25歳のキミへ

naomikoryo

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第1話:手紙が届いた日

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静かな午後だった。
空にはまだ春の名残を抱いた白い雲が浮かび、どこか遠くでセミの声がひとつ、季節を間違えたように鳴いていた。

蓮は、ランドセルを放り投げるようにして自分の部屋に飛び込むと、靴下も脱がずに畳の上に倒れ込んだ。
今日の授業はいつにも増して退屈だった。先生の話はすぐにどこかへ飛び、机の下ではこっそりマンガを読んでいたけれど、隣の席の翔太に見つかって、結局みんなにバラされた。
それを思い出すだけで、少し顔が熱くなる。

(あいつ、ほんとに口軽いんだから……)



部屋の窓を開けると、外から風が入ってきた。
ふわりとカーテンが舞い、その隙間から西陽が差し込んで、畳に長い影を落とす。
風にあおられた机の上のノートがめくれ、紙が一枚床に落ちた。

「ん……?」

拾い上げた紙は見覚えのないものだった。
裏返してみると、罫線の入った便箋。けれど、日付も宛名もなく、たった一行だけが書かれていた。

「25歳の君へ」

え、と声が漏れる。
まるで悪戯のような手紙。でも、字を見た瞬間に背筋がすっと冷たくなった。
その筆跡は——自分自身の字にそっくりだったのだ。
 

机の引き出しを開けてみる。
すると、便箋と同じ紙質の手紙が何枚も丁寧に重ねられていた。
封筒はない。けれど、そこには何通もの“未来の自分からの言葉”が記されていた。

震える指で、一枚目をめくる。
 
「君がこの手紙を見つけた時、まだ何も知らないことを願う。
でも、もし誰かが“いなくなった”と感じたら、思い出してほしい。
それは君がこれから知る“代償”の始まりだ」
 
蓮はごくりと喉を鳴らした。
心臓がどくん、と鼓動を打つのがわかる。

(これ、ほんとに俺が書いたの? いつ? なんのために?)

手紙は続いていた。

「記憶はとても脆い。思い出すことで歪み、忘れることで守られる。
けれど—人を救うたびに、誰かの名前が思い出せなくなる」
 
……意味が、わからない。
人を救う? 誰かの名前?
それはまるで、小説の冒頭のようだった。物語の起点。しかし、自分の人生にそんな劇的な要素はこれまでなかった。


「ねえ、蓮、今日も宿題やるの忘れてたでしょ?」

母の声が階下から届いた。
はっとして、蓮はあわてて手紙を机の引き出しに戻す。
けれど、戻す直前に目に入った一文が、心の奥にこびりつくように残った。
 
「君はこれから選ぶことになる。何を守り、何を失うかを」
 
宿題のページを開いても、文字は頭に入ってこなかった。
窓の外では、あの季節外れのセミがまだ鳴いていた。
 


その夜、夢を見た。

どこか知らない場所で、見知らぬ大人が誰かの名前を叫んでいた。
その声はひどく悲痛で、まるで自分の声のように響いていた。

だが、蓮は夢の中でこう呟いていた。

(誰を呼んでいるんだろう。誰を……?)

目覚めたとき、胸の奥がしんと痛んだ。
涙が頬を伝っていた。
でも、理由はわからなかった。
 


そして朝。
机の上には、開けたはずの引き出しが——固く閉じられていた。
 
「25歳の君へ」
それがすべての始まりだった。
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