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第2章

第一四話

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『これを読んでいるということは、もう僕はこの世にいないだろう』

「ねーよ」

『というお約束を済ませたところで本題。こういう形でないと、お前は素直に取り合わないだろうから、こうさせてもらう。この〈テスタメント〉、資料を読めばわかると思うが、まるで実体がない。プロトタイプ――αテストやクローズドβテスト――が以前あったらしいが、それに関しても噂程度の信憑性しかなく、そこで具体的に何があったかは判然としない。開発・リリース元になっているイグザム・エンタープライズもよくわからん会社だ』

「ヤバいんじゃないのか、それ」

『ここら辺で「ヤバいんじゃないのか、それ」なんてツッコミがあると思う』

「…………」
 
『ただ、試す価値はあると思う。そこでは、まったく新しい自分になれる。先天性の虚弱体質で悩むことも、後天性の特殊環境に歪められることもない。真っ当な人間を望むお前にとっては、ひとつの解決策ではあると思う。金も時間も取られないしな』

 跡永賀もそれには同意であった。
 現実で失うものは何もない。
 限りなくリアルな感覚。
 同時に存在する意識。
 生まれ変われる。
 やり直せる。

『本当なら、僕が先んじて試したいところだが、これは全員同時のスタートで、現時点で後出しは認められていない。だから、僕が手助けできるのはこうした事前情報の提供や、お前がプレイした場合のみ。チャンスは与えられても、ヘルプまでは手が回らないかもしれない。だから、慎重に選んでほしい』

「ふーっ」
 最後まで兄のメッセージを読んだ跡永賀は、深く息を吐く。初無敵というのは、こういう男だ。弟に危ない橋を渡らせようとしない。まず自分が経験して、それから跡永賀に勧めるかどうか判断する。おかげで、いわゆる地雷というものを体験したことはないが……

「過保護だよな」
 他の兄弟はどうか知らないが、そう思ってしまう。
跡永賀は立ち上がり、机にあるパソコンを起動させた。

「本当に実態はさっぱりだな」
〈テスタメント〉をインターネットで検索しても、初無敵からもらった資料以上の情報はない。
 あるとすれば、日々更新されるBBSの軌跡くらいだ。


【[情報]〈テスタメント〉Part154[求む]】

 640 名前:NO NAME:07:44:34.78 ID:joisofj
 サービス開始予定日まであと数日になったわけだが……未だに新情報ないとかどういうことなの……

 641 名前:NO NAME:07:49:54.64ID:jojfkio
 >>640
 ゲーム雑誌もニュースサイトも役に立たんしなー
 俺は時計のタダゲットくらいに考えとく。それなら得はしても損はないだろ

 642 名前:NO NAME:07:54:34.85ID:gaokoaw
 これは神ゲーで一大ブーム、社会現象になるが、実は重大な欠陥があってプレイヤーがリアルに帰ってこれなくなるフラグ。

 643 名前:NO NAME:08:00:41.12ID:faisofj
 >>642
 アニメの見過ぎ。これだからオタは……。

 644名前:NO NAME:08:04:54.58ID:gaokoaw
 ゲームだし。一緒にすんなカスが

 645 名前:NO NAME:08:11:14.53ID:fefqaf
 おい、オタクくんが顔真っ赤にしてキレてるぞ。誰かなんとかしろよ
 ていうかあれラノベじゃなかったか?

 646 名前:NO NAME:08:14:14.57ID:gfshjn
 どうでもいいよ
 早くプレイしたいなー

 647 名前:NO NAME:08:31:41.78ID:kahgur
 そもそもどんなゲームになるのかと。RPGなのかアクションなのか。
 あれだけじゃなぁ。
 めちゃくちゃリアルなのとプレイ時間実質なしってのはわかるんだが
 ていうかあれが全部なんじゃねえの
 誰ともエンカウントせずに、あの草原にいるだけーみたいな

 648 名前:NO NAME:08:45:25.98ID:dajofa
 以降、「ゲームできるできない」論争へ
 ていうか、この流れ何度目だよ。よくもまあ続くな。スレの無駄遣いだろ。始まる前から一〇〇スレ超えるとか……

 649 名前:NO NAME:08:50:17.81ID:jiojfl
 なんだかんだいって、皆期待してるんだろ
 最近の売れ線なんてバカの一つ覚えのFPSか課金ゲーしかねえもん
 まぁ、これで基本無料のアイテム課金だったら失笑モンだけど


「掲示板も似たようなもんか」
 ああでもない、こうでもないという不毛な言い争い、どうでもいい雑談、自称テストプレイヤー、自称スタッフの信憑性皆無な感想……
 わかったことといえば、皆も興味があるということ。


【翌日の夕方:近所の公園】
「〈テスタメント〉? 知ってるわよ。新しく出るゲームでしょ?」
「あ、知ってたんだ」
 待ち合わせの公園にやってきたあかりは、当然のように頷いた。

「先輩たちが声入れてたって。ギャラがよかったって嬉しそうに言ってたわよ」
 ブランコをゆらゆらさせているあかりに、それを眺めている跡永賀は「そうなんだ」
「それで、そのゲームがどうしたの?」
「いや、やってみようかなって」
「ふーん。でも感心はしないかな」
「え?」

 しゅたっとブランコから飛び降りたあかりは跡永賀の胸をつつく。「だって、私と会える時間が減っちゃうじゃない」
「私よりゲームが大事?」
「そ、そうじゃないよ。あと、そのへんの心配はないんだ。あれはリアルにいたままプレイできるから」
「どういうこと?」
「無意識の行動ってあるじゃない。呼吸とか、歩行とか。そこまで意識してないのに、気がつけばやってること。〈テスタメント〉は、人体のそういう意識していない――あまり使っていない――リソースを活用してプレイするんだ。だから、リアルの時間を削られずに済む……らしい」

