日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第五十二話『散華』 序

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 こうこくが太平洋上に鎮座したことで、当然ながら新しい海が生まれたことになる。
 日本とこうこくの間に生まれた新たな海は、こうこくによって区切られたという由来で「こうかい」と呼ばれている。
 そのこうかい上で、ちようきゆうどうしんたいの小隊が猛スピードで飛行し、北上していた。

『司令部はやっと開戦に踏み切ったようだな』
『遠征軍のいちばんやりは我々、石動いするぎ隊がもらった!』
『米国との一戦では隊に手柄を取られたが、今回はそうは行かん!』

 こうこくの軍事的危険性は大きく二つ、統一政府による暴力の独占が成立しておらず大貴族が独自の考えで私軍を動かしてしまうこと、正規軍の規模が巨大過ぎて末端の部隊が統制を外れて暴走しがちであることが挙げられる。
 政界で軍閥と貴族閥が権勢を争っているように、正規軍にも貴族の私兵と軍事的な主導権を争う考えが広まっており、中にはその対抗意識から独断専行に出る部隊も存在する。

 石動いするぎとう大尉の率いる石動いするぎ隊十二機は、そんな血の気の多い小隊の一つである。
 彼らはけんしんのうじようづきの面談が夜空に流出した段階で出撃準備を始めており、宣戦布告が日本国に届けられたとほぼ同時に日本国へ向けて飛び立っていた。
 狙うは電撃的な奇襲により東京の首都機能を壊滅させ、即時的に日本国を継戦不能に追い込むことであった。
 もし彼らが日本国に到達してしまえば、その瞬間にこうこくは日本の本土に大量の軍事力を一気に転移させられる状況となってしまう。

『む、石動いするぎ大尉』
『どうした?』
『前方に敵影らしき気配を察知しました』

 どうしんたいの操縦士が敵の探知にたのむのはレーダーなどの機械的機構ではない。
 しんって常識外れに強化された感覚が、レーダーよりもはるかに高い精度をもつて敵を確実に捕捉するのだ。

『敵影だと? それは妙だな』

 しかし今、石動いするぎ隊は戸惑っていた。
 彼らが察知した敵の形状や速度から、信じられない敵が浮かび上がるからだ。

『まさかこれは、ちようきゆうどうしんたいか!』
『そんなな! めいひのもとが持っているはずが無い!』
『だがこの気配、まぎれも無く……!』

 石動いするぎ隊は前方から一機のちようきゆうどうしんたいが猛然と迫ってくる気配を感じ取っていた。
 一応、彼らにはどうしんたいとの交戦経験もある。
 貴族の私兵との小競り合いや、はんぎやく組織による蜂起で敵がどうしんたいを動員してくることはまれにある。
 しかし、外国との戦争でどうしんたいを相手にすることは想定していなかった。

『総員、戦闘用意!』

 十二機のちようきゆうどうしんたい・ミロクサーヌれいしきが編隊を組み替え、機体同士の間隔を広げていく。
 彼らの火力は単機でも充分であり、編隊飛行の目的はもつぱら移動速度と燃費の向上に尽きるため、戦闘に入る際は同士討ちを避けることを優先して離れるのだ。

 そんな彼らは、遥か前方に金色の光がひとかけ瞬くのを目撃した。

『見えたぞ! ちろ!』

 石動いするぎ隊長機が右腕の砲口から光線砲を撃った。
 視認した瞬間の、ちゆうちよ無き射撃である。
 この距離で正確な射撃を行うには相当な技術が必要であり、単に石動いするぎの腕の確かさがうかがえる。
 現に、撃てたのは隊長機から一発のみである。

 通常兵器なら、相手は何が起きたか理解することも無く消し炭になっているだろう。
 しかし、敵機はまるで予測していた様に石動いするぎの射撃を回避した。
 光線砲は物理的に目視で回避出来ず、またちようきゆうどうしんたいにはレーダー探知が効かない以上、相手方もしんる超認識覚を身に付けているとしか考えられない。

 今度は敵が腕の光線砲ユニットから二発射撃。
 瞬く間に、石動いするぎ隊は二機を撃墜されてしまった。
 更に、敵は刹那にして石動いするぎ隊に肉薄し、撃墜の爆煙へと突っ込んだ。

