日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第六十七話『神產巢日』 急

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 先行した西にしのみや隊とあし隊の混成部隊に続き、わたるとよなか隊と共に太平洋上をとうきようへ向かっていた。
 部隊編成はわたるの愛機「ちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコ」とその後継機「ちようきゆうどうしんたい・スイゼイ」七機の計八機である。
 とよなか隊との共闘ははや毎度おみと言っても良いだろう。
 だが一つ様子が違うのは、わたるの後部座席、すなわち副操縦席「にぎみたまくら」に一人の少女がすわっていることだ。

「ふみゅう、先に行った人達、何かあったんでしょうかね……」
ちゃん、やはりきみも感じたか……」

 くも――幼い少女の姿をした彼女は、そうせんたいおおかみきばの手から逃れる途中に立ち寄ったくも研究所で出会った双子の兄妹の片割れである。
 じんのう複製人間クローンとしての肉体に魂を移された彼女は、その器に違わぬ強大なしんを有し、更にそれを一日に一度だけ他者へ貸し出すことが出来る。
 一箇月前、すめらぎかなわたるに言った「ひのかみかいによるしん消耗の対策として手配した副操縦士」とは、彼女のことであった。

「しかし、よく付いてきたな。怖くはないのかい?」
さきもりわたるさんの操縦なら大丈夫だって、は既に知っているです」

 彼女の同乗は初めてのことではない。
 開戦の夜、最初に搭乗してこうこくへ乗り込んで皇宮へ辿たどいたのは、彼女の案内にるところが大きい。
 そんな訳で、この組み合わせで再びこうこくに乗り込むのはむしろ原点に戻ったともいえる。

もちろんぼくだって今回も死なせるつもりは無いさ。だが、気になるのは先遣隊の状況だ)

 わたるは前方の友軍が突如として感知出来なくなったことを気にしていた。
 同時に、何か妙な胸騒ぎを感じている。

(不気味なのはこの妙な静けさだ。明らかに何か危険が待ち受けているのに、驚く程に何も感じない……)

 わたるは一つ、うることの言葉を思い出していた。

『居るのよね、しんを抑えることも知らない間抜けが』

 再会した際、ことわたりりんろうに向けた辛辣な酷評である。

『お前の様にわざわざしんひけらかすは、じいさまの組織にも裏切り者にも腐る程居たわ。お前はくそなのよ、しんの扱いが』

 わたるの額に冷や汗がにじむ。
 ことの言葉、裏を返せば真の実力者は強大なしんの脅威を感じさせないということだ。

ちゃん、きみが来てくれて良かったかも知れない。恐ろしい敵が待ち受けている気がするんだ」
「はい、もそう思いますです」

 わたるは敵と遭遇する前にからしんを借りておいた方が良いと判断した。
 常にひのかみかいを発動し、持てる全ての力を発揮出来る状態で進むべきだと。

ちゃん、しんを借りられるか?」
「勿論です!」

 からしんの貸与を受けようとした、その時だった。
 不意に、わたる達の上空からしやくねつの光が降り注いだ。
 一瞬にして、世界があかほのおに包まれた様な感覚だ。

ちらとよなか! さきもりさん、上だ!』

 とよなか一尉から通信が入った。
 しかし、わたるも言われずともわかっている。
 天を覆い尽くす巨大な破壊力の塊――わたるはその圧倒的脅威を既に知っている。

「この力……別次元のしん……皇族か……!」

 わたるのうに皇族達の顔が代わる代わる瞬く。
 その中で、敵として戦場に出て来てこれ程の巨大な暴を振るう者。
 第二皇女・たつかみや第三皇子・みずちかみけんではないだろう。
 しんを失ったじんのうや第三皇女・こまかみらんでもないし、勿論戦死した第二皇子・しゃちかみも除外される。

(残るは第一皇女・かみせいと第一皇子・かみえい。そのうち日本国に対して特に敵対的なのは……)

 わたるは背筋がく感覚に襲われた。
 忘れもしない、脳裏に焼き付いた恐怖の美女の顔。

(あのひとが目の前に迫っているのか!)

