日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

幕間九『開戦前夜』

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 すめらぎかなは奇妙な光景の中ですわっていた。
 かの講堂だろうか。
 しかしながら、壁を外国の憲兵が取り囲み、実に物々しい空気である。
 彼女のすぐ背後にも軍人が控えている。

 何よりも奇妙なのは、視界に色が無い――古い写真や映像の様にモノクロームであるということだ。

 彼女は何故なぜか軍服とヘッドフォンを身に着けていた。
 ヘッドフォンからは外国語の同時翻訳の様な日本語の音声が流れている。
 何かの裁判が進行している様だ。

 すめらぎは、自分が被告人として立ち会わされているのだと理解した。
 そしてこれは、ただの裁判ではなく、軍事裁判だ。

 すめらぎの耳に、彼女がこれまで携わった立法改革の内容が読み上げられていく。
 それらは「日本を戦争の出来る国にする」ためのものと判断される。

 そしてすめらぎに戦争を起こした主犯格の一人として「絞首刑」の判決が下った。



    ⦿⦿⦿



    ⦿⦿



    ⦿



 すめらぎかなが目を覚ましたのは自らの事務所の机だった。
 どうやら疲れ果てて眠ってしまった様だ。

 あれは夢だった。
 きつこれから自身が責任の重要な一端を担って戦争をするという状況の中で、最悪の結末を意識してしまったが故の悪夢だろう。

「先生、大丈夫ですか? 随分お疲れのようですけど……」
ばんどう……」

 秘書のばんどうあけが心配した様子で声を掛ける。
 時計を見たすめらぎは、それ程時間がっていないことにひとず胸をろした。

すがに……そうね。無理を通す為の根回しが多過ぎた。人生で一番忙しいし半日だったわ……」
「今回の一手、はっきり言ってあまりにもちやが過ぎますもんね」
「そうね……。民間人に開発中の極秘兵器を操縦させ、その気になれば都市圏一つを簡単に消し飛ばせる巨大な破壊力を外国首都に上陸させた。しかも、相手の先制攻撃も待たずに……。これは野党からの追及が厳しくなるでしょうね」
「しかも相手国領空内で交戦までしちゃってますもんね」

 すめらぎは差し出された珈琲コーヒーを一気に飲み干した。

さきもりわたる氏が行ったのはあくまでも有事にける危険地域からうることくもたか両名の輸送よ。はや邦人にとって身の安全を一切保証出来ず、先の大戦時に於ける交換船の様な、こうこくによる安全な輸送も望めなかった。こうこく貴族による度重なる帰国の妨害に、向こうの交換船パイロットの暗殺……。最早我が国が輸送機を出さねばならないことは明白だった。事態は一刻を争う為、我が国にとって最高速度が出せるちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコを出したことも、限界性能を引き出せる唯一の人材であるさきもり氏にお願いしたことも、緊急時の超法規的措置として合理的なもの。そしてさきもり氏は一切自分から攻撃を仕掛けておらず、全て相手の攻撃に対して応戦した結果交戦となった」
「うーん、理論武装はく出来ているようですけど、それが通るなら最早何でもありになっちゃいません?」

 すめらぎは一つ、大きな溜息を吐いた。

もちろん、そうね。だからこそ、国内外への大規模な根回しが必要だった。幸い、元は対中包囲網として構築していた環太平洋諸国との国際関係をそのまま対こうこくにスライド出来た。日頃からの外交努力が無ければ、我が国は無法国家の仲間入りをせざるを得なかったかもしれないわ」
「でも、戦争に負けたりしたらそれも……」
「勝つしかないわよ。だからこそ、全世界を巻き込んでやるわ。そうしないと、おそらくさっきの夢が正夢になってしまう」
「さっきの夢?」

 ばんどうは首をかしげた。
 しかし、おそらくあれは、あの夢はそう共感出来ないものでもあるまい。
 ややもすれば、すめらぎ以外の閣僚も同じ夢を見るかも知れない。
 自国が戦争するとなったとき、日本の政治指導者ならば間違い無くのうよぎる光景であろう。

「でもね、ククク……わたくしは必ず逆夢にしてやるわ。現代の覇権国家、米国をもワンサイドで下したこうこくに我が国が勝つという結果を、必ず引き寄せてみせる。それは素晴らしいことよ。日本人が八十年越しに顔を上げられるのだから。そしてわたくしは、絶望的だった戦争に勝利をもたらした英雄となる。そして国民の圧倒的支持をうしろだてに政権を取るの」
「からの、こうこく併合ですか……」
「晴れてわたくしは人生の宿願、世界最強をかなえるという訳よ」

 ばんどうはたじろいでいた。
 すめらぎは野望のほのおをそのそうぼうに燃やしている。
 娘とは別の、恐ろしい怪物が彼女の中にもいきいていた。

「先生は……先生はどうして世界最強なんかになりたいんですか?」
貴女あなたに知る必要は無いわ。言うならば、男が生まれてきて一度は夢見るという頂を、女のわたくしも目指してみようと思った。男はほとんど諦めた境地を、女のわたくしいまだにまつぐ見据えている。ただそれだけのことよ」

 ばんどうあきれた様に溜息を吐き、卓上に置かれた小瓶に目を遣った。

「お疲れでしたら、けんしんさんの遺体から回収されたそのとうえいがんを服用されては如何いかんですか? 能力的にも最強に近付けますよ。」
「あら、わたくしに認可されていない違法薬物を勧めるの?」
「先生、普通にわたしびゃくだんさん、さん、あと自衛官には飲ませてましたよね?」
わたくしは目的の為には手段を選ばないからね。現場で使う為に、後方のわたくしは貴重なこれをおいそれとは使えないわ」

 深夜の議員会館に、一人の女の狂気が充満していく。

「鬼畜と呼ばれても構わない。勝利をわたくしに……」

 くして、開戦寸前の夜は更けていく。
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