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第二章『神皇篇』
第四十一話『皇族』 序
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超級為動機神体・ミロクサーヌ零式同士の戦いを制し、甲夢黝の暴挙を止めた岬守航は、撃破した敵機の墜落によって跡形も無く崩れた本館の付近に機体を着陸させた。
見下ろす先では自機から這い出た甲が呆然と天を仰ぎ、その脇で水徒端早辺子と推城朔馬が見限った主に冷たい視線を送っている。
その様子を見ながら、航は段々と冷静になってきていた。
自分がとんでもないことをしでかしてしまったと、少しずつ自覚し始めていた。
「僕はなんてことをしてしまったんだ……」
航は後先考えずに甲邸に押し入り、その主である公爵を完膚なきまでに叩きのめしてしまったことを後悔していた。
早辺子の境遇を小耳に挟んで怒りを覚えたこと、助けようとしたことに間違いがあったとは思えない。
だが、流石にもう少しやりようがあったのではないか――航は頭を抱えた。
「拙いな。何が『とっちめて不問にさせれば済む』だ。不法侵入に、暴行に、脅迫に、強要……ただの犯罪者じゃないか。こりゃ完全にヤバい……」
航はどうやって言い逃れるか必死に考える。
しかし、頭を捻っても良い考えは浮かんでこなかった。
「これ、無理じゃないか? 深花様の力で他のみんなが無事に帰れれば御の字ってくらいかな。僕は……どうしようか……」
ふと、航は気付いてしまった。
今、彼は何としても助かりたいとは思っていない。
航が何としても帰国しようという意思を強く保っていたのは、麗真魅琴にもう一度会いたかったからだ。
帰国後、想いを伝えたかったからだ。
しかし、その魅琴は今頃皇國の第一皇子と食事を楽しんでいるだろう。
航は既に魅琴を横から掻っ攫われた気でいた。
「困った……助かりたいとちっとも思えない……」
七夕の夜、満天の冷たい星明かりを機体の背に感じながら、航は世界が静かに閉じていく様な錯覚に包まれていた。
誰よりも会いたかった魅琴を盗られてしまうのならば、もう生きていても仕方が無いのではないか。
心はあの時、拉致される直前に海へ身を投げること考えたあの時の気持ちに戻っていた。
「あの時はまだ、ごく普通の大学生だったんだがな……」
何も無い遠い処へ来てしまった――航はそう胸に感じて溜息を吐いた。
⦿
早辺子は甲に背を向けた。
茫然自失となって膝を突く甲には、今や彼女を制する威厳も迫力も皆無である。
「悪夢だ……悪夢だ……悪夢だ……悪夢だ……悪夢だ……悪夢だ……」
「ふむ、この男はもう駄目だな」
推城が甲から踵を返した。
今の早辺子にとってはまだ彼の方が甲よりも気掛かりである。
「推城様、何処へ?」
「水徒端君、苦労を掛けたな。甲夢黝はもう終わりだ。この事態は直に収まるべき形へ収まるだろう。私はその前に、真の主である能條緋月内閣総理大臣閣下の許へと戻る」
「能條閣下の……そうですか……」
「同時に、皇道保守黨も近い内に抜けることになるだろう。能條閣下と皇道保守黨の荒木田殿は対立関係にあるからな。君も今から身の振り方を考えておいた方が良い。甲公爵家との蜜月関係が壊れる原因になってしまった以上、君の党での立ち位置は非常に悪くなる」
早辺子は再び甲に目を遣った。
相変わらず上の空の甲は、何か権勢を恣にする為に必要な覇気を完全に失った様に思える。
航の如き「下郎」に完全敗北してしまった今、政治権力者としても再起不能かも知れない。
今度はミロクサーヌ零式を仰ぎ見る。
早辺子にとって、寧ろ航の去就の方が一大事である。
身の危険を顧みず助けに駆け付けてくれたことは感動的であり、力になれるものならなりたいが、展望が全く見えない。
「岬守様……」
「案ずるな、水徒端君。収まるべき形へ収まると言っている。それよりも問題は君だ」
推城はいつになく早辺子に対して親身だった。
結果的に早辺子を甲夢黝の下に付けてしまったことに、思う処があるのだろうか。
「甲公爵がこうなってしまった以上、最早隠す必要もあるまい。君にとって最大の関心事について教えよう」
