日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第三十八話『自信』 急

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 翌日、わたる達は第二皇女・たつかみに朝食の誘いを受けた。
 日本国側で彼女と会ったことがあるのはわたるびやくだんのみであり、他の者達は初対面である。
 かいいんの導きでそうごんな食堂に通されるなり、たつかみしい外見にほとんどの者はほうけてしまっていた。

さきもり君、また会えて本当にうれしいよ」

 たつかみわたるの手を取った。
 あんほほみを浮かべるその表情はどこかわくてきで、油断していると魅せられてこころを奪われてしまいそうだ。

「何度も助けていただき、感謝に言葉もありません」
「あはは、そんなにかしこまらなくても良いと言っているのに」

 一方で、彼女はこうこく皇族の中でも親しみやすい雰囲気を持ったじん物である。
 わたるとのりは、招かれた彼の仲間達からも緊張を取り除き、和やかな雰囲気を作っていた。

「さあ皆さん、遠慮せずに掛けてくれ。色々と話しておくこともある」

 たつかみに促されるままにわたる達はそれぞれに用意された席に着いた。

「皇族って普段どんなものを食べてるんだろうな、こと
「さあ?」

 わたるは隣のことに話し掛けたが、反応はいつにも増してかった。
 朝には強いはずだが、どことなく機嫌が悪そうに見える。

「どうかしたか、こと?」
「別に」

 いや、機嫌が悪いというより怒っているようにも見える。
 わたるは訳が分からず、反対側のふたに助けを求める様に目配せする。

えず、後で話をすれば良いと思う、よ?」

 ふたの答えも要領を得ず、わたるは首をかしげた。
 そんな中、たつかみが彼らに語り始める。

ずは改めて、皆さんにおびしたい。こうこくの政争に巻き込み、本来ならば三日前に帰国して頂いているべきところいまこうこく内にとどめてしまっている。今、事態の打開に向けてわらわも独自のつてで動いているから、どうか今しばらく辛抱してほしい」

 たつかみわたる達にこうべを垂れた。

「しかし、たつかみ殿下」

 が質問を返す。

ことですが、こうこくでも我が国と同じく皇族が政治定期影響力を発揮することはきんとされていると聞きます。もしきのえ公爵が有力な貴族院議員としての立場を利用して我々の帰国を妨害しているならば、一筋縄ではいかないのでは?」
もっともな懸念だ、殿。しかし、ちらに全く対抗策が無いと言うことでもない。人間的に信用の出来る伝で、実力的に信用出来る者に働いてもらうはずになっている。そうとしか今は言うことが出来ないが、確実に帰国は実現するだろう。政治的には全く心配は要らない」

 たつかみは繰り返し太鼓判を押した。

「だが、それでもきのえが実力行使に出てくる可能性はまだ残されている。六摂家当主がほぼ全滅したとはいえ、彼自身の力という最後の手札がまだあるからね。不自由を強いて申し訳無いが、くれぐれわらわの邸宅から不用意に出ることの無い様に願いたい」

 そう、最後の懸念は、きのえくろもまた六摂家当主であるということだ。
 すなわち、他の五人と同じかそれ以上に理不尽な力を持っている可能性が高い。

「そういう訳で、わらわの他にもとおどうが帰国までに留まってくれることになった。この後わらわは所用で出掛けなければならないが、早速留守を預かってくれるかい?」
「謹んでお受けいたします」

