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第四章 魔王の子と魔女の子

36話 円卓と大腿骨

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 広い会議室では、魔王と愉快な仲間達が巨大な円卓を囲っていました。
 扉から一番遠い正面に当たる席──世に言うお誕生日席にギュスターヴが、その右隣にノエル、左隣には見知らぬ女性が陣取っています。
 会議室にいたのは、ギュスターヴも含めて十名。
 どピンクのコウモリ姿の吸血鬼ジゼルと、ほぼ裸の夢魔オランジュの姿もあります。
 ノエルとジゼルの間には、上半身が人間で下半身が馬の姿をした者と、全身が灰色の毛に覆われた狼の顔をした者が座っています。ケンタウロスと人狼でしょうか。
 その他、ギュスターヴの左隣の女性を含めて面識のない者ばかりかと思いましたが……
 
「──あーっ!? あんたぁ!! ここで会ったが百年目っ!!」

 扉に一番近い席──つまり、最も下座にいた者が私を指差して叫びます。
 その耳障りな声に顔を顰めつつ、私も口を開きました。

「あら、骨」
「ほ、骨……骨って……骨ですけど! 他に言いようありませんかね!?」

 ガタリと椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がって喚くのは、ボロボロの黒衣を纏った、いかにも死神といった風体の骸骨。
 いつぞや、私がヒヨコとともに魔界の門を出ようとした際に立ち塞がった、あの門番です。
 モブ門番その一くらいの認識でしたが、意外や意外。
 末席とはいえ、幹部会議に呼ばれるような立場にあったようです。
 たしか、プルートーとかいう名前だったような気がします。
 そのプルートーが目を釣り上げて──いえ、骸骨なのでぽっかり開いた眼窩があるだけなのですが──こちらに詰め寄ってこようとしました。
 ところが、彼は突如ぴたりと動きを止めます。
 上座にいたギュスターヴが口を開いたからです。
 

「──アヴィス」


 低く深く、そしていつになく硬い魔王の声が、私の名を紡ぎました。
 これに慌てたのは、私でもエミールでもなく……

「ほ、ほほ、ほらぁ! さすがに、会議を邪魔したら魔王様に叱られちゃうって言ったでしょう!!」

 後ろからついてきていたドリーです。
 ところで今更ですが、ギュスターヴが仕事をしている姿を見るのは初めてかもしれません。
 魔王というのは、一日の半分寝ていても務まるような楽な仕事だと思っていましたが、こうしてどっしりと座っていると、なるほど偉そうに見えますね。
 私に鼻呼吸を邪魔されて、ふが、とか間抜けな声を上げていた人と同じとは思えません。
 ドリーはそんなことをつらつらと考えていた私の前に回って背中に庇うと、円卓を囲む連中に向かってペコペコと頭を下げ始めました。

「ももも、申し訳ありません! 魔王様とお歴々の皆様! アヴィスは、私がきっっっつーく叱っておきますので! どうかどうか、お目溢しを……」

 あいにく、ドリーにきっっっつーく叱られてやるつもりなど微塵もない私は、無感動にその背中を眺めます。
 一方、ギュスターヴもドリーの言葉など耳にも入っていない様子で、じっと円卓の向こうから私を見据えたまま、いやに神妙な顔をして言いました。

「アヴィス、お前……何かに憑かれているぞ?」

 何かって……もしかして、私の隣でふよふよしているエミールのことでしょうか。

「いや、待て。その顔、どこかで見たような……ああ、思い出したぞ。地界でアヴィスをいじめていた子供だ」

 やはりエミールのことでしたね。
 ついでに言いますと、ドリーが危惧したみたいに、ギュスターヴは私が会議室に乱入したことを怒ってなどいなかったのです。
 ええ、そうでしょうとも。分かっておりましたよ。
 魔王はそんなことでいちいち腹を立てるような、器の小さいひとではありませんもの。
 一方、ギュスターヴに子供呼ばわりされたエミールは、負けじと言い返します。

「僕も、思い出した。あんたがあの時扉を壊していったせいで、国王執務室が暖炉を焚いても焚いても冷えるものだから風邪をひいたんだよ。それを拗らせた結果が、僕の今の状態だ」

 つまり、エミールは風邪を拗らせて生死の境を彷徨っているということでしょうか。
 それって、やっぱりまずいのではありませんか?

