40 / 55
第40話「音に溺れて、君を探した」
しおりを挟む
日曜の午前。
東京都内某所にある、完全防音の音楽スタジオ。
天音は、その部屋の中心に立っていた。
緊張で指が冷たくなる。
呼吸が浅い。
喉が、乾く。
目の前の大きな鏡に、
「プロの現場に来たんだ」と言わんばかりの自分が映っていた。
そこへ、ヒールの音が軽やかに響く。
「白石天音さんだよね?」
振り向くと、スラリとした長身の女性がいた。
艶のある黒髪を高く結い上げ、
モード系のファッションをさらりと着こなす彼女。
その隣で少し遅れて入ってきたのは、――真白リオ。
彼女は、17歳。
中学生でオーディションに合格し、すでにCMソングやアニメの主題歌を担当している。
「はじめまして、天音ちゃん。リオって呼んでくれていいよ」
そう言って差し出された手は細くて、指が長く、
しなやかにしっかりしていた。
(……この人、ちゃんと“歌う人”なんだ)
天音は少し躊躇いながらも、手を取った。
「よかったら、今日は一緒にハーモニーの練習しよ。
ユニットって言っても、ボーカルの掛け合いとか意外と難しいから」
明るくて、感じが良い。
でも、その奥にある“自信”が、まぶしかった。
◆
2時間後。
レッスンは続いていた。
ピアノに合わせて、コーラスの練習。
その中でリオの声は、まるで絹のように空間を滑っていく。
一方で、天音はなかなか思うように声が伸びない。
音が届く前に、喉で止まる。
「うーん、そこ、“抜け”が甘いかも。
息の通り道、もっとイメージして」
と、トレーナー。
「そっか、こうかな……?」
と、リオ。
(すごいな……もう、“歌ってる”だけで綺麗)
(私、今なにやってるんだろ……)
どんどん差が広がる気がして、
天音は思わず視線を落とした。
「大丈夫? 天音ちゃん、疲れてない?」
リオが気づいて声をかける。
「無理しなくていいよ。最初は誰でも緊張するし」
「ううん、大丈夫。ありがとう……」
笑ってみせたけれど、心は全然落ち着かなかった。
◆
一方そのころ――
そのスタジオの外にあるカフェテラス。
凛音は、腕を組んでソファに座っていた。
向かいの席には、美沙と由依。
「……で? お前なんでついてきてんの」
凛音の口調はぶっきらぼうだったが、由依は余裕の表情でコーヒーを啜っていた。
「心配なんでしょ? 天音ちゃん」
「……別に」
「ふうん。
でも、さっきから10分おきにスマホ見てるけど?」
「……チェックしてんのは、お前だろ。スケジュール管理で」
「はいはい、言い訳は結構。
……で? 天音ちゃんが、別の女の子とハモってるの、
想像してみてどう?」
その瞬間、凛音の目がピクリと動いた。
「……別に」
「へぇ? でも、顔がちょっと怖いよ?」
凛音は、腕を解いて立ち上がった。
「俺、外の空気吸ってくる」
「……嫉妬って、案外可愛いもんね」
由依は、妹ながら少し微笑ましく思っていた。
◆
夕方。
レッスンが終わり、天音がスタジオを出ると、
道路の反対側に、壁に背を預けて立っている凛音の姿が見えた。
「……凛音?」
天音は小走りで駆け寄る。
「なんで……来てたの?」
「なんとなく」
それだけ言って、視線を合わせようとしない。
(あ……拗ねてる?)
「リオさん、すごく上手だったよ。
声、綺麗で……なんか、羨ましくなっちゃった」
「……だからって、お前の良さが消えたわけじゃねぇ」
ぽつりと、低い声で凛音が言う。
「お前の声、誰よりも俺が知ってる。
誰と組もうが、俺が一番合ってるって分かってるから」
天音は、胸がぎゅっとなった。
(……あ。これって――)
「……凛音、もしかして……」
「してねぇよ」
「まだ何も言ってない!」
「うるせぇ。
嫉妬とか、そういうんじゃねぇ。……ただ、ムカついただけだ」
「それ、嫉妬って言うんだよ」
「じゃあ……そうかもな」
凛音が、ふっと目を逸らす。
その横顔が、妙に愛しくて。
天音は思わず、指先でその頬をつついた。
「……バカ。お前が俺の声、聞いてねぇと、俺が狂いそうになる」
「っ……」
「お前が歌うなら、俺の隣でしか歌わせねぇ。
……勝手に、どっか行くなよ」
天音は、ふるふると笑った。
「分かってる。行かないよ。
だって私、どこまで行っても――“R+T”のTだから」
凛音は、ようやくその場で小さく笑った。
そして、そっと手を差し出す。
「……じゃあ、帰るぞ。俺の“隣”から」
天音は、その手をぎゅっと握った。
(私の声は、凛音となら、きっともっと強くなる)
(だって、あなたが“信じてる”って言ってくれたから)
そして2人は、ゆっくりと駅の方へ歩き出した。
夕焼けが、いつかの初夏の記憶と同じ色で空を染めていた。
【つづく】
