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第三章『争乱篇』
第六十二話『短命の恋』 序
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時を遡り、七月十一日土曜日夜。
皇國首都統京千世田区、嫡男の住んでいた別邸を本家に格上げした新甲邸に、パイロットスーツを着た長身の女が侵入していた。
父・甲夢黝亡き後に甲家当主の座を引き継いだ嫡男・甲烏黝はその時、自室で眠りに就こうとしていた。
(……妙だ、眠れぬ……)
甲は元々寝付きが良い方である。
父がこの世を去ってからは日々の憂いも薄れ、尚のこと良く眠れている。
しかしこの夜ばかりは何故か目が冴えていた。
それはまるで、彼の無意識が外的な力による強制的な眠りに抵抗しているかの様だった。
(何者かが儂を術識神為で眠らせようとしているのか……?)
六摂家筆頭当主を継ぐことになった甲は、その血筋故に強大な神為をその身に宿している。
それ故に、余程強力な使い手が相手でなければ、能力に因る強制力に対して無意識下で抗うことが出来るのだ。
甲は寝台から飛び起きた。
十中八九、己に良からぬ考えを、悪意を向けている者が居る。
ならばその無謀なる度胸に免じ、この手で直々に成敗してやろう――甲は壁に立てかけてあった乗馬鞭を手に取り、不届き者を待ち構える。
だが、その時だった。
窓から突如眩い光が、目を眩ませる強烈な光が寝室内に差し込んだ。
「ぐあああああっっ!?」
更に、地響きと共に強い揺れが屋敷を襲う。
これは明らかに只事ではない。
甲は片腕で目を塞ぎながら手探りで窓を開け、薄目で庭の方へと目を遣った。
彼は辛うじてではあるが、そこに拡がる信じがたい光景を目の当たりにした。
「なっ……! 儂のミロクサーヌ零式っ!?」
庭の地面が開き、超級為動機神体・ミロクサーヌ零式がゆっくりと浮上していた。
当然、甲が起動を命じた訳ではない。
父・夢黝が謀叛の容疑を掛けられ、自害に追い込まれてからというもの、疑われる様な振る舞いは厳かに慎んでいる。
所有している超級為動機神体も規模の縮小を考えていたところだ。
「おのれ、儂の超級を盗もうというのか! 一体何奴……」
不意に、甲ははっとして感付いた。
抑も、超級の保管場所を知っている者は使用人でも極一部の、高位の者達だけだ。
となると、下手人はそれらのうち誰かか、或いは彼らを脅して聞き出せる力量のある者だけだろう。
父は兎も角、現当主たる烏黝への使用人の忠誠度は高く、内部の裏切り者とは考え難い。
公爵家たる甲家の使用人で高位の者は貴族の子女である。
つまり、彼らもまたそれなりの強者である筈だ。
ならば、下手人もまた貴族。
そしてその者は甲家が超級を所有していると当て込み、為動機神体の操縦技術を持ち、そして何らかの「相手を眠らせる」能力を持っていると考えられる。
「まさか水徒端っ……!」
甲の脳裡に浮かんだのは、父に仕えていた男爵令嬢・水徒端早辺子だった。
しかし彼女は第二皇子・鯱乃神那智の侍女に抜擢された筈だ。
それに、彼女の父・水徒端賽蔵が甲の父・夢黝に殺されたとはいえ、その夢黝は既に誅されている。
今更、主たる鯱乃神の顔に泥を塗ってまで甲家に復讐するとは思えない。
「どういうことだ……。一体何のつもりでこの様な真似を……?」
甲の疑問には誰も答えない。
神為による攻撃を受け付けない超級為動機神体・ミロクサーヌ零式は止めようがなく、甲はただ巨大な人型兵器が持ち去られるのを見送るしかなかった。
⦿⦿⦿
七月十二日日曜日、午前。
超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコに搭乗した岬守航は、自衛隊の察知情報を元に敵機の気配を探りながら九十九里浜へと飛んでいた。
前回、輪田隊に容易く上陸されてしまった反省もあってか、自衛隊の神為による察知も随分と精度が増しており、航の感知している敵の位置とずれは殆ど無さそうだ。
(変だな。僕の予測だと敵機とは丁度浜で遭遇する。でも異様な程気配が少ない……)
航が感じているのは、手慣れた相手の気配だった。
これまで既に何度も撃墜した敵の主力機、超級為動機神体・ミロクサーヌ零式である。
しかし、どうも敵は単機で此方に迫っている。
ミロクサーヌ零式を遙かに上回る性能の特別機を駆っていた、皇國最強の撃墜王・輪田衛士少佐ですら後衛を伴っていたにも拘わらず、である。
(汎用機をたった一機で送り込んでくるとは、皇國は何を考えているんだ? ……いや、そうじゃないのか? ひょっとして……)
航は妙な胸騒ぎを覚えていた。
(今回の敵は、皇國軍の指揮下に入っていないのか? 独立した一個人が勝手に超級を持ち出して攻めてきているのか? だとすれば何の為に?)