『な、なんだ今の機体は!?』
こんじきの……ちようきゆうどうしんたい!?』

 日本国から飛んできた機体は煙を抜け出し、そのまま石動いするぎ隊を突っ切ってこうこくへ向かって行く。

『何をしている! 追え! やつこうこくへ行かせるな!』
『大尉、なおだまの回収は?』
おれがやる! お前らは奴を墜とせ!』

 石動いするぎ隊長機以外の九機が金色のちようきゆうどうしんたいの後を追って旋回した。
 九機は編隊を組み、加速して敵との距離を縮めていく。

 金色の機体が石動いするぎ隊の射程圏内に捉えられた。
 今度は相手側が射撃を、それも九機の斉射を受ける番だ。
 すがひとまりもあるまい――誰もがそう思った。

 だが、金色の機体は突如急上昇して機体を翻し、九機の斉射を難なく回避した。
 さながら宙返りの様に回転しながら石動いするぎ隊の方へと正面を向けると、三発の光線砲を連射。
 その一つ一つが石動いするぎ隊の機体を的確に捉え、三機を撃墜。
 石動いするぎ隊は残り六機となった。

まずい! なおだまを回収しないと……!』
『させるか!』

 撃墜された機体からこぼれた球体の操縦室「なおだま」を回収しようと、三機のミロクサーヌれいしきがそれぞれ向かった。
 だが金色の機体はそれを狙い澄ましたかの様にことごとく撃ち抜いた。
 このとき、石動いするぎ隊は初めて敵機の操縦士の声を聞いた。
 まだ若い、青年の様な声だ。

『うひぃっ!?』

 同時に、残ったミロクサーヌれいしきの方へは金色の機体自身が接近し、手に持った日本刀型の切断ユニットを振るう。
 狙われた機体はすべ無く胴体から真っ二つ、またしてもなおだまが機体からこぼちた。
 石動いするぎ隊は残り二機。
 半ば錯乱して突撃した彼らだったが、く立て続けに斬り伏せられてしまった。

『莫迦な! 全滅だと!?』

 三機のミロクサーヌれいしきが追い付いた。
 一機は隊長・石動いするぎとうの搭乗する機体、そして他の二機は、なんと金色の機体が最初に撃墜した者達だった。

 これこそ、こうこくの軍隊が持つ脅威の一つである。
 壱級以上のどうしんたいは「なおだま」と呼ばれる球体の操縦席さえ無事ならば何度でも再生させることが出来るのだ。
 とはいえ一機のちようきゆうを再生させるには途方も無いしんが必要で、通常ならば一兵士で賄えるものではない。
 しかし、じんのうの供給する無尽蔵のしんが、破壊した敵の兵器が何度でも復活してしまう脅威の軍隊を成立させているのだ。

『お前達は隊員のなおだまを回収しろ。金色の機体よ、なおだまを破壊しなければ我々は何度でもよみがえると知らなかったか?』
『関係無いな!』

 青年の声が石動いするぎの問いを突き返す様に答え、二発の射撃。
 蘇ったばかりの二機はあっという間に撃墜され、残るは隊長たる石動いするぎとうの駆る一機のみとなった。

何処どこの若造か知らんがめるなよ! この石動いするぎとうは新皇軍で空中戦の巧みさからはやぶさと呼ばれたたえられた男! めいひのもとの青二才が間に合わせのどうしんたいで勝てるものではないわ!』

 石動いするぎの機体は変則的なジグザグ飛行で金色の機体に迫りながら光線砲を射撃。
 しかし、ただの一発として敵機にはたらない。
 反撃とばかりに金色の機体が一発の光線砲を撃つと、その射撃は石動いするぎの機体の肩に直撃。
 体勢が大きく崩れたところへ、金色の機体は切断ユニットを振るい追い打ちを掛ける。

『何ィ!?』

 石動いするぎの機体は腰の下から斬りにされ、金色の機体の背後で爆発四散した。

『莫迦なアアアアアッッ!!』

 彼にとって不幸中の幸いは、爆発でなおだまが勢い良くはじんだことだ。
 こうかい上には十二機のどうしんたい――復活した分も含めると十四機分のれき、それと十二個の球体がむなしく波に揺られていた。
 金色の機体は既にこうこくへ向かって飛び去っていた。



    ⦿⦿⦿



 さきもりわたるは自らの駆る機体――ちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコにかつて無い一体感を覚えていた。
 まるで、自分はこれを操縦する為に生まれてきたような、そんな気すらしていた。

「こんな力を出せたのは初めてだ……!」

 実際、わたるにとってこの機体は今までに操縦した二機をはるかに上回る名機だった。
 今なら誰にも負ける気がしない。
 先程も、こうこくの正規軍と思われる小隊十二機を単機で文字通り全滅させてしまった。

 これならば想定よりも早くこうこく辿たどける。
 わたるの胸に燃える闘志がしんの嘗て無い深層を照らし、ちようきゆうどうしんたいと密接に感覚をつなげている。
 確固たる意志が、自信がしんを急速に回復させ、既に傷もほとんど癒やしてしまっている。