「最大の関心事……もしや……!」
「君の姉についてだ」
早辺子の心臓が高鳴った。
彼女は抑も姉を捜し求めて皇道保守黨に入り、武装戦隊・狼ノ牙に潜入し、そして甲公爵家の女中となったのだ。
狼ノ牙から抜ける際、姉の捜索をやめるように命じたのは甲だったと聞いている。
確かに、それならば最早姉の居場所を知らされない理由は無いだろう。
「姉のこと、何か御存知なのですか?」
「君に口止めしていたのは、探り続けることで或る人物に辿り着かないようにする為だ。居場所が判明すれば、君は形振り構わずその御方に無礼を働くかも知れない。そう考えてのことだ。甲公爵もまた、失礼だが新華族の男爵令嬢如きが関わることは許せないと考えた。だがこの後のことを思えば、一層はっきり伝えてしまった方が良いだろう」
推城は早辺子の方へ振り向いた。
「君の姉は今、皇族に仕えている。第一皇子・獅乃神叡智殿下の近衛侍女が一人・敷島朱鷺緒としてな」
早辺子は瞠目した。
どういうことか――早辺子がそう問い掛けるのを待たず、推城は闇の中へと消えて行ってしまった。
(姉さんが、そんな……信じられない……)
姉の居場所として告げられた場所は、早辺子を困惑させた。
俄かに信じられないのは、次期神皇の近衛という立場が非現実的だからではない。
それが事実だとすると、姉の行動が理解し難いのだ。
もし獅乃神に仕える意思が偽りであり、叛逆者として機を窺っているとすると、姉は皇族を手に掛けようとしていることになる。
逆に、心から獅乃神に仕えているとすると、姉は仲間を捨てて皇族の下に付く恩恵に温々と与っていることになる。
早辺子に残された道は、姉と断絶するか、姉に幻滅するか、二つに一つである。
「姉さん、私は一体どうすれば良いのですか……?」
早辺子は一人、夜の空を見上げた。
⦿
航はミロクサーヌ零式のハッチを開け、直靈彌玉から機体の外へ出た。
そのまま瓦礫の山と化した本館の付近へ着地し、早辺子の許へと駆け寄る。
「早辺子さん、傷はもう良いのですか?」
「暢気なものですね、岬守様。貴方、一体これからどうなさるおつもりですか?」
早辺子は呆れ果てた様子で航の視線を甲の方へ誘導した。
「これは悪夢である……これは悪夢である……」
甲は完全に上の空、茫然自失である。
「あれじゃ僕のやったことを不問にさせるのは無理だなあ……」
「その様なこと、本当に出来るとでも思っていたのですか?」
「頭に血が上ってたというか……冷静に考えたらそうなんですよね。なんとかなりませんかね?」
「助けて頂いたことは誠に有難く、それ故に大変恐縮なのですが、私は貴方という御方が解らなくなりました」
航と早辺子は、それぞれ異なる溜息を吐いた。
夜空に向かって風が逆巻いている。
それはまるで、事がまだ終わっていないとでもいう様な不穏さであった。
七夕の月と星が妙に明るい。
甲邸は本館が失われ、光を失っている。
にも拘わらず、航と早辺子は互いの顔を何の不都合も無く見つめ合っている。
そんな中二人の背後から、よく通る鈴を転がす様な女の声がした。
「これはこれは、随分な惨状になったものですね」
振り返った航と早辺子の目に入ったのは、一人の背の高いグラマラスな美女だった。
紫紺のドレスを身に纏った白い素肌と、長く艶やかな黒髪が月明かりを浴びている。
その姿を見て、早辺子は驚愕に瞠目していた。
「あ、貴女様は! 何故貴女様がこの様な場所に!?」
女は二人に向けて黄金の扇を翳した。
「二人とも頭が高い。跪きなさい」
瞬間、航と早辺子は女の前に並んで膝を突いた。
航は女のことなど知りもしないが、不思議とそうせざるを得ない何かを感じていた。
この女、只者ではない。
航は心臓が早鐘を打つのを感じていた。
「御無礼を致しました。第一皇女・麒乃神聖花殿下」
早辺子がそう言葉を発したのは、今自分達が何者を目の前にしているのか報せる為だろう。
麒乃神聖花は凜とした立ち姿で航達を見下ろしている。
「御前は水徒端男爵家の令嬢・早辺子ですね。してそこの者、名告りなさい」
「岬守航と申します。貴女方のいう、明治日本より参りました」
この女には逆らえない――航は強くそう感じていた。
