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第43話「それでも、隣を選ぶ理由」
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桐嶋家のリビングには、重苦しい沈黙が流れていた。
誰かが咳払いをしたわけでもなく、
冷蔵庫のブーンという微かな音すら聞こえるような静寂。
その中心に座っていたのは――凛音。
ソファの中央で腕を組み、斜に構えている。
そして、左右を囲むように座るのは、
例の3人の暴走系姉。
「……つまりさ」
と、美咲が口を開く。
「今度の海外ステージ、あんた一人で行くってわけ?」
「“一人”じゃねぇ。天音と“二人”だ」
「うわー出た! その“隣は天音”感、甘々か!
お姉ちゃん達、うっかり口に糖分溜まったわ!」
「……騒ぐな。会議になんねぇだろ」
次に、由依が冷静に口を挟む。
「空港の送迎は事務所側が手配済み。
現地のスタッフも同行、ホテルも専属付きで安全管理万全。
現地での移動ルートもシミュレーション済み……ふむ、まぁ“危険度A-”ね」
「Aマイナスってなんだよ」
「つまり、私たちが同行すればA++に上がるということ」
「勝手に来んな。いい加減自立しろ、俺から」
すると、今までおとなしくしていた紗奈が、むくりと体を起こす。
「……でもさ……」
凛音が肩をすくめた瞬間、紗奈は一言。
「天音ちゃんが!
外国の男に言い寄られたらどうすんの!?」
「…………」
「すっごい美少女だし、海外の人って積極的じゃん!
“ハローカワイイ、キミはエンジェルデスネ”って言われたら!?
それで“ヒュゥ!”って抱き上げられて、キラッとウインクされたら!?」
「そんなテンプレ漫画みたいな展開あるか……」
「ある!!!」(3姉妹ハモリ)
◆
結果――
「同行はしないが、荷造りは姉3人で担当する」
という謎の合意が成立した。
その夜、凛音の部屋にはスーツケースと、
美沙から届いた「海外遠征用!完全マニュアル冊子」が積まれた。
「なぁ、俺の荷物、スキンケア用品と栄養ドリンクで埋まってんだけど」
「当然でしょ? 海外こそ肌が命」
美咲はきっぱりと言い切る。
「この保湿ミスト、現地じゃ手に入らないんだから。
あと、夜は絶対シルクの枕カバー使って」
「俺は枕より、歌う声帯の方が大事だっつの……」
◆
翌日。天音の家のリビングでも、同じく小さな騒動があった。
父・白石一真、お堅い県庁に勤めているサラリーマン。
母・白石真理、実は元モデルで現在は専業主婦。
「へぇ~。ついにアジア圏ね? いいじゃない。
うちの子、世界デビューじゃない」
と、真理は満足げに笑う。
「安全管理だけは念入りに。
美沙さんのとこなら安心だけど……通訳は?」
「現地の事務所の方がついてくれるって」
「でも、凛音くんも一緒でしょ? それなら安心ね♡」
母の笑みがどこか微妙にズレている気がして、天音はちょっと居心地悪そうに笑った。
(お母さん、凛音くんにだけは異様に甘いよね……)
(お父さんは、凛音くんの前だとちょっと静かになるし)
そういえば、凛音が家に来るたび、
なんとなく空気が“ちょっと高級になる”のは気のせいじゃない。
◆
出発当日。
空港には、美沙の事務所スタッフ、各社のマネージャー、
さらには数人の報道記者までがこっそり集まっていた。
空港の一角で、天音は少し緊張した面持ちでスーツケースを握りしめる。
「……ふぅ。いよいよだ」
凛音が隣に立つ。
「緊張してんのか?」
「うん。少しだけ……でも、大丈夫。
隣に凛音がいてくれたら、それだけで平気」
「そっか。……じゃあ、俺は世界でも最強のセキュリティだな」
天音は小さく笑った。
その瞬間、背後から美咲の叫び声。
「凛音ぉーー! このポーチ忘れてるー!」
「……っ! おい姉ちゃん来てんじゃねぇか!」
「由依が後ろからついて来てる! 紗奈は出国ゲートで待機中!」
「監視体制どんだけだよ!!」
だが、その“いつもの騒がしさ”が、
二人の緊張を和らげてくれていた。
「……さて、行くか」
凛音が手を差し出す。
天音は、その手をぎゅっと握る。
「行こう。
“世界に、二人で歌いに”」
搭乗ゲートの先には、まだ見ぬ景色と、
まだ聞いたことのない拍手が待っている。
そして二人は、ゆっくりと、その第一歩を踏み出した。
【つづく】
誰かが咳払いをしたわけでもなく、
冷蔵庫のブーンという微かな音すら聞こえるような静寂。
その中心に座っていたのは――凛音。
ソファの中央で腕を組み、斜に構えている。
そして、左右を囲むように座るのは、
例の3人の暴走系姉。
「……つまりさ」
と、美咲が口を開く。
「今度の海外ステージ、あんた一人で行くってわけ?」
「“一人”じゃねぇ。天音と“二人”だ」
「うわー出た! その“隣は天音”感、甘々か!
