元カレは隣の席のエース

naomikoryo

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第19話

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夕日が差し込む非常階段。
腕の中で彼女が、十四年間の本当の理由を涙ながらに語ってくれた。

俺は、なんて馬鹿だったんだろう。
彼女が俺を嫌いになったわけではなかったこと。
むしろ俺の未来を想うがゆえに、たった一人で全てを背負い込み、自ら悪者になる道を選んだこと。

そのあまりにも健気で、そして愚かなまでの優しさに、胸が張り裂けそうになった。
愛おしさと、そして、彼女を十四年間も一人で苦しませてしまったことへの、どうしようもない後悔の念が荒れ狂う波のように、俺の心を激しく揺さぶる。

「……馬鹿か、お前は」

そう言って彼女の体を、今度は壊れ物を扱うように、優しくしかし二度と離さないという決意を込めて、強く抱きしめた。

「俺は、お前が思うほど弱くない」

どんな事情があったって、俺はお前を待っていた。
何年だって、待つつもりだった。
その言葉は、紛れもない俺の本心だった。

そして、彼女の唇から紡がれた言葉。
『私も、好きです。ずっと、俊くんのことが、好きでした』

その瞬間、十四年間、俺の心に分厚く重くのしかかっていた、氷の塊が完全に溶けていくのが分かった。

彼女の唇に自分のそれを重ねた時、俺は十四年ぶりに本当に心の底から息ができたような気がした。

だが、いつまでもこの場所にいるわけにはいかない。
俺には、まだ片付けなければならない、厄介な問題が二つも残っている。

一つは、親が俺の意思を無視して勝手に進めた京華との縁談。
そして、もう一つは。
その縁談を、さも確定事項であるかのように、周囲に吹聴し美鈴をここまで追い詰めた早乙女京華、本人との決着。

「美鈴」
俺は、彼女の体をそっと離した。
「少しだけ待っていてくれ。全部、ちゃんと片付けてくる」
不安げに揺れる彼女の瞳を見つめ、俺は安心させるように優しく微笑みかけた。

◆◇◆

その日の夕方。
俺は京華を市役所の屋上へと呼び出した。
「どうしたの、俊くん。改まって」
俺から呼び出されたことに、少しだけ期待の色を浮かべて彼女はやってきた。
その計算され尽くした笑顔が、今はひどく滑稽に見えた。

「単刀直入に言う。今週末の顔合わせは行かない。この話は今日限りで、白紙に戻してほしい」

俺のきっぱりとした言葉に、京華の顔から完璧な笑顔が、すっと消えた。
「……どうして? どうしてなの? あの地味な女のせいで、私たちの輝かしい未来を台無しにするつもり?」
「俺の未来に君はいない。最初から、な。ただ、それだけのことだ」
「嘘よ! あなたは、私を選ぶべきなのよ! 家柄も、将来も、全てにおいて、私が、あなたに、一番、ふさわしいのに!」

ヒステリックに叫ぶ彼女に、俺は氷のように冷たい最後の言葉を告げた。

「俺は、家柄も、将来も、そんなものどうでもいい。俺が欲しいのは、黒崎美鈴、ただ一人だ。……だから、もう二度と、彼女に近づくな」

俺の絶対零度の瞳に、京華はついに言葉を失ったようだった。
その自信に満ち溢れていた美しい顔が、嫉妬と屈辱に醜く歪んでいく。
彼女は震える唇で何かを言いかけたが、結局何も言わずに踵を返し逃げるように屋上から去っていった。

◆◇◆

その足で、俺は実家へと向かった。
リビングでは、母親が週末の顔合わせのことで、まだ浮かれた様子で父親と話していた。

俺はその二人の前に、静かにしかしはっきりと告げた。
「今週末の顔合わせはキャンセルしてくれ。俺には、結婚したい大切な女性がいる」

「……は? あなた、何を言ってるの!?」
母親が金切り声を上げる。
「早乙女さんには、なんてお詫びすればいいの! あなたの将来のために……!」
「俺の人生は俺が決める。もう親の言いなりにはならない」

俺は母親の言葉を遮った。
「その人以外考えられないんだ。頼むから分かってくれ」

これまで一度も親に本気で逆らったことのなかった俺の、その真剣な表情に、母親は次第に言葉を失っていく。

黙って俺たちのやり取りを聞いていた父親が、やがて重々しく口を開いた。
「……分かった。お前の好きにしろ」
「あなた……!」
「その代わり」
父親は、俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「その女性を、一度家に連れてきなさい。お前がそれほどまでに惚れた女の顔を、この俺に見せてみろ」

◆◇◆

全てを終わらせた。
俺は夜道を、彼女が住むアパートへと、急いだ。

チャイムを鳴らすと、不安げな顔をした美鈴がドアを開けた。
「……俊くん」

「全部、終わらせてきた」

俺はそう言うと、彼女の華奢な体を、今度こそ全ての想いを込めて優しく抱きしめた。

「もう、俺たちを邪魔するものは、何もない」
「……うん」

俺の胸に顔をうずめ抱きしめ返してくる彼女の腕の力強さに、俺はようやく本当の意味で、安堵の息を吐くことができた。


*****長い、長い、十四年だった。
しかし、全ての障壁がなくなった今、俺たちはようやく、本当の意味でのスタートラインに立ったのだ。
*****
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