さきもりわたるさん! にいさまの居場所まで誘導しますです!」
「ああ。そこにことも居て、じんのうと戦っているんだな?」
「ハイです! もこの機体と感覚が繋がっていますです!」
わかっているさ。ちゃんの意思がぼくの中にも入ってきている。このままきみの案内で飛ばせてもらう!」

 後方の副操縦席「にぎみたまくら」にすわくもの存在もわたるの視界を明瞭にしていた。
 彼女が感じ取っている兄・くもたかの居場所が操縦席「あらみたまくら」のわたるにも直接流れ込んでくる。
 ここへ来て、わたるはまたしても双子の強力なしんに助けられていた。

 くも兄妹はそれぞれじんのう複製人間クローンである。
 それ故に二人は強大なしんを持ち、それを他者に貸し与えることが出来る。
 それは元々、オリジナルたるじんのうの力だという。
 わたるは先程、その力の一端を体感した。

「この機体を操縦して、そして正規軍と戦ってく解った。何故なぜちようきゆうどうしんたいの操縦室は球体をしているのか、その上方には謎の空間が設けられているのか……」

 はたと初めてちようきゆうに乗り込んだ時の疑問が今ひもかれた。

ちようきゆうどうしんたいには回収した操縦室『なおだま』から友軍機を復活させる! それを一瞬にして可能にしているのがじんのうの強大なしん!」

 わたる達は脱出の際に使用したちようきゆうどうしんたい・ミロクサーヌ改のなおだまを破壊した。
 なおだまが残っていては、撃墜されたとて再生させることが出来てしまうからだとは聞いていた。
 おそらく、ちようきゆうどうしんたいを再生させる為の何らかの装置が存在するのだろう。
 そしてそれが、ちようきゆうどうしんたいそのものに備わっている。

 再生自体にはじんのうしんが絶対に必要という訳ではない。
 そうせんたいおおかみきばがミロクサーヌ改の復活をもくんでいた様に、時間と労力さえ掛ければ常人のしんでも不可能ではない。
 だが、それを戦闘中のわずかな時間で行うとなると、尋常では無い強大なしんが必要となる。
 それの条件を満たし、強力無比な兵器を事実上無尽蔵に再生してしまう――まさにこれが戦争にけるじんのうの脅威の一端なのだ。

じんのうの強大なしんが可能にする常識外れの軍隊運用はこれだけじゃないんだろう。そりゃことじいさんも暗殺を考えるよ、ことも使命感を持って決意するよ……」

 わたるは思い出す。
 強大なしんを見せ付けてわたる達をじゆうりんした第三皇女・こまかみらんですら、じんのうと比較出来る程のものではないのだろう。

 時空・世界線を越えて移動するという超常現象を、日本列島の十倍の面積を持つとうしょ丸ごと実現してしまう程のしん
 そんなエネルギーを背景にしているからこそ、米国の核攻撃にも無傷で耐えたり、空中要塞を転移させて大量展開したりと、こうこくは勝ち目の無い新たな覇権国家としての在り方を確立させているのだ。

こときみはずっと一人で背負い込んでいたのか……)

 わたるは思い出す。
 うることはなんでも出来る人間だった。
 何をやってもかなわない、絶対的なてんぴんを与えられた人間だった。
 そのことが彼女の使命感を確固たるものにしてしまったとすれば……。

かったよ。ぼくなんか当てに出来なかったんだな。その癖、せつかいで向こう見ずな、厄介な幼馴染だ。あれくらいしないと折れないと思ったんだ。そこまでしてでも、ぼくの気持ちをにじって、傷付けて、突き放して、憎まれてでもぼくを関わらせたくなかった。そうやって最後まで全部自分一人で背負い込んで、全部壊しててて、使命だけを抱いてじんのうと心中する気か……!)

 わたるは進むべき行き先をぐに見据えた。
 カムヤマトイワレヒコは更に加速する。
 揺るぎ無い決意と情熱がわたるを突き動かしていた。
 己を導くの瞳、意志を宿したわたるの瞳は同じ場所をはっきりと捉えている。

「させるかよ! おれを舐めるなァァァァッッ!!」

 こうかいの上空をばくしんするちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコ。
 その金色の機体を駆るわたるはしかし、自身がなる戦いに割り込もうとしているのか想像も付くまい。
 おそらく、その目的地たるこうこく皇宮で繰り広げられているのは、三千世界で類を見ない超絶的規模の戦いである。

 運命の時は刻一刻と迫っていた。
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