お姉ちゃん達、うっかり口に糖分溜まったわ!」
「……騒ぐな。会議になんねぇだろ」
次に、由依が冷静に口を挟む。
「空港の送迎は事務所側が手配済み。
現地のスタッフも同行、ホテルも専属付きで安全管理万全。
現地での移動ルートもシミュレーション済み……ふむ、まぁ“危険度A-”ね」
「Aマイナスってなんだよ」
「つまり、私たちが同行すればA++に上がるということ」
「勝手に来んな。いい加減自立しろ、俺から」
すると、今までおとなしくしていた紗奈が、むくりと体を起こす。
「……でもさ……」
凛音が肩をすくめた瞬間、紗奈は一言。
「天音ちゃんが!
外国の男に言い寄られたらどうすんの!?」
「…………」
「すっごい美少女だし、海外の人って積極的じゃん!
“ハローカワイイ、キミはエンジェルデスネ”って言われたら!?
それで“ヒュゥ!”って抱き上げられて、キラッとウインクされたら!?」
「そんなテンプレ漫画みたいな展開あるか……」
「ある!!!」(3姉妹ハモリ)
◆
結果――
「同行はしないが、荷造りは姉3人で担当する」
という謎の合意が成立した。
その夜、凛音の部屋にはスーツケースと、
美沙から届いた「海外遠征用!完全マニュアル冊子」が積まれた。
「なぁ、俺の荷物、スキンケア用品と栄養ドリンクで埋まってんだけど」
「当然でしょ? 海外こそ肌が命」
美咲はきっぱりと言い切る。
「この保湿ミスト、現地じゃ手に入らないんだから。
あと、夜は絶対シルクの枕カバー使って」
「俺は枕より、歌う声帯の方が大事だっつの……」
◆
翌日。天音の家のリビングでも、同じく小さな騒動があった。
父・白石一真、お堅い県庁に勤めているサラリーマン。
母・白石真理、実は元モデルで現在は専業主婦。
「へぇ~。ついにアジア圏ね? いいじゃない。
うちの子、世界デビューじゃない」
と、真理は満足げに笑う。
「安全管理だけは念入りに。
美沙さんのとこなら安心だけど……通訳は?」
「現地の事務所の方がついてくれるって」
「でも、凛音くんも一緒でしょ? それなら安心ね♡」
母の笑みがどこか微妙にズレている気がして、天音はちょっと居心地悪そうに笑った。
(お母さん、凛音くんにだけは異様に甘いよね……)
(お父さんは、凛音くんの前だとちょっと静かになるし)
そういえば、凛音が家に来るたび、
なんとなく空気が“ちょっと高級になる”のは気のせいじゃない。
◆
出発当日。
空港には、美沙の事務所スタッフ、各社のマネージャー、
さらには数人の報道記者までがこっそり集まっていた。
空港の一角で、天音は少し緊張した面持ちでスーツケースを握りしめる。
「……ふぅ。いよいよだ」
凛音が隣に立つ。
「緊張してんのか?」
「うん。少しだけ……でも、大丈夫。
隣に凛音がいてくれたら、それだけで平気」
「そっか。……じゃあ、俺は世界でも最強のセキュリティだな」
天音は小さく笑った。
その瞬間、背後から美咲の叫び声。
「凛音ぉーー! このポーチ忘れてるー!」
「……っ! おい姉ちゃん来てんじゃねぇか!」
「由依が後ろからついて来てる! 紗奈は出国ゲートで待機中!」
「監視体制どんだけだよ!!」
だが、その“いつもの騒がしさ”が、
二人の緊張を和らげてくれていた。
「……さて、行くか」
凛音が手を差し出す。
天音は、その手をぎゅっと握る。
「行こう。
“世界に、二人で歌いに”」
搭乗ゲートの先には、まだ見ぬ景色と、
まだ聞いたことのない拍手が待っている。
そして二人は、ゆっくりと、その第一歩を踏み出した。
【つづく】
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