15 / 31
第2章
第一四話
しおりを挟む
『これを読んでいるということは、もう僕はこの世にいないだろう』
「ねーよ」
『というお約束を済ませたところで本題。こういう形でないと、お前は素直に取り合わないだろうから、こうさせてもらう。この〈テスタメント〉、資料を読めばわかると思うが、まるで実体がない。プロトタイプ――αテストやクローズドβテスト――が以前あったらしいが、それに関しても噂程度の信憑性しかなく、そこで具体的に何があったかは判然としない。開発・リリース元になっているイグザム・エンタープライズもよくわからん会社だ』
「ヤバいんじゃないのか、それ」
『ここら辺で「ヤバいんじゃないのか、それ」なんてツッコミがあると思う』
「…………」
『ただ、試す価値はあると思う。そこでは、まったく新しい自分になれる。先天性の虚弱体質で悩むことも、後天性の特殊環境に歪められることもない。真っ当な人間を望むお前にとっては、ひとつの解決策ではあると思う。金も時間も取られないしな』
跡永賀もそれには同意であった。
現実で失うものは何もない。
限りなくリアルな感覚。
同時に存在する意識。
生まれ変われる。
やり直せる。
『本当なら、僕が先んじて試したいところだが、これは全員同時のスタートで、現時点で後出しは認められていない。だから、僕が手助けできるのはこうした事前情報の提供や、お前がプレイした場合のみ。チャンスは与えられても、ヘルプまでは手が回らないかもしれない。だから、慎重に選んでほしい』
「ふーっ」
最後まで兄のメッセージを読んだ跡永賀は、深く息を吐く。初無敵というのは、こういう男だ。弟に危ない橋を渡らせようとしない。まず自分が経験して、それから跡永賀に勧めるかどうか判断する。おかげで、いわゆる地雷というものを体験したことはないが……
「過保護だよな」
他の兄弟はどうか知らないが、そう思ってしまう。
跡永賀は立ち上がり、机にあるパソコンを起動させた。
「本当に実態はさっぱりだな」
〈テスタメント〉をインターネットで検索しても、初無敵からもらった資料以上の情報はない。
あるとすれば、日々更新されるBBSの軌跡くらいだ。
【[情報]〈テスタメント〉Part154[求む]】
640 名前:NO NAME:07:44:34.78 ID:joisofj
サービス開始予定日まであと数日になったわけだが……未だに新情報ないとかどういうことなの……
641 名前:NO NAME:07:49:54.64ID:jojfkio
>>640
ゲーム雑誌もニュースサイトも役に立たんしなー
俺は時計のタダゲットくらいに考えとく。それなら得はしても損はないだろ
642 名前:NO NAME:07:54:34.85ID:gaokoaw
これは神ゲーで一大ブーム、社会現象になるが、実は重大な欠陥があってプレイヤーがリアルに帰ってこれなくなるフラグ。
643 名前:NO NAME:08:00:41.12ID:faisofj
>>642
アニメの見過ぎ。これだからオタは……。
644名前:NO NAME:08:04:54.58ID:gaokoaw
ゲームだし。一緒にすんなカスが
645 名前:NO NAME:08:11:14.53ID:fefqaf
おい、オタクくんが顔真っ赤にしてキレてるぞ。誰かなんとかしろよ
ていうかあれラノベじゃなかったか?
