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第三章『争乱篇』
第六十四話『嫉妬』 急
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硫黄島に着地したカムヤマトイワレヒコの発光が収まっていく。
操縦室内の航が疲弊し、日神回路の発動を維持出来なくなったのだ。
航はがっくりと項垂れ、呼吸を荒らげて大袈裟に上半身を揺すっている。
神為の消耗、体力は既に限界に近かった。
(意識が飛びそうだ……。でもまだ……もう一度日神回路を発動しないと……)
周囲の防衛施設では慌ただしく戦闘準備が進められていた。
しかし、強大な敵機に通常兵器では到底対処出来まい。
この場は航が鯱乃神を斃す他にこの島を守る術は無いのだ。
航にとって幸いだったのは、先日銀座で勃発した輪田衛士の特級為動機神体・ツハヤムスビとの戦いを経て成長し、神為が大きくなっていたことだ。
御陰で、日神回路発動下でも多少は戦える様になった。
だがそれでも、三度目の発動を敢行するのはかなりの無茶である。
先に着陸していたタカミムスビが正面から光線砲で狙ってきた。
重力による束縛を伴う「天鳴砲」はもう使えないが、それでも金鵄砲並みの力の奔流が航に襲い掛かる。
航は気合いで機体を回避させた。
「はぁ……はぁ……」
一方の鯱乃神はそんな航に高出力の光線砲を容赦無く連発する。
航は両の目蓋を釣り上げ、死に物狂いで射撃の豪雨を躱しながらカムヤマトイワレヒコを敵機へと駆け寄らせる。
「おおおオッッ!!」
カムヤマトイワレヒコの体当たりがタカミムスビに炸裂した。
通常状態での兵装ではタカミムスビを破壊出来ない。
しかし、撃破には至らずとも機体の全重量をぶつければバランスを崩すことくらいは出来るかも知れないという考えだった。
思惑通り、タカミムスビは大きく仰け反った。
「良し!」
航は空かさず、カムヤマトイワレヒコに次の行動へ移らせる。
カムヤマトイワレヒコの脚がバランスを崩したタカミムスビの足を蹴り上げた。
全高三十六米を誇るタカミムスビの機体が仰向けに倒れていく。
「甘いわッ!」
タカミムスビは瞬時に日本刀状の切断ユニットを手に持ち、倒れ様にカムヤマトイワレヒコへ刃を振るった。
自機の刃を振り上げていた航は、攻撃を中止して切断ユニットを防御に回す。
両機の刃が激しく激突し、カムヤマトイワレヒコの切断ユニットが粉々に打ち砕かれた。
「拙い!」
航は一旦機体を上空へ退かせた。
タカミムスビは両手を地に着いて機体を後転させて立ち上がり、すぐさま上方のカムヤマトイワレヒコへ光線砲を発射する。
航はどうにか攻撃を躱しながら再び機体を硫黄島に着地させようと隙を窺っていた。
(空からじゃ狙えない。超級が戦闘用の出力で発射した光線砲が地面に着弾すると島が消し飛ぶ程度じゃ済まない。それに、奴を破壊出来るのはおそらく日神回路発動下の切断ユニット「韴靈劔」だけだ。ここは地上戦しか無い!)
カムヤマトイワレヒコが再度硫黄島に上陸した。
しかし、航には一つ大きな問題がある。
彼が敵を斃す唯一の武器だと考えている「韴靈劔」は、日神回路発動下でそれを使用する為に必要な切断ユニットを破壊されて喪われてしまっているのだ。
(どうにかするしかない。何か代わりになるような武器を……!)