仮に今、麒乃神の足が航の頭に乗せられ、ヒールで踏み躙られたとしても、喜んで受け容れてしまう気がする。
そんな航の無防備な心に、更なる問いが投げ掛けられる。
「明治日本の民・岬守航、これは御前の仕業ですか?」
「……はい」
航は素直に答えざるを得なかった。
最早言い逃れ出来ない、一巻の終わり――そう思われた。
しかし、麒乃神からは意外な言葉が返ってきた。
「それはそれは、御手柄ですね。褒美を取らせねばなりません」
「え……?」
航は麒乃神の言葉が能く理解出来なかった。
罪を咎められると思ったが、それどころか褒められたのか。
と、その時背後から、甲の悲鳴が聞こえてきた。
「ひぃぁあっ!! 殿下、鯱乃神殿下! 何を!?」
「那智、その者は水徒端の隣に並ばせなさい」
軍の儀礼服を着た屈強な男が甲を早辺子の隣に無理矢理坐らせた。
正気に戻った甲の言葉に拠ると、どうやらこの男も皇族らしい。
男は麒乃神の隣に並んだ。
そこへ更に、三人の男女が歩いて来る。
「うわぁ、甲邸、跡形も無くなってるじゃん。ウケる」
「まさか本当にこんなことを……」
高校の制服を着た派手なギャルと、控えめなシャツとスラックスで纏めた青年だった。
そしてもう一人の女は、航の見知った人物である。
「岬守君、やはり此処へ来ていたんだね」
龍乃神深花が現れたことを知ると、航は身が竦む思いだった。
彼女の忠告を無視して、あろうことか甲公爵邸に自分から乗り込んだのだ。
叱責を受けるのも止む無しである。
そんな航の思いを余所に、来訪者達は横一列に並んでいく。
早辺子は驚愕を隠せない様子で呟いた。
「まさか皇族方が五人もこの場へ……」
「私達だけではありません。皇太子殿下も直に来ますよ」
皇太子――その言葉に航は目を見開いた。
此処へ来る直前、魅琴を食事に誘った男だ。
その男も来るということは、会食はもう終えたのだろうか。
魅琴はどうしたのだろう。
その時、航は全身に強烈な圧を感じた。
顔を下に向け、姿を見ていないにも拘わらず、とんでもない男が現れたのだとすぐに解った。
「折角良いところだったのに……婚約の契りを結ぶところだったのに……」
二米を超す、凄まじい体格の偉丈夫が肩肘を張って歩いてきた。
背中越しに伝わる存在感を振り撒きながら、男もまた列に並んだ。
「扨て、全員揃いましたね」
六人の男女が航と早辺子、そして序でに甲の前に揃い踏み、只事ではない様子で三人を見下ろしていた。
崩壊した甲邸で、何かが執り行われようとしていた。
見下ろす先では自機から這い出た甲が呆然と天を仰ぎ、その脇で水徒端早辺子と推城朔馬が見限った主に冷たい視線を送っている。
その様子を見ながら、航は段々と冷静になってきていた。
自分がとんでもないことをしでかしてしまったと、少しずつ自覚し始めていた。
「僕はなんてことをしてしまったんだ……」
航は後先考えずに甲邸に押し入り、その主である公爵を完膚なきまでに叩きのめしてしまったことを後悔していた。
早辺子の境遇を小耳に挟んで怒りを覚えたこと、助けようとしたことに間違いがあったとは思えない。
だが、流石にもう少しやりようがあったのではないか――航は頭を抱えた。
「拙いな。何が『とっちめて不問にさせれば済む』だ。不法侵入に、暴行に、脅迫に、強要……ただの犯罪者じゃないか。こりゃ完全にヤバい……」
航はどうやって言い逃れるか必死に考える。
しかし、頭を捻っても良い考えは浮かんでこなかった。
「これ、無理じゃないか? 深花様の力で他のみんなが無事に帰れれば御の字ってくらいかな。僕は……どうしようか……」
ふと、航は気付いてしまった。
今、彼は何としても助かりたいとは思っていない。
航が何としても帰国しようという意思を強く保っていたのは、麗真魅琴にもう一度会いたかったからだ。
帰国後、想いを伝えたかったからだ。
しかし、その魅琴は今頃皇國の第一皇子と食事を楽しんでいるだろう。
航は既に魅琴を横から掻っ攫われた気でいた。
「困った……助かりたいとちっとも思えない……」
七夕の夜、満天の冷たい星明かりを機体の背に感じながら、航は世界が静かに閉じていく様な錯覚に包まれていた。
