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スピンオフ編【一ノ瀬悠真】:第1話「親友ポジション、以上」
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教室の窓から差し込む午後の光は、春の終わりにしてはまだやわらかい。
昼休みが終わる直前、チャイムが鳴るまでの数分間。
何でもない時間のように見えて、
一ノ瀬悠真は、その短い静寂がやけに心に沁みるのを感じていた。
目の前では、桐嶋凛音が机に頬杖をつきながらスマホをいじっている。
音もなく、しかし確実に何かを見ては小さく口角を上げるその姿に、
悠真は“いつものように”話しかけようとして――やめた。
ここで呼びかければ、凛音は必ず顔を上げる。
「ん?」と聞き返してくれる。
それが、あまりにも自然で、
昔からずっとそうだったから、
それが当たり前になりすぎて、
時々――苦しくなる。
それでも自分は、凛音の“親友ポジション”に居続ける。
ずっと、そこにいると決めたのは、自分だった。
「悠真、次の数学、ノート貸してくれね?」
予想通り、凛音はスマホから目を離し、
手の甲で前髪をかき上げながら、何でもないように言った。
「……またサボってただろ」
「由依姉に提出物チェックされてて、マジで余裕なかったんだって」
「はいはい。俺、家庭教師じゃねぇからな」
「お前はもはや俺の生活指導係だろ。俺の命綱」
「……勝手に殺すな」
笑いながら肩をすくめる凛音に、
悠真は、やっぱりこの距離感が心地いいと思ってしまう。
思ってしまうのが――いちばん苦しい。
◆
放課後。
体育館裏の自販機の前。
飲み物を買ってから、ベンチに座ってぼんやり空を見上げるのが、
悠真のひそかなルーティンになっていた。
少し前まで、ここには凛音もいた。
姉たちから逃げるために。
騒がしいクラスから抜けるために。
誰よりも自由そうな彼が、
唯一“安心できる静かな場所”として選んだのが、
このベンチだった。
けれど最近は――
彼はあまり来ない。
理由は分かっている。
白石天音が転校してきた日から、
凛音の“よりどころ”が、少しずつ変わったのだ。
あの時のことを、悠真は今でもはっきり覚えている。
扉が開いて、担任が「今日から転校生が……」と話す前。
すでに教室の空気が変わったのは、
そこに立った彼女の“気配”のせいだった。
天音の瞳はまっすぐだった。
誰もを包み込むような笑顔。
堂々と自己紹介する声に、教室中がざわめいて。
そのざわめきの中で、
悠真の隣の席で、凛音がふと――止まった。
ほんの一瞬だった。
だが、悠真には分かった。
「……あ、これ、やばいやつかも」
胸の奥で、小さな警報が鳴った気がした。
◆
夜。
自室のベッドの上に寝転がりながら、
天井を見つめる。
机には、開きっぱなしの英語の教科書と、
カーテン越しに揺れる街灯の明かり。
スマホを握ったまま、ふとホーム画面を開くと、
そこには凛音との2ショットが表示されていた。
体育祭の後に、美咲に撮られて強制的に送られたやつだ。
凛音は少し笑っていて、悠真は何も知らないふりをして
“親友らしく”肩を並べている。
あの日のことを思い出す。
凛音が天音のことを「守る」と言った時の顔。
彼女を庇って転びながら、笑った横顔。
――あんな顔、悠真には向けられたことがない。
いや、違う。
似たような顔なら何度も見てきた。
でも、それは**“俺にだけ見せる顔”ではなかった**。
「……俺、何やってんだろ」
つぶやいても、返事はない。
当たり前だ。
この気持ちは、どこにも届かないように、
心の底に沈めたはずだったのに。
それでも、
凛音が自分だけを見てくれた時間を思い出すたびに、
苦しくなる。
怒鳴った時の声。
不意に笑った時の目の細め方。
ふざけあって背中を叩き合った時の温度。
全部、忘れたくないと思ってしまう。
だけど――その全部が、今、
“白石天音”という名前の少女に向かってる。
◆
スマホを伏せ、目を閉じる。
そのまま眠ってしまえば、
この感情も一緒に眠ってくれないかと願いながら。
けれど、
脳裏に浮かぶのは、凛音の声だった。
「お前がいねーと、俺ほんと無理なんだけど」
それは、きっと――
何の意味もない、ただの親しさだったんだ。
それでも。
自分の中でそれが、特別になってしまった。
それが恋だと呼べるか分からない。
だけど、憧れとか、友情とか、
そんな言葉じゃもう片づけられないところまで来てしまった。
「……せめて、このままバレないでくれ」
誰にも。
凛音にも。
天音にも。
夏菜にも。
――特に、夏菜には。
そう思いながら目を閉じたその夜、
スマホには新着メッセージが一件届いていた。
《ねぇ悠真、明日ちょっと話せる?》
差出人は、夏菜だった。
悠真はそれを見て、