646 名前:NO NAME:08:14:14.57ID:gfshjn
どうでもいいよ
早くプレイしたいなー
647 名前:NO NAME:08:31:41.78ID:kahgur
そもそもどんなゲームになるのかと。RPGなのかアクションなのか。
あれだけじゃなぁ。
めちゃくちゃリアルなのとプレイ時間実質なしってのはわかるんだが
ていうかあれが全部なんじゃねえの
誰ともエンカウントせずに、あの草原にいるだけーみたいな
648 名前:NO NAME:08:45:25.98ID:dajofa
以降、「ゲームできるできない」論争へ
ていうか、この流れ何度目だよ。よくもまあ続くな。スレの無駄遣いだろ。始まる前から一〇〇スレ超えるとか……
649 名前:NO NAME:08:50:17.81ID:jiojfl
なんだかんだいって、皆期待してるんだろ
最近の売れ線なんてバカの一つ覚えのFPSか課金ゲーしかねえもん
まぁ、これで基本無料のアイテム課金だったら失笑モンだけど
「掲示板も似たようなもんか」
ああでもない、こうでもないという不毛な言い争い、どうでもいい雑談、自称テストプレイヤー、自称スタッフの信憑性皆無な感想……
わかったことといえば、皆も興味があるということ。
【翌日の夕方:近所の公園】
「〈テスタメント〉? 知ってるわよ。新しく出るゲームでしょ?」
「あ、知ってたんだ」
待ち合わせの公園にやってきたあかりは、当然のように頷いた。
「先輩たちが声入れてたって。ギャラがよかったって嬉しそうに言ってたわよ」
ブランコをゆらゆらさせているあかりに、それを眺めている跡永賀は「そうなんだ」
「それで、そのゲームがどうしたの?」
「いや、やってみようかなって」
「ふーん。でも感心はしないかな」
「え?」
しゅたっとブランコから飛び降りたあかりは跡永賀の胸をつつく。「だって、私と会える時間が減っちゃうじゃない」
「私よりゲームが大事?」
「そ、そうじゃないよ。あと、そのへんの心配はないんだ。あれはリアルにいたままプレイできるから」
「どういうこと?」
「無意識の行動ってあるじゃない。呼吸とか、歩行とか。そこまで意識してないのに、気がつけばやってること。〈テスタメント〉は、人体のそういう意識していない――あまり使っていない――リソースを活用してプレイするんだ。だから、リアルの時間を削られずに済む……らしい」
跡永賀が〈テスタメント〉に惹かれたのは、そういう理由もあった。
『通勤・通学だけじゃない。勤務中や授業中でもプレイ!』
どんなに良質なゲームであろうと――良質であればあるほど――リアルの時間というのは消費される。〈テスタメント〉の仕様説明と体験どおりであれば、このゲームにおいては、そういった代償が皆無なのだ。
財布も時間もなくならない。
リアルなアバターと相まって、試してみたくなるのは、当たり前といえた。
「それに、そこでは新しい自分になれるらしいんだ。もっと健康な体で、ちゃんとした環境にいる自分に、俺はなりたい」
「そっか。跡永賀は今の自分が嫌い?」
「そこまで嫌いってわけじゃないけど、好きになれないというか、変えられるなら変えたいというか……」
「そんな自分を少しは変えようとした? 自分の力で」
「え? あ、いや……」
行動という行動をした記憶はない。不満を言葉と態度にはしたが……
「私もね、昔はそんな感じだった。周りに期待はしても、結局は流されるだけで……。習い事、学校、ヘタしたら趣味や性格だって、他人に決められてた気がする。そんなのが嫌だったから、私は今、声優をやってる。いいなと思った人には、その気持ちを伝えようとしてる」
自分のことを言われて気恥ずかしさを感じた跡永賀は、わずかに目線を下げた。
「自分を本当に救えるのは、自分の力と心だけよ。そういうことにいたっては、他人はもちろん、神様は何もしてくれない」
「似たようなこと、家族にも言われたよ」
「あそこにいる人?」
「ん?」
指差された方へ振り向くと、数メートル離れた電灯の影に、見覚えのある姿が……
姉さん、隠れられてないです。
ちょいちょいと手招きをすると、ウサギのように震えて固まる。どうやらまだ隠れている気でいるらしい。
「うざったいわね」
不機嫌そうにあかりは言って、冬窓床の方へ早歩き。跡永賀はそれを追う。
「さっきからチラチラと……覗きとはいい趣味してるじゃない」
