日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第二十七話『日嗣』 序

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 翌日・七月四日土曜日。
 旅館の男部屋で最後に目を覚ましたさきもりわたるは、まだ眠い目を擦りながら朝の身支度を進める。
 歯磨き、洗顔……当たり前の行程を一つ一つ進めるごとに、平穏な場所へと無事に辿たどいた実感が少しずつ湧いてくる。
 そこへ、きゅうが部屋電話の子機を持ってきた。

さきもり君、電話だぞ」
「ふぁい? 誰からです?」
たつかみ殿下からだ」
様から……」

 わたるは顔をすすぎ、タオルで拭くと受話器を受け取った。
 第二皇女・たつかみら日本政府筋の人間と落ち合える様この旅館を手配してくれた張本人、まぎれも無い恩人だ。
 しかし、この電話には少し応答をためわせるものがある。
 とはいえ、応えないわけにはいかないので、わたるは戦々恐々としながら応答する。

「もしもし、お電話代わりました」
『やあさきもり君、その後調子はどうかな?』

 言葉だけならば何ということのない挨拶に思える。
 しかし、電話口のたつかみの声は少し機嫌が悪そうだった。

「はい、かげさまで。この度はどうもありがとうございます」
『礼には及ばないよ。それより、きみわらわに何か言うことがあるんじゃないかな?』

 やはり怒っている――わたるはすぐに理由を察した。
 というより、彼女からの電話と聞いたとき、まっさきのうにそれがよぎった。
 わたるたつかみは、二日前に出会ってこの場所を手配してもらった際に一つの問答をしている。

 殺人鬼・おりりょうを生かして連れ帰るか、即時処刑するか。
 わたるは前者を強く主張し、後者の立場を取ったたつかみを説得している。
 しかし結局、おりは道半ばで命果てている。
 これは、二人の誓いに背く結果だ。

「御連絡が行ったかと思いますが、ぼくは結局おりを死なせてしまいました。あれだけ大口をたたいて、結局この様です。申し開く言葉も御座いません」
『ふーん……』

 少し、耐え難い沈黙が挟まれた。
 もしたつかみへそを曲げてしまったら、帰国に支障が出るかも知れない。
 もっとも、彼女はそこまで意地が悪くはなかった。

『ま、聞き苦しく言い訳せず、もと直に認めただけ良しとしようじゃないか。というか、実のところわらわはそこまで頭ごなしに叱り付けられる立場ではないんだ』
「と、言いますと?」
そもそも、その者が死ぬこととなったほったんだよ。そこまでの道中で何があったか、大方のことは聞いている』

 たつかみの声からとげとげしさが消え、それどころかやや遠慮がちな小声に変わった。

きみ達を襲撃したはんぎゃく者共が根城にしていた建物だけれど、あれは元々公営の研究施設だったものがやつらに乗っ取られたんだ。つまり、それはこうこくの統治にける失態。そうとも知らず、わらわはあの時その研究施設を素通りしてしまった。この手で始末しておけば、きみ達はもっと楽にそこまで来られたはずだった。わらわの非は否めない。申し訳無かった』

 叱責を覚悟していたわたるは、逆に謝罪を受けて拍子抜けしてしまった。

「しかし、どちらにせよぼくが無力なせいで誓いを果たせなかった……」
『まあ確かに、本音を言えば少しがっかりしたのも事実かな。有言実行してくれれば本当に格好良かったからね。あと、不謹慎だが取り逃がした場合に比べればはるかに許容出来る』
「それはまあ、そうですね……」

 もし仮に、おりが逃げ出してしまっていて罪も無いこうこくの人間を殺してしまっていたら目も当てられない、それは確かにその通りだ。
 つまり、そうなってもおかしくない状況だったということにもなる。

「あの時、ぼくが間違っていたとは今も思えません。でも、ぼくが唱えた正しさを実行するには、ぼくはあまりにも未熟だった」
『そういうことだろうね。わらわは別に、弱者が無価値とは思わない。けれども、弱いならば謙虚にそれを受け止めて克服する姿勢を見せて欲しいと思う。その点、きみはまだ全然見所があると思っているよ。幻滅には全く及んでいない。まだわらわを射止められる可能性は充分にあるから、その気になったらまた遊びにおいで』
「それは……ありがたいですね」

 ピリピリした話し始めから打って変わり、和やかな雰囲気で電話するわたるの様子に、周囲の男達もあんの様子を見せている。

『では、帰国まであと少しだ。最後まで気を抜かずに、きっ無事に帰るんだよ』
「はい。どうも、大変お世話になりました。では、失礼します」

 電話が切れると、わたるは深く深呼吸して胸をろした。
 今日この後、わたる達は色々とようを済ませてから帰国するはずとなっている。
 まず、向かうのは警察署である。



    ⦿⦿⦿



 一時間後、わたる達一行はる二人の遺体を身元確認するため、警察署へ訪れた。
 わたる達と共に拉致され、へ辿り着けなかったはらひなおりりょうである。

 昨日、わたる達を旅館まで送り届けたは、すぐにこうこくの政府高官へ死者の発生と死体の大まかな場所を連絡した。
 この件の処理をこうこく政府と相談する為だ。
 こうこく政府は、死者が出た以上日本国に対する一連の事件の隠蔽は不可能と判断し、傷が浅く済む様に早急に対応する道を選んだ。

