日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第六十五話『薨去』 序

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 東京都より南方約三百キロメートル、諸島は八丈島のやや南。
 この空域で日本国とこうこくの、もう一つの軍事衝突が起きていた。
 交戦勢力は日本国自衛隊のとよなか隊・いけ隊混成部隊――ちようきゆうため動機神体・スイゼイ七機と、こうこく遠征軍の元隊――ちようきゆうどうしんたい・ミロクサーヌれいしき十機である。
 日本国としてはちようきゆう新型試作機のおであり、またこの部隊を抜かれると敵の本土上陸が避けられない為敗ける訳にはいかず、こうこくとしては先の侵攻に失敗した隊のめいばんかいの為にも是非とも戦果が欲しい、そんな一戦だった。

 戦いの序盤、新型機の慣れない操縦感に戸惑う自衛隊は、早々にいけ隊のてらしようへい三尉が被撃墜、辛うじて操縦室「なおだま」ごと脱出することは出来たものの、戦線からは脱落してしまった。
 しかしその後は意地を見せ、新型機の性能もあってこうこくの正規軍と互角以上に戦い、半数の五機を撃墜して数的に逆転した。

『くっ、おのれ……!』

 敵の指揮を執っていた隊長機が、とよなか大洋一尉のスイゼイと刃を交える。
 とよなかは敵の猛攻をどうにかしのぎつつ、反撃の隙をうかがっている。

『このはやてつ中尉、隊の名誉に懸けて貴様らなんぞに敗けはせん!』

 大口をたたくだけあってはやの技量は敵部隊の中でも頭一つ抜けており、自衛隊で最高の操縦士であるとよなかであっても容易に勝てる相手ではなかった。
 他はおんさとし二尉・けんもちある二尉・よし三尉・くろやま三尉の四人が、それぞれの相手と互角以上に渡り合っている。

とよなかいけ機が援護する!』

 とよなかと同格のいけてるふみ一尉がはや機を光線砲で狙って撃った。
 はや機は後方へ回避、その隙にとよなかの放った追撃の光線砲が機体の右腕を撃ち抜いた。

『くっ、このままではらちが明かん……!』
はや隊長、は一旦退きましょう。当初の目的は例の島の占拠だったはず

 友軍の進言を受けたはや機は、とよなか機といけ機の射撃をかわしながら攻めあぐね、決断を渋る様に飛び回っている。
 そんな中、とよなか隊・おん二尉の光線砲といけ隊・くろやま三尉の切断ユニットがそれぞれ敵機を貫き、撃破の爆炎をうならせた。
 これでこうこく軍は残り三機、十機から七機を撃墜されたことになる。
 大方の形勢は決したと言えよう。

はや隊長!』
『……むをん!』

 三機のミロクサーヌれいしきはスイゼイから距離を取り、南方へ転回して飛び去っていった。
 つまり、この場は自衛隊側の勝利である。

『こちらけんもちとよなか一尉、撤退した敵は再び硫黄島へ進路を取った模様』

 けんもち二尉の報告を受けたとよなかはすぐさま決断を下す。

「こちらとよなか。これより敵機を追跡する。絶対にやつらを硫黄島へ上陸させるな」
『こちらいけ。これよりいけ機・くろやま機はてら三尉と敵兵生き残りのなおだまを回収し、横田基地へと帰還する。とよなか隊、後は任せた』

 くして、四機のちようきゆうどうしんたい・スイゼイが敵を追って南へ飛んだ。
 両軍は一分とたない間にあおしま上空を通過し、さきもりわたるしやちかみが死闘を演じている硫黄島を目指す。



    ⦿⦿⦿



 硫黄島、神の視座より見守られる戦いは決着の時を迎えようとしていた。
 
「おおおおおッッ!!」

 ちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコを駆るさきもりわたるは、新たなるふつのみたまのつるぎを振り上げてえた。
 既に乾き切った雑巾をらん勢いで一滴を抽出するが如く、全身全霊の叫びと共に最後の力を振り絞る。

(出し尽くせ、全てを! 器が空なら内壁を削ってでも力を練り出せ! 身体よ、魂よ、言うことを聞けぇッ!)

 こんしんの刃がきよつきゆうどうしんたい・タカミムスビに振り下ろされようとしていた。
 しかし、カムヤマトイワレヒコの動きは一瞬止まる。
 やはり、三度目のひのかみかい発動でわたるは限界をはるかに超えていたのだ。
 鬼気迫る表情のわたるは、心臓からまつしようの汎ゆる血管が切れるくらいに全身の力を込める。

(生きて帰れと言われただろうが! お前のいとしのこと様に! 御主人様の命令は絶対なんだよぉぉっっ!!)

 鬼気迫るという言葉すらも、今のわたるは役不足だった。
 ついに止めの刃が敵機に向けて振り下ろされる。
 逆にしやちかみから見れば絶体絶命の状況だ。

「うわあああああっっ!!」

 しやちかみは絶叫した。
 直前、タカミムスビは全ての兵装を破壊されて反撃の手段をうしなっている。
 はや、機体のなる機能もこの一撃をしのぎ操縦士の身を守ることは出来ない。
 ふと、しゃちかみは自分の手足が震えていることに気が付いた。

(武者震い!? 何故こんな時に? いや、これは死の恐怖か! 最初から恐れていたのかわたしは! 何か! 何か無いのか! 助けて兄様!!)