 跡永賀が〈テスタメント〉に惹かれたのは、そういう理由もあった。
『通勤・通学だけじゃない。勤務中や授業中でもプレイ!』
 どんなに良質なゲームであろうと――良質であればあるほど――リアルの時間というのは消費される。〈テスタメント〉の仕様説明と体験どおりであれば、このゲームにおいては、そういった代償が皆無なのだ。
 財布も時間もなくならない。
 リアルなアバターと相まって、試してみたくなるのは、当たり前といえた。

「それに、そこでは新しい自分になれるらしいんだ。もっと健康な体で、ちゃんとした環境にいる自分に、俺はなりたい」
「そっか。跡永賀は今の自分が嫌い?」
「そこまで嫌いってわけじゃないけど、好きになれないというか、変えられるなら変えたいというか……」
「そんな自分を少しは変えようとした? 自分の力で」
「え? あ、いや……」

 行動という行動をした記憶はない。不満を言葉と態度にはしたが……
「私もね、昔はそんな感じだった。周りに期待はしても、結局は流されるだけで……。習い事、学校、ヘタしたら趣味や性格だって、他人に決められてた気がする。そんなのが嫌だったから、私は今、声優をやってる。いいなと思った人には、その気持ちを伝えようとしてる」

 自分のことを言われて気恥ずかしさを感じた跡永賀は、わずかに目線を下げた。
「自分を本当に救えるのは、自分の力と心だけよ。そういうことにいたっては、他人はもちろん、神様は何もしてくれない」
「似たようなこと、家族にも言われたよ」
「あそこにいる人?」
「ん?」

 指差された方へ振り向くと、数メートル離れた電灯の影に、見覚えのある姿が……
 姉さん、隠れられてないです。
 ちょいちょいと手招きをすると、ウサギのように震えて固まる。どうやらまだ隠れている気でいるらしい。

「うざったいわね」
 不機嫌そうにあかりは言って、冬窓床の方へ早歩き。跡永賀はそれを追う。
「さっきからチラチラと……覗きとはいい趣味してるじゃない」
 慌てて逃げようとする腕を、あかりは掴んで引き寄せた。跡永賀のように一緒に倒れたりはせず、彼は微妙な気分になった。

「…………て」
「はぁ?」
「跡永賀と別れて……」

 極小から小にまで大きくなった声は、少し離れた跡永賀にも聞こえた。もっとも、慣れているから聞こえるのであって、なじみのない他の人にはそうではないだろうが。
「私の、大切な人だから……」
「私のよ」

 きっぱりと、あかりは否定した。「今までは、なし崩しでそうだったかもしれない」
「でも今は、私のものよ。あんたがどれだけ想っていたかはしらないけど、結局あんたは、跡永賀が私を拒めるだけのことをしてこなかったんでしょ? だから、跡永賀は私を受け入れてくれた。だから、あんたは諦めろ」
「私が、先に。ずっと前から……」
「だーかーらー」

 あかりは空いた手で乱暴に長い髪をかきあげ、「ああもう。ホントこういうウジウジしたのだめ。どうにかする根性もないくせに、いっちょ前に不満をぶつぶつ――――うっざい」
 まるで自分のことを言われているようで、跡永賀は居た堪れなかった。こうして見ると、姉と自分は似ている。

「面と向かって文句言えないなら、最初から何もすんな! 指くわえて黙ってろ」
 そこまで言われて初めて、跡永賀はこれを止めねばと思った。しかしそれはもう手遅れで……
 涙が溢れ、点を作った。
 最近も見た姉の泣き顔は、痛々しく――場違いに綺麗だった。

「ねえさ――」
 驚きつつも口を開いた跡永賀に構うことなく、冬窓床は走り去った。同じく驚いたゆえか、手を離したあかりは申し訳なさそうに彼を見た。

「あー、ごめん。言い過ぎちゃったみたい」
「いや、ううん……こっちも――って言うのも変かもだけど――ごめん」
 そもそも姉が覗き見していたのが始まりだったわけで……この前の暴言も含めると、あかりだけを責めるのはおかしいわけで……

「でも、あれが正直な気持ちなのも事実なのよ。自己嫌悪も入ってるかも。昔の自分を見ているようで、嫌なのよね」
「俺はいいの? 俺も……似たようなもんだし」
「跡永賀は、今微妙なところなのよ」
「微妙なんだ」
「うん。殻に閉じ籠るか、突き破るか悩んでように感じる。そういうのは、見ていて気になるし、応援したくなる」
「そんなもん?」
「そんなもんよ」

 微妙な表情になった跡永賀に、あかりは顔を寄せる。「だからがんばってね」そのまま唇を吸われた少年は、思い出したように頬を赤くした。
「なんか、自然にキスするね」
「だって、跡永賀が好きなんだもん」
「こんなに積極的だとは思わなかったよ」

 初めて会った時、初めて話した時、もっとお淑やかで大人しい――今思うと、姉のような性格――だと思ったものだ。
「それで行こうと思ってたんだけどね。あれが普段の私なのよ。でも、邪魔が入ったり障害があったりすると、スイッチが入るというか、マジになっちゃうというか……これも一つの私なのよね。けど、悪いとは思わない。だって、そうでもしないと欲しいものが手に入らないなら、そうしてから後悔した方がいいって思うもん」
「嫌いになった?」上目遣いで見上げるあかりに、跡永賀は目を泳がせて、
「これはこれで……イエスだね」
「そっか。よかったよかった」
 光るような笑みで、あかりはうなずく。
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