航は諦めずに手立てを考える。
だが鯱乃神の光線砲連射が思考の継続を許さない。
航にとって、地上戦で敵が撃ってくる光線砲は中空で狙われるよりも回避し易かった。
鯱乃神としても地上に着弾して島を破壊したくない為、狙いはカムヤマトイワレヒコの胸から上に限定されているのだ。
鯱乃神側から見ると、今の状況は優位を取ったものの決定打には今一つ何かが足りない、といったところである。
敵機が自機を破壊する手段は発光状態での切断ユニットに限られる、というのは航と同じ見解である。
それ故、今の様に遠距離から狙い続けるのが安全策ではある。
しかし、機体の体格差故に胸から下を狙えないのだ。
(今後、明治日本へ侵攻する友軍が速度差でばらけることが無いように、拠点としてこの島は是非とも占領してしまいたい。その為にも、島ごと消し飛ばす訳にはいかんのだ)
鯱乃神は鯱乃神で、事態を打開する策を見出すべく周囲の状況に意識を向ける。
だがそんな中で、彼は奇妙な感覚を抱いていた。
(しかしこの島、妙な気配がする……。どうも軍事施設があるようだが、私と戦おうという敵兵のものか? それにしては随分と……)
その時、カムヤマトイワレヒコが三度金色の眩い光を放った。
航が日神回路を発動させ、勝負を懸けようとしているのだ。
「来るか! 良いだろう、返り討ちにしてくれる! 貴様を斃し、私は己の価値を証明するのだ!」
鯱乃神は自機の手に日本刀状の切断ユニットを握らせ、迎撃の構えを取らせる。
彼はこの戦いに並々ならぬ思いを懸けていた。
神聖大日本皇國の第二皇子・鯱乃神那智。
彼は自分を「第一皇子たる兄宮の代用品」であると考えている。
しかし、その第一皇子・獅乃神叡智は異次元の存在だった。
巨しくも美しい、幻想的な稜威に満ちた容姿も、文武両面に於ける圧倒的な才能も、何もかもが次期神皇としての異論を挟ませない。
皇族が皇位権を巡った御家騒動を起こしていないのは、「絶対強者」たる獅乃神への継承があまりにも揺るぎ無いが為だった。
苦言を呈される放蕩癖すらも、気さくな人柄を肯定的に見る向きさえある。
(代用品を必要としない兄様の代用品としてしか価値の無い存在が私だ。ならば私は……何の為に生まれてきたのだ)
生まれた時から兄を知り、弟妹達より長く接してきた彼の劣等感は格別に深刻だった。
それは彼の神為にも悪影響を与えている。
彼が末妹の狛乃神嵐花に侮られているのは、皇族の中で最も乏しい神為に原因がある。
皇族の神為は他とは一線を画すものの、その中では余りに大きな格差があるのだ。
絶対的な兄の存在は鯱乃神を酷く蝕んでいた。
兄と同じ世界に居たのでは惨めな思いが募るばかりだ。
彼が自分の命に価値を見出す為には、生まれ育った環境から外へ飛び出す必要があった。
それで、鯱乃神那智は軍に入ることを決意したのだ。
『那智、汝は本気で軍へ行くつもりなのか?』
家族全員が集まる場でその意志を伝えた時、兄は怪訝そうに首を傾げていた。
『兄様、私は皇族に相応しい人間でありたいのです』
『ううむ、志は立派だと思うが……』
獅乃神は眉間に皺を寄せ、露骨に納得していないという仕草を見せていた。
兄は自分を取り繕うということを知らない。
鯱乃神が獅乃神に苛立ちを覚えるのは、そんな生のままの性格に理由の一端がある。
しかし、一番の理由はそれではない。
『だが那智よ、汝の何がいかんと云うのだ? 皇族に相応しい人間とは一体どういうことだ? 汝は第二皇子だろう?』
『はい。ですからそう胸を張る為にも……』
『別に、堂々と胸を張れば良いではないか? 父上の血を引いているのだから……』
この時、兄の言葉と仕草に鯱乃神は目眩を覚えた。
獅乃神にとって、鯱乃神が劣等感を覚える彼是は大した問題だと思えないらしい。
昔から、兄は自分が飛び抜けて優秀過ぎるが故に、他者の優劣に殆ど興味が無い。
圧倒的な才覚を持ちながら、自分はそれらと無関係に、唯々血筋のみによって次の神皇に相応しいのだと本気で思っている。
だから、第二皇子である鯱乃神の悩みが腑に落ちないのだ。
『兄様は……私は第二皇子でさえあればそれで良い、と?』
『駄目か?』
『では、これまでの私の努力は、一体何だったというのですか?』
『俺は偉いと思っているぞ?』
鯱乃神の口から思わず溜息が漏れた。
兄にとって、弱いこと、劣っていることはどうでも良いことだ。
何故なら、自分以外の全ての人間が団栗の背比べ、蟻同士の力比べに過ぎないから。
兄・獅乃神叡智は心底、弱者の気持ちが理解出来ない――その確信が、弟・鯱乃神那智を酷く孤独にさせた。
『兎に角、私は今のままでは駄目なのです』
『そうか。汝がそこまで言うならば敢えて止めはせんが……』
こうして、鯱乃神は軍の士官学校へ入学した。
軍隊では基本的に家柄に関係無く階級で上下関係が決まるのが、却って有難かった。
鯱乃神は持ち前の勤勉さで頭角を現し、同期の中でも一目置かれる存在となった。
しかし、それでも実技に於いて、輪田衛士にだけはどうしても勝てなかった。
(私は……中身で特別な人間になりたい。その為に、誰よりも努力した。だが、私が望む特別には手が届かない……)
鯱乃神は軍隊に入って、今度は輪田に苛立ちを覚えた。
(皇國最高の英雄の座、皇國最強の為動機神体操縦士の称号、何故私に授けぬ。私の特別は第二皇子などという、中身と無関係な、それでいて中途半端な張り子の装飾だけ、それで満足しろというのか!)
そして今、鯱乃神は目の前の航にも苛立ちを覚えている。
(誰かが言った。努力出来るのは環境次第だと、一定の成果は銀の匙で容易に掬えるものだと。ならば皇族という、世界で最も恵まれた私の努力など、結果など……! それは良い。だからこそ、私は頂点に立たねばならん。将軍家の末裔・公爵家の嫡男たる輪田もそれは同じだろう。だが貴様は……! 貴様は何だ!)
鯱乃神は自機・タカミムスビを敵機・カムヤマトイワレヒコへ突っ込ませる。
航もまた、カムヤマトイワレヒコを突撃させる。
極超音速の体当たりを敢行する航を、鯱乃神の刃が迎え撃とうとする。
「貰ったァ!」
タカミムスビは切断ユニットを水平に薙いだ。
カムヤマトイワレビコは跳び上がってこれを回避、背後に回り込み、光線砲を構えてタカミムスビに狙いを定める。
と、その瞬間、空振りしたタカミムスビの刃が光った。
「何だ!?」
航が驚きの声を上げると同時に、タカミムスビの刃は激しく放電した。
全高三十六米の巨神が持つ剣が稲妻を放ったのである。
それはまるで、小さな島に大雷が落ちたかの様であった。
「ぐあああああっっ!!」
意表を突いたかに思えた航だったが、鯱乃神の狙いは最初からこの雷撃だった。
稲光はカムヤマトイワレヒコを貫き、島中を奔り抜けて基地設備を破壊した。
機体はこの一撃で多くの装甲を砕かれ、見るも無残なボロボロの姿で黒煙を上げている。
だが内部の航は外装以上に深刻な危機に陥っていた。
(感覚が……麻痺しているっ!)
極超音速の機動力と光線砲で辺り合う為動機神体同士の戦闘に於いて、操縦士の命綱となるのは、神為に因って常識外に研ぎ澄まされた感覚である。
視覚・聴覚・触覚などの五感は勿論のこと、それを超えた第六感の神懸かった作用が無ければ戦いに勝てない。
タカミムスビの攻撃は、そんな操縦技能の根幹を奪う恐るべきものだった。
つまり、敵の思惑は刃を振り抜いた腕でそのまま光線砲の狙いを定め、確実に航を仕留めることであった。
「このっ……!」
航は必死に自らの意識を機体へと繋ぎ続ける。
何も見えない、聞こえない、感じられない。
だが、何もしなければ殺られるとだけは解る。
航は懸命に、記憶の敵影を狙って光線砲「金鵄砲」を撃った。
「ぐがアッッ!?」
金鵄砲はタカミムスビが光線砲を発射しようとした砲口を撃ち抜き、またしても暴発を誘った。
爆発は砲口だけでなく手も吹き飛ばし、更には先程猛威を振るった切断ユニットまでも宙へ投げ出させた。
「しまった!」
「よし、麻痺が解けた!」
感覚を取り戻した航は空かさずカムヤマトイワレヒコを動かし、零れた敵機の切断ユニットを追い掛けさせた。
剣は刃を地面に突き立て、宛ら何処かの伝説の如く抜く者を待っている。
その柄はカムヤマトイワレヒコの手に握られ、引き抜かれた剣は新たな持ち主を得た。
(行けるか? こいつを新しい韴靈劔に出来るか?)
