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第17話
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万雷の拍手。
鳴り止まない賞賛の声。
けれど、その音はまるで分厚いガラスを一枚隔てたかのように、私の耳にはどこか遠くに聞こえていた。
壇上から見た満足そうな市長の顔。
涙ぐむ源田さんの顔。
そして、静かに、ただ真っ直ぐに私を見つめていた、彼の顔。
これで、終わり。
これで、全部、終わりなんだ。
この街での、私の役目は終わった。
私は、誰にも気づかれないように、そっと壇上の端から降りた。
そして会場の壁際を、まるで自分の存在を消すかのように、静かに出口へと向かう。
早くここからいなくなりたい。
彼の前から、彼の人生から、完全に姿を消してしまいたい。
そうすれば彼は、彼の歩むべき光り輝く道を迷わずに進んでいけるはずだから。
◆◇◆
出口の重いドアに手をかけた、その瞬間だった。
「待て!」
背後から息を切らした彼の声が、私の背中を強く打った。
驚いて振り返る暇もなかった。
私の腕が、力強い手にぐっと掴まれる。
「……俊、くん?」
そこに立っていたのは、肩で大きく息をしながら、私が今まで一度も見たことのない必死な形相をした、俊だった。
その額には汗が滲んでいる。
「……離してください。会議中、ですよ」
私は、彼の腕を振りほどこうとした。
けれど彼は、さらに力を込めて私の腕を決して離そうとはしなかった。
「行くな」
低く、絞り出すような声。
「……どうして、ですか。私の役目はもう終わりましたから」
「終わってない!」
彼の叫びにも似た声が、静かな廊下に響き渡った。
「お前がいなくなったら、意味がないんだ!」
「……意味が、分かりません」
私は俯いたまま、か細い声で答える。
「あなたには京華さんがいるじゃないですか。今週末、顔合わせするんですよね……? おめでとう、ございます」
震える声で、やっとの思いで口にした祝福の言葉。
それはまるで、鋭いナイフとなって私自身の胸に深く突き刺さった。
その言葉を聞いた瞬間。
俊の顔が苦しげにぐしゃりと歪んだ。
「……違う」
「え……?」
「あれは、親たちが、勝手に決めたことだ! 俺は、ずっと断り続けてきた!」
彼は掴んだ私の腕を、さらに強くぐっと引き寄せた。
抵抗する間もなく、彼の胸に私の体が吸い込まれる。
二人の距離がゼロになる。
彼の速い鼓動が、私の耳に直接響いてくる。
「俺が好きなのは、十四年前も、今も、お前だけだ、美鈴!」
彼の、黒く熱を帯びた瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。
その瞳は熱く潤んでいるように見えた。
「ずっと好きだった。お前に振られた後も、ずっと、忘れられなかった。馬鹿みたいだろ」
自嘲するように、彼はそう言った。
「東京からお前が帰ってきた時、本当は死ぬほど嬉しかった。でも、また傷つくのが怖くて、冷たい態度しかとれなかった。……悪かった」
「だから行くな。もう二度と俺の前からいなくなるな」
頭が真っ白になる。
心臓が張り裂けそうなくらい、うるさく鳴っている。
彼が、今、何を言ったのか。
その言葉の意味を、私の脳が理解することを拒否している。
彼がずっと私のことを?
顔合わせは彼の意思じゃなかった?