操縦桿を握り締める航の手に汗が滲む。
敵への恐れからではない。
心臓が早鐘を打つのは、実力とはもっと別種の危機感が胸に芽生えているからだ。
(この前攻めてきた輪田はカムヤマトイワレヒコを、この僕を始末することが侵攻の目的だと言っていた。つまり、日本を攻めれば僕が出てくると敵は知っている。今回の敵も、この僕と戦うことが目的だとしたら……。軍の指揮とは別に、たった一人で僕と戦おうとしている、皇國の人が居るとしたら……。まさか……)
航の朧気な予感が次第に確信へと変わっていく。
九十九里浜に近付くにつれ、敵の気配がどこか見知った懐かしさを強めていた。
しかし、敵の正体がはっきりする程に航は落ち着いていった。
静かな決意が航の胸から全身へと拡がり、操縦桿から機体へと伝わっていく。
「悪いが貴女の思い通りにはさせない……!」
航はカムヤマトイワレヒコを全速力で九十九里浜へと向かわせた。
横田飛行場からは一分程度で到着する計算だ。
景色からはあっという間に地面の斑な筋が消え、大海原へと飛び出していく。
航が敵影をはっきりと認めたのは丁度そんなタイミングだった。
「来たか!」
カムヤマトイワレヒコは日本刀状切断ユニットを握り、刃を敵に向けた。
単身迫り来る敵機・ミロクサーヌ零式を操縦している相手が航の想像通りかどうか、光線砲で撃墜する前に確認しておきたかった。
航はそのままカムヤマトイワレヒコを敵機へと突っ込ませる。
相手もまた航に応じる様に、自身の切断ユニットを構え振り被った。
九十九里浜海岸線より沖に十キロの位置で、両機の刃が激突。
斯くして、皇國の為動機神体による日本国への第二の侵攻「九十九里浜沖の戦い」は幕を開けた。
『岬守様!』
「その声、やっぱり早辺子さんか!」
鍔迫り合いの相手から聞こえた相手の声は大方の予想通りだった。
航はカムヤマトイワレヒコの刃を押し込む。
「なんとなくそんな気がしていましたよ」
『ええ私です! 貴方を皇國の脅威にしてしまったこの私が、責任を持って貴方を無力化します!』
早辺子の声色からは悲壮な覚悟と意気込みが色濃く伝わってくるが、この押し合いの形勢は明らかだった。
力負けしているミロクサーヌ零式はカムヤマトイワレヒコの刃を制することを諦め、後方へ機体を躱して体勢を立て直そうとする。
しかし、その隙を見逃す航ではない。
あっさりと光線砲を右腕中てて破壊してしまった。
『ぐうぅっ!』
「早辺子さん、失礼だが貴女では無理だ」
『っ……! 何を仰いますか! 半月前まで誰に操縦のイロハを教わったかお忘れですか! 師を超えたと思い上がるのはまだ早い!』
早辺子のミロクサーヌ零式は残された左腕をカムヤマトイワレヒコに向け、光線砲を連写してきた。
しかし、一発として中たらない。
『岬守様……大人しく墜ちてください!』
背中の飛行具を狙って光線砲を連射するミロクサーヌ零式の姿からは、操縦する早辺子の必死な心境が滲み出ていた。
しかし、その射撃が航を捉えることは決して無い。
航は既に何度も正規軍人の駆るミロクサーヌ零式と交戦し、撃破を重ねている。
如何に有能な早辺子とはいえ、操縦の腕前で彼らを上回っていることなどあり得ず、戦いの中で成長した航とカムヤマトイワレヒコには敵うべくもなかった。
『岬守様、お願いです岬守様……。どうか解ってください……』
早辺子の声色は懇願する様な弱々しい者に変わっていった。
ここまで射撃が掠りもしなければ、嫌でも彼我の力の差を思い知ってしまうだろう。
航を皇國の脅威に育ててしまったことを身を以て味わわされているのだろう。
だが、どうやら早辺子の悲痛な心境はそれだけではなかった。
『貴方が生きる道はそれしか無いのです……! 明治日本が皇國に勝てないのは火を見るより明らか。貴方が仮に生き延びても、貴方は必ずや皇國の手に落ちるのです。そして、今私に降っていただかなければ、間も無く鯱乃神殿下が貴方の相手となるでしょう』