「どうしたら、エミールの魂は元に戻れるのでしょうか。彼を死なせたくないのです」

 ドリーを押し退けて前に出た私がそう訴えますと、ギュスターヴは右隣に座ったノエルを一瞥し、無言のまま顎をしゃくりました。
 魔界に堕ちたとはいえ、ノエルは元天使。魂の扱いは、彼の方が精通しているのでしょう。
 ノエルは円卓に両肘を突いて指を組みますと、その上に顎を乗せてじっとエミールを眺めます。
 最初に会った時にも思いましたが、ノエルの──天使の髪と瞳の色は、やはりエミールのそれとそっくりでした。
 まるで鏡に写したかのような、エミールとノエルの青い目が交わります。
 しばしの間、二人は無言のままじっと見つめ合っていましたが、先に視線を逸らしたノエルがにっこりとした笑みを浮かべて言いました。

「こちらに足がないということは、まだ魂が体と繋がっている証拠です。地界で意識が戻れば、自然とその魂もあちらに帰るでしょう」
「本当に? エミールは、このまま死んでしまったりしませんか?」
「ええ、心配ありませんよ」
「そうですか、よかった……」

 ノエルの言葉にほっとして、私がエミールと微笑みを交わしていた時です。

「──と、とにかく! 私の大腿骨を返しなさいっ!!」

 せっかくの和やかな空気をぶち壊すみたいに、プルートーが口を挟んできました。
 まったく、カタカタとうるさいったらありません。
 あの顎を砕いて黙らせてやりましょうか。彼自身の大腿骨でもって。
 エミールも嫌な顔をして言います。

「アヴィス、あいつはさっきから何をガタガタ喚いているの?」
「骨を返してほしいんですって。ほら、この大腿骨。あの負け犬のです。以前あいつを倒して奪ってやったんです」
「なるほどね。それであいつは、あんなゴリゴリに毛深いやつを代わりに嵌めているわけか。気持ち悪いね」
「ええ、心底気持ち悪いです」

 私とエミールが声も潜めずにそう言い交わしておりますと、プルートーは上座にいるギュスターヴに泣きつきました。

「ちょっとぉ、保護者ぁ!! 黙って見てないで、注意しなさいよっ!! お宅の子達、すっっっごく感じ悪いんですけど!?」
「子供の言うことにいちいち腹を立てるな。大人げないぞ。それに、毛深いのも気持ちが悪いのも事実だろう」
「そもそも、お嬢さんに骨を奪われたせいなんですけど!? 毛深いのを代わりを寄越したのは、あんたなんですけどね!? といいますか、切実に骨、返してほしいんですけどっ!?」
「こんなに気に入っているものを、アヴィスから取り上げろと? そんなかわいそうなこと、できるわけがなかろう」

 魔王にすげなく一蹴された門番は、円卓に突っ伏してわぁんっと泣き出しました。
 何でもいいですけれど、あの涙っていったいどこで生成されているのでしょう。
 骨なのに。
 私はエミールと一緒に、泣き伏す骸骨の後頭部を冷ややかに眺めておりました。

「少年」

 そんな中、ギュスターヴが私ではなくエミールに向かって口を開きます。
 エミールも、ツンと澄ました顔をして彼を見返しました。

「なに?」
「魔界に滞在するのは一向に構わないが、前回のようにアヴィスを泣かせたら──分かっているな?」

 とたん、エミールはまた苦虫を噛み潰したような顔になり……

「……泣かせないよ」

 ぽつりとそう呟きました。

 
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