元カレは隣の席のエース

naomikoryo

文字の大きさ
17 / 21

第17話

しおりを挟む
万雷の拍手。
鳴り止まない賞賛の声。
けれど、その音はまるで分厚いガラスを一枚隔てたかのように、私の耳にはどこか遠くに聞こえていた。

壇上から見た満足そうな市長の顔。
涙ぐむ源田さんの顔。
そして、静かに、ただ真っ直ぐに私を見つめていた、彼の顔。

これで、終わり。
これで、全部、終わりなんだ。

この街での、私の役目は終わった。
私は、誰にも気づかれないように、そっと壇上の端から降りた。
そして会場の壁際を、まるで自分の存在を消すかのように、静かに出口へと向かう。

早くここからいなくなりたい。
彼の前から、彼の人生から、完全に姿を消してしまいたい。
そうすれば彼は、彼の歩むべき光り輝く道を迷わずに進んでいけるはずだから。

◆◇◆

出口の重いドアに手をかけた、その瞬間だった。

「待て!」

背後から息を切らした彼の声が、私の背中を強く打った。
驚いて振り返る暇もなかった。
私の腕が、力強い手にぐっと掴まれる。

「……俊、くん?」

そこに立っていたのは、肩で大きく息をしながら、私が今まで一度も見たことのない必死な形相をした、俊だった。
その額には汗が滲んでいる。

「……離してください。会議中、ですよ」
私は、彼の腕を振りほどこうとした。
けれど彼は、さらに力を込めて私の腕を決して離そうとはしなかった。

「行くな」

低く、絞り出すような声。
「……どうして、ですか。私の役目はもう終わりましたから」
「終わってない!」

彼の叫びにも似た声が、静かな廊下に響き渡った。
「お前がいなくなったら、意味がないんだ!」
「……意味が、分かりません」

私は俯いたまま、か細い声で答える。
「あなたには京華さんがいるじゃないですか。今週末、顔合わせするんですよね……? おめでとう、ございます」

震える声で、やっとの思いで口にした祝福の言葉。
それはまるで、鋭いナイフとなって私自身の胸に深く突き刺さった。

その言葉を聞いた瞬間。
俊の顔が苦しげにぐしゃりと歪んだ。

「……違う」

「え……?」

「あれは、親たちが、勝手に決めたことだ! 俺は、ずっと断り続けてきた!」

彼は掴んだ私の腕を、さらに強くぐっと引き寄せた。
抵抗する間もなく、彼の胸に私の体が吸い込まれる。
二人の距離がゼロになる。
彼の速い鼓動が、私の耳に直接響いてくる。

「俺が好きなのは、十四年前も、今も、お前だけだ、美鈴!」

彼の、黒く熱を帯びた瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。
その瞳は熱く潤んでいるように見えた。

「ずっと好きだった。お前に振られた後も、ずっと、忘れられなかった。馬鹿みたいだろ」

自嘲するように、彼はそう言った。

「東京からお前が帰ってきた時、本当は死ぬほど嬉しかった。でも、また傷つくのが怖くて、冷たい態度しかとれなかった。……悪かった」

「だから行くな。もう二度と俺の前からいなくなるな」

頭が真っ白になる。
心臓が張り裂けそうなくらい、うるさく鳴っている。
彼が、今、何を言ったのか。
その言葉の意味を、私の脳が理解することを拒否している。

彼がずっと私のことを?
顔合わせは彼の意思じゃなかった?

涙が、また溢れてくる。
でも、それは今までの悲しい涙じゃない。
体の芯から、燃え上がるような、熱くて熱くてどうしようもない涙だった。

廊下の向こうで会議室のドアが開き、鈴木課長や佐藤くんたちが何事かとこちらを、驚いた顔で見ている。

でももう、そんなことはどうでもよかった。

私の腕を掴む彼の手の強さと熱だけが、世界の全てだった。


*****
「ずっと、好きだった」。
時を超えて重なった二つの想い。
果たして、止まっていた時計の針は再び動き出すのだろうか。
*****
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

熱のない部屋で

中道舞夜
ライト文芸
合鍵預かってくれない?から始まる同期との恋。もどかしい純愛ラブストーリー

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

先輩、お久しぶりです

吉生伊織
恋愛
若宮千春 大手不動産会社 秘書課 × 藤井昂良 大手不動産会社 経営企画本部 『陵介とデキてたんなら俺も邪魔してたよな。 もうこれからは誘わないし、誘ってこないでくれ』 大学生の時に起きたちょっとした誤解で、先輩への片想いはあっけなく終わってしまった。 誤解を解きたくて探し回っていたが見つけられず、そのまま音信不通に。 もう会うことは叶わないと思っていた数年後、社会人になってから偶然再会。 ――それも同じ会社で働いていた!? 音信不通になるほど嫌われていたはずなのに、徐々に距離が縮む二人。 打ち解けあっていくうちに、先輩は徐々に甘くなっていき……

処理中です...