「鯱乃神? あの軍服を着ていた皇族か」
『私の今の主で御座います。貴方がこの先も戦って生き延びる未来というのは畏れ多くも鯱乃神殿下が身罷られた未来。それを為した貴方を皇國が生かしておくとお思いですか? 今ならまだ間に合います。ここで私に降って頂ければ、麒乃神殿下や龍乃神殿下に目を掛けられた貴方が助かる道は私が必ず作って見せます。あの時の様にっ……!』
「早辺子さん……!」
航は思い出した。
早辺子が己の体を使って屋渡倫駆郎から自分達を守ろうとした、あの苦い記憶を呼び起こしていた。
おそらく、今度もまた早辺子は我が身を犠牲にして航を助けようとするのだろう。
それを体験済みであったが故に、航に早辺子の訴えは却って逆効果だった。
「悪いが貴女にそんなことはさせられない。貴女の願いを叶える訳にはいかない!」
『然様で御座いますか……。ならば実力行使させていただきます!』
向かって行く航、迎え撃とうとする早辺子。
両機は再び刃を交えようとしていた。
しかし、既に明暗はくっきりと分かれている。
カムヤマトイワレヒコの刃は擦れ違い様にミロクサーヌ零式の切断ユニットを打ち落とす。
『くっ!』
更に、カムヤマトイワレヒコはあっさりとミロクサーヌ零式の背後を取った。
そして直後、切断ユニットの刃が振り下ろされ、ミロクサーヌ零式の飛行具はいとも容易く斬り落とされた。
皇國首都統京千世田区、嫡男の住んでいた別邸を本家に格上げした新甲邸に、パイロットスーツを着た長身の女が侵入していた。
父・甲夢黝亡き後に甲家当主の座を引き継いだ嫡男・甲烏黝はその時、自室で眠りに就こうとしていた。
(……妙だ、眠れぬ……)
甲は元々寝付きが良い方である。
父がこの世を去ってからは日々の憂いも薄れ、尚のこと良く眠れている。
しかしこの夜ばかりは何故か目が冴えていた。
それはまるで、彼の無意識が外的な力による強制的な眠りに抵抗しているかの様だった。
(何者かが儂を術識神為で眠らせようとしているのか……?)
六摂家筆頭当主を継ぐことになった甲は、その血筋故に強大な神為をその身に宿している。
それ故に、余程強力な使い手が相手でなければ、能力に因る強制力に対して無意識下で抗うことが出来るのだ。
甲は寝台から飛び起きた。
十中八九、己に良からぬ考えを、悪意を向けている者が居る。
ならばその無謀なる度胸に免じ、この手で直々に成敗してやろう――甲は壁に立てかけてあった乗馬鞭を手に取り、不届き者を待ち構える。
だが、その時だった。
窓から突如眩い光が、目を眩ませる強烈な光が寝室内に差し込んだ。
「ぐあああああっっ!?」
更に、地響きと共に強い揺れが屋敷を襲う。
これは明らかに只事ではない。
甲は片腕で目を塞ぎながら手探りで窓を開け、薄目で庭の方へと目を遣った。
彼は辛うじてではあるが、そこに拡がる信じがたい光景を目の当たりにした。
「なっ……! 儂のミロクサーヌ零式っ!?」
庭の地面が開き、超級為動機神体・ミロクサーヌ零式がゆっくりと浮上していた。
当然、甲が起動を命じた訳ではない。
父・夢黝が謀叛の容疑を掛けられ、自害に追い込まれてからというもの、疑われる様な振る舞いは厳かに慎んでいる。
所有している超級為動機神体も規模の縮小を考えていたところだ。
「おのれ、儂の超級を盗もうというのか! 一体何奴……」
不意に、甲ははっとして感付いた。
抑も、超級の保管場所を知っている者は使用人でも極一部の、高位の者達だけだ。
となると、下手人はそれらのうち誰かか、或いは彼らを脅して聞き出せる力量のある者だけだろう。
父は兎も角、現当主たる烏黝への使用人の忠誠度は高く、内部の裏切り者とは考え難い。
公爵家たる甲家の使用人で高位の者は貴族の子女である。
