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第二章 復讐
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記録十九
日付:不明
時刻:不明
場所:天井が白いところ
「大丈夫ですか?」
どこかで声が聞こえた。
どうしたものか。日付も、時間も、場所も分からない。
大変困った。こういう状態こそ何か形に残すべきだが、無理だ。
私の体調は最悪なのである。日付も時間も場所も分からない。誰かが近くにいるようだ。
目は一点を見つめて動かない。体も金縛りにあったように動かない。
全てが停止している。最悪の状態だ。ここからどう挽回するべきか。私は考えあぐねていた。
「応答ありません!」
違う! 生きているぞ!
やめろ!
私を殺すな!
私はまだ生きている!
目に当たったライトに私には怒りの感情はあるが、意思を伝えるほど脳はしっかりしていない。
口元に酸素吸引機が押しつけられている。息は出来ているのに大仰すぎる。はっきり言わせてもらおう。本来は人の手など借りたくない。幼少期から独立独歩の精神を叩きこまれた私からすれば大変な屈辱である。
現実の問題として、プライドどうのと言っている場合ではない。
今は生命の危機だ。まるで意識が壊れた信号機のように青と赤を点滅している。もうだいぶ消えかかっている。現実にかすかにいられるのは気力のおかげだろう。
どうしてこうなった?
考えるが、どうにも頭が回らない。薬を飲まされたことには間違いない。いけない、だいぶ重症だ。恐らく意識を失ったら死がよぎる。
意識のオンオフの感覚が短くなっている。このままでは夢現の状態となり、現実での意識を喪失する。恐らくそれは確実である。合図をしてどこの世界線に立っているか確認するが、私は間違いなく夢世界に陥る。
復讐の完遂のために薬を絶つようにしていたはずだ。眠れなくなれば、必ず火事が頭に浮かぶ。荒療治だが、過去のトラウマを利用して復讐への意欲をかき立て、私は四人の人間を社会的に抹殺した。
ただ薬漬けの私一人ではどうにもならない。私は自分の課題を自ら解決できないヘタレだ。優里がいるから復讐ができた。最後になって私はとんでもない穴に気づき、敵の罠にはまってしまった。歯がゆい思いをしている。
睡眠薬を飲ませたのは誰だ?
ゆっくりと記憶がぼやけていく。意識の明滅に合わせて記憶もまた埋没していく。ぼんやりと浮かぶ景色に優里の表情を見る。
そうではない。あれは同じ顔をしているが違う。
ではどうして入れ替わった?
脳は継続して考えられない状況になっている。意識が飛んで戻る。
とにかく前にも倒れたから同じヘマはしないよう気を付けていた。
いつも雲の上を散歩している気分がする。恐らく何かに自分の体は乗せられている。
ストレッチャーだろうか?
不意に私は首を傾けた。誰かが触れているくすぐったい肌触りがする。誰かが触れている。人の温もりがする。おぼろげに浮かぶ顔が消えていこうとしている。
悲しみの表情。何かを叫んでいる。
「正夢!」
私の名前を呼ぶ声。
やはりそうだ。
そうだ状況をひどく悲観する必要はない。二十年前の非力な頃とは違うのだ。
私の最愛の人にして、協力者。復讐の支援をしてくれたのは優里に置いて他にない。私たちは一心同体だった。たとえ名前が変わってしまっても、気持ちは二十年前に火事の中を生き残り、復讐を誓い合ったあの頃と全く変わらない。
もし私が死んでしまっても、君ならやり遂げられる。震える指先で私は四角い窓を作り出そうとする。君は僕の枠の中に捉えている。しっかりと離さない。
力が入らない。だめだ、君をしっかり捉えられない。手は弛緩し、だらりと垂れる。もう死ぬのだとしたら何でもいいじゃないか。
私は復讐をやり遂げたんだから。そうだろ、あの四人を地獄の底に叩き落とした。家族が味わった業火の苦しみを骨の髄までに注ぎ込んでやった。
もはや気にする必要はない。自分はゆっくりやればいい。少し休んできたら、また戻る。いや戻る必要はないかもしれない。復讐が私の使命で、終わってしまったら私は何を糧に生きていけばいいのだろう。
現実では使命無き者たちが大勢生きている。ニーチェは生き方を知らない連中を畜群と呼び、末人と呼んだ。私たちは違う。使命を帯びた超人なのだ。その居場所は現実にはない。仕方がない。
それぞれ生き方が違うのだから……
ただ私たちは誓い合った仲じゃないか。僕が先に行ってしまうのは不本意であるが、先に待っている。
狩るべき相手はあと一人。
君は分かっているはずだ。私たちの宿敵。撃ち果たすべき悪魔は近くにいる。僕が最後に狩るべき相手を、レイナを倒してくれ。君の姉だ。
限界だった。
私は現実を失う。心から望んでいた世界線へと意識が移っていく。でもこれでいいのだろうか? 疑問は残る。当然だ。復讐はやり残している。力尽きてしまった精神は肉体を離れた。
一つの世界での眠りは新しい世界での目覚めとなる。私は夢現の状態に陥り、夢の世界に落ちた。
パチパチと瞬きをして、私は新たに目覚めた。
ここは――
(後続の再会、変身、出発、決着の四つの夢世界を通して第三章覚醒へと続く)
記録十九
日付:不明
時刻:不明
場所:天井が白いところ
「大丈夫ですか?」
どこかで声が聞こえた。
どうしたものか。日付も、時間も、場所も分からない。
大変困った。こういう状態こそ何か形に残すべきだが、無理だ。
私の体調は最悪なのである。日付も時間も場所も分からない。誰かが近くにいるようだ。
目は一点を見つめて動かない。体も金縛りにあったように動かない。
全てが停止している。最悪の状態だ。ここからどう挽回するべきか。私は考えあぐねていた。
「応答ありません!」
違う! 生きているぞ!