慌てて逃げようとする腕を、あかりは掴んで引き寄せた。跡永賀のように一緒に倒れたりはせず、彼は微妙な気分になった。
「…………て」
「はぁ?」
「跡永賀と別れて……」
極小から小にまで大きくなった声は、少し離れた跡永賀にも聞こえた。もっとも、慣れているから聞こえるのであって、なじみのない他の人にはそうではないだろうが。
「私の、大切な人だから……」
「私のよ」
きっぱりと、あかりは否定した。「今までは、なし崩しでそうだったかもしれない」
「でも今は、私のものよ。あんたがどれだけ想っていたかはしらないけど、結局あんたは、跡永賀が私を拒めるだけのことをしてこなかったんでしょ? だから、跡永賀は私を受け入れてくれた。だから、あんたは諦めろ」
「私が、先に。ずっと前から……」
「だーかーらー」
あかりは空いた手で乱暴に長い髪をかきあげ、「ああもう。ホントこういうウジウジしたのだめ。どうにかする根性もないくせに、いっちょ前に不満をぶつぶつ――――うっざい」
まるで自分のことを言われているようで、跡永賀は居た堪れなかった。こうして見ると、姉と自分は似ている。
「面と向かって文句言えないなら、最初から何もすんな! 指くわえて黙ってろ」
そこまで言われて初めて、跡永賀はこれを止めねばと思った。しかしそれはもう手遅れで……
涙が溢れ、点を作った。
最近も見た姉の泣き顔は、痛々しく――場違いに綺麗だった。
「ねえさ――」
驚きつつも口を開いた跡永賀に構うことなく、冬窓床は走り去った。同じく驚いたゆえか、手を離したあかりは申し訳なさそうに彼を見た。
「あー、ごめん。言い過ぎちゃったみたい」
「いや、ううん……こっちも――って言うのも変かもだけど――ごめん」
そもそも姉が覗き見していたのが始まりだったわけで……この前の暴言も含めると、あかりだけを責めるのはおかしいわけで……
「でも、あれが正直な気持ちなのも事実なのよ。自己嫌悪も入ってるかも。昔の自分を見ているようで、嫌なのよね」
「俺はいいの? 俺も……似たようなもんだし」
「跡永賀は、今微妙なところなのよ」
「微妙なんだ」
「うん。殻に閉じ籠るか、突き破るか悩んでように感じる。そういうのは、見ていて気になるし、応援したくなる」
「そんなもん?」
「そんなもんよ」
微妙な表情になった跡永賀に、あかりは顔を寄せる。「だからがんばってね」そのまま唇を吸われた少年は、思い出したように頬を赤くした。
「なんか、自然にキスするね」
「だって、跡永賀が好きなんだもん」
「こんなに積極的だとは思わなかったよ」
初めて会った時、初めて話した時、もっとお淑やかで大人しい――今思うと、姉のような性格――だと思ったものだ。
「それで行こうと思ってたんだけどね。あれが普段の私なのよ。でも、邪魔が入ったり障害があったりすると、スイッチが入るというか、マジになっちゃうというか……これも一つの私なのよね。けど、悪いとは思わない。だって、そうでもしないと欲しいものが手に入らないなら、そうしてから後悔した方がいいって思うもん」
「嫌いになった?」上目遣いで見上げるあかりに、跡永賀は目を泳がせて、
「これはこれで……イエスだね」
「そっか。よかったよかった」
光るような笑みで、あかりはうなずく。
「ねーよ」
『というお約束を済ませたところで本題。こういう形でないと、お前は素直に取り合わないだろうから、こうさせてもらう。この〈テスタメント〉、資料を読めばわかると思うが、まるで実体がない。プロトタイプ――αテストやクローズドβテスト――が以前あったらしいが、それに関しても噂程度の信憑性しかなく、そこで具体的に何があったかは判然としない。開発・リリース元になっているイグザム・エンタープライズもよくわからん会社だ』
「ヤバいんじゃないのか、それ」
『ここら辺で「ヤバいんじゃないのか、それ」なんてツッコミがあると思う』
「…………」
『ただ、試す価値はあると思う。そこでは、まったく新しい自分になれる。先天性の虚弱体質で悩むことも、後天性の特殊環境に歪められることもない。真っ当な人間を望むお前にとっては、ひとつの解決策ではあると思う。金も時間も取られないしな』
跡永賀もそれには同意であった。
現実で失うものは何もない。
限りなくリアルな感覚。
同時に存在する意識。
生まれ変われる。
やり直せる。