つまり、彼らもまたそれなりの強者である筈だ。
ならば、下手人もまた貴族。
そしてその者は甲家が超級を所有していると当て込み、為動機神体の操縦技術を持ち、そして何らかの「相手を眠らせる」能力を持っていると考えられる。
「まさか水徒端っ……!」
甲の脳裡に浮かんだのは、父に仕えていた男爵令嬢・水徒端早辺子だった。
しかし彼女は第二皇子・鯱乃神那智の侍女に抜擢された筈だ。
それに、彼女の父・水徒端賽蔵が甲の父・夢黝に殺されたとはいえ、その夢黝は既に誅されている。
今更、主たる鯱乃神の顔に泥を塗ってまで甲家に復讐するとは思えない。
「どういうことだ……。一体何のつもりでこの様な真似を……?」
甲の疑問には誰も答えない。
神為による攻撃を受け付けない超級為動機神体・ミロクサーヌ零式は止めようがなく、甲はただ巨大な人型兵器が持ち去られるのを見送るしかなかった。
⦿⦿⦿
七月十二日日曜日、午前。
超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコに搭乗した岬守航は、自衛隊の察知情報を元に敵機の気配を探りながら九十九里浜へと飛んでいた。
前回、輪田隊に容易く上陸されてしまった反省もあってか、自衛隊の神為による察知も随分と精度が増しており、航の感知している敵の位置とずれは殆ど無さそうだ。
(変だな。僕の予測だと敵機とは丁度浜で遭遇する。でも異様な程気配が少ない……)
航が感じているのは、手慣れた相手の気配だった。
これまで既に何度も撃墜した敵の主力機、超級為動機神体・ミロクサーヌ零式である。
しかし、どうも敵は単機で此方に迫っている。
ミロクサーヌ零式を遙かに上回る性能の特別機を駆っていた、皇國最強の撃墜王・輪田衛士少佐ですら後衛を伴っていたにも拘わらず、である。
(汎用機をたった一機で送り込んでくるとは、皇國は何を考えているんだ? ……いや、そうじゃないのか? ひょっとして……)
航は妙な胸騒ぎを覚えていた。
(今回の敵は、皇國軍の指揮下に入っていないのか? 独立した一個人が勝手に超級を持ち出して攻めてきているのか? だとすれば何の為に?)
操縦桿を握り締める航の手に汗が滲む。
敵への恐れからではない。
心臓が早鐘を打つのは、実力とはもっと別種の危機感が胸に芽生えているからだ。
(この前攻めてきた輪田はカムヤマトイワレヒコを、この僕を始末することが侵攻の目的だと言っていた。つまり、日本を攻めれば僕が出てくると敵は知っている。今回の敵も、この僕と戦うことが目的だとしたら……。軍の指揮とは別に、たった一人で僕と戦おうとしている、皇國の人が居るとしたら……。まさか……)
航の朧気な予感が次第に確信へと変わっていく。
九十九里浜に近付くにつれ、敵の気配がどこか見知った懐かしさを強めていた。
しかし、敵の正体がはっきりする程に航は落ち着いていった。
静かな決意が航の胸から全身へと拡がり、操縦桿から機体へと伝わっていく。
「悪いが貴女の思い通りにはさせない……!」
航はカムヤマトイワレヒコを全速力で九十九里浜へと向かわせた。
横田飛行場からは一分程度で到着する計算だ。
景色からはあっという間に地面の斑な筋が消え、大海原へと飛び出していく。
航が敵影をはっきりと認めたのは丁度そんなタイミングだった。
「来たか!」
カムヤマトイワレヒコは日本刀状切断ユニットを握り、刃を敵に向けた。
単身迫り来る敵機・ミロクサーヌ零式を操縦している相手が航の想像通りかどうか、光線砲で撃墜する前に確認しておきたかった。
航はそのままカムヤマトイワレヒコを敵機へと突っ込ませる。
相手もまた航に応じる様に、自身の切断ユニットを構え振り被った。
九十九里浜海岸線より沖に十キロの位置で、両機の刃が激突。
