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第三章 魔王の子、召喚

26話 思わぬ再会

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 突然、足下に現れた魔法陣のようなもの。
 そこから迸る光に、私とメイドのドリー、それから私の顔に張り付いた何者かはなす術もなく呑み込まれてしまいました。
 床を踏みしめる感覚が消え失せ、ふっと内臓が浮き上がるような心地がします。
 けれども、それも一瞬のこと。
 やがて光が収まる気配を感じた私は、きつく瞑っていた瞼をおそるおそる開き――

「ここは……」

 呆気に取られました。
 なにしろ目の前の光景が、ついさっきまでとはガラリと変わってしまっていたのですから。
 光に包まれる前、私達は魔王城の一室にいました。城の主であるギュスターヴの命で、メイドのドリーが調えた私の部屋です。
 光が透ける薄いシフォンのカーテンがかかった大きな窓があり、いつも明るくて開放的なあの部屋を、実を言うと私はなかなか気に入っています。
 ところが、今いるこの場所には窓が一切ありません。
 外の光も入らず、部屋の隅に置かれた小さなテーブルの上で燭台が一つ燃えているだけでした。
 壁という壁に作り付けられた本棚には天井の高さまでびっしりと本が詰まっていて、閉塞感と圧迫感に息が詰まりそう。
 しかしながら――私は、この場所に見覚えがありました。

「ここは……ローゼオ家の秘密の書斎です……」
「ローゼオ家って……確か、アヴィスの生前の実家よね?」

 呆然と呟く私の肩を抱いてドリーが問います。
 そうなのです。
 ここは私が生まれ育ったローゼオ侯爵家の一室で、出入り口の扉は厳重に隠されており、家令さえも知らされていない場所なのです。
 最上階三階にある表向きの書斎の、奥の奥のさらに奥に位置しております。
 そんな秘密の書斎に、魔界にいたはずの自分達が一体なぜ、そしてどうやって来てしまったのでしょう。
 私がドリーと顔を見合わせて首をひねっておりますと……

「……姉様?」
「……アヴィス姉様なの?」

 ふいに懐かしい声達が耳に届き、慌てて辺りを見回します。
 そうして、声の主達が本棚の陰で身を寄せ合っているのに気づきました。
 栗色の髪と青い瞳の、瓜二つの顔をした男の子と女の子です。
 私が息を呑むのと、彼らがわっと駆け出してくるのは同時でした。

「姉様!!」
「アヴィス姉様!!」
「な、何やつぅ!?」

 ドリーが慌てて私を背に隠そうとしましたが、それを押しのけて前へ飛び出します。
 ちょうどそこに男の子と女の子が体当たりをしてきたものですから、受け止めきれなかったか弱い私は、ドターンと後ろにひっくり返りました。

「ぎゃああ!?」

 悲鳴を上げたのはドリーです。
 私もまたとっさに、イタッとか言ってしまいましたが、やっぱり痛覚はないので実際は全然痛くありません。
 そろそろタンコブくらいはできているかもしれませんが。
 いいえ、そんなことより……

「グライス、パルス……?」
「「はい」」

 床に仰向けに倒れ込んだ私にしがみついているのは双子で、男の子がグライス、女の子がパルスといいます。
 彼らは、十歳になる兄夫婦の子供達――つまり、私の甥と姪だったのです。

「グライス! パルス!!」
「姉様!」
「アヴィス姉様!!」

 私は起き上がる間も惜しんで、彼らの背中に腕を回しました。
 グライスとパルスも、ぎゅうぎゅうと強い力でしがみついてきます。
 もう一時も離れたくないというように抱き締め合う私達を、ドリーは呆気に取られた顔で見下ろしていました。

「姉様……ああ、姉様。こんなにあたたかいのに……!」
「アヴィス姉様……ねえ、本当に死んでしまったの?」
「ええ、そうなの……」

 八歳で両親を亡くして兄夫婦に育てられた私にとって、グライスとパルスは甥と姪というよりも弟と妹という感覚でした。
 私は彼らを深く愛していましたし、彼らもまた私をとても慕ってくれていたのです。
 そして、そんな愛しい双子に別れも告げられぬまま、私は一度死んだのでした。

「「どうして……どうして、死んでしまったの……!!」」
「ごめんなさい……」

 幼子達の涙が私の胸をしとどに濡らします。
 痛覚なんてないというのに心が痛くて痛くてたまらず、私も泣き出してしまいたくなりました。
 ちなみに、ドリーはすでに泣いています。もはや号泣です。

「ひぐっ……アヴィスが死ぬなんて……いやよぉ……」

 ツンデレで面倒くさいですけど、彼女のこういう素直なところはなかなか好感が持てます。
 まあ、調子に乗るので本人には絶対言いませんけど。
 大量の本に囲まれた薄暗い書斎に、グライスとパルスの啜り泣く声がより一層陰を落とします。
 まあ、ドリーのずびずびずびびーっ! という盛大に洟を啜る音のせいで、シリアスな雰囲気は早々にぶち壊されてしまったのですけれど。
 燭台の横に置かれた時計は三時を指しています。
 時間は魔界も地界も変わらないようなので、午後三時と考えていいでしょう。
 それにしましても、昼間でさえ一筋の太陽の光も入らぬこんな場所で、幼い双子は一体何をしていたのでしょうか。
 それに、私とドリーもどうしてここにいるのか分かりません。
 グライスとパルスの柔らかな髪――義姉譲りの茶色の髪を撫でながら、私はそんな疑問の答えを探していました。
 と、その時です。


「そこの子供達――どこでこれを知ったんですの?」


 ふいに、私でもドリーでも、双子のものでもない声が聞こえてきました。
 とっさに、ドリーが床に転がったままの私達を背中に庇います。
 しかし、そんな彼女の身体越しに見つけた声の主の姿に、私は驚きを隠せませんでした。

 だって……


「血に飢えたけも……?」
「アカウント名で呼ぶのはやめていただけますかしら」


 ぴしゃりと私の言葉を遮ったのは、艶やかな女の声でした。
 その声は、笑いを滲ませて続けます。


「それとも、わたくしもこう呼びましょうか? ――〝死に損ない〟ちゃん?」


 私のアカウント名をうっとりと紡ぐ声――ええ、忘れもしません。
 私の可愛いヒヨコが、修業なんかに行ってしまう原因となった者の声です。
 その名を、私達を背中に庇ったドリーが、いつになく硬い声で呼びました。

「ジゼル、どうしてここに」

 それは半月前、オフ会を装って私を屋敷へと誘き寄せ、この血を吸い尽くさんとした女吸血鬼の名です。
 ただし、今目の前にいるのは、あの屋敷で相対したような黒髪の美しい女性ではなく……

「ピンク色のコウモリだ。気持ち悪い」
「品のない色だわ。目がチカチカする」
「お黙り、お子様達」

 グライスとパルスが顔を顰めて言う通り、あの時着ていたドレスの色みたいなどピンクの――ちょうど、彼女が会員制交流場のアイコンにしていたコウモリの姿だったのです。


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