 動揺するわたるだったが、状況はそんな彼を待ってくれない。
 天を覆うあかい光の塊は目に見えて降下し始めていた。
 どうやらこのままわたる達を圧しつぶすつもりらしい。

さきもりわたるさん!」

 わたるは背後の副操縦席から温かな光が自身に降り注ぐのを感じた。
 彼の知っている「しんの貸与」とはどこか違う、己の中に別の何かが流れ込んで染み渡る様な感覚だった。

「これは……一体……?」
『説明は後です! 今はあれを!』

 の声が自分の中から呼び掛けてくる――わたるは多少戸惑いを覚えつつも、彼女の言うとおりにひのかみかいを発動させた。
 あふれんばかりのしん、これならば常時発動状態でも苦にならない。

(以前、こまかみらんと戦った時とも全く違うこの力、ちゃんが中に入ってきた様な感覚、もしかしてこれが……。いや、ちゃんの言うとおり、今は敵の攻撃をどうにかしないと……)

 カムヤマトイワレヒコは手に切断ユニット「ふつのみたまのつるぎ」を構えた。
 一月前、硫黄島防衛戦でタカミムスビから手に入れた新たな力である。

(あの規模だときんほうじゃどうにもならない。ならばここは……!)

 わたるふつのみたまのつるぎを天に振り上げたカムヤマトイワレヒコを急上昇させた。
 丁度、空を覆う紅い光の塊にきつさきを向けて機体を突っ込ませる形である。

さきもりさん、何を!』
「おおおおおおっっ!!」

 ふつのみたまのつるぎが紅い光に突き立てられた、その瞬間、天を覆う塊に青白い雷光が飛び散り、はしり回り、とどろいた。
 すさまじい力と力のぶつかり合いにより、激しい衝撃が辺り一面を何度も何度も襲い、断続的に空間を揺らす。

「砕けろ!!」

 わたるはそのままカムヤマトイワレヒコを紅い光の壁に突き入れる。
 轟くへきれきは壁のひび割れとなり、ついには紅い塊を粉々に砕いた。
 砕け散ったその破片は火のつぶてとなって太平洋に降り注ぐ。

『総員、回避行動!』

 ひようの如く空から襲い掛かる紅い炎を、七機のスイゼイは光線砲や切断ユニットを駆使してかわし続ける。
 海に落ちた火の玉は水面に溶ける様に消えていく。

『みんな耐えろ、耐え抜くんだ!』

 元は火星と同じ体積を持った巨大な火の玉である、降り注ぐ火の雨の量は本来一日二日で尽きるものではない。
 だがほとんどのしんふつのみたまのつるぎが放った雷光によって消滅しており、そのかげでスイゼイ七機は数分の降雨をしのぐだけで済んだ。
 わたる達はどうにか途方も無い攻撃に耐え切り、生き延びることが出来た。

「みんな、大丈夫か?」
『なんとか助かった。だが今の攻撃で七機ともかなり損傷している』
「良かった……」

 わたるとよなか隊の無事にひとず胸をろした。
 しかし、同時にこれから待ち受けている敵を思うと、このまま同行させるのは危険だとも考え始めていた。

「みなさん、言いにくいですが、ここから先はぼく一人で行かせてもらえませんか?」
『何? どういうことだ?』
「多分、これまでにない恐ろしい敵が待ち受けています。今の攻撃はその一端に過ぎない。こう言っては難ですが、多分ぼくしか生き残れない……」

 おそらく、とよなか隊を始めとした自衛官は皇族の脅威を誰一人として知らない。
 そんな状態で戦ってもすべ無く殺されるだけだろう。
 前方の先遣隊から気配が消えたのも、そういうことだと容易に察せられる。

