日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第六十三話『高御產巢日』 序

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 七月十四日火曜日。

 こうこくの巨大な格納庫に異例の人員が集められていた。
 遠征軍の元隊の面々と国防軍のしやちかみ隊の面々が向かい合って整列している。
 その背後に威容を並べるは、ちようきゆうどうしんたい・ミロクサーヌれいしき、そしてその奥に一際大型のどうしんたいが一機収められている。
 かつてはひろあきらの専用機、とつきゆうどうしんたい・ツハヤムスビがそこにあったのだが、現在は別の機体が静かにたたずんでいる。

「あれが……しやちかみ殿下の専用機……」
こうこく最強のどうしんたい……」

 隊の面々は息をんだ。
 機体の大きさでいえばツハヤムスビと同じ全高三十六メートルだが、こころしか一回り大きく見える様な存在感がある。

隊のやつらめ、驚いているな」
いて足を引っ張らなければ良いがな」

 しやちかみ隊の面々はそんな隊にあざけりの視線を向けている。
 隊の有力な兵士達は先の侵攻での供としてことごとく戦死している。
 今残っているのは留守を言い付けられた落ちこぼれの残りかすで、隊長の死を見守ることすらもとされなかった負け犬の生き恥さらし――それがしやちかみ隊の認識であった。

 また、そうでなくとも三つの理由からしやちかみ隊は隊を快く思っていなかった。
 一つは、国防軍と遠征軍の対立関係から。
 一つは、が自分達の隊長であるしやちかみを差し置いてこうこく最強のどうしんたい操縦士の称号をほしいままにしており、その影響で隊もこうこく最強と言われていたから。
 そして一番の理由は、彼らの出自にあった。

「武家のまつえいが軍で大きな顔をしていられるのも今日限りだ」
少佐がいなければあんな連中は下級士族のごくつぶしに過ぎないものを」

 隊の面々はほとんどが嘗て下級武士だった士族の末裔である。
 彼らは武士の威信を取り戻すというに共感していた。

しやちかみ隊の貴族連中め、相変わらずいけ好かない野郎共だ」
「お前らこそ殿下の腰巾着だろうが」

 一方、しやちかみ隊を構成しているのは殆どが旧華族の子息で、極一部に新華族の子息が混じっているという良家の部隊である。
 両者は歴史的な遺恨もあり、殊更に激しく対立しているのだ。
 隊の残党が今回の出撃を志願したのは、元々は自分達に下された「金色の機体」の命を果たす栄誉をしやちかみ隊に横取りされるのが許せなかったからだ。

 しかし、中にはこの様な対立を好ましく思っていない者達も両隊に存在する。

「貴様ら、げんにせんか!」
「は、はや中尉……」
「も、申し訳御座いません」

 隊のはやてつ中尉は隊の主力の中で唯一出撃しなかった操縦士だ。
 彼は残された者達のまとめを任されたのであって、その能力は出撃して散った者達にも勝るとも劣らない。
 彼に一喝されれば隊の面々も黙らざるを得ない。

「皆さん、しやちかみ隊の品位をおとしめるつもりですか?」
ひらつじ……!」
「生意気な小僧め、殿下のひいでなければ張り倒してやるところだ」

 しやちかみ隊のひらつじらい少尉は新華族の新兵だが、その優秀な成績と素直な人柄、そして出身一族の信頼からしやちかみに一目置かれる十五歳の少年である。
 侮られがちな新華族ではあるが、ひらつじ子爵家は戦闘一族として名高く、らいしやちかみ隊でも隊長に次ぐ腕前を持っている。

「何をざわついている」

 そんな中、彼らを束ねる第二皇子・しやちかみ大佐が向かい合う両隊のもとへ歩いて来た。
 しやちかみ隊も隊も打って変わってとうそつされた動きで一斉に敬礼する。

「殿下、ともいたします! 我々の命に代えても殿下をお助けし、少佐殿のあだを討ちましょうぞ!」
こうこくの行く末を懸けた戦いに殿下と共に出撃出来る栄誉、感無量で御座います! 命を懸けて殿下をまもりいたします!」

 それぞれの隊を代表し、はや中尉とひらつじ少尉が意気込みを語った。
 しやちかみはそんな彼らにいちべつをくれて立ち止まった。

「命か……」

 しやちかみつぶやき、そして再び列の奥へ向けて歩き出した。

「この世には二種類の人間が居る。命に代えてでも大事を成して初めて生きるに値する人間と、初めから生きる価値のある命を持って生まれてきた人間だ。きみ達はどちらだ?」

 しやちかみの言葉に彼の元々の部下である貴族軍人達はほくみ、隊から盟に加わった士族軍人達は表情をこわらせた。
 そんな対照的な二列を尻目に、しやちかみは大きな声で言い放つ。

わたしの指揮下に入る以上はわきまえるように!」

 しやちかみは自身の専用機――全高三十六メートルの威容を誇るこうこく最強のどうしんたいの前で立ち止まった。
 そして両腕を広げ、朗々とうたい上げる。

けまくもかしこせんきのかみのやしろおほまへに、すめらみことひろともつぐやすともかしこかしこみもまをさく。たかまのはらかむづまむつかむかむみのみことちて、よろづのかみたちかむつどへにつどへたまかむはかりにはかりたまひて、あまてらしますすめおほかみすめまのみこととよあしはらのみづほのくにやすくにたひらけくしろしめせとことよさしまつりて、くにけし横刀たちあまつかみくだしたまひ、あめよりたのからすおこみちびきたまひき、よさしまつとほつみをやをばたすけにたすけたまひて、あだどもされぬ。すめらみいくさいまなほあれのこりのわざはひをさいますさほとりのくにきよむるく、たけちからふるひにふるひて、こころくしにくして、六合あめつちやまとあまねさだむるに、ひらくるはじめあらはれしおほみをやのかみしめされ、つはものいやますますまもたまさきはたまへと、かしこかしこみもまをさく」

