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7.5 吐露
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はっと我に返って口を閉じる。
もう開院時間からしばらく経ったからか、エントランス近くに患者の姿はまばらだったが、
数人がこちらに注目していて、それぞれ気まずそうにしているのが見えた。
剥き出しの感情を投げつけてしまったことと、支離滅裂な論理展開がひどくみっともなく思えて、頬が熱くなる。
顔見知りの医療スタッフに聞かれていないか不安になって、時すでに遅しといえど周囲をつい見回してしまう。
一方、逆ギレの甲斐なく、山本拓也には私の言葉の中のたった1単語だけが響いたようで、前のめりに問いかけてきた。
「悠馬、リスカもしたんすか」
彼の表情に、今までは見えなかった後悔の色が滲んでいた。
車椅子のうえで身を乗り出し、すがるように私の目を覗き込んで食い下がる。
「大丈夫なんすか、悠馬は。今はどうしてるんすか、教えてください」
「心配するなら会えばいいじゃないですか」
冷たく言い放つ私の白衣の袖を、真子が躊躇いがちに引いた。
「あ、ごめん、真子…私、謎にキレちゃった・・・」
真子の深刻そうな様子に、急に弱気になる。
もしかすると私は、ひとりの男性の人生を賭けた覚悟を、今真上から踏みじってしまったのかもしれない。
真子は私を遮るように、小声で言った。
「星羅、悠馬さん来たみたい」
病院のエントランスのガラス扉の向こうで、乗客を降ろしたタクシーが発車するのが見えた。
自動ドアが左右に開いて、縦に長い人影が、脇目も振らずにこちらに走ってくる。
私たち3人は、逃げることもできずにその場で固まっていた。
泣きそうな顔をした鈴木悠馬が、息を切らせて立っていた。
山本拓也が、先に沈黙を破った。
口の端を軽くあげて、下手くそな笑顔を作って、何もなかったような軽い調子で呼び掛けた。
「こんなとこでなにやってんの。悠馬」
悠馬の体が、芯から力が抜けたようにふらりと揺れた。
私は、悠馬がそのまま倒れてしまうかと思って慌てたが、
彼はふらふらとこちらへ近づいてきて、山本拓也の車椅子の足元で、崩れるようにひざまずいた。
何かを言おうとしているように、悠馬の口が少し開く。
声は何も出てこない。
山本拓也の履いている灰色のスウェットに、ぽたりと涙の粒が落ちて染みを作る。
私と真子はさりげなく移動して、車椅子の左右に1人ずつ立った。
恋人の膝に縋り次から次へと涙を零す悠馬と、涙を必死で堪えている山本拓也を、世界から覆い隠すように。
もう開院時間からしばらく経ったからか、エントランス近くに患者の姿はまばらだったが、
数人がこちらに注目していて、それぞれ気まずそうにしているのが見えた。
剥き出しの感情を投げつけてしまったことと、支離滅裂な論理展開がひどくみっともなく思えて、頬が熱くなる。
顔見知りの医療スタッフに聞かれていないか不安になって、時すでに遅しといえど周囲をつい見回してしまう。
一方、逆ギレの甲斐なく、山本拓也には私の言葉の中のたった1単語だけが響いたようで、前のめりに問いかけてきた。
「悠馬、リスカもしたんすか」
彼の表情に、今までは見えなかった後悔の色が滲んでいた。
車椅子のうえで身を乗り出し、すがるように私の目を覗き込んで食い下がる。
「大丈夫なんすか、悠馬は。今はどうしてるんすか、教えてください」
「心配するなら会えばいいじゃないですか」
冷たく言い放つ私の白衣の袖を、真子が躊躇いがちに引いた。
「あ、ごめん、真子…私、謎にキレちゃった・・・」
真子の深刻そうな様子に、急に弱気になる。
もしかすると私は、ひとりの男性の人生を賭けた覚悟を、今真上から踏みじってしまったのかもしれない。
真子は私を遮るように、小声で言った。
「星羅、悠馬さん来たみたい」
病院のエントランスのガラス扉の向こうで、乗客を降ろしたタクシーが発車するのが見えた。
自動ドアが左右に開いて、縦に長い人影が、脇目も振らずにこちらに走ってくる。
私たち3人は、逃げることもできずにその場で固まっていた。
泣きそうな顔をした鈴木悠馬が、息を切らせて立っていた。
山本拓也が、先に沈黙を破った。
口の端を軽くあげて、下手くそな笑顔を作って、何もなかったような軽い調子で呼び掛けた。
「こんなとこでなにやってんの。悠馬」
悠馬の体が、芯から力が抜けたようにふらりと揺れた。
私は、悠馬がそのまま倒れてしまうかと思って慌てたが、
彼はふらふらとこちらへ近づいてきて、山本拓也の車椅子の足元で、崩れるようにひざまずいた。
何かを言おうとしているように、悠馬の口が少し開く。
声は何も出てこない。
山本拓也の履いている灰色のスウェットに、ぽたりと涙の粒が落ちて染みを作る。
私と真子はさりげなく移動して、車椅子の左右に1人ずつ立った。
恋人の膝に縋り次から次へと涙を零す悠馬と、涙を必死で堪えている山本拓也を、世界から覆い隠すように。
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