日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第四十三話『夢魔』 破

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 わたるは激しく身震いした。
 かみせいの言にるとしんせいだいにっぽんこうこくは日本を、そして世界を脅かそうとしている。
 そしてそれを「救済」と称してはばからない。

「そんなの……ぼく達は誰も望んでない……」
「それはまえ達が自分達の置かれている状況を理解していないだけです。もうろくした老人の様な世界に生殺与奪の権を預けている危うさが。故に新陳代謝が、新しい基軸の構築が必要なのです。でなければまえ達は老害の好き放題にもてあそばれ、何もかもを奪い尽くされて滅びます」
「言葉で良い風に取り繕うなんて、実際に何をやっていても出来る」

 わたるは思い出す。
 仲間だったおりりょうは生前、口にする理念ではなく、行動が人の善悪を決めると言った。
 殺人鬼の言葉だが、これは真理だろう。
 こうこくは今まで中露で、米国で、あまりにも容赦無くその破壊の暴を振るっている。

貴女あなた達は間違っている」
「平行線ですね。しかし、どの道こうこくを止められる者などこの世界には存在しません。そして我々の正しさは百年後、二百年後、あるいは千年後の歴史が証明するでしょう。『あの時のこうこくが起こした大事業があったから、世界は救われたのだ』と……」
ぼく達は『今』を生きているっ……!」

 かみは溜息を吐いた。

「そんな姿で強がっても滑稽なだけですよ。わたくしまえと議論をするつもりなど無いのです」
「くっ……」

 確かに、今のわたるは全裸で椅子に拘束されて身動きが取れない上、かみ好みの化粧まで施されている。
 その姿は虜囚以上に辱められたものであり、あまりにも無力なものだ。

「それにしても……少しいらいらしてきましたね。せつかくこのわたくしが褒美を取らせようというのに。しかし、それはそれでそそられますよ……」

 かみまとう空気が変わった。
 わたるはその姿に、先程から感じているおぞましさが増した様に感じた。
 ふと、わたるの視線が下へ向く。
 はち切れんばかりに主張する胸と、対照的に引き締まってくびれた腰、そしてその更に下の尻もまた豊かに実っている。
 だがそれ以上に、わたるは彼女の股間に異様な盛り上がりを認めた。

「あの……それは……?」
「ん? ああ、嫌だわわたくしったら……」

 かみしためずりをすると服を脱ぎ、そのたまの様な素肌をさらした。
 長くつややかな黒髪と、白く細やかな体が抜群のコントラストをしている。
 それは確かに、こうごうしい程に健康的な肉体美である。
 しかしその全てが、る一点の異様さをかえって際立たせていた。

「なっ……!? 貴女あなたは一体!?」
「見てのとおり、まえにも付いている『モノ』ですよ。但しまえのとは……失礼ですが比べものになりませんね。わたくし両性具有アンドロギュノスなのです」

 かみあざける様な、逆にいとおしむ様な、そんな複雑なほほみを浮かべつつ自らの物に手を添えた。
 ここへきてわたるようやく、今まで感じていた言い様の無く悍ましい気配の正体を悟った。

て、そのままでは何かと不便ですね。望愛のあしょう

 名を呼ばれた二人の従者は黙ってわたるの拘束を解き始めた。
 かせが完全に外れるのも待てず、わたるは慌てて椅子から転げ落ちる。
 そして尻餅を付いたまま必死に壁際へとあと退ずさるが、出口は当のかみふさがっていて逃げることなど出来ない。

「まさか……冗談ですよね……?」
わたくしは大真面目だと言っているでしょう」

 世にも恐ろしい女がわたるに迫ってくる。
 長い脚の、わたると背丈の変わらない女である。
 わたるは股より低い位置から涙目で彼女を見上げていた。

「やめて……出してくれ……!」
「出す物ならばまえが寝ている間に全部出させてあげました。れいになっているはずですから安心して良いですよ」
「違っ! そっちの意味じゃない! から! 此処から出して!」
「怖がらなくても大丈夫、ちゃんと良くしてあげますよ。すぐに自分からわたくしを求めるようになります。自分の意思でわたくしとぎ役を志願してもらわないと、留め置くことになってしまい、めいひのもとの民の感情が悪化してしまいますからね。今後の統治のためにも、それは良くありません」
「だから! そもそもそれ以前にこういうのが無理矢理だって話をさっきからしてるじゃないですか!」
「一夜を共にするのはわたくしからのほうです。これはまえにとってぎようこうだとさっきから言っています。有難く受け取りなさい」

 わたるかつて無い恐怖に、ただ震えていた。

「本来は正式な夜伽役のみに許す権利なのですが、今夜は特別です。わたくしのことは『ねえさま』とお呼びなさい」
「や、やめ……!」

 一見たおやかなかみの手がわたるへと伸びてきた。

「さあわたる、一晩中むつみ合いましょう」
「やめろぉぉぉおおおォォッッ!!」

 わたるは夢魔に襲われ、悪夢にさいなまれる。
 ここから先の話は、気の毒過ぎて到底語れない。



    ⦿⦿⦿



 たつかみていの廊下で、うることは四人に取り囲まれていた。

退いてください、さん・かいいんさん」

 ことの前に立ち塞がるのはきゅうかいいんありきよ、更に背後には二人の皇族が位置取り、彼女の行動を制している。

退かん。きみかみ邸に乗り込むつもりだろう」
「当然でしょう。わたるが捕まったんですよ? こんなの黙って見過ごせる筈が無い。何の為にこうこくまで来たんですかわたしは」
「ならばわたくしとて、客人の貴女あなたを第一皇女殿下と争いに行かせる訳には参りません。わたくしは皇族方の侍従なのですから」

