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第41話「挑戦の向こう側、私のステージ」
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白石天音は、鏡の前に立っていた。
スタジオの壁一面に貼られた大型ミラーには、
姿勢を正し、息を整えようとする天音の姿が映る。
緊張で、いつもより胸が早く上下していた。
「よし……がんばる、私」
小さく呟いて、自分に気合いを入れる。
今日は、初めてリオとペアで本格的に人前で歌う日。
プロ向けのクローズド音楽イベントであり、関係者だけが集う場とはいえ、
本番のステージに立つのは初めてに等しい。
照明のあたる空間に、一人のシンガーとして立つ。
それが、こんなにも怖くて、でも誇らしいとは思わなかった。
(凛音とじゃない。私一人で――)
(……いや、違う。
リオさんと一緒だけど、“R+T”じゃない、私として)
その瞬間、心の奥に浮かぶのは――
あの時、凛音がかけてくれた言葉だった。
「……行け。俺の知らねぇ景色、見てきていいよ」
あの一言がなかったら、きっと今日の自分はなかった。
今も、足が震えるような不安と戦いながら、
このステージに立つことを決意したのは――
“隣に立ち続けたい”という思いの証。
リオが隣でイヤモニを装着しながら声をかける。
「緊張してる?」
「……うん。めちゃくちゃ」
「大丈夫。
私はもう、天音ちゃんの声、大好きになってるから。
ちゃんと届けて。あなたの、そのままの歌を」
(……そのままの、私)
(そうだよね。私は私のままで、歌いたい)
頷いて、マイクを持つ手に少しだけ力を込めた。
◆
ステージに上がると、空気が変わる。
関係者しかいないはずなのに、
視線の鋭さ、集中力、空気の重さが肌に直接ぶつかってくる。
それでも、天音は一歩、前に出た。
音楽が始まる。
今回は、天音とリオによる掛け合いボーカルのバラード。
パートは交互に回り、ハーモニーが重なっていく構成。
最初の音が、リオの口から放たれる。
柔らかくて、深くて、澄んだ声。
まるで、空に向かって糸を紡ぐような滑らかさ。
(綺麗……)
でも、負けない。
私は――
(“R+T”のTなんだから)
続いて天音のパート。
一瞬、マイクを持つ手が震える。
けれど、覚悟は声になって出た。
その歌声は、まだ未熟で、完璧ではなかったけれど――
真っ直ぐで、温かかった。
何より、その声には「誰かの隣で歌いたい」という強い意志があった。
それは、音楽業界の荒波に慣れきった関係者たちの耳にも届いていた。
ステージが終わると、拍手の中に――息を呑むような静寂があった。
誰もが、“何かが生まれた”ことを感じ取っていた。
◆
イベント後、控室。
美沙がスタッフと談笑しながら現れる。
「お疲れ様。すっごくよかったじゃない、天音ちゃん!」
「え、えへへ……そうですか?」
「うん。今のあなたは、もう“守られる側”じゃなくて“立つ側”。
ちゃんとステージにいた。――一人のアーティストとしてね」
リオも笑顔で天音の肩をポンと叩く。
「正直言うと、今日のステージ……
私、途中で天音ちゃんに引っ張られてた感じした」
「えっ!? う、うそ……」
「ほんと。
歌ってる時の目がすごく強くて、
“ああ、この人はもう誰かの背中を見てるだけの人じゃないんだ”って思った」
天音は思わず、泣きそうになった。
誰かに「認められた」という実感は、
今まで何百回と歌った中でも、今日が初めてだった。
◆
帰り道、リオとは駅で別れた。
「また一緒に歌おうね」と手を振ってくれた彼女は、
もうライバルではなく、”音楽の仲間”になっていた。
そして天音が最寄駅まで帰ってくると――
改札の先に、見慣れた姿が立っていた。
黒のパーカーに、キャップを目深にかぶって、
スマホを片手に持ち、どこか落ち着きなく立っている。
「凛音……!」
天音が呼ぶと、凛音はスマホをしまってこちらを見た。
一言、何も言わず、ただ手を広げた。
天音は、その腕の中に迷わず飛び込んだ。
「ただいま」
「……おかえり」
凛音の手が、天音の髪を優しく撫でる。
「行って、よかっただろ?」
「うん。すごく、すごく怖かったけど――
すごく、すごく嬉しかった」
「ちゃんと、ステージに立ってたな。
……お前の声、ここまで聞こえてきた」
「……え?」
「ずっとイヤホンで中継聴いてた。
……いや、行こうとしたんだけどさ。
なんか、変な顔して見られるのやだったから」
「ふふっ、凛音らしいね」
天音は笑って、顔を上げた。
その目は、どこか決意を宿している。
「ねえ、凛音。
私ね、これからもきっと、迷ったり、戸惑ったりすると思う。
だけど……もう絶対、自分から目を逸らしたくない」
「なら、それでいい。
お前が前見てるなら、俺が隣で支える」
「……ありがとう」
「……それと、ひとつ言っとく。
さっきのお前、最高にかっこよかった」
「えっ」
「アイツと並んでても、何の違和感もなかった。
……俺の自慢だよ。白石天音って女は」
天音の胸が、ドクンと大きく脈打つ。
(ああ、やっぱり――)
(私はこの人の隣に、いたいんだ)
その夜、天音は日記にこう書いた。
「今日、私は“R+TのT”じゃなくて、“白石天音”として歌えた。
でもやっぱり、私は“R+T”が好き。
隣に凛音がいる音が、一番、私らしいと思えるから」
ページを閉じた時、スマホが震えた。
「新規プロジェクト始動のお知らせ」
「R+T、海外音楽フェスより招待オファー」