 絶望の中、タカミムスビにカムヤマトイワレヒコの刃が届く、まさにその時だった。
 しやちかみの生存本能は無意識下で最後の抵抗を試みる。
 突如、カムヤマトイワレヒコの機体が大きくった。
 さながら、強烈な突風が全身に衝撃をたたけたかの様だ。

 カムヤマトイワレヒコ内部のわたるは全身から血を噴き出させながら操縦席「あらみたまくら」のもたれに身体を叩き付けられた。
 力みすぎて本当に血管が切れたのか――いな、そうではない。
 何が起きたのか、わたるは即座に察した。

しん!)

 皇族特有の強大なしんしやちかみは自身のそれをエネルギーに変えて放出して攻撃したのだ。
 常人ならばちようきゆうどうしんたいの装甲で無効化されてしまうが、その絶大さ故に吸収し切れなかった破壊力が機体を仰け反らせ、更には内部のわたるにまで貫通ダメージを与えた。

(一瞬意識が飛んだ! しつかりしろ!)

 わたるは気合いで体勢を立て直し、最後の攻撃を続行する。
 しかし、しんの破壊圧は二発目、三発目と容赦無くカムヤマトイワレヒコとわたるに浴びせられ、装甲と生命力を削っていく。

「ぐぅぅっ……!」

 わたるはカムヤマトイワレヒコをとどまらせるだけで精一杯だった。
 もう剣を振り下ろすだけで終わりなのに、前方からの圧力によって微動だに出来ない。

(この土壇場まで来てこんな厄介な奥の手を残していたとは……! しやちかみ、なんて底力だ……!)

 一方で、しやちかみからすればこれは単なるわるきで、事態は一切打開出来ていない。
 タカミムスビはしやちかみが持つ皇族特有の強大なしんを操縦の前提としており、数々の機能を使うだけで膨大なしんを消耗するのだ。
 常人にとっては無尽蔵でも皇族の中では決して大きくない彼のしんは、既に敵機をたおし切れない程に弱まっていた。
 このまましんが尽きると、待っているのは敵の刃による確実な死だ。

くそォ、操縦席は……なおだまあらみたまくら何処どこだ……!)

 しやちかみしんの放出を一点集中させ、敵機内のわたるを直接狙って起死回生を図る。
 わたるの位置を特定すべく、全ての感覚を研ぎ澄ます。

(見付けた! だァッ!!)

 わたるを捉えたしやちかみは渾身のしんを振り絞り、必殺の一撃を放とうする。
 強大なしんって極限まで研ぎ澄まされた知覚能力は、寸分違わず撃つべき場所を見据えていた。
 ……皇族特有の、他と隔絶したしんによって、しやちかみの感覚はまさに究極のレベルまで高められてしまっていた。
 かつて激戦が行われたこの場所、硫黄島での死闘の中で。

「なん……だ……?」

 突如、しやちかみの視界に白いもやが掛かり、照準をぼやけさせる。
 それらは人の形、殺意に満ちた兵士の姿をかたどっていく。

「うわああああっっ!! 何だ貴様らは!!」

 彼の妹・こまかみらんは、皇族特有の強大なしんさきもりわたるけんしんの対話をはっきりと見届けた。
 へ来て彼は、嘗てこの地で散った兵士達の姿に視界をふさがれてしまった。
 これでは狙いを付けられない。
 そしてそれ以上に、突然の出来事にしやちかみは錯乱して戦うどころではなかった。

「く、来るなぁぁっっ!!」

 しやちかみの攻撃がんだ。
 カムヤマトイワレヒコに降り掛かっていた圧力が消え、束縛が解放された。
 自由になったわたるは最後の力を振り絞り、今度こそふつのみたまのつるぎを敵機目掛けて振り下ろす。

「オオオオオオオッッ!!」
「あああああああっっ!!」

 刃はタカミムスビの肩口から胸へと打ち付けられ、装甲をえぐって操縦室・なおだまに食い込んだ。
 全ての力を込めた渾身の一撃ですら、こうこく最強のどうしんたいを完全に斬り裂くには至らず、カムヤマトイワレヒコはそこで完全に動きを止めた。

「が……は……!」

 だが刀身は内部のしやちかみまで届き、丁度機体と同じ様に、身体を肩口から腹部に掛けてつぶしていた。
 しやちかみうつろに放心した表情で、自身に突き立てられた刃に寄り掛かる様に力無くうなれた。

「はぁ……はぁ……」

 力を使い果たしたわたるもまた操縦室「あらみたまくら」でまえかがみに崩れ落ちた。
 カムヤマトイワレヒコの機体も光を収め、戦いの終わりへ向けて支えを失った様にタカミムスビの上に倒れ込んだ。
 神の眼でのみ全容を知り得た戦いは、今此処に決着を見た。
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