『そんな相手に貴方あなた一人で行かせろと言うのか? 国民を守るべき我々が、民間人の貴方あなたを……』
ことですがとよなか隊長、今のぼく貴方あなたの指揮下で動く特別警察特殊防衛課の一員です。昨日今日任に就いたばかりの新米ですが、職務としてへ来ています」

 しばし通信が途絶える。
 とよなかも迷っているのだろう。
 これがわたるで無ければ「生意気に勇敢ぶるな」とでも一喝していたところだろうが、誰よりも戦果を挙げているわたるの言葉は決して軽くない。

 と、その時わたるは別の気配を感じた。
 ハワイの方面から七機の敵が接近してくる。

「みんな、後だ!」
『解っている! 総員、背後から敵! 戦闘準備!』

 東から襲来した七機のちようきゆうどうしんたいが襲来した。
 ちらが巨大な火の玉に対処していた隙に回り込んでいたらしい。
 ミロクサーヌ零式とは明らかに違う、新型のちようきゆうだ。
 わたるはその姿にどことなく見覚えがあった。

「あれは……ガルバケーヌ……!」
『南鳥島で動員された新型だ! 厄介な相手だが……!』

 ガルバケーヌ――わたるがミロクサーヌ改で初めてのどうしんたい戦を行った相手である。
 そうせんたいおおかみきばあきとの一戦は、此方に不利な条件が重なっていたものの、引き分けに持ち込むのがやっとだった。
 その強力な兵装と堅固な装甲は今も印象に残っている。

 スイゼイと敵、それぞれ七機が交戦状態に入った。

布哇ハワイたたけとの命令だが、此処で全員葬ってしまえばそれまでよ!』
『この新型ちようきゆうどうしんたい・ガルバケーヌしきをミロクサーヌれいしきと同じと思うなよ!』

 これまでこうこくの最新鋭機として運用されていたミロクサーヌれいしきは機動力重視のミロクサーヌ型を元にしてガルバケーヌの長所を取り込んだ高性能機であったが、この戦争ではカムヤマトイワレヒコに力負けするなど、馬力や火力に難が見られた。
 しかし、今回新たに導入された新型ちようきゆうどうしんたい・ガルバケーヌしきは火力重視のガルバケーヌ型を元にしてミロクサーヌの長所を取り込むことで、欠点の力不足を克服している。
 南鳥島の戦いでも、スイゼイを七機のうち六機撃破した難敵である。

さきもりさん! さっきの話、了解した!』

 わたるとよなかからの通信が入った。

『此処は我々が食い止める! 貴方あなたの退路は確保するから、少しでも駄目だと思ったら迷わず戻って来い!』
「ありがとうございます!」

 わたるはカムヤマトイワレヒコを西へ向かわせた。

(みんな、どうか御武運を……!)

 わたるとよなか隊を信じ、えて彼らの気配から感覚を閉ざした。
 ここから先の相手、他のことを気にしていて勝てはしないだろう。

ちゃん、行くぞ!」
『はい! 大丈夫です、が付いていますから!』

 わたるがこれからすべきこと、ずはこの先に待ち受ける敵、第一皇女・かみせいの駆るぜっきゅうどうしんたい・カムムスビを突破し、そしてこうこくとうきように上陸する。
 そして皇宮に再びカムヤマトイワレヒコを臨場させ、寝室で眠るじんのうの身柄を確保する。

 極めて困難な任務だが、この一戦に日本国の存亡が懸かっていることは間違いない。
 わたるはカムヤマトイワレヒコを加速させた。

「さあ、この戦争を終わらせるぞ!」

 はるか西方ではカムムスビも此方に接近している。
 こうこく顕現で地殻変動し、様変わりした太平洋を両機が飛んでいる。
 変わり果てたとうしよの位置関係、現在ではハワイからとうきようを結ぶ一直線上にウェーク島とその諸島が存在する。
 このまま運べば、接敵の地点はミッドウェー島の上空となるだろう。
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