2人の旅路は、ここからまた、少しだけ大きな世界へと続いていく。
【つづく】
スタジオの壁一面に貼られた大型ミラーには、
姿勢を正し、息を整えようとする天音の姿が映る。
緊張で、いつもより胸が早く上下していた。
「よし……がんばる、私」
小さく呟いて、自分に気合いを入れる。
今日は、初めてリオとペアで本格的に人前で歌う日。
プロ向けのクローズド音楽イベントであり、関係者だけが集う場とはいえ、
本番のステージに立つのは初めてに等しい。
照明のあたる空間に、一人のシンガーとして立つ。
それが、こんなにも怖くて、でも誇らしいとは思わなかった。
(凛音とじゃない。私一人で――)
(……いや、違う。
リオさんと一緒だけど、“R+T”じゃない、私として)
その瞬間、心の奥に浮かぶのは――
あの時、凛音がかけてくれた言葉だった。
「……行け。俺の知らねぇ景色、見てきていいよ」
あの一言がなかったら、きっと今日の自分はなかった。
今も、足が震えるような不安と戦いながら、
このステージに立つことを決意したのは――
“隣に立ち続けたい”という思いの証。
リオが隣でイヤモニを装着しながら声をかける。
「緊張してる?」
「……うん。めちゃくちゃ」
「大丈夫。
私はもう、天音ちゃんの声、大好きになってるから。
ちゃんと届けて。あなたの、そのままの歌を」
(……そのままの、私)
(そうだよね。私は私のままで、歌いたい)
頷いて、マイクを持つ手に少しだけ力を込めた。
◆
ステージに上がると、空気が変わる。
関係者しかいないはずなのに、
視線の鋭さ、集中力、空気の重さが肌に直接ぶつかってくる。
それでも、天音は一歩、前に出た。
音楽が始まる。
今回は、天音とリオによる掛け合いボーカルのバラード。
パートは交互に回り、ハーモニーが重なっていく構成。
最初の音が、リオの口から放たれる。
柔らかくて、深くて、澄んだ声。
まるで、空に向かって糸を紡ぐような滑らかさ。
(綺麗……)
でも、負けない。
私は――
(“R+T”のTなんだから)
続いて天音のパート。
一瞬、マイクを持つ手が震える。
けれど、覚悟は声になって出た。
その歌声は、まだ未熟で、完璧ではなかったけれど――
真っ直ぐで、温かかった。
何より、その声には「誰かの隣で歌いたい」という強い意志があった。
それは、音楽業界の荒波に慣れきった関係者たちの耳にも届いていた。
ステージが終わると、拍手の中に――息を呑むような静寂があった。
誰もが、“何かが生まれた”ことを感じ取っていた。
◆
イベント後、控室。
美沙がスタッフと談笑しながら現れる。
「お疲れ様。すっごくよかったじゃない、天音ちゃん!」
「え、えへへ……そうですか?」
「うん。今のあなたは、もう“守られる側”じゃなくて“立つ側”。
ちゃんとステージにいた。――一人のアーティストとしてね」
リオも笑顔で天音の肩をポンと叩く。
「正直言うと、今日のステージ……
私、途中で天音ちゃんに引っ張られてた感じした」
「えっ!? う、うそ……」
「ほんと。
歌ってる時の目がすごく強くて、
“ああ、この人はもう誰かの背中を見てるだけの人じゃないんだ”って思った」
天音は思わず、泣きそうになった。
誰かに「認められた」という実感は、
今まで何百回と歌った中でも、今日が初めてだった。
◆
帰り道、リオとは駅で別れた。
「また一緒に歌おうね」と手を振ってくれた彼女は、
もうライバルではなく、”音楽の仲間”になっていた。
そして天音が最寄駅まで帰ってくると――
改札の先に、見慣れた姿が立っていた。
黒のパーカーに、キャップを目深にかぶって、
スマホを片手に持ち、どこか落ち着きなく立っている。
「凛音……!」
天音が呼ぶと、凛音はスマホをしまってこちらを見た。
一言、何も言わず、ただ手を広げた。
天音は、その腕の中に迷わず飛び込んだ。
「ただいま」
「……おかえり」
凛音の手が、天音の髪を優しく撫でる。
「行って、よかっただろ?」
「うん。すごく、すごく怖かったけど――
すごく、すごく嬉しかった」
「ちゃんと、ステージに立ってたな。
……お前の声、ここまで聞こえてきた」
「……え?」
「ずっとイヤホンで中継聴いてた。
……いや、行こうとしたんだけどさ。
なんか、変な顔して見られるのやだったから」
「ふふっ、凛音らしいね」
天音は笑って、顔を上げた。
その目は、どこか決意を宿している。
「ねえ、凛音。
私ね、これからもきっと、迷ったり、戸惑ったりすると思う。
だけど……もう絶対、自分から目を逸らしたくない」
「なら、それでいい。
お前が前見てるなら、俺が隣で支える」
「……ありがとう」
「……それと、ひとつ言っとく。
さっきのお前、最高にかっこよかった」
「えっ」
「アイツと並んでても、何の違和感もなかった。
……俺の自慢だよ。白石天音って女は」
天音の胸が、ドクンと大きく脈打つ。
(ああ、やっぱり――)
(私はこの人の隣に、いたいんだ)
その夜、天音は日記にこう書いた。
「今日、私は“R+TのT”じゃなくて、“白石天音”として歌えた。
でもやっぱり、私は“R+T”が好き。
隣に凛音がいる音が、一番、私らしいと思えるから」
ページを閉じた時、スマホが震えた。
「新規プロジェクト始動のお知らせ」
「R+T、海外音楽フェスより招待オファー」
2人の旅路は、ここからまた、少しだけ大きな世界へと続いていく。
【つづく】
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