誰よりも会いたかった魅琴を盗られてしまうのならば、もう生きていても仕方が無いのではないか。
心はあの時、拉致される直前に海へ身を投げること考えたあの時の気持ちに戻っていた。
「あの時はまだ、ごく普通の大学生だったんだがな……」
何も無い遠い処へ来てしまった――航はそう胸に感じて溜息を吐いた。
⦿
早辺子は甲に背を向けた。
茫然自失となって膝を突く甲には、今や彼女を制する威厳も迫力も皆無である。
「悪夢だ……悪夢だ……悪夢だ……悪夢だ……悪夢だ……悪夢だ……」
「ふむ、この男はもう駄目だな」
推城が甲から踵を返した。
今の早辺子にとってはまだ彼の方が甲よりも気掛かりである。
「推城様、何処へ?」
「水徒端君、苦労を掛けたな。甲夢黝はもう終わりだ。この事態は直に収まるべき形へ収まるだろう。私はその前に、真の主である能條緋月内閣総理大臣閣下の許へと戻る」
「能條閣下の……そうですか……」
「同時に、皇道保守黨も近い内に抜けることになるだろう。能條閣下と皇道保守黨の荒木田殿は対立関係にあるからな。君も今から身の振り方を考えておいた方が良い。甲公爵家との蜜月関係が壊れる原因になってしまった以上、君の党での立ち位置は非常に悪くなる」
早辺子は再び甲に目を遣った。
相変わらず上の空の甲は、何か権勢を恣にする為に必要な覇気を完全に失った様に思える。
航の如き「下郎」に完全敗北してしまった今、政治権力者としても再起不能かも知れない。
今度はミロクサーヌ零式を仰ぎ見る。
早辺子にとって、寧ろ航の去就の方が一大事である。
身の危険を顧みず助けに駆け付けてくれたことは感動的であり、力になれるものならなりたいが、展望が全く見えない。
「岬守様……」
「案ずるな、水徒端君。収まるべき形へ収まると言っている。それよりも問題は君だ」
推城はいつになく早辺子に対して親身だった。
結果的に早辺子を甲夢黝の下に付けてしまったことに、思う処があるのだろうか。
「甲公爵がこうなってしまった以上、最早隠す必要もあるまい。君にとって最大の関心事について教えよう」
「最大の関心事……もしや……!」
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早辺子の心臓が高鳴った。
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確かに、それならば最早姉の居場所を知らされない理由は無いだろう。
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推城は早辺子の方へ振り向いた。
「君の姉は今、皇族に仕えている。第一皇子・獅乃神叡智殿下の近衛侍女が一人・敷島朱鷺緒としてな」
早辺子は瞠目した。
どういうことか――早辺子がそう問い掛けるのを待たず、推城は闇の中へと消えて行ってしまった。
(姉さんが、そんな……信じられない……)
姉の居場所として告げられた場所は、早辺子を困惑させた。
俄かに信じられないのは、次期神皇の近衛という立場が非現実的だからではない。
それが事実だとすると、姉の行動が理解し難いのだ。
もし獅乃神に仕える意思が偽りであり、叛逆者として機を窺っているとすると、姉は皇族を手に掛けようとしていることになる。
逆に、心から獅乃神に仕えているとすると、姉は仲間を捨てて皇族の下に付く恩恵に温々と与っていることになる。
早辺子に残された道は、姉と断絶するか、姉に幻滅するか、二つに一つである。
「姉さん、私は一体どうすれば良いのですか……?」
早辺子は一人、夜の空を見上げた。
⦿
航はミロクサーヌ零式のハッチを開け、直靈彌玉から機体の外へ出た。
そのまま瓦礫の山と化した本館の付近へ着地し、早辺子の許へと駆け寄る。
「早辺子さん、傷はもう良いのですか?」
「暢気なものですね、岬守様。貴方、一体これからどうなさるおつもりですか?」
早辺子は呆れ果てた様子で航の視線を甲の方へ誘導した。
「これは悪夢である……これは悪夢である……」
甲は完全に上の空、茫然自失である。
「あれじゃ僕のやったことを不問にさせるのは無理だなあ……」
「その様なこと、本当に出来るとでも思っていたのですか?」
