七宝物語

平野耕一郎

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終章 決起

34.思案

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 新暦二十四年八月一三日。歴史が大きく動いたのは、この日からだと唱える歴史学者は多い。まず敵を追い払った西王は、和議を烈王と結ぶ。同時に各国に進軍の要請を出した。

 烈王とその軍を七道にて包囲し、これを挟撃しせん滅しようと。

 各国に、西王の要請を拒むいわれはない。彼らは黙って兵を出した。出陣に際し、王自ら先陣を切ることが明記されていた。元来、王は自国を守るべく国を留守にしない。ただ、友軍が敵に領土が脅かされているとき、兵を貸すがそれでも王は国を出ない。王が国を立つときは、侵入しているときか、聖戦のどちらかだ。

 西王は、この戦いは聖なる戦いと呼応していた。聖女は、敵の手にかかり死んだ。その報いを烈王に受けさせる。
掲げた大義の裏には、かつてないほど憎悪と怒りに満ち溢れていた。

 壱の国を要とした連合軍は、七道へ向かう。進軍は、不気味なほど静けさを保っている。

 烈王も、和議が偽りであると気が付くのに時間はかからなかった。常に激高しやすい性質だったが、このときばか
りは不思議と落ち着いていた。

 慌てふためく部下の気持ちが、何とも理解できずにいた。怒りの重点が、予期せぬ裏切りより、慌てる部下に向い
ていた。

「背後を警戒し、予定通り南都に進軍する」

 食料や女も手に入る。断定的な口調に、部下は目を合わせる。今更、南都の状況を知らぬ者はいない。それに他の
周辺国も兵を上げている。もはや烈王軍は風前の灯火だ。

これ以上言えば、胴と首が離れることになるため黙っていた。

 烈王は、背後に潜む西王の軍に気を払えばいいと思っていた。あとは枝葉末端。まずは南都で決起した軍を砕き、
ひと時の休息ののち火都に帰還する。


 彼の頭には、己が都に帰るという筋書きしかなく、配下にいるただ人である部下が、どうやって火都に帰還できる
か、思いやる気持ちなど寸分もなかった。

 七の国。香草宮。国王と捕らわれの身となった王が顔を突き合わせ話していた。

「もはや、君の友達は追い込まれた哀れな鼠だよ」

「和議を結んだと見せかけて破るとは、西王も人が悪い」

「だが君たちが各国に与えた害悪に比べれば小さいものだ」

「賊の者を盗んでも誰も同情はしませんよね?」

治樹は、こくりと頷いた。

「君にも出てもらいたい」

「なぜ?」

「私が留守居をする間に何をしでかすかわからない。できるだけ君は、私の手元に置いておきたい。七道では、西王
もいるだろう。君は悪さをできない」

「まだ疑っていらっしゃるので?」

「すまないが、信用に足るに至っていない」

「なるほど」

「これは西王の命。やってほしいことがあるそうだ」

「何でしょうか?」

「烈王の降伏」

「ほお、それは難しい」

「成功しなければ、君も彼と同罪だ。死刑だよ」

「いや、さらに重いでしょう」四の王、聡士はさらりと否定した。

「死より重い罪があるのか?」

「土地も領民も王の力も保持できず、無益に時を過ごす王の身に課せられる特別刑があるでしょう」

「交渉して彼を降伏させれば、王威は奪わないそうだ。君の言葉で何とかやってもらいたい。これ以上無駄な血を流
さないためにも」

「はい」

「では、準備をすぐに。今日発つのだ」

 治樹は踵を返し、虜囚がいる部屋を後にした。

 残った聡士はわずかな時間で考える。

 最大の誤算だったのは西王が即位してもう長い年月が経つというのに、一向に力が衰えないこと。王の寿命は長くても五、六百年と言われている。不死の命を授けられているとはいえ、実際死なかった者はいない。人の数倍生きるだけの話で、いずれは力の根源である王の宝に殺されるのがオチなのだ。

 王の命の斟酌したところで、例外がいる。その最たる例が、西王萌希だ。

 西王は歴史書を紐解いても前例がない長さを生きている。
 
 ときに聡士には、時が見える。過去、現在、近未来に至って何があり、何が起こるのか見通す力を持っている。彼の読みでは、西王は烈王により死ぬ、はずだった。この未来が不確実であれ、決して外れていない読みだった。

 目論見は外れた。西王が自身で死を回避したのと聖女の思わぬ行動だった。死んだ希和子は、剣士流星を愛していた。彼女は捨て身で彼を守り、死んだ。あそこで希和子を殺すつもりなど毛頭ない。彼が見た未来に希和子の死はない。彼女を手に入れた自分と猛瑠は、操り西王を共に打倒する算段だった。突然現れた剣士も厄介だ。完全に猛瑠や聡士を滅ぼそうとしている。

 猛瑠は、我々の計画に欠かせない存在なのだ。長年待ち望んできた計画は、延期される。でも将来必ず達成させ
る。彼は気づいていないが、重要な役割を担っている。


 目論見は外れ、聡士は猛瑠を捨てた。彼が再度見た未来に、西王の死は存在せず代わりに謀反人として裁判にかけられる二人の姿だった。早晩、烈王猛瑠は西王に負ける。だが二人が捕らわれ、死よりも重い刑罰を課せられること
は避ける必要があった。

 聡士は、火都を離れ七の国に走った。この国が最も弱く、王は基本内政に興味はないし、治樹の王の命が、長くな
いとわかっていた。彼はこの地に潜み、機会を伺おうとしていた。

彼ならば、時間軸にとらわれず、過去に自らを置くこともできるから、いくらでもなんとでも可能だ。

 さてと、いつ逃げるか? 守りの固い今はまずい。ここは捨て身で西王の前にはせ参じ、降伏を述べるか。

 いや、だめだ。彼女は影の首謀者である自分を許さない。領土は召し上げ、王としての地位を追われ一生をあの暗い、地下の底に沈めるつもりだろう。

 なれば、どうするか?

 扉が叩かれ、開かれる。目の前に、兵士が二人姿を現していた。

「刻限にございます。我々と同伴願いたい」

 わかった、とだけ彼は告げる。
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