『本当なら、僕が先んじて試したいところだが、これは全員同時のスタートで、現時点で後出しは認められていない。だから、僕が手助けできるのはこうした事前情報の提供や、お前がプレイした場合のみ。チャンスは与えられても、ヘルプまでは手が回らないかもしれない。だから、慎重に選んでほしい』
「ふーっ」
最後まで兄のメッセージを読んだ跡永賀は、深く息を吐く。初無敵というのは、こういう男だ。弟に危ない橋を渡らせようとしない。まず自分が経験して、それから跡永賀に勧めるかどうか判断する。おかげで、いわゆる地雷というものを体験したことはないが……
「過保護だよな」
他の兄弟はどうか知らないが、そう思ってしまう。
跡永賀は立ち上がり、机にあるパソコンを起動させた。
「本当に実態はさっぱりだな」
〈テスタメント〉をインターネットで検索しても、初無敵からもらった資料以上の情報はない。
あるとすれば、日々更新されるBBSの軌跡くらいだ。
【[情報]〈テスタメント〉Part154[求む]】
640 名前:NO NAME:07:44:34.78 ID:joisofj
サービス開始予定日まであと数日になったわけだが……未だに新情報ないとかどういうことなの……
641 名前:NO NAME:07:49:54.64ID:jojfkio
>>640
ゲーム雑誌もニュースサイトも役に立たんしなー
俺は時計のタダゲットくらいに考えとく。それなら得はしても損はないだろ
642 名前:NO NAME:07:54:34.85ID:gaokoaw
これは神ゲーで一大ブーム、社会現象になるが、実は重大な欠陥があってプレイヤーがリアルに帰ってこれなくなるフラグ。
643 名前:NO NAME:08:00:41.12ID:faisofj
>>642
アニメの見過ぎ。これだからオタは……。
644名前:NO NAME:08:04:54.58ID:gaokoaw
ゲームだし。一緒にすんなカスが
645 名前:NO NAME:08:11:14.53ID:fefqaf
おい、オタクくんが顔真っ赤にしてキレてるぞ。誰かなんとかしろよ
ていうかあれラノベじゃなかったか?
646 名前:NO NAME:08:14:14.57ID:gfshjn
どうでもいいよ
早くプレイしたいなー
647 名前:NO NAME:08:31:41.78ID:kahgur
そもそもどんなゲームになるのかと。RPGなのかアクションなのか。
あれだけじゃなぁ。
めちゃくちゃリアルなのとプレイ時間実質なしってのはわかるんだが
ていうかあれが全部なんじゃねえの
誰ともエンカウントせずに、あの草原にいるだけーみたいな
648 名前:NO NAME:08:45:25.98ID:dajofa
以降、「ゲームできるできない」論争へ
ていうか、この流れ何度目だよ。よくもまあ続くな。スレの無駄遣いだろ。始まる前から一〇〇スレ超えるとか……
649 名前:NO NAME:08:50:17.81ID:jiojfl
なんだかんだいって、皆期待してるんだろ
最近の売れ線なんてバカの一つ覚えのFPSか課金ゲーしかねえもん
まぁ、これで基本無料のアイテム課金だったら失笑モンだけど
「掲示板も似たようなもんか」
ああでもない、こうでもないという不毛な言い争い、どうでもいい雑談、自称テストプレイヤー、自称スタッフの信憑性皆無な感想……
わかったことといえば、皆も興味があるということ。
【翌日の夕方:近所の公園】
「〈テスタメント〉? 知ってるわよ。新しく出るゲームでしょ?」
「あ、知ってたんだ」
待ち合わせの公園にやってきたあかりは、当然のように頷いた。
「先輩たちが声入れてたって。ギャラがよかったって嬉しそうに言ってたわよ」
ブランコをゆらゆらさせているあかりに、それを眺めている跡永賀は「そうなんだ」
「それで、そのゲームがどうしたの?」
「いや、やってみようかなって」
「ふーん。でも感心はしないかな」
「え?」
しゅたっとブランコから飛び降りたあかりは跡永賀の胸をつつく。「だって、私と会える時間が減っちゃうじゃない」
「私よりゲームが大事?」
「そ、そうじゃないよ。あと、そのへんの心配はないんだ。あれはリアルにいたままプレイできるから」
「どういうこと?」