 二人の遺体は身元確認の後、こうこくの輸送用回転翼機ヘリコプターで日本国へ送られる。
 現在、こうこくから海外へ行き来する正規の窓口はメートル国しか無いが、わざわざ経由していては費用と手間が掛かり過ぎる。
 そこで、日本国内でありながら米国として扱うことが出来る米軍基地へ輸送対象を運び込むことで、手順を簡略化することになった。
 これを通す為に、すめらぎかな防衛大臣兼国家公安委員長がかなりの剛腕を振るったらしい。

 身元確認が終わると、今度はわたる達の事情聴取である。
 この件に関わった警察は、全てこうこく政府の息が掛かっている。
 面倒な勢力に関わらせまいと、徹底した措置が執られていた。
 予定では遺体輸送より半日遅れでわたる達も日本に輸送されることになっていた。

 だがそれは、びゃくだんあげに入った一本の電話で覆る。
 丁度わたる達が一通りの事情聴取を終え、待合室で迎えが来るのを待っている時だった。

「もしもーし。あ、たつかみ様、お久し振りですー。この度は大変お世話になりましたー」

 第二皇女・たつかみからの電話だった。
 彼女もまたびゃくだんの人脈に入っている。
 しかし、どうもただの挨拶とは様子が違う。
 びゃくだんげんそうに目をすがめる。

「え? 今からですか? 取り調べも終わって、後は米軍機で日本へ帰国するだけなので待機しているところなんですが……」

 びゃくだんは首をかしげる。
 だが、不意に待合室全体へ濃い影が差した。
 不穏な気配の訪れと共に、びゃくだんの電話からたつかみの叫びが漏れる。

『駄目だ!! 早くそこから離れて!! 貴女あなた方の動きは察知されてしまった!!』

 瞬間、外で爆音が響き、衝撃がわたる達を襲った。
 窓という窓が割れ、警察署はきょうかんの様相を呈する。

「なんだ!! 何が起きた!!」

 が怒号を上げた。
 さきもりわたるうることくも兄妹をかばい、身を伏せる。
 ずみふたまゆづきもそれぞれけんしんあぶしんに庇われた。

 わたるは窓の外を見上げ、どうもくした。
 そこには驚くべきものが降り立っていた。

ちょうきゅうどうしんたい……!」

 全高二十八米――どうしんたいでも最大級のサイズ、ミロクサーヌと同じ等級の巨大ロボット兵器である。
 しかしその姿はミロクサーヌ改に似ているが、明らかに別機種であった。

 その名も、「ミロクサーヌれいしき」――こうこくが誇るちょうきゅうの二大機・ミロクサーヌ及びガルバケーヌの長所を合せ、どちらも全てに於いて上回る最新世代機である。
 その型式の由来は、こうこく臨時政府――国家を不当にさんだつした共産主義勢力「ヤシマ人民民主主義共和国政府」を撃滅すべく一九二五年に発足した亡命政府の成立から百年を記念してのものである。

 ちょうきゅうどうしんたいの火力は、街の一つや二つは軽々と消し飛ばす。
 もしこの場でこの超兵器が暴れれば、想像を絶する惨状となるだろう。
 現に、駐車場へこの機体が降り立っただけで機体の足下の自動車が大破し、警察署の建屋は火の海に包まれている。

 が、この事態に一人、迷うことなく窓から飛び出してちょうきゅうどうしんたい・ミロクサーヌれいしきへと向かって行く人影があった。

「場をわきまえなさい、くずてつが」

 壊滅した駐車場で、うることによるミロクサーヌれいしきの解体ショーが繰り広げられた。
 拳が、蹴りが、機体に浴びせられる度にすさまじい衝撃音が鳴り響き、巨大な鉄の塊が木偶でく人形の様に破壊されていく。

「ええ……?」

 わたる達はぜんぼうぜんとする他無かった。
 ちょうきゅうどうしんたいは一定以上のしんを受け付けないので、当然これをしているのはことの素のりょりょくである。

おれけんやめて良かったぜ……。あんな化物が同年代に居ると思わねーよ……」
「生まれてくる世界、間違えてない?」
ずみ、お前うるがあんな感じだって知ってたか?」
「知るわけないでしょ。一番付き合い古いさきもり君が吃驚びっくりしてるんだから」

 彼らが散々苦戦したわたりりんろうをあっさり倒してしまったことだったが、その衝撃はいともやすく塗り替えられた。
 外では、涼しげな顔で着地したことの背後でミロクサーヌれいしきが膝を突いて機能停止していた。

 とその時、辺りをごくさいしきの幻惑が包み込んだ。

「みなさん! わたしじゅつしきしんかくらんしている間にこの場を離れましょう!」

 びゃくだんあげが声を張り上げた。
 十人の男女はきゅうきょ予定を変更し、場所を移るべく特に当てもなく警察署を後にした。
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