涙が、また溢れてくる。
でも、それは今までの悲しい涙じゃない。
体の芯から、燃え上がるような、熱くて熱くてどうしようもない涙だった。
廊下の向こうで会議室のドアが開き、鈴木課長や佐藤くんたちが何事かとこちらを、驚いた顔で見ている。
でももう、そんなことはどうでもよかった。
私の腕を掴む彼の手の強さと熱だけが、世界の全てだった。
*****
「ずっと、好きだった」。
時を超えて重なった二つの想い。
果たして、止まっていた時計の針は再び動き出すのだろうか。
*****
鳴り止まない賞賛の声。
けれど、その音はまるで分厚いガラスを一枚隔てたかのように、私の耳にはどこか遠くに聞こえていた。
壇上から見た満足そうな市長の顔。
涙ぐむ源田さんの顔。
そして、静かに、ただ真っ直ぐに私を見つめていた、彼の顔。
これで、終わり。
これで、全部、終わりなんだ。
この街での、私の役目は終わった。
私は、誰にも気づかれないように、そっと壇上の端から降りた。
そして会場の壁際を、まるで自分の存在を消すかのように、静かに出口へと向かう。
早くここからいなくなりたい。
彼の前から、彼の人生から、完全に姿を消してしまいたい。
そうすれば彼は、彼の歩むべき光り輝く道を迷わずに進んでいけるはずだから。
◆◇◆
出口の重いドアに手をかけた、その瞬間だった。
「待て!」
背後から息を切らした彼の声が、私の背中を強く打った。
驚いて振り返る暇もなかった。
私の腕が、力強い手にぐっと掴まれる。
「……俊、くん?」
そこに立っていたのは、肩で大きく息をしながら、私が今まで一度も見たことのない必死な形相をした、俊だった。
その額には汗が滲んでいる。
「……離してください。会議中、ですよ」
私は、彼の腕を振りほどこうとした。
けれど彼は、さらに力を込めて私の腕を決して離そうとはしなかった。
「行くな」
低く、絞り出すような声。
「……どうして、ですか。私の役目はもう終わりましたから」
「終わってない!」
彼の叫びにも似た声が、静かな廊下に響き渡った。
「お前がいなくなったら、意味がないんだ!」
「……意味が、分かりません」
私は俯いたまま、か細い声で答える。
「あなたには京華さんがいるじゃないですか。今週末、顔合わせするんですよね……? おめでとう、ございます」
震える声で、やっとの思いで口にした祝福の言葉。
それはまるで、鋭いナイフとなって私自身の胸に深く突き刺さった。
その言葉を聞いた瞬間。
俊の顔が苦しげにぐしゃりと歪んだ。
「……違う」
「え……?」
「あれは、親たちが、勝手に決めたことだ! 俺は、ずっと断り続けてきた!」
彼は掴んだ私の腕を、さらに強くぐっと引き寄せた。
抵抗する間もなく、彼の胸に私の体が吸い込まれる。
二人の距離がゼロになる。
彼の速い鼓動が、私の耳に直接響いてくる。
「俺が好きなのは、十四年前も、今も、お前だけだ、美鈴!」
彼の、黒く熱を帯びた瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。
その瞳は熱く潤んでいるように見えた。
「ずっと好きだった。お前に振られた後も、ずっと、忘れられなかった。馬鹿みたいだろ」
自嘲するように、彼はそう言った。
「東京からお前が帰ってきた時、本当は死ぬほど嬉しかった。でも、また傷つくのが怖くて、冷たい態度しかとれなかった。……悪かった」
「だから行くな。もう二度と俺の前からいなくなるな」
頭が真っ白になる。
心臓が張り裂けそうなくらい、うるさく鳴っている。
彼が、今、何を言ったのか。
その言葉の意味を、私の脳が理解することを拒否している。
彼がずっと私のことを?
顔合わせは彼の意思じゃなかった?
涙が、また溢れてくる。
でも、それは今までの悲しい涙じゃない。
体の芯から、燃え上がるような、熱くて熱くてどうしようもない涙だった。
廊下の向こうで会議室のドアが開き、鈴木課長や佐藤くんたちが何事かとこちらを、驚いた顔で見ている。
でももう、そんなことはどうでもよかった。
私の腕を掴む彼の手の強さと熱だけが、世界の全てだった。
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「ずっと、好きだった」。
時を超えて重なった二つの想い。
果たして、止まっていた時計の針は再び動き出すのだろうか。
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