「無意識の行動ってあるじゃない。呼吸とか、歩行とか。そこまで意識してないのに、気がつけばやってること。〈テスタメント〉は、人体のそういう意識していない――あまり使っていない――リソースを活用してプレイするんだ。だから、リアルの時間を削られずに済む……らしい」
跡永賀が〈テスタメント〉に惹かれたのは、そういう理由もあった。
『通勤・通学だけじゃない。勤務中や授業中でもプレイ!』
どんなに良質なゲームであろうと――良質であればあるほど――リアルの時間というのは消費される。〈テスタメント〉の仕様説明と体験どおりであれば、このゲームにおいては、そういった代償が皆無なのだ。
財布も時間もなくならない。
リアルなアバターと相まって、試してみたくなるのは、当たり前といえた。
「それに、そこでは新しい自分になれるらしいんだ。もっと健康な体で、ちゃんとした環境にいる自分に、俺はなりたい」
「そっか。跡永賀は今の自分が嫌い?」
「そこまで嫌いってわけじゃないけど、好きになれないというか、変えられるなら変えたいというか……」
「そんな自分を少しは変えようとした? 自分の力で」
「え? あ、いや……」
行動という行動をした記憶はない。不満を言葉と態度にはしたが……
「私もね、昔はそんな感じだった。周りに期待はしても、結局は流されるだけで……。習い事、学校、ヘタしたら趣味や性格だって、他人に決められてた気がする。そんなのが嫌だったから、私は今、声優をやってる。いいなと思った人には、その気持ちを伝えようとしてる」
自分のことを言われて気恥ずかしさを感じた跡永賀は、わずかに目線を下げた。
「自分を本当に救えるのは、自分の力と心だけよ。そういうことにいたっては、他人はもちろん、神様は何もしてくれない」
「似たようなこと、家族にも言われたよ」
「あそこにいる人?」
「ん?」
指差された方へ振り向くと、数メートル離れた電灯の影に、見覚えのある姿が……
姉さん、隠れられてないです。
ちょいちょいと手招きをすると、ウサギのように震えて固まる。どうやらまだ隠れている気でいるらしい。
「うざったいわね」
不機嫌そうにあかりは言って、冬窓床の方へ早歩き。跡永賀はそれを追う。
「さっきからチラチラと……覗きとはいい趣味してるじゃない」
慌てて逃げようとする腕を、あかりは掴んで引き寄せた。跡永賀のように一緒に倒れたりはせず、彼は微妙な気分になった。
「…………て」
「はぁ?」
「跡永賀と別れて……」
極小から小にまで大きくなった声は、少し離れた跡永賀にも聞こえた。もっとも、慣れているから聞こえるのであって、なじみのない他の人にはそうではないだろうが。
「私の、大切な人だから……」
「私のよ」
きっぱりと、あかりは否定した。「今までは、なし崩しでそうだったかもしれない」
「でも今は、私のものよ。あんたがどれだけ想っていたかはしらないけど、結局あんたは、跡永賀が私を拒めるだけのことをしてこなかったんでしょ? だから、跡永賀は私を受け入れてくれた。だから、あんたは諦めろ」
「私が、先に。ずっと前から……」
「だーかーらー」
あかりは空いた手で乱暴に長い髪をかきあげ、「ああもう。ホントこういうウジウジしたのだめ。どうにかする根性もないくせに、いっちょ前に不満をぶつぶつ――――うっざい」
まるで自分のことを言われているようで、跡永賀は居た堪れなかった。こうして見ると、姉と自分は似ている。
「面と向かって文句言えないなら、最初から何もすんな! 指くわえて黙ってろ」
そこまで言われて初めて、跡永賀はこれを止めねばと思った。しかしそれはもう手遅れで……
涙が溢れ、点を作った。
最近も見た姉の泣き顔は、痛々しく――場違いに綺麗だった。
「ねえさ――」
驚きつつも口を開いた跡永賀に構うことなく、冬窓床は走り去った。同じく驚いたゆえか、手を離したあかりは申し訳なさそうに彼を見た。
「あー、ごめん。言い過ぎちゃったみたい」
「いや、ううん……こっちも――って言うのも変かもだけど――ごめん」
そもそも姉が覗き見していたのが始まりだったわけで……この前の暴言も含めると、あかりだけを責めるのはおかしいわけで……
「でも、あれが正直な気持ちなのも事実なのよ。自己嫌悪も入ってるかも。昔の自分を見ているようで、嫌なのよね」
「俺はいいの? 俺も……似たようなもんだし」
「跡永賀は、今微妙なところなのよ」
「微妙なんだ」
「うん。殻に閉じ籠るか、突き破るか悩んでように感じる。そういうのは、見ていて気になるし、応援したくなる」
