七宝物語

平野耕一郎

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第1章 世界の理

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 この年、壱ノ国は東への遠征に明け暮れていた。西王は抜いて行われた。東国の雄・烈王との戦いは一進一退の攻防が続いていたが、ついに戦局は動く。聖女との新年の謁見から、一か月後のことだ。西王が動いたのだ。
 
 原因は、前年より希和子が正式な聖女の地位になった西王の業務が軍事に傾けられた。もう一つが、伍の王が西王を支援した影響で烈王は火都より動けなかった。

 伍の王、名を景虎。治世は六百年と現在存在する王の中で最長だ。力は、西王、烈帝に並ぶ。魔術的な力にも長け、四ノ国王と比肩する。老いた相貌から彼は老翁と言われていた。南の豊都は西の聖都、東の火都と並んで、中原の三大都市といわれる。

 話を戻そう。

 南の大勢力にけん制され、烈王の兵は増援が出せず状況は停滞しきっていた。希和子が未成年時、西王は彼女の摂政を兼ねていた。任を自ら解いて、王命を下す。

 世はすでに戦時であり、軍の増援が急務であることを昨年の四月の議会にて述べている。

 王には世の情勢が平時なのか、戦時なのか決める権利を有する。仮に戦時と判断すれば議会の採択を待たずして物
事を決められる。

 これを「王の特別決定権」という。「特決権」と呼ばれ、権利を議会に翻す力はない。王より上位にいる聖女は権威ある象徴に過ぎず実権を持たない。ゆえに誰も王を止める者はいない。

 王命が出されるや、西王は早速行動に移った。現場に任せきりになっていた軍事を立て直した。王は軍の最高責任
者でもある。

 まず王自ら数万の軍勢を率いて、疲弊した前線部隊に補給を送り鼓舞をした。効果は絶大だった。王が直々に出陣
してくること自体が兵士にとって大きな喜びである。活力がみなぎると兵士たちは自らのやるべきことを再認識している。

 すでに重要な戦略的拠点の「東門」、「阜山」、「伯天」が奪取されている。東国への押えである関所、かの国を
見張る丘、貴重な水源を奪われていたので、戦場のみならず聖都にも影響は出ていた。

 だが王が前線に出てきたことでもはや、相手方に勝ち目はない。王の力の前に人が築いた堅牢な城壁も、そこから
放たれる何万本の矢も、急流な水を使った水上攻撃も、叶わなかった。

 特に西王の力は他の王が一人いたとしてもせき止めることは不可能だ。戦いは一時間と保たない。後には砕け散っ
た城壁と、流れが大きく変わった水流、兵の屍が朽ち果てる。

 西王の業績は、瞬く間に全世界を駆け抜ける。烈帝の脅威に苛まれていた人々の多くを救った。長らく聖都内に留
まり外交に手を出さず、烈帝の脅威が蔓延していた。わずかな時間で振り払ったのは、とてつもなく大きい。

 戦いの後西王は聖都に帰還した。すでに戦勝の一報は聖都に届いており、凱旋式の準備が完了していた。

 聖女との簡易的な謁見後、西王は議会に向かい更なる警戒を述べ自身に権力を委ねてほしいと言った、いや命じ
た。

 議会は単なる追認機関となり果てる。会派を問わず誰もが王命が今解かれるとは夢にも思わないし、烈帝の報復が
時期に来る。

 西王の宣言が終わったとき、静かな拍手が起こる。誰もが王に一任しようと諦念を込めてそう思っていた。自分達にはどうすることも出来ないのだと……

 議会での宣誓が終わると、王は凱旋式の主役として人々から熱烈な歓待を受けていた。都にある「東征門」から宮
殿までを王を乗せた車がゆっくりと移動する。

 西王は人々の好奇の目にさらされた。通りから、建物から、民衆の視線は王ただ御一人にくぎ付けだ。東道は人で
あふれる。道に民が出てこないよう警戒は厳重だった。

 親衛隊と司法府の警察隊に守られながらの凱旋式だ。王が乗る車の周囲にずらりと黒服の者たちがいる。親衛隊だ。打って変わって白い服を着ているのが、司法府の警察隊だ。

 中央の宮殿まで行きつく。聖女希和子と弐の国の王が待っていた。

 聖女は西王に王の冠を授けるためにいた。弐ノ国王は聖女の護衛としてそばにいる。

 王の凱旋を見た。希和子は王の権力の絶大さと人気を身に染みる。

 彼女がいなければ私は……

 単なる権威と統治権を持った王では、これほどにも違う。自分は王より上の上帝の地位にいる。ただ何も感じな
い。所詮持ち上げられているだけ。

 西王は車から降りて、赤と黄色のカーペットが引かれた段を一段ずつ昇ってくる。聖女への畏敬の念か、伏し目が
ちだ。希和子の手に花束が握られていた。

 宮廷の式典が行われるとき、聖女は王や騎士、また武功を立てた者に対し、花束を渡す慣習になっていた。意味が
ある。花には約束の誓いが込められている。

凱旋式。希和子は、手に紫のオダマキを持っていた。花言葉は勝利であった。

 西王は聖女の一歩手前でひざを折る。希和子は立たねばならなかった。

 ゆっくりと彼女の前へ進む。

 「陛下」

 威厳のある声が満場に響き渡っていた。いつの間にか人民の喧騒はぱたりと止んでいる。

 「はい」

 王に負けないくらいの声で希和子は返事をした。

 「敵勢の討伐に参りただ今帰還いたしました」

 凛とした声が鳴り響いた。

 「しかし、何分と時を予想に反して費やしてしまいました――」

 「はい」

 「ひとえに、私の力不足でございます」

 初言は王の弁明だった。ならば希和子は慈悲の心を持って、赦しを与えなければならなかった。

 「今、ようやく陛下に拝謁することができます」

 武功を立てた西王がすっと手に持っていたオダマキを差し出した。

 オダマキ……勝利の証。ついに敵勢を打ち破り状況を好転させたという報告である。献上した品に対し、希和子は
相応しい言葉をかけた。

 「王の業績は、実に敬重に値するものです。何も卑下することも、詫びることもありません」

 戸惑ってはいけない。威厳を持ち、確かに毅然と。聖女はどんな時でも指針とならなければいけない。

 「これからも常に私と民のそばで、支えとなり災いから守ってくださいね」

 最後は天から愛を注ぐような口調で王に語りかけた。聖女は王よりも貴い身分にあり唯一にして不可侵だ。

 これでいい……

 そう言うや否やまた満場の拍手と歓声に自身の考えは飲みこまれていた。

 やはりいい。きっとよかった。希和子は少し笑みを浮かべる。一つ大きな役目を自分は果たした。

 自分にはきっとこういうことしか出来ない――悟った、いや悟らされた。

 自分は聖女。世の指針となり人々を、慈愛により以て接し、象徴となるべき者だ。ならば、悩むことはない。自身
が行くべき道が聖道になるのだから。自らを疑うことはあってはいけない。

 希和子は詞だけでなく、銀の冠を王の頭上へと下賜をする。

 希和二十三年、二月二十一日。年が変わる間近の日、聖都では盛大な凱旋式が行われた。起点となる戦いは東の地より発生した。東西の大国が激突、戦いは一進一退。しかし戦局は南国が西国へ同調したこと、西王直々の出陣により一変する。

 初戦は西国が制した。だが、未だ烈帝の火都は健在だったし、聖都内に存在する不満分子も少なからず存在してい
た。まだ後に引き起こされる大いなる戦いの、ほんの序章に過ぎない……
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