東京都内某所にある、完全防音の音楽スタジオ。
天音は、その部屋の中心に立っていた。
緊張で指が冷たくなる。
呼吸が浅い。
喉が、乾く。
目の前の大きな鏡に、
「プロの現場に来たんだ」と言わんばかりの自分が映っていた。
そこへ、ヒールの音が軽やかに響く。
「白石天音さんだよね?」
振り向くと、スラリとした長身の女性がいた。
艶のある黒髪を高く結い上げ、
モード系のファッションをさらりと着こなす彼女。
その隣で少し遅れて入ってきたのは、――真白リオ。
彼女は、17歳。
中学生でオーディションに合格し、すでにCMソングやアニメの主題歌を担当している。
「はじめまして、天音ちゃん。リオって呼んでくれていいよ」
そう言って差し出された手は細くて、指が長く、
しなやかにしっかりしていた。
(……この人、ちゃんと“歌う人”なんだ)
天音は少し躊躇いながらも、手を取った。
「よかったら、今日は一緒にハーモニーの練習しよ。
ユニットって言っても、ボーカルの掛け合いとか意外と難しいから」
明るくて、感じが良い。
でも、その奥にある“自信”が、まぶしかった。
◆
2時間後。
レッスンは続いていた。
ピアノに合わせて、コーラスの練習。
その中でリオの声は、まるで絹のように空間を滑っていく。
一方で、天音はなかなか思うように声が伸びない。
音が届く前に、喉で止まる。
「うーん、そこ、“抜け”が甘いかも。
息の通り道、もっとイメージして」
と、トレーナー。
「そっか、こうかな……?」
と、リオ。
(すごいな……もう、“歌ってる”だけで綺麗)
(私、今なにやってるんだろ……)
どんどん差が広がる気がして、
天音は思わず視線を落とした。
「大丈夫? 天音ちゃん、疲れてない?」
リオが気づいて声をかける。
「無理しなくていいよ。最初は誰でも緊張するし」
「ううん、大丈夫。ありがとう……」
笑ってみせたけれど、心は全然落ち着かなかった。
◆
一方そのころ――
そのスタジオの外にあるカフェテラス。
凛音は、腕を組んでソファに座っていた。
向かいの席には、美沙と由依。
「……で? お前なんでついてきてんの」
凛音の口調はぶっきらぼうだったが、由依は余裕の表情でコーヒーを啜っていた。
「心配なんでしょ? 天音ちゃん」
「……別に」
「ふうん。
でも、さっきから10分おきにスマホ見てるけど?」
「……チェックしてんのは、お前だろ。スケジュール管理で」
「はいはい、言い訳は結構。
……で? 天音ちゃんが、別の女の子とハモってるの、
想像してみてどう?」
その瞬間、凛音の目がピクリと動いた。
「……別に」
「へぇ? でも、顔がちょっと怖いよ?」
凛音は、腕を解いて立ち上がった。
「俺、外の空気吸ってくる」
「……嫉妬って、案外可愛いもんね」
由依は、妹ながら少し微笑ましく思っていた。
◆
夕方。
レッスンが終わり、天音がスタジオを出ると、
道路の反対側に、壁に背を預けて立っている凛音の姿が見えた。
「……凛音?」
天音は小走りで駆け寄る。
「なんで……来てたの?」
「なんとなく」
それだけ言って、視線を合わせようとしない。
(あ……拗ねてる?)
「リオさん、すごく上手だったよ。
声、綺麗で……なんか、羨ましくなっちゃった」
「……だからって、お前の良さが消えたわけじゃねぇ」
ぽつりと、低い声で凛音が言う。
「お前の声、誰よりも俺が知ってる。
誰と組もうが、俺が一番合ってるって分かってるから」
天音は、胸がぎゅっとなった。
(……あ。これって――)
「……凛音、もしかして……」
「してねぇよ」
「まだ何も言ってない!」
「うるせぇ。
嫉妬とか、そういうんじゃねぇ。……ただ、ムカついただけだ」
「それ、嫉妬って言うんだよ」
「じゃあ……そうかもな」
凛音が、ふっと目を逸らす。
その横顔が、妙に愛しくて。
天音は思わず、指先でその頬をつついた。
「……バカ。お前が俺の声、聞いてねぇと、俺が狂いそうになる」
「っ……」
「お前が歌うなら、俺の隣でしか歌わせねぇ。
……勝手に、どっか行くなよ」
天音は、ふるふると笑った。
「分かってる。行かないよ。
だって私、どこまで行っても――“R+T”のTだから」
凛音は、ようやくその場で小さく笑った。
そして、そっと手を差し出す。
「……じゃあ、帰るぞ。俺の“隣”から」
天音は、その手をぎゅっと握った。
(私の声は、凛音となら、きっともっと強くなる)
(だって、あなたが“信じてる”って言ってくれたから)
そして2人は、ゆっくりと駅の方へ歩き出した。
夕焼けが、いつかの初夏の記憶と同じ色で空を染めていた。
【つづく】
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる