日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第五十一話『神皇』 序

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 月明かりが夜の大都会を照らしている。
 いまだ人の気配が絶えない大通りを避けるように、第三皇女・こまかみらんは人目を忍んで裏道をフラフラとさまあるいている。

「あり得ない……。このわたしさまが……」

 彼女は今、自分の足で人並みに歩くことしか出来ない。
 うることたたきのめされたことで、無尽蔵に思われた皇族のしんが尽きてしまったのだ。
 通常であれば、しんが回復するまでにはしばらく安静にしていれば充分だ。
 しかし、彼女の場合はそうも行かない。

 こまかみらんを含め、皇族は全員が生まれながらにしんの使い手である。
 こういう者達は自己の在り方そのものが内なる神と同化しているためしんの覚醒度が極めて深く、より強大且つ自在に力を行使することが出来る。
 反面、しんを失う程の敗北を喫した場合、それだけ自己の存在そのものへの毀損が激しくなってしまう。
 生まれながらのしん使いは、失ったしんの回復に通常の比ではない程の時間――いな、期間を要してしまうのだ。

「あの女……よくもわたしさまをこんな目に……」

 こまかみらんは当分の間しんを使うことが出来ない。
 それは彼女にとって完全に不測の事態だった。
 皇族が瞬間的に離れた場所に姿をあらわすことが出来るのは、しんって巨大な力を発揮して超高速で移動出来る為だ。
 その力のよりどころを失った今、彼女は傷付いた体をるように夜の路地裏を歩いているという訳だ。

 乱れたギャルファッションをさらし、屈辱に表情がゆがむ。
 普段ならば一瞬で移動出来るみちのりが果てしなく遠い。
 しかし、こまかみは迎えを呼ぶことが出来ない。
 恥や外聞以前に、この外出に彼女は電話端末を持って来ていなかった。

 このような失態、父や兄姉の耳に入ったらどのような叱責を受けるだろうか。
 無断で外出した上、勝手にめいひのもとの民を虐殺しようとし、挙げ句にく敗北してこの様だ。
 叱責では済まず、皇族としての立場を脅かされるような重い罰を受けるかも知れない。

(場合によってはとうえいがんを飲まされた上でかの下級貴族との縁談を進められちゃうかも知れないじゃん。最悪……)

 生まれついてのしんの使い手がしんを失った場合、他の者達と同様にとうえいがんを服用することで再びしんを身に付けることが出来る。
 但し一度でもとうえいがんを飲んでしまうと、以降は他の者達同様に二十八日以内に再服用しなければしんを維持出来なくなるのだ。

 しんの大きさ自体が服用前後で変化する訳ではないが、こまかみにとってそれは皇族として完全性を失うことを意味していた。
 その認識は他の兄姉も大差無いだろう。
 つまりこまかみが危惧しているのは、そのような処遇を課されて皇族からてられてしまうことだ。
 そうなれば、縁談も皇族が嫁入りするにさわしい格の家ではなく、爵位の低い華族家になる――事実上の追放処分になることも充分あり得る。

かばってくれるとしたらししにいさまみずちにいさまかな……。きりんねえさまの目は厳しいだろうし、しゃちにいさまは今までの態度を憎々しく思ってるかも。たつねえさまは普段なら味方してくれるだろうけれど、あいつらのこと匿ってた張本人だからな……。三対二かあ……もうさま、許してくれるかな……)

 こまかみあんたんたる気分を振り切ろうとして首を振った。
 だがそんな彼女の前に、背の高いフリル付きの衣装を着た人影が現れた。

「まさか本当に皇族がこんなざまな姿をさらしているなんて……。首領補佐のおつしやっていたことは本当だったのね……」

 鼻に掛かったハスキーボイス――その声にこまかみは違和感を覚えた。
 く見ると、目の前に居るのは女装した男だ。
 その不穏な物言いに、こまかみは思わずあと退ずさった。

「だ、誰?」
「初めまして、こまかみ殿下。あたしそうせんたいおおかみきばの最高幹部であるはつしゆうが一人・いつきといいます」
おおかみきば!?」

 こまかみあおめた。
 普段ならばいざ知らず、しんを失った状態ではんぎやく者に出会ってしまうなど、想定をはるかに超えて最悪の事態である。
 ちなみにこまかみは知らないことだが、このいつきは既にろくせつ当主の一人・たかつがいよるあきを殺害している。

「ど、どうしてよりにもよってこんな時に……?」
あたしじゆつしきしん把巣家把背体下パスカパセティカ』の能力は、狙いを定めた相手の近辺へと一瞬で移動すること。対象のことは鮮明にイメージする必要がありますが、こうこくで皇族の顔が曖昧な人間は居ませんからね」

 は話しながら、自らのスカートの裏からスタンガンを取り出した。

「ヒッ……!?」
「加えて、首領補佐から貴女あなたが敗北したとの報を受けたので、喜んでさんじたという訳ですよ。情報の出所は知りませんけどね。貴女あなた達皇族はじゆつしきしんめているようですが、弱みを見せたがさいあたしがそれを逃しはしません」

 スタンガンのスイッチを細かくオンオフする様を見せ付けながら、こまかみにゆっくりと迫る。

「さあ殿下、零落のお時間です。ちる覚悟はよろしいですか?」
「や、やめろ!!」

 こまかみは恐怖から叫んだ。

「待て! 無礼は許さないから! わたしさまに手を出したらただじゃ済まないぞ!」
「唯じゃ済まない? 叛逆者なんだから、元々そういう立場なんですけどね」
「やめろ! 来るな!!」

 こまかみの命令など一顧だにされるはずも無く、一瞬で間合いを詰めたはスタンガンを彼女の身体に押し当てた。
 こまかみは敢え無く再び失神し、その体を叛逆者・いつきに預けてしまった。

「生まれ付きのしん使いね……。暫く安静にしていないとしんの喪失から復活出来ないらしいじゃない。でも、今から貴女あなたあたし達の大切な交渉道具、すなわち人質。しんはずっと失ったままで居てもらわなきゃ困るのよね……」

 こまかみの身体を抱え、は不気味で下卑た笑みを浮かべる。

「つまり、貴女あなたはこれから先もう安静になど出来ないということ。あの人に、しゅりょうДデーに犯していただくよろこびをたっぷりと教えてもらうと良いわ。あたしの……あたしの様に……! ふへ、ふひへへへ……!」

 こまかみを連れ、その場から姿を消した。
 くして、第三皇女・こまかみらんは叛逆組織「そうせんたいおおかみきば」の手に落ちた。



    ⦿⦿⦿



 夜の皇宮、その広大な敷地内で、様々な虫達の音が交響曲を響かせている。
 そんな中、じんのうが住まう混凝土コンクリート造の和風宮殿「御所」に侵入すべく、一人の女が忍び寄っていた。
 全身がれてしずくが滴り落ちる姿を月明かりが照らし、うるわしき女体をみずみずしくなまめかせている。

 女は静かに宮殿の屋根をにらみ上げた。
 その鋭い目付きは、さながら獲物に狙いを定めたきんじゆうといったところか。

「随分とまあ、不用心ね。いや、宮殿の主が主だから、用心する必要が無いのか……」

 うることは跳び上がり、宮殿正面の広間向かいにこしらえられた窓の防弾硝子ガラス面に右手の指を押し当てた。
 その手の形は壁に張り付く蜥蜴とかげの足に似ていたが、彼女は滑らかな硝子ガラス面を片手でつかんで体勢を維持しているという、にわかには信じられない状態になっている。
 そのまま、今度は広げた左手の全指をそろえ、手刀を大きく振るった。
 音も無く、防弾硝子ガラスは丁度ことの身体が通るくらいの長方形にかれた。

 ことは即席で作った進入口から御所の回廊へと降り立った。
 彼女の目的は唯一つ、この先にある寝室で休んでいるじんのうの暗殺である。
 こうこくの強大な軍事力が日本国に行使される前に、そのエネルギー供給源であるじんのうを亡き者にすることで、祖国を戦禍と滅亡から守らなければならない。

 ことは一歩一歩、己が人生の集大成に向けて回廊を進む。
 じんのうを始めとした皇族が臣民にまみえる為の窓硝子ガラスが星月の明かりを取り込み、皮肉にも賊の美しさを天女のように際立たせていた。

(御所の構造は頭に入っている。じんのうの寝室の場所も……)

 ことは少し、都合の良い期待をしていた。
 もしもじんのうが眠っていれば、事はすんなりとせるだろう。
 じんのうと刺し違える覚悟でまで来たが、そんな余裕のある展開になったらもう少しえんで動いてみようか。
 皇族には一人、さきもりわたるに自分がしたくても出来なかったことをしでかした許せない女が居る。

ついでだから、殺してしまおうか……)

 ことは思わず暗い笑みをこぼした。
 自分は今から命を投げ出してまで日本を守ろうというのだから、神様からそれくらいのほうがあってもおかしくはない。
 普段はけいけんことだが、このときばかりは少しよこしまな心が芽生えていた。

(どうせ何もかもく行ったって最期は海に身を投げるんだから、夢くらい見ても良いでしょう)

 祖国の為に相手国のあらひとがみを手に掛けようという暗殺者が、敵国にじようを追求されて祖国に迷惑にならないように自らの命を絶ち、証拠を隠滅するのは当然の後始末である。
 今のことはたった一人の決死隊である。

 そんなことを考えながら、ことは目的となる部屋の扉の前までやって来た。
 一つ、大きく深呼吸をして、扉に手を掛ける。
 意外にも、扉はことを全く拒みもせず、まるで部屋の主を迎え入れるようにあっさりと開かれた。

 世界一の大国の君主が過ごす私室にしてはこぢんまりとした、しかし格式を感じさせる洋室へと、ことは足を踏み入れた。
 れいな光を宿した彼女の両眼は、ず寝台の方へと視線を遣った。
 布団の中は空、じんのうは寝ていない。

「来たか……」

 声を聴いたことは溜息と共に、近くの椅子へと視線を移した。
 桜色の髪をした、少年のような小男が腰掛けてくつろいでいる。
 この男こそ、ことの暗殺対象であるしんせいだいにっぽんこうこくの君主・じんのうである。
 ことは慌てるでもなく朗らかな笑みを浮かべて応えた。

「ええ。起きていらっしゃったのですね、じんのう陛下」
よいはまだ招かれざる来客がある気がしてな。ちんの予感は能く当たるのだ」

 じんのうは小さく笑うと、椅子から腰を上げた。
 ことよりも一回りも二回りも小柄なその姿はまるで少年のまま時が止まった様だ。
 だが同時に、不思議な威厳とかんろくを涼やかに備えている。
 こうこく臣民の崇敬を一身に集めるも納得のたたずまいであった。

「して、何の用かな、うること? 明日の皇太子妃、未来の皇后よ」
「そのお話をお断りし、陛下のお命を頂戴しに参りました」

 静かな、命を狙う者と狙われる者とは思えぬ程穏やかな会話だった。
 互いに向ける表情には奇妙な程敵意が無い。
 まるで晩酌でも共にしようという風情ですらある。

「成程な。小一時間程前に新首相のめいひのもとへの宣戦布告を上奏して来おってな、夜分に憩いの興を殺がれたが、ひとみことのりを出してやったところだ。あ奴はのうじょうと同じく開戦には慎重だと思っておったが、どうも腹に一物抱えておったようだな。それはかく、つまりなんじにしてみれば、祖国を守るにははや予断は許されぬという訳だな」
「はい」
なんじの祖父、確かごくいる改めうるいるだったか。あの男の遺志だな?」
「やはりぞんでしたか」
「先祖の行いをあがなうは子孫、か……」
ようで御座います、陛下。この命に代えましても」

 意見の食い違いがあるうる家の三代だが、そんな中でも彼女らには一つだけ共通見解がある。
 しんせいだいにっぽんこうこくを生み出し、あまの世界線にその厄災がばらかれる元凶となったのはうるいるの父・ごくさぶろうである。
 うる家の宿命とは護国であるが、それは彼らの血のしよくざいでもあった。
 結局の所、ことそうの罪から逃れられず、向き合い立ち向かうことを選ばざるを得なかったのだ。

「そうか、因果なものよ……」
「陛下、わたしはこの選択と決意に誇りを持って殉じます」

 じんのうは「うむ」とうなずくと、自らを手に掛けようとする賊たることに背を向けて、窓の方へ歩いた。
 ことはそんな彼に手を出さず、隣に立って共に外を見詰める。

「よくぞ……これ程の国を作り上げられましたね」
なんじの方こそ、ごとまでに練り上げたものよ。一目見たときから好ましく思っておったぞ。なんじならばえいきさきとして迎えても良かったのだがな」
「恐縮です。しかし、わたしの心は始めから決まっております」

 ふ、と小さく笑ったじんのうは、ことに手を差し伸べた。

「少し歩いて外の空気に当たらぬか? 宮殿の脇にはちんべる穀物企業『ていじょう』の本社が入る高層建築がある。その半ばの屋根は屋上庭園になっていてな。ちんから一望するとうきょうの夜景が気に入っているのだ」

 ことじんのうに笑い返すと、腰をかがめて彼の手を取った。

「お供いたしますわ、陛下」

 二人は手をつないだまま寝室を出て、回廊をゆっくりと歩いて行く。
 その姿は宛ら、花嫁通路ヴァージンロードを歩く様であった。
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