やめろ!
私を殺すな!
私はまだ生きている!
目に当たったライトに私には怒りの感情はあるが、意思を伝えるほど脳はしっかりしていない。
口元に酸素吸引機が押しつけられている。息は出来ているのに大仰すぎる。はっきり言わせてもらおう。本来は人の手など借りたくない。幼少期から独立独歩の精神を叩きこまれた私からすれば大変な屈辱である。
現実の問題として、プライドどうのと言っている場合ではない。
今は生命の危機だ。まるで意識が壊れた信号機のように青と赤を点滅している。もうだいぶ消えかかっている。現実にかすかにいられるのは気力のおかげだろう。
どうしてこうなった?
考えるが、どうにも頭が回らない。薬を飲まされたことには間違いない。いけない、だいぶ重症だ。恐らく意識を失ったら死がよぎる。
意識のオンオフの感覚が短くなっている。このままでは夢現の状態となり、現実での意識を喪失する。恐らくそれは確実である。合図をしてどこの世界線に立っているか確認するが、私は間違いなく夢世界に陥る。
復讐の完遂のために薬を絶つようにしていたはずだ。眠れなくなれば、必ず火事が頭に浮かぶ。荒療治だが、過去のトラウマを利用して復讐への意欲をかき立て、私は四人の人間を社会的に抹殺した。
ただ薬漬けの私一人ではどうにもならない。私は自分の課題を自ら解決できないヘタレだ。優里がいるから復讐ができた。最後になって私はとんでもない穴に気づき、敵の罠にはまってしまった。歯がゆい思いをしている。
睡眠薬を飲ませたのは誰だ?
ゆっくりと記憶がぼやけていく。意識の明滅に合わせて記憶もまた埋没していく。ぼんやりと浮かぶ景色に優里の表情を見る。
そうではない。あれは同じ顔をしているが違う。
ではどうして入れ替わった?
脳は継続して考えられない状況になっている。意識が飛んで戻る。
とにかく前にも倒れたから同じヘマはしないよう気を付けていた。
いつも雲の上を散歩している気分がする。恐らく何かに自分の体は乗せられている。
ストレッチャーだろうか?
不意に私は首を傾けた。誰かが触れているくすぐったい肌触りがする。誰かが触れている。人の温もりがする。おぼろげに浮かぶ顔が消えていこうとしている。
悲しみの表情。何かを叫んでいる。
「正夢!」
私の名前を呼ぶ声。
やはりそうだ。
そうだ状況をひどく悲観する必要はない。二十年前の非力な頃とは違うのだ。
私の最愛の人にして、協力者。復讐の支援をしてくれたのは優里に置いて他にない。私たちは一心同体だった。たとえ名前が変わってしまっても、気持ちは二十年前に火事の中を生き残り、復讐を誓い合ったあの頃と全く変わらない。
もし私が死んでしまっても、君ならやり遂げられる。震える指先で私は四角い窓を作り出そうとする。君は僕の枠の中に捉えている。しっかりと離さない。
力が入らない。だめだ、君をしっかり捉えられない。手は弛緩し、だらりと垂れる。もう死ぬのだとしたら何でもいいじゃないか。
私は復讐をやり遂げたんだから。そうだろ、あの四人を地獄の底に叩き落とした。家族が味わった業火の苦しみを骨の髄までに注ぎ込んでやった。
もはや気にする必要はない。自分はゆっくりやればいい。少し休んできたら、また戻る。いや戻る必要はないかもしれない。復讐が私の使命で、終わってしまったら私は何を糧に生きていけばいいのだろう。
現実では使命無き者たちが大勢生きている。ニーチェは生き方を知らない連中を畜群と呼び、末人と呼んだ。私たちは違う。使命を帯びた超人なのだ。その居場所は現実にはない。仕方がない。
それぞれ生き方が違うのだから……
ただ私たちは誓い合った仲じゃないか。僕が先に行ってしまうのは不本意であるが、先に待っている。
狩るべき相手はあと一人。
君は分かっているはずだ。私たちの宿敵。撃ち果たすべき悪魔は近くにいる。僕が最後に狩るべき相手を、レイナを倒してくれ。君の姉だ。
限界だった。
私は現実を失う。心から望んでいた世界線へと意識が移っていく。でもこれでいいのだろうか? 疑問は残る。当然だ。復讐はやり残している。力尽きてしまった精神は肉体を離れた。
一つの世界での眠りは新しい世界での目覚めとなる。私は夢現の状態に陥り、夢の世界に落ちた。
パチパチと瞬きをして、私は新たに目覚めた。
ここは――
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