國貴族共は兎も角、我ら正義の執行者には映える必殺技名が必要だと、そうは思わんかね? 武装戦隊・狼ノ牙の同志には、我輩から直々に術識神為の名前を贈っているのだよ」
「さ、然様で御座いますか……」
(な、なんだその茶番は……)
「君の能力、意識を一瞬にして朦朧の闇へ、深淵への一滴の様に落とす術識神為。旧約聖書の異教神モロクに引掛け、『朦朧苦滴下』と名付けようではないかね!」
「は、はあ……」
早辺子を八卦衆達の拍手が包み込む。
今までの不気味な雰囲気から一転、滑稽な空気へ変わり、早辺子は逆に居た堪れなくなった。
「では、今後術識神為使用時にはその名を唱え給え」
「え?」
「え、ではないよ。折角名前を付けたのだから、当然だろう。この名を唱える度に、我々は己の使命を思い出し、正義の名の下に戦う精神力に変えるのだよ」
(ば、莫迦じゃないのか……?)
「では、早速練習だ!」
「ええ!?」
(くっ、已むを得ない……!)
「では、我輩の後に続いて。『術識神為・朦朧苦滴下』」
「術識神為・朦朧苦滴下」
「もっと心を込めて! 『術識神為・朦朧苦滴下』」
「術識神為・朦朧苦滴下」
「まだ恥じらいがある! 『術識神為・朦朧苦滴下』」
「術識神為・朦朧苦滴下」
「そのまま続けなさい」
「『術識神為・朦朧苦滴下』『術識神為・朦朧苦滴下』……」
勝手に付けられた名前を延々と連呼させられる早辺子に、下卑た視線が突き刺さる。
ある意味、これは公開調教かも知れない。
(何たる辱め……! しかし、これも姉さんの為……!)
「『術識神為・朦朧苦滴下』『術識神為・朦朧苦滴下』……」
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