「そんなもん?」
「そんなもんよ」
微妙な表情になった跡永賀に、あかりは顔を寄せる。「だからがんばってね」そのまま唇を吸われた少年は、思い出したように頬を赤くした。
「なんか、自然にキスするね」
「だって、跡永賀が好きなんだもん」
「こんなに積極的だとは思わなかったよ」
初めて会った時、初めて話した時、もっとお淑やかで大人しい――今思うと、姉のような性格――だと思ったものだ。
「それで行こうと思ってたんだけどね。あれが普段の私なのよ。でも、邪魔が入ったり障害があったりすると、スイッチが入るというか、マジになっちゃうというか……これも一つの私なのよね。けど、悪いとは思わない。だって、そうでもしないと欲しいものが手に入らないなら、そうしてから後悔した方がいいって思うもん」
「嫌いになった?」上目遣いで見上げるあかりに、跡永賀は目を泳がせて、
「これはこれで……イエスだね」
「そっか。よかったよかった」
光るような笑みで、あかりはうなずく。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
201
あなたにおすすめの小説
【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜
I.Y
恋愛
「ラダベル・ラグナ・デ・ティオーレ。お前との婚約を破棄する」
ティオーレ公爵家の令嬢であるラダベルは、婚約者である第二皇子アデルより婚約破棄を突きつけられる。アデルに恋をしていたラダベルには、残酷な現実だと予想されたが――。
「婚約破棄いたしましょう、第二皇子殿下」
ラダベルは大人しく婚約破棄を受け入れた。
実は彼女の中に居座る魂はつい最近、まったく別の異世界から転生した女性のものであった。しかもラダベルという公爵令嬢は、女性が転生した元いた世界で世界的な人気を博した物語の脇役、悪女だったのだ。悪女の末路は、アデルと結婚したが故の、死。その末路を回避するため、女性こと現ラダベルは、一度婚約破棄を持ちかけられる場で、なんとしてでも婚約破棄をする必要があった。そして彼女は、アデルと見事に婚約破棄をして、死の恐怖から逃れることができたのだ。
そんな安堵の矢先。ラダベルの毒親であるティオーレ公爵により、人情を忘れた非道な命令を投げかけられる。
「優良物件だ。嫁げ」
なんと、ラダベルは半強制的に別の男性に嫁ぐこととなったのだ。相手は、レイティーン帝国軍極東部司令官、“剣王”の異名を持ち、生ける伝説とまで言われる軍人。
「お会いできて光栄だ。ラダベル・ラグナ・デ・ティオーレ公爵令嬢」
ジークルド・レオ・イルミニア・ルドルガーであった――。
これは、数々の伝説を残す軍人とお騒がせ悪女の恋物語である。
☪︎┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈☪︎
〜必読(ネタバレ含む)〜
・当作品はフィクションです。現実の人物、団体などとは関係ありません。
・当作品は恋愛小説です。
・R15指定とします。
不快に思われる方もいらっしゃると思いますので、何卒自衛をよろしくお願いいたします。
作者並びに作品(登場人物等)に対する“度の過ぎた”ご指摘、“明らかな誹謗中傷”は受け付けません。
☪︎現在、感想欄を閉鎖中です。
☪︎コミカライズ(WEBTOON)作品『愛した夫に殺されたので今度こそは愛しません 〜公爵令嬢と最強の軍人の恋戦記〜』URL外部作品として登録中です。
☪︎Twitter▶︎@I_Y____02
☪︎作品の転載、明らかな盗作等に関しては、一切禁止しております。
☪︎表紙画像は編集可能のフリー素材を利用させていただいています。
☪︎ムーンライトノベルズ様・カクヨム様にも掲載中です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
死神と渾名される秘密主義の義父に恋する娘の話
晴 菜葉
恋愛
十三歳の頃、火事に遭ったニーナはショックで記憶を失い、身寄りがなかった。
そんなニーナを保護したのは、宝石細工師のブレイン・ロズフェル。たまたま仕事帰りに居合わせた彼はニーナを引き取り、父親として一つ屋根の下での暮らしが始まる。
しかしニーナは、十ニ歳差の義理の父に、秘めた想いを抱えていた。