「頭に血が上ってたというか……冷静に考えたらそうなんですよね。なんとかなりませんかね?」
「助けて頂いたことは誠に有難く、それ故に大変恐縮なのですが、私は貴方という御方が解らなくなりました」
航と早辺子は、それぞれ異なる溜息を吐いた。
夜空に向かって風が逆巻いている。
それはまるで、事がまだ終わっていないとでもいう様な不穏さであった。
七夕の月と星が妙に明るい。
甲邸は本館が失われ、光を失っている。
にも拘わらず、航と早辺子は互いの顔を何の不都合も無く見つめ合っている。
そんな中二人の背後から、よく通る鈴を転がす様な女の声がした。
「これはこれは、随分な惨状になったものですね」
振り返った航と早辺子の目に入ったのは、一人の背の高いグラマラスな美女だった。
紫紺のドレスを身に纏った白い素肌と、長く艶やかな黒髪が月明かりを浴びている。
その姿を見て、早辺子は驚愕に瞠目していた。
「あ、貴女様は! 何故貴女様がこの様な場所に!?」
女は二人に向けて黄金の扇を翳した。
「二人とも頭が高い。跪きなさい」
瞬間、航と早辺子は女の前に並んで膝を突いた。
航は女のことなど知りもしないが、不思議とそうせざるを得ない何かを感じていた。
この女、只者ではない。
航は心臓が早鐘を打つのを感じていた。
「御無礼を致しました。第一皇女・麒乃神聖花殿下」
早辺子がそう言葉を発したのは、今自分達が何者を目の前にしているのか報せる為だろう。
麒乃神聖花は凜とした立ち姿で航達を見下ろしている。
「御前は水徒端男爵家の令嬢・早辺子ですね。してそこの者、名告りなさい」
「岬守航と申します。貴女方のいう、明治日本より参りました」
この女には逆らえない――航は強くそう感じていた。
仮に今、麒乃神の足が航の頭に乗せられ、ヒールで踏み躙られたとしても、喜んで受け容れてしまう気がする。
そんな航の無防備な心に、更なる問いが投げ掛けられる。
「明治日本の民・岬守航、これは御前の仕業ですか?」
「……はい」
航は素直に答えざるを得なかった。
最早言い逃れ出来ない、一巻の終わり――そう思われた。
しかし、麒乃神からは意外な言葉が返ってきた。
「それはそれは、御手柄ですね。褒美を取らせねばなりません」
「え……?」
航は麒乃神の言葉が能く理解出来なかった。
罪を咎められると思ったが、それどころか褒められたのか。
と、その時背後から、甲の悲鳴が聞こえてきた。
「ひぃぁあっ!! 殿下、鯱乃神殿下! 何を!?」
「那智、その者は水徒端の隣に並ばせなさい」
軍の儀礼服を着た屈強な男が甲を早辺子の隣に無理矢理坐らせた。
正気に戻った甲の言葉に拠ると、どうやらこの男も皇族らしい。
男は麒乃神の隣に並んだ。
そこへ更に、三人の男女が歩いて来る。
「うわぁ、甲邸、跡形も無くなってるじゃん。ウケる」
「まさか本当にこんなことを……」
高校の制服を着た派手なギャルと、控えめなシャツとスラックスで纏めた青年だった。
そしてもう一人の女は、航の見知った人物である。
「岬守君、やはり此処へ来ていたんだね」
龍乃神深花が現れたことを知ると、航は身が竦む思いだった。
彼女の忠告を無視して、あろうことか甲公爵邸に自分から乗り込んだのだ。
叱責を受けるのも止む無しである。
そんな航の思いを余所に、来訪者達は横一列に並んでいく。
早辺子は驚愕を隠せない様子で呟いた。
「まさか皇族方が五人もこの場へ……」
「私達だけではありません。皇太子殿下も直に来ますよ」
皇太子――その言葉に航は目を見開いた。
此処へ来る直前、魅琴を食事に誘った男だ。
その男も来るということは、会食はもう終えたのだろうか。
魅琴はどうしたのだろう。
その時、航は全身に強烈な圧を感じた。
顔を下に向け、姿を見ていないにも拘わらず、とんでもない男が現れたのだとすぐに解った。
「折角良いところだったのに……婚約の契りを結ぶところだったのに……」
二米を超す、凄まじい体格の偉丈夫が肩肘を張って歩いてきた。
背中越しに伝わる存在感を振り撒きながら、男もまた列に並んだ。
「扨て、全員揃いましたね」
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