 同席したとおどうが一礼した。
 六摂家当主がわたる達の護衛に残るというならば、心強い。
 とおどうの能力は極めて強力で、味方に付ければ頼もしいことこの上無い。

「では、かいいん。引き続き彼らに失礼の無いよう、最大限の敬意をもつて持て成してくれ」
「畏まりました、我が麗しの姫君プリンセス

 重要な話はひとず終わり、彼らはそろって朝食をった。



    ⦿⦿⦿



 時刻は夕方になった。
 手洗いで用を足したわたるの中で、ふたの言葉が渦を巻いている。

『取り敢えず、後で話をすれば良いと思う、よ?』

 ふたことが機嫌を損ねた理由をわかっているのだろうか。
 話し合えば解決するのだろうか。
 わたるは今の今まで踏ん切りが付かないままである。

 一先ず、部屋に戻ろうとするわたる
 とその時、男性陣が借りている部屋の前で立ち止まることの姿が見えた。

「あ、わたる……」

 此方に気付いたことの方から話し掛けてきた。
 彼女の方も会話を望んでいたのだろうか。

「朝の接し方を謝っておきたかったの。ごめんなさい」
「ああ……」

 どうやら、ことの方も気にしていたらしい。
 それだけで、わたるはほっと胸をろした。

「気にしてないよ。今までだって時々あったじゃないか」
「そうね。でも、それで最近一寸ちよつと距離が出来ちゃったから……」

 わたるは目を開かされた。
 わたるだけでなく、ことの方もここ最近疎遠になっていたことを気にしていたのだ。

「でも、またこうしてあいの無い話が出来るようになっただろ?」
「ええ、そうね……」

 わたるは考える。
 帰国が実現したらおもいを伝えるつもりではあるが、そのことをそれとなく言っておいた方が良いかも知れない。
 ことにしても、唐突に伝えるよりもその方が気持ちの準備も出来るだろう。

「あのさ」
「何?」
「日本に帰ったらなんだけど、話したいことがあるんだよね……」

 わたるは少しの勇気を胸に切り出した。
 それを受けたことは、目を見開いていた。
 わたるの意図しているところを察したのだろうか。

 しかしことは、何故なぜか眉根を寄せて目を伏せた。
 そのひどかなしげなうれいを帯びている。
 わたるは言い様の無い不安に襲われた。
 ことの眼の意味が、わたるには全く分からなかった。

 と、そこへかいいんがやってきて、ことに声をかける。

御婦人マドモアゼル貴女あなたに御客人です。どうぞ、待合室へお越しください」
わたしに?」
「信用の置けるかたですし、貴女あなたにとっても大変結構な御申出かと」

 ことげんそうな表情で、かいいんの後へ続き待合室へおもむいた。
 そんな彼女を、わたるひそかに付けていった。

    ⦿

 待合室に通されていたのは、非常に背が高く、帯刀したメイド服の美女だった。
 扉の影から中をのぞわたるは、初めて見た筈の来訪者に何故か見覚えがあった。
 一方で、ことは彼女のことを知っているらしい。

貴女あなたは確か……」
「先日は大変なれいを働きましたこと、心よりお詫び申し上げます。第一皇子殿下付きの近衛侍女・しきしまで御座います。我が主・かみえい殿下と御会食頂きたく、お迎えに参りました」

 しきしまことを見るなり深々と頭を下げ、挨拶と用件を告げた。

 第一皇子・かみえい
 ことが以前街中で偶然会い、酒席の誘いを受けたことがある。
 その時は、拉致被害者の奪還に忙しくそれどころではないと断っていた。

しきしまさん、あの……」
「拒否権は行使なさらぬよう願いたい。現在、うる様はご友人をはんぎやく者から救い出し、帰国の許可が下りるのを待つばかりと存じ上げております。この機を逃しますと、我が主は大変お嘆きになりたまいます。断じてあってはならぬ事態、なにとぞ御理解願います」

 しきしまは態度こそ畏まっているが、その言葉はことよりも主君のことばかりをおもんぱかった、非常に無礼なものだった。

「……わたしの意思を聞くつもりは無いのですね」
うる様、前回、我が主は畏れ多くも貴女あなたの理をお認めになられました。しかし今、同じ理は既に無いことは承知しております。であるならば、今貴女あなたの意思とはわりき情であり、故に第一皇子殿下のに優先するはじんのう陛下のおおこころのみにございます」

 ことの皮肉にも、しきしまかたくなに態度を崩さない。
 しかし次の言葉は、一転して強い魅力を持つものだった。

「御友人の帰国に手間取られているのなら、決して悪い話にはならぬかと存じます」

 しきしまの言葉に、ことは天井を仰いだ。
 彼女の中で何かが揺れている――そう見える仕草だ。

わたる達を安全に帰国させ、わたしじんのうの嫡男とお近づきになる……」

 影から盗み見るわたるの胸を、日本刀の様な焦燥感が貫いた。
 駄目だ、駄目だ、駄目だ――わたるは居ても立ってもいられなくなり、堪えきれずに待合室の中へと飛び込んだ。

こと!!」

 しきしまは飛び込んで来た場違いなわたるへ不快感に満ちた視線を向けた。
 一方で、こともまたわたるの方へと振り向く。

わたる……」

 ことの表情は思いの外普通だった。
 普段ならわたるがこの様な行動を取った時は、あきれとさげすみの混じった冷ややかな眼を向けてくるものだ。
 しかし彼女は全てをれる様な微笑みを一瞬だけ浮かべ、しきしまの方へと向き直った。