 第一皇子・かみえいが生み出した革新的兵器「どうしんたい」。
 その中でも、当時の彼が持てる知識と知恵の粋を尽くして作り出した珠玉の一機が、弟たる第二皇子・しやちかみに与えられたこの機体である。

 今、その機体が圧倒的な威を示すべく、目を覚まそうとしていた。
 実戦起動を前にしたその機体の振動で格納庫の空気と大地が震える。

「機動させたまえ! きょっきゅうどうしんたい・タカミムスビ!!」

 全高三十六メートルの機械巨人兵器が、その両眼から激しくも厳かな光を放った。



    ⦿⦿⦿



 はたの独断専行以来、こうこくちようきゆうどうしんたい・ミロクサーヌれいしきは火を点けられたかの如く断続的に飛来している。
 さきもりわたるの引き渡しに立ち会った後、立て続けに五回出撃している。
 それでも敵の侵犯に対処し切れず、わたるの手が回らない相手には自衛隊がいつきゆうどうしんたいや通常兵器を出して交戦している。
 しかし、既に被害は甚大である。

「またまた済まないな、さきもりさん……」

 とうの一日が明けても、またわたるは出撃に向けてとよなか隊の面々と搭乗機に向かっていた。
 横田飛行場でとよなかたいよう一尉やその部下達と会っている時間の方が、こうこくから帰国した仲間達とホテルで過ごす時間よりもずっと長くなっている。

「昨日はよく眠れましたか?」

 紅一点、よし二尉がわたるに気遣いの言葉を掛ける。
 銀座でひろあきらを相手に共に戦った自衛官はことごとく搭乗機を失ったが、何名かは機体から脱出して生還している。
 だがそんな彼らはわたる以上に寝る間も惜しんで防衛に駆り出されていた。
 わたるむしろ、休息を取らされていることが心苦しくさえ感じていた。

「眠れてはいます。でも、その間にも皆さんの仲間が国を守るためこうこく機と戦って、そして何人も死んでいる……」

 わたるは眉根を寄せた。
 昨日一日で五回出撃したといっても、それはわたるに限った話であり、こうこくの魔の手はわたるの手の及ばない各地に猛威を振るっている。
 ちようきゆう一機に対して複数機のいつきゆうと十数もの戦闘機をぶつけ、何人も殉職者を出しながらどうにか本土を防衛し続けている状態だ。
 頭一つ以上に抜けた腕前を奮い、誰よりも戦果を上げているわたるだったが、実際には彼らの血によって日本は守られているのだ。

「しょうがねえよ、それがおれ達の仕事だからな」
「ええ。寧ろちらが不甲斐無く申し訳無いくらいですよ」

 おんさとし二尉とけんもちある二尉もまた、わたるを気遣っている。
 この四人は緒戦でこそに不覚を取ったものの、それ以降は目覚ましい活躍を果たし成長している。
 彼らのことが、今のわたるには心強かった。

 そんなわたる達のもとへ、別の自衛官達が歩み寄ってきた。
 わたる達と同じようにパイロットスーツを身にまとった彼らのことは何度か見たことがある。

「よぉ、とよなか

 比較的細面の、インテリ然とした男がとよなかに声を掛けてきた。

いけ、お前もこれから出るのか」

 とよなかの部下達が同僚に敬礼した。
 いけてるふみ一尉、とよなかとは防衛大学校からの同期である。
 彼や部下達もまた、どうしんたい操縦士に志願し、しんと技能を身に付けている。

「なんだとよなか、お前達命令を聞いていないのか?」
「命令? 出撃命令とは違うのか?」

 いけの口振りにげんな表情を浮かべるとよなか達だったが、そこへもう一人の中年男が現れた。
 うめけんろう一佐、どうしんたいを運用する自衛隊で唯一の連隊を束ねる男である。
 連隊といっても、実際にどうしんたいを操縦し戦闘をするのはとよなか隊やいけ隊など、極一部の精鋭達であるが、周囲のサポートも含めてトップに立つのがうめなのだ。

とよなか一尉、きみの隊の四名といけ隊の三名に新型試作機がてられることになった。きみ達はその新型到着まで待機し、カムヤマトイワレヒコの援護にはかわ西にし隊に出てもらう」

 関東圏への侵攻に対処しているのはとよなか隊といけ隊、そして今挙がったかわ西にし隊である。
 かわ西にしかずのり三佐は操縦の腕前こそとよなか隊やいけこうじんを拝しているが、経験から来る指揮で唯一隊内から死者を出していないというクレバーな男である。

「と、いうわけでさきもりさん、貴方あなたかわ西にし三佐と共に硫黄島へ向かってください」
「硫黄島?」

 わたるうめの言葉に妙な胸騒ぎを覚えた。
 かわ西にしと組んだことは無いが、話を聞く限りでは頼もしい人物だ。
 しかし、どうにも嫌な予感がする。

「探知員のしんが妙な気配を感知しているのです。ややもすると、銀座以来の難敵が襲来しているかも知れません」
「まさか……」
「当面はかわ西にし三佐の指示に従ってください。新型試作機が到着次第、とよなか隊四名といけ隊三名を救援に向かわせます」
「……わかりました」

 今はただ、うめの言葉に従うしかなかった。
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