それは七年を経て、ニーナが二十歳になった現在でも。
昔馴染みから「死神」と渾名されるブレインは、あくまでニーナのことは娘扱い。
ある日、ニーナは父との言いつけを破ったことで、激怒させてしまう。
ニーナは、逆上したブレインに襲われて……。
R18には※しています。
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
【R18】わたしのご主人様は魔物使いの義子です【短編】
双真満月
ファンタジー
フィリネが嫁いだハーティア家、夫のレストには魔物を友とする息子がいるという――
そんな話を聞いたフィリネはハーティア家子息・パスルゥが隔離されている塔に赴き、少しずつ仲を深めていった。
しかしある日、パスルゥによって無理やり辱められてしまい……。
一万文字程度の西洋風異世界の短編です。
全面的にエロいです。♡喘ぎ・異種姦(触手、スライム)有り・淫語有り。
以上のものが苦手な方の閲覧はお控え下さい。
スマホからも読めるように台詞の間にも改行を入れました。
これにて完結しております。
2022/01/11 投稿・完結。
※ムーンライトノベルズでも掲載しています
恋と呼べなくても
Cahier
ライト文芸
高校三年の春をむかえた直(ナオ)は、男子学生にキスをされ発作をおこしてしまう。彼女を助けたのは、教育実習生の真(マコト)だった。直は、真に強い恋心を抱いて追いかけるが…… 地味で真面目な彼の本当の姿は、銀髪で冷徹な口調をふるうまるで別人だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あんなこと、こんなこと
近江こうへい
BL
七瀬はアナニー好きの大学1年生。
夏休みのある日、大学でできた仲のいい友達3人となぜか話の流れでセックスをしてしまう。
「やばい、気持ちいい。何だこれ、気持ちいい、やばい!」
アナニーなんて子供だましにすぎなかったんだと気付いたら、すっかりアナニーでは満足できない身体になってしまった七瀬。
そして、友達だったはずの有川・井田・宇山の3人もまた、どんどん七瀬とのエロい遊びにハマっていってしまい……。
そこにあるのは、性欲なのか友情なのか、それとも。
セックスに耽りつつもそれぞれの想いは少しずつ育ち、やがて長い長い恋愛に至る日々のお話。
(エロ満載ですが、ちゃんと恋愛もしています)
※それぞれの登場人物視点
※注意:一部リバ有り(主人公は受けのみ)
※登場人物紹介イラストは、最終話の後
※口語の雰囲気を重視して、「ら抜き」、「い抜き」、誤用の定着した言葉遣い、などをあえて使っている箇所があります。気になる方もいらっしゃると思いますが、お含みおきいただけると幸いです。
【ムーンライトノベルズで連載したものを一部改稿して転載】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今日で都合の良い嫁は辞めます!後は家族で仲良くしてください!
ユウ
恋愛
三年前、夫の願いにより義両親との同居を求められた私はは悩みながらも同意した。
苦労すると周りから止められながらも受け入れたけれど、待っていたのは我慢を強いられる日々だった。
それでもなんとななれ始めたのだが、
目下の悩みは子供がなかなか授からない事だった。
そんなある日、義姉が里帰りをするようになり、生活は一変した。
義姉は子供を私に預け、育児を丸投げをするようになった。
仕事と家事と育児すべてをこなすのが困難になった夫に助けを求めるも。
「子供一人ぐらい楽勝だろ」
夫はリサに残酷な事を言葉を投げ。
「家族なんだから助けてあげないと」
「家族なんだから助けあうべきだ」
夫のみならず、義両親までもリサの味方をすることなく行動はエスカレートする。
「仕事を少し休んでくれる?娘が旅行にいきたいそうだから」
「あの子は大変なんだ」
「母親ならできて当然よ」
シンパシー家は私が黙っていることをいいことに育児をすべて丸投げさせ、義姉を大事にするあまり家族の団欒から外され、我慢できなくなり夫と口論となる。
その末に。
「母性がなさすぎるよ!家族なんだから協力すべきだろ」
この言葉でもう無理だと思った私は決断をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる