七宝物語

平野耕一郎

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第四部 楽園崩壊

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 朝が来た。カーテン越しに日差しがちらりちらりと降り注ぐ。

 隣部屋は使用人を務める夏帆の部屋だ。毎朝7時になるとやってきて、整髪や着替えの手伝いをする。咲子がどこにいても夏帆は付き従う。

「ねえ、もし私が聖女になりたくないって言ったらどうなるのかしら?」

 夏帆は淡々と咲子の髪をとかしている。

「なぜそのようなことをお聞きになるのです?」

 なぜ?

「わからないわ」

「咲子様は陛下のご令孫であられます。御母上である成子様が逝去されたため、第一継承者となられているのです」

「知っているわよ。それぐらい。でもなりたいとは思わないの」


「なかなか御難しいことを。本人のご意思ではどうにもならぬこともあるとご理解なさいませ」

「うるさいわよ・・・」

 咲子は静かになった。

「いやよ。聖女なんて。どうせならあんたがやってみなさいよ」

 夏帆の手はふと止まり、ふふふと笑い始めた。

「御酔狂を。ふふ、朝から面白いことを申されますのね」

「笑わないでよ。本当にやりたくないのよ」

「咲子様。ここにいる人々は、それぞれ家を持ち家系を後世につないでいくという使命を持った者が多いのです。継承するということは避けられぬ使命。ならば使命を果たすために、咲子様は何をお望みなのかお考えくださいませ」

「望み?」

「そうです。いくら家を継ぐといってもご自身の意思がなければお辛いでしょう? 聖女の地位を継承し何が望めるのか考えてごらんなさい。大望を抱きくださいませ。自ら欲する地位であれば、咲子様のお悩みもなくなることでしょう。」

 整髪は済み、朝餉の時間になる。差し出された料理、自分のために動く使用人たち。これだけの待遇を受けられるのは自分が公女であり、聖女となる存在だからだ。

 でも望んでなった地位でもなく、転がり込んだ境遇。今の地位を利用して得られることは何か? 大望?

 咲子は終日考えに明け暮れた。公女の立場を使って得られる大望とはなにか。

「わからないわ。何なのよ、大望って?」

「すぐに出ることではありませんわ。ご学業では習いませんもの。自ら考え、選び、その上で望むものですわ」

「無理だわ。あるわけないわよ。公女の地位は」

 その地位は特別といってもいい。どれほど富を保有し、力を得ようが獲得することのできない立場である。

「確かに御難しいお立場ではございますね」

「からかわないでよ」

「まさか、そのような」

「もういいわよ。昨日から。部屋から出ていきなさいな」

「大変失礼なことを申しました。ただご自身の望むものは、人に与えられるものではありません。そのことだけはご認識を」

 夏帆は恭しく頭を下げ、隣の自室に戻る。

 一人になった。咲子は孤独を感じていた。誰もが笑って接して、友好を図ろうとする。それはそうだろう。咲子の地位を考えれば、接したほうがいいと思うだろう。それは本心から仲良くしたいと思ってのことではない。自分に一定の距離を置いていることになる。
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