そっとスマホを裏返し、
心の奥がじわりと熱くなるのを感じていた。
彼女だけは、
きっと――とっくに知っていたのかもしれない。
昼休みが終わる直前、チャイムが鳴るまでの数分間。
何でもない時間のように見えて、
一ノ瀬悠真は、その短い静寂がやけに心に沁みるのを感じていた。
目の前では、桐嶋凛音が机に頬杖をつきながらスマホをいじっている。
音もなく、しかし確実に何かを見ては小さく口角を上げるその姿に、
悠真は“いつものように”話しかけようとして――やめた。
ここで呼びかければ、凛音は必ず顔を上げる。
「ん?」と聞き返してくれる。
それが、あまりにも自然で、
昔からずっとそうだったから、
それが当たり前になりすぎて、
時々――苦しくなる。
それでも自分は、凛音の“親友ポジション”に居続ける。
ずっと、そこにいると決めたのは、自分だった。
「悠真、次の数学、ノート貸してくれね?」
予想通り、凛音はスマホから目を離し、
手の甲で前髪をかき上げながら、何でもないように言った。
「……またサボってただろ」
「由依姉に提出物チェックされてて、マジで余裕なかったんだって」
「はいはい。俺、家庭教師じゃねぇからな」
「お前はもはや俺の生活指導係だろ。俺の命綱」
「……勝手に殺すな」
笑いながら肩をすくめる凛音に、
悠真は、やっぱりこの距離感が心地いいと思ってしまう。
思ってしまうのが――いちばん苦しい。
◆
放課後。
体育館裏の自販機の前。
飲み物を買ってから、ベンチに座ってぼんやり空を見上げるのが、
悠真のひそかなルーティンになっていた。
少し前まで、ここには凛音もいた。
姉たちから逃げるために。
騒がしいクラスから抜けるために。
誰よりも自由そうな彼が、
唯一“安心できる静かな場所”として選んだのが、
このベンチだった。
けれど最近は――
彼はあまり来ない。
理由は分かっている。
白石天音が転校してきた日から、
凛音の“よりどころ”が、少しずつ変わったのだ。
あの時のことを、悠真は今でもはっきり覚えている。
扉が開いて、担任が「今日から転校生が……」と話す前。
すでに教室の空気が変わったのは、
そこに立った彼女の“気配”のせいだった。
天音の瞳はまっすぐだった。
誰もを包み込むような笑顔。
堂々と自己紹介する声に、教室中がざわめいて。
そのざわめきの中で、
悠真の隣の席で、凛音がふと――止まった。
ほんの一瞬だった。
だが、悠真には分かった。
「……あ、これ、やばいやつかも」
胸の奥で、小さな警報が鳴った気がした。
◆
夜。
自室のベッドの上に寝転がりながら、
天井を見つめる。
机には、開きっぱなしの英語の教科書と、
カーテン越しに揺れる街灯の明かり。
スマホを握ったまま、ふとホーム画面を開くと、
そこには凛音との2ショットが表示されていた。
体育祭の後に、美咲に撮られて強制的に送られたやつだ。
凛音は少し笑っていて、悠真は何も知らないふりをして
“親友らしく”肩を並べている。
あの日のことを思い出す。
凛音が天音のことを「守る」と言った時の顔。
彼女を庇って転びながら、笑った横顔。
――あんな顔、悠真には向けられたことがない。
いや、違う。
似たような顔なら何度も見てきた。
でも、それは**“俺にだけ見せる顔”ではなかった**。
「……俺、何やってんだろ」
つぶやいても、返事はない。
当たり前だ。
この気持ちは、どこにも届かないように、
心の底に沈めたはずだったのに。
それでも、
凛音が自分だけを見てくれた時間を思い出すたびに、
苦しくなる。
怒鳴った時の声。
不意に笑った時の目の細め方。
ふざけあって背中を叩き合った時の温度。
全部、忘れたくないと思ってしまう。
だけど――その全部が、今、
“白石天音”という名前の少女に向かってる。
◆
スマホを伏せ、目を閉じる。
そのまま眠ってしまえば、
この感情も一緒に眠ってくれないかと願いながら。
けれど、
脳裏に浮かぶのは、凛音の声だった。
「お前がいねーと、俺ほんと無理なんだけど」
それは、きっと――
何の意味もない、ただの親しさだったんだ。
それでも。
自分の中でそれが、特別になってしまった。
それが恋だと呼べるか分からない。
だけど、憧れとか、友情とか、
そんな言葉じゃもう片づけられないところまで来てしまった。
「……せめて、このままバレないでくれ」
誰にも。
凛音にも。
天音にも。
夏菜にも。
――特に、夏菜には。
そう思いながら目を閉じたその夜、
スマホには新着メッセージが一件届いていた。
《ねぇ悠真、明日ちょっと話せる?》
差出人は、夏菜だった。
悠真はそれを見て、
そっとスマホを裏返し、
心の奥がじわりと熱くなるのを感じていた。
彼女だけは、
きっと――とっくに知っていたのかもしれない。
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