斯くして、皇國の為動機神体による日本国への第二の侵攻「九十九里浜沖の戦い」は幕を開けた。
『岬守様!』
「その声、やっぱり早辺子さんか!」
鍔迫り合いの相手から聞こえた相手の声は大方の予想通りだった。
航はカムヤマトイワレヒコの刃を押し込む。
「なんとなくそんな気がしていましたよ」
『ええ私です! 貴方を皇國の脅威にしてしまったこの私が、責任を持って貴方を無力化します!』
早辺子の声色からは悲壮な覚悟と意気込みが色濃く伝わってくるが、この押し合いの形勢は明らかだった。
力負けしているミロクサーヌ零式はカムヤマトイワレヒコの刃を制することを諦め、後方へ機体を躱して体勢を立て直そうとする。
しかし、その隙を見逃す航ではない。
あっさりと光線砲を右腕中てて破壊してしまった。
『ぐうぅっ!』
「早辺子さん、失礼だが貴女では無理だ」
『っ……! 何を仰いますか! 半月前まで誰に操縦のイロハを教わったかお忘れですか! 師を超えたと思い上がるのはまだ早い!』
早辺子のミロクサーヌ零式は残された左腕をカムヤマトイワレヒコに向け、光線砲を連写してきた。
しかし、一発として中たらない。
『岬守様……大人しく墜ちてください!』
背中の飛行具を狙って光線砲を連射するミロクサーヌ零式の姿からは、操縦する早辺子の必死な心境が滲み出ていた。
しかし、その射撃が航を捉えることは決して無い。
航は既に何度も正規軍人の駆るミロクサーヌ零式と交戦し、撃破を重ねている。
如何に有能な早辺子とはいえ、操縦の腕前で彼らを上回っていることなどあり得ず、戦いの中で成長した航とカムヤマトイワレヒコには敵うべくもなかった。
『岬守様、お願いです岬守様……。どうか解ってください……』
早辺子の声色は懇願する様な弱々しい者に変わっていった。
ここまで射撃が掠りもしなければ、嫌でも彼我の力の差を思い知ってしまうだろう。
航を皇國の脅威に育ててしまったことを身を以て味わわされているのだろう。
だが、どうやら早辺子の悲痛な心境はそれだけではなかった。
『貴方が生きる道はそれしか無いのです……! 明治日本が皇國に勝てないのは火を見るより明らか。貴方が仮に生き延びても、貴方は必ずや皇國の手に落ちるのです。そして、今私に降っていただかなければ、間も無く鯱乃神殿下が貴方の相手となるでしょう』
「鯱乃神? あの軍服を着ていた皇族か」
『私の今の主で御座います。貴方がこの先も戦って生き延びる未来というのは畏れ多くも鯱乃神殿下が身罷られた未来。それを為した貴方を皇國が生かしておくとお思いですか? 今ならまだ間に合います。ここで私に降って頂ければ、麒乃神殿下や龍乃神殿下に目を掛けられた貴方が助かる道は私が必ず作って見せます。あの時の様にっ……!』
「早辺子さん……!」
航は思い出した。
早辺子が己の体を使って屋渡倫駆郎から自分達を守ろうとした、あの苦い記憶を呼び起こしていた。
おそらく、今度もまた早辺子は我が身を犠牲にして航を助けようとするのだろう。
それを体験済みであったが故に、航に早辺子の訴えは却って逆効果だった。
「悪いが貴女にそんなことはさせられない。貴女の願いを叶える訳にはいかない!」
『然様で御座いますか……。ならば実力行使させていただきます!』
向かって行く航、迎え撃とうとする早辺子。
両機は再び刃を交えようとしていた。
しかし、既に明暗はくっきりと分かれている。
カムヤマトイワレヒコの刃は擦れ違い様にミロクサーヌ零式の切断ユニットを打ち落とす。
『くっ!』
更に、カムヤマトイワレヒコはあっさりとミロクサーヌ零式の背後を取った。
そして直後、切断ユニットの刃が振り下ろされ、ミロクサーヌ零式の飛行具はいとも容易く斬り落とされた。
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