しきしまさん、謹んでお受けいたします」
こと!!」

 わたることの方へ駆け寄ろうとした。
 しかし、前にかいいんふさがり、わたるの体を止めてしまった。
 かいいんは愁いを帯びた眼をしつつ、心苦しそうに首を振る。
 どうやら、わたるの心をまるで解らないでもないらしい。

御婦人方メドモアゼル

 かいいんわたるを抑えたまま、ことしきしまに呼び掛けた。

ふたのことはわたくしが送り届けましょう。しきしま殿、貴女あなたがお誘いになった御方は我が姫君プリンセスの客人。わたくしが目を離す訳には参りません」
「畏まりました」

 ことしきしまは、かいいんの案内の下で待合室を出て行った。
 皇族の侍従と侍女に遮られ、わたることを止めることが出来なかった。
 わたるは何も出来ずにことのことを見送るしか無かった。

    ⦿

 わたるは重い足取りで部屋に戻ろうとする。
 と、一つの扉の前で、中から女の声が聞こえてきた。

「待ちなされ、はた男爵! いくらなんでも無謀に過ぎる!」

 とおどうの声だった。
 どうやら誰かと電話しているらしい。
 その相手の名前に、わたるは聞き覚えがあった。

はた男爵……さんのお父さんか? 一体、どうしたって言うんだ?)

 わたるのうはたの姿がよみがえる。
 おおかみきばあおもり支部からの脱出劇は、彼女の助力無しになかった。
 そんな大恩人のだが、わたるは脱出の数日前、愛の告白を受けている。

 あの時、わたることへの想いを理由にの想いを受け容れられなかった。
 だが今、ことは別の男の誘いを受け容れてしまった。
 わたるの弱った心に、が別れ際に見せた笑顔が花開いていた。

「男爵! 話を聞け! おい……!」

 わたるとおどうの電話が無性に気になり、扉に聞き耳を立てた。
 しかし、どうやら電話は相手に一方的に切られてしまったらしい。

「何があった、とおどう?」

 たつかみの声だ。
 どうやら同席していたらしい。

はた男爵が……きのえ邸に乗り込むつもりでいるようです」
「何だと? 一体何故そのようなことに?」
「はい。どうやら、彼のれいじようきのえきようの使用人として住み込みで働いているそうなのですが、きのえ卿は彼女に酷い虐待を加えているそうなのですじゃ」

 わたるは我が耳を疑った。
 はた男爵家の令嬢と言えば、とその姉の二人が候補に挙がるが、姉は行方不明なのだから、間違い無くのことだろう。
 今生の別れを経た筈のが、どういう因果かわたる達の帰国を妨害しているきのえくろの下で働いており、しかも酷い扱いを受けているのだという。

「それがどうして、とおどうに連絡してきたんだ?」
はた家令嬢・殿にはこうどうしゅとう新華族とのつながりがあります。その中でも有力者である伯爵・ひばりしきおり殿は男爵・はたさいぞう殿と親しい仲で、また我も付き合いがあるのです。その伝で、ひばりしき伯爵からはた男爵へ嬢の境遇について連絡が入り、我にも連絡が繋がりました次第で御座いますじゃ」

 わたるは腸が煮えくり返ってきた。
 細かい事情をとおどうが説明したが、そんなことはどうでも良い。
 自分達の帰国を妨害し、刺客を差し向けて殺そうとしてきたきのえくろという男が、恩人で自分を好いてくれている女を虐待している。
 こんなことを聞かされては、わたるも我慢出来なかった。

「野郎……!」

 気が付くと、わたるは走り出していた。
 怒りに駆り立てられ、止められているにもかかわらず、たつかみ邸を飛び出した。

 きのえ邸の場所は、一昨日ことが調べていた。
 今考えれば、貨物高速列車を利用した移動の際に敵の本拠地近くを通らないか確認したのだろう。
 わたるはその画面を何気なく見ていた。
 とは言え、しんを身に着けた今、記憶を呼び起こす力もまた大幅に強化されている。

「認められるかよ、さんがまた一人で苦しみを背負っているなんて。あのひとは、幸せになるべきひとだ! 待ってろよ、きのえ!」

 わたるは単身、すぎなみ区のきのえ邸へと急いだ。
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