 ことは眉根を寄せていらちを表する。
 別の道筋で邸宅から出ようにも、後方も二人の皇族にふさがれている。

「これ以上、わらわの保護下で勝手なことをするのは許さない」
貴女あなたは拉致被害者を帰国させる為にかくまってくださっている筈でしょう。それは国家として、不本意に自国に連れ込まれた者達に対する義務でもある。わたるのことを諦めろとおつしやるのならば承服しかねます」
ぼくたつねえさまも、何もこのまま彼を置いて行けだなんて言っていない。今、とおどうが彼を取り戻すはずを整えているから待ってくれ」

 第二皇女・たつかみと第三皇子・みずちかみけん、二人の説得にもことは納得した様子は無い。
 そんな彼女をなおも諭す。

うる君、こうこくへ来る前におれは確かに言った筈だな。何があっても決して皇族とはめるな、と。きみもそれに納得した筈だ」
ちらから仕掛けることは無い、とは答えました。この場合、ちょっかいを掛けてきたのは向こうです」

 ことかたくなさに頭を抱えた。
 いや、見たところこれでもまだことは極力抑えているようにも見える。
 拳を握り締め、本当は取り囲む邪魔者達を無理矢理排除してでもかみ邸へ殴り込みたい、といった様相だ。

「やれやれ、とんだお嬢さんじゃ……」

 そこへ、とおどうあやあきてたといった表情で現れた。

「たった今、きのえ公爵家の跡取りであるくろ殿に連絡した。これから我々が取る策の都合上、話を通しておかねばならんからの」
「策、ですか。何か良い案が浮かんだのですね」

 の問い掛けに、とおどうは静かにうなずいた。

「小娘、お前の望み通り、かみ邸へ乗り込んで小僧を連れ帰って来ても良いぞ。但し、かみ殿下と鉢合わせせんように、留守になってもらった後でな」

 げんそうに目をすがめることを尻目に、とおどうは彼女の隣へ歩み寄って話を続ける。

かみ殿下はきのえ邸での騒動を治め、きのえくろきようを排除する為に、彼がほんくわだてているという虚報を利用した。ならば今、我々が逆にその虚報を利用する」
「具体的にどうしようというのです?」
「御父上の末路を知ったそくくろ殿がろうばいし、本当の謀叛に発展する気配があるとかみ殿下にお伝えするのじゃ。もちろん、これもまた虚報じゃがの。しかし、こうこく最大の貴族が事を起こそうとしているとなると、かみ殿下も全てを後回しにして対応せざるを得ない。丁度、先程きのえ邸に集まったように」
「成程……」
もつとも、今回は虚報を虚報だと裏付ける証人が必要じゃ。もなくば、何の罪も無いくろ殿まで御父上の二の舞になってしまう。そこで、その証人としてもう一人の六摂家当主にも動いてもらわねばならん」
「もう一人の六摂家当主……ああ」

 は心当たりに思い当たったようだ。
 彼らは六摂家当主から襲撃を受け、その全員を撃退した。
 しかし生き残っている六摂家当主がとおどうの他に後もう一人居る。

「自分がどう卿に掛けた石化を解け、と仰るのですか、とおどう卿」

 が交戦したどうあきつらは、石化させて無力化した為、まだ生きている。
 彼のことはその後、とおどうの手配で固まったまま本家に戻された筈だ。

「済まんが、頼めんか? 彼には我からよく言っておく」
「緊急事態ですからね、仕方がありません」

 は渋々指を鳴らした。
 これでどうあきつらは復活し、しばらくすれば戦力として復帰するだろう。
 じゅつしきしんを使うな、というの命令も、一日二日で効果が切れる。

「では畏れながらみずちかみ殿下、かみ殿下への連絡をお願い出来ますか?」
わかった。ただ、伝える言葉は慎重に選びたい。それを今からとおどう殿、かいいんらと相談したいが、構わないか?」
「勿論。というより、当然の配慮でしょう」

 方針は纏まった。
 しかしことは尚も不満げな表情を浮かべている。

「まどろっこしい……」
「しかしうる君。さきもり君がきのえ公爵邸に押し入っただけでも後始末が大変だったんだ。この上、きみが皇族の邸宅に押し入ったと知られては更にとんでもないことになる。行くにしても、可能な限り形跡を残したくはない」
「不法なことをしたのは第一皇女なのに……」
「それでも、だ。それともきみは皇族と無用なごとを起こし、折角皇太子と築いた関係を壊したいのか?」

 ことけんしわを寄せて目を閉じた。
 拳を握り締めたまま、苦渋の決断をもうとしている。

「……解りました」

 漸く、ことは拳を解いた。
 くして彼女は、全ての条件が整い次第、おんみつ行動にてわたるの奪還へと向かう。
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