カムヤマトイワレヒコの機体から発せられる金色の光が切断ユニットを包み込んでいく。
航は直感で、新たな刃に日神回路の力が行き届いたのだと察した。
(此処が正念場だ! 振り絞れ、最後の一滴まで!)
航はカムヤマトイワレヒコをタカミムスビへと向かわせる。
両手を破壊したとあっても、まだ秘めたる恐るべき力があるかも知れない。
加えて、鯱乃神の神為がいつ機体を再生させないとも限らない。
航は、次の交錯で勝負を決めなければもう目は無いと感じていた。
一方で、鯱乃神は焦っていた。
強力な兵装を軒並み潰されたタカミムスビをこれ以上戦わせるには、破壊された部位を再生させなければならない。
ただ、タカミムスビは唯でさえ皇族の強大な神為があって初めて動かせる機体である。
鯱乃神の神為を持ってすれば再生は可能だが、大きな隙を生むことは避けられない。
(機体全身の副砲で牽制し、再生に必要な隙を作るしか無い)
タカミムスビの機体には全身に光線砲の発射口が隠されている。
カムヤマトイワレヒコを一発で仕留められる威力は無いが、此処はそれを上手く使って間を繋ぐしか無い。
「喰らえ!」
カムヤマトイワレヒコが剣を振り上げたと同時に、タカミムスビの全身が発光した。
だがその時、今度はカムヤマトイワレヒコの刃が激しく放電した。
光線砲を発射しようとしたタカミムスビの副砲を電流が貫き、その悉くが暴発して破壊される。
「何ィィィッ!? 莫迦な!!」
「うおおおおおおっっ!!」
全ての反撃手段を喪い倒れたタカミムスビに、止めの刃が振り下ろされた。
操縦室内の航が疲弊し、日神回路の発動を維持出来なくなったのだ。
航はがっくりと項垂れ、呼吸を荒らげて大袈裟に上半身を揺すっている。
神為の消耗、体力は既に限界に近かった。
(意識が飛びそうだ……。でもまだ……もう一度日神回路を発動しないと……)
周囲の防衛施設では慌ただしく戦闘準備が進められていた。
しかし、強大な敵機に通常兵器では到底対処出来まい。
この場は航が鯱乃神を斃す他にこの島を守る術は無いのだ。
航にとって幸いだったのは、先日銀座で勃発した輪田衛士の特級為動機神体・ツハヤムスビとの戦いを経て成長し、神為が大きくなっていたことだ。
御陰で、日神回路発動下でも多少は戦える様になった。
だがそれでも、三度目の発動を敢行するのはかなりの無茶である。
先に着陸していたタカミムスビが正面から光線砲で狙ってきた。
重力による束縛を伴う「天鳴砲」はもう使えないが、それでも金鵄砲並みの力の奔流が航に襲い掛かる。
航は気合いで機体を回避させた。
「はぁ……はぁ……」
一方の鯱乃神はそんな航に高出力の光線砲を容赦無く連発する。
航は両の目蓋を釣り上げ、死に物狂いで射撃の豪雨を躱しながらカムヤマトイワレヒコを敵機へと駆け寄らせる。
「おおおオッッ!!」
カムヤマトイワレヒコの体当たりがタカミムスビに炸裂した。
通常状態での兵装ではタカミムスビを破壊出来ない。
しかし、撃破には至らずとも機体の全重量をぶつければバランスを崩すことくらいは出来るかも知れないという考えだった。
思惑通り、タカミムスビは大きく仰け反った。
「良し!」
航は空かさず、カムヤマトイワレヒコに次の行動へ移らせる。
カムヤマトイワレヒコの脚がバランスを崩したタカミムスビの足を蹴り上げた。
全高三十六米を誇るタカミムスビの機体が仰向けに倒れていく。
「甘いわッ!」
タカミムスビは瞬時に日本刀状の切断ユニットを手に持ち、倒れ様にカムヤマトイワレヒコへ刃を振るった。
自機の刃を振り上げていた航は、攻撃を中止して切断ユニットを防御に回す。
両機の刃が激しく激突し、カムヤマトイワレヒコの切断ユニットが粉々に打ち砕かれた。
「拙い!」
航は一旦機体を上空へ退かせた。
タカミムスビは両手を地に着いて機体を後転させて立ち上がり、すぐさま上方のカムヤマトイワレヒコへ光線砲を発射する。
航はどうにか攻撃を躱しながら再び機体を硫黄島に着地させようと隙を窺っていた。
(空からじゃ狙えない。超級が戦闘用の出力で発射した光線砲が地面に着弾すると島が消し飛ぶ程度じゃ済まない。それに、奴を破壊出来るのはおそらく日神回路発動下の切断ユニット「韴靈劔」だけだ。ここは地上戦しか無い!)
カムヤマトイワレヒコが再度硫黄島に上陸した。
しかし、航には一つ大きな問題がある。
彼が敵を斃す唯一の武器だと考えている「韴靈劔」は、日神回路発動下でそれを使用する為に必要な切断ユニットを破壊されて喪われてしまっているのだ。
(どうにかするしかない。何か代わりになるような武器を……!)
航は諦めずに手立てを考える。
だが鯱乃神の光線砲連射が思考の継続を許さない。
航にとって、地上戦で敵が撃ってくる光線砲は中空で狙われるよりも回避し易かった。
鯱乃神としても地上に着弾して島を破壊したくない為、狙いはカムヤマトイワレヒコの胸から上に限定されているのだ。
鯱乃神側から見ると、今の状況は優位を取ったものの決定打には今一つ何かが足りない、といったところである。
敵機が自機を破壊する手段は発光状態での切断ユニットに限られる、というのは航と同じ見解である。
それ故、今の様に遠距離から狙い続けるのが安全策ではある。
しかし、機体の体格差故に胸から下を狙えないのだ。
(今後、明治日本へ侵攻する友軍が速度差でばらけることが無いように、拠点としてこの島は是非とも占領してしまいたい。その為にも、島ごと消し飛ばす訳にはいかんのだ)
鯱乃神は鯱乃神で、事態を打開する策を見出すべく周囲の状況に意識を向ける。
だがそんな中で、彼は奇妙な感覚を抱いていた。
(しかしこの島、妙な気配がする……。どうも軍事施設があるようだが、私と戦おうという敵兵のものか? それにしては随分と……)
その時、カムヤマトイワレヒコが三度金色の眩い光を放った。
航が日神回路を発動させ、勝負を懸けようとしているのだ。
「来るか! 良いだろう、返り討ちにしてくれる! 貴様を斃し、私は己の価値を証明するのだ!」
鯱乃神は自機の手に日本刀状の切断ユニットを握らせ、迎撃の構えを取らせる。
彼はこの戦いに並々ならぬ思いを懸けていた。
神聖大日本皇國の第二皇子・鯱乃神那智。
彼は自分を「第一皇子たる兄宮の代用品」であると考えている。
しかし、その第一皇子・獅乃神叡智は異次元の存在だった。
巨しくも美しい、幻想的な稜威に満ちた容姿も、文武両面に於ける圧倒的な才能も、何もかもが次期神皇としての異論を挟ませない。
皇族が皇位権を巡った御家騒動を起こしていないのは、「絶対強者」たる獅乃神への継承があまりにも揺るぎ無いが為だった。
苦言を呈される放蕩癖すらも、気さくな人柄を肯定的に見る向きさえある。
(代用品を必要としない兄様の代用品としてしか価値の無い存在が私だ。ならば私は……何の為に生まれてきたのだ)
生まれた時から兄を知り、弟妹達より長く接してきた彼の劣等感は格別に深刻だった。
それは彼の神為にも悪影響を与えている。
彼が末妹の狛乃神嵐花に侮られているのは、皇族の中で最も乏しい神為に原因がある。
皇族の神為は他とは一線を画すものの、その中では余りに大きな格差があるのだ。
絶対的な兄の存在は鯱乃神を酷く蝕んでいた。
兄と同じ世界に居たのでは惨めな思いが募るばかりだ。
彼が自分の命に価値を見出す為には、生まれ育った環境から外へ飛び出す必要があった。
それで、鯱乃神那智は軍に入ることを決意したのだ。
『那智、汝は本気で軍へ行くつもりなのか?』
家族全員が集まる場でその意志を伝えた時、兄は怪訝そうに首を傾げていた。
『兄様、私は皇族に相応しい人間でありたいのです』
『ううむ、志は立派だと思うが……』
獅乃神は眉間に皺を寄せ、露骨に納得していないという仕草を見せていた。
兄は自分を取り繕うということを知らない。
鯱乃神が獅乃神に苛立ちを覚えるのは、そんな生のままの性格に理由の一端がある。
しかし、一番の理由はそれではない。
『だが那智よ、汝の何がいかんと云うのだ? 皇族に相応しい人間とは一体どういうことだ? 汝は第二皇子だろう?』
『はい。ですからそう胸を張る為にも……』
『別に、堂々と胸を張れば良いではないか? 父上の血を引いているのだから……』
この時、兄の言葉と仕草に鯱乃神は目眩を覚えた。
獅乃神にとって、鯱乃神が劣等感を覚える彼是は大した問題だと思えないらしい。
昔から、兄は自分が飛び抜けて優秀過ぎるが故に、他者の優劣に殆ど興味が無い。
圧倒的な才覚を持ちながら、自分はそれらと無関係に、唯々血筋のみによって次の神皇に相応しいのだと本気で思っている。
だから、第二皇子である鯱乃神の悩みが腑に落ちないのだ。
『兄様は……私は第二皇子でさえあればそれで良い、と?』
『駄目か?』
『では、これまでの私の努力は、一体何だったというのですか?』
『俺は偉いと思っているぞ?』
鯱乃神の口から思わず溜息が漏れた。
兄にとって、弱いこと、劣っていることはどうでも良いことだ。
何故なら、自分以外の全ての人間が団栗の背比べ、蟻同士の力比べに過ぎないから。
兄・獅乃神叡智は心底、弱者の気持ちが理解出来ない――その確信が、弟・鯱乃神那智を酷く孤独にさせた。
『兎に角、私は今のままでは駄目なのです』
『そうか。汝がそこまで言うならば敢えて止めはせんが……』
こうして、鯱乃神は軍の士官学校へ入学した。
軍隊では基本的に家柄に関係無く階級で上下関係が決まるのが、却って有難かった。
鯱乃神は持ち前の勤勉さで頭角を現し、同期の中でも一目置かれる存在となった。
しかし、それでも実技に於いて、輪田衛士にだけはどうしても勝てなかった。
(私は……中身で特別な人間になりたい。その為に、誰よりも努力した。だが、私が望む特別には手が届かない……)
鯱乃神は軍隊に入って、今度は輪田に苛立ちを覚えた。
(皇國最高の英雄の座、皇國最強の為動機神体操縦士の称号、何故私に授けぬ。私の特別は第二皇子などという、中身と無関係な、それでいて中途半端な張り子の装飾だけ、それで満足しろというのか!)
そして今、鯱乃神は目の前の航にも苛立ちを覚えている。
(誰かが言った。努力出来るのは環境次第だと、一定の成果は銀の匙で容易に掬えるものだと。ならば皇族という、世界で最も恵まれた私の努力など、結果など……! それは良い。だからこそ、私は頂点に立たねばならん。将軍家の末裔・公爵家の嫡男たる輪田もそれは同じだろう。だが貴様は……! 貴様は何だ!)
鯱乃神は自機・タカミムスビを敵機・カムヤマトイワレヒコへ突っ込ませる。
航もまた、カムヤマトイワレヒコを突撃させる。
極超音速の体当たりを敢行する航を、鯱乃神の刃が迎え撃とうとする。
「貰ったァ!」
タカミムスビは切断ユニットを水平に薙いだ。
カムヤマトイワレビコは跳び上がってこれを回避、背後に回り込み、光線砲を構えてタカミムスビに狙いを定める。
と、その瞬間、空振りしたタカミムスビの刃が光った。
「何だ!?」
航が驚きの声を上げると同時に、タカミムスビの刃は激しく放電した。
全高三十六米の巨神が持つ剣が稲妻を放ったのである。
それはまるで、小さな島に大雷が落ちたかの様であった。
「ぐあああああっっ!!」
意表を突いたかに思えた航だったが、鯱乃神の狙いは最初からこの雷撃だった。
稲光はカムヤマトイワレヒコを貫き、島中を奔り抜けて基地設備を破壊した。
機体はこの一撃で多くの装甲を砕かれ、見るも無残なボロボロの姿で黒煙を上げている。
だが内部の航は外装以上に深刻な危機に陥っていた。
(感覚が……麻痺しているっ!)
極超音速の機動力と光線砲で辺り合う為動機神体同士の戦闘に於いて、操縦士の命綱となるのは、神為に因って常識外に研ぎ澄まされた感覚である。
視覚・聴覚・触覚などの五感は勿論のこと、それを超えた第六感の神懸かった作用が無ければ戦いに勝てない。
タカミムスビの攻撃は、そんな操縦技能の根幹を奪う恐るべきものだった。
つまり、敵の思惑は刃を振り抜いた腕でそのまま光線砲の狙いを定め、確実に航を仕留めることであった。
「このっ……!」
航は必死に自らの意識を機体へと繋ぎ続ける。
何も見えない、聞こえない、感じられない。
だが、何もしなければ殺られるとだけは解る。
航は懸命に、記憶の敵影を狙って光線砲「金鵄砲」を撃った。
「ぐがアッッ!?」
金鵄砲はタカミムスビが光線砲を発射しようとした砲口を撃ち抜き、またしても暴発を誘った。
爆発は砲口だけでなく手も吹き飛ばし、更には先程猛威を振るった切断ユニットまでも宙へ投げ出させた。
「しまった!」
「よし、麻痺が解けた!」
感覚を取り戻した航は空かさずカムヤマトイワレヒコを動かし、零れた敵機の切断ユニットを追い掛けさせた。
剣は刃を地面に突き立て、宛ら何処かの伝説の如く抜く者を待っている。
その柄はカムヤマトイワレヒコの手に握られ、引き抜かれた剣は新たな持ち主を得た。
(行けるか? こいつを新しい韴靈劔に出来るか?)
カムヤマトイワレヒコの機体から発せられる金色の光が切断ユニットを包み込んでいく。
航は直感で、新たな刃に日神回路の力が行き届いたのだと察した。
(此処が正念場だ! 振り絞れ、最後の一滴まで!)
航はカムヤマトイワレヒコをタカミムスビへと向かわせる。
両手を破壊したとあっても、まだ秘めたる恐るべき力があるかも知れない。
加えて、鯱乃神の神為がいつ機体を再生させないとも限らない。
航は、次の交錯で勝負を決めなければもう目は無いと感じていた。
一方で、鯱乃神は焦っていた。
強力な兵装を軒並み潰されたタカミムスビをこれ以上戦わせるには、破壊された部位を再生させなければならない。
ただ、タカミムスビは唯でさえ皇族の強大な神為があって初めて動かせる機体である。
鯱乃神の神為を持ってすれば再生は可能だが、大きな隙を生むことは避けられない。
(機体全身の副砲で牽制し、再生に必要な隙を作るしか無い)
タカミムスビの機体には全身に光線砲の発射口が隠されている。
カムヤマトイワレヒコを一発で仕留められる威力は無いが、此処はそれを上手く使って間を繋ぐしか無い。
「喰らえ!」
カムヤマトイワレヒコが剣を振り上げたと同時に、タカミムスビの全身が発光した。
だがその時、今度はカムヤマトイワレヒコの刃が激しく放電した。
光線砲を発射しようとしたタカミムスビの副砲を電流が貫き、その悉くが暴発して破壊される。
「何ィィィッ!? 莫迦な!!」
「うおおおおおおっっ!!」
全ての反撃手段を喪い倒れたタカミムスビに、止めの刃が振り下ろされた。
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