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スピンオフ編【一ノ瀬悠真】:第2話『視線の先がズレている』
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春の空気は、いつもより重たかった。
吹き抜ける風にほんのりと湿気が混じり始め、
日差しは暖かいのに、どうにも胸の奥がもたつくような感覚がある。
一ノ瀬悠真は、廊下の窓辺に寄りかかりながら、
ぼんやりと中庭を歩く桐嶋凛音と白石天音の背中を見つめていた。
ふたりの間には、特別な距離があった。
詰められるようで詰めきれない。
でも、どちらもその空間に不自然さを感じていないようで――
それがまた、悠真の胸をざらつかせた。
(あいつ……完全に“変わった”な)
良くも悪くも、凛音は天音の前でだけ妙に“人間味”を出す。
いつもなら他人には見せないような表情や、語尾の柔らかさ、
そして時々見せる、無防備なほどの笑顔。
そういうものを、悠真は“ずっと自分だけが見てきた”と――
どこかで思い込んでいた。
(違うんだな。もう、あいつの“特別”は、俺じゃない)
ガラス越しに見えるふたりは、
まるで映画のワンシーンみたいに絵になっていた。
天音は時折くるりと振り向きながら話し、
凛音は片手をポケットに入れたまま、それを聞いている。
自然体なのに、誰よりも“カップル然”としているその雰囲気が、
悠真にはどこか痛々しかった。
隣で気配がして、
「……おはよ、悠真」
と声をかけたのは夏菜だった。
悠真は少しだけ顔を傾け、
「おう」とだけ返した。
それ以上の言葉を探す余裕がなかった。
◆
午前の授業が終わり、昼休み。
悠真は教室に戻らず、裏庭のベンチでパンをかじっていた。
ひとりで過ごすには、ここが一番落ち着く。
誰にも“何も思われない”空間が心地よかった。
「……やっぱり、いた」
声と共にベンチが沈み、夏菜が隣に腰かけた。
彼女は紙パックのジュースを手に持ち、
それをくるくると回しながら視線を遠くにやった。
「今日、やけに真剣に見てたよね。凛音と天音」
悠真の手が、ぴたりと止まる。
「……見てたって、別に……」
「うん、いいよ。誤魔化さなくて」
夏菜は穏やかに笑った。
いつもなら冗談めかして突っついてくるのに、今日はやけに静かだ。
「私ね、ずっと前から思ってたんだ」
「お前って、凛音のこと見るとき――天音のこと見るより、目が深くなるよね」
「……は?」
「ほら、普通さ。好きな子見るときって、ちょっとドキドキしてる感じの目になるじゃん」
「でも悠真は違うの。凛音を見てるとき、なんかね――懐かしそうなんだよ」
悠真は、言葉を返せなかった。
目の奥が熱くなって、喉の奥が焼けるようだった。
「……バレてたのかよ」
ぽつりと漏れたその言葉に、
夏菜は少しだけ口元を緩めた。
「たぶん、他の子にはわかんないよ。
でも私、昔から“片想いする側”だったからさ。
そういう目線には、ちょっと敏感なの」
「天音のこと、好きなんだと思ってた」
「私も最初はそう思ってたよ。
でも見てるうちに気づいた。
天音を見てる悠真って、ちょっとだけ“羨ましそう”なんだよね」
悠真は言葉を失ったまま、ジュースのストローを持つ手を見つめた。
手の中がじんわりと汗ばんでいる。
「俺……」
やっと絞り出した声は、ひどく掠れていた。
「好きって言っていいのかもわかんない。
でも……凛音のこと、見てると、胸が痛くなるんだ」
「だから、たぶん……そうなんだと思う」
夏菜は黙って頷いた。
何も否定しない。ただ、そこにいてくれる。
「俺が男だからとか、
あいつが親友だからとか、
そういうのじゃなくて……
あいつが、俺を必要としてくれてた時間が、
たぶん俺の一番――大事な居場所だった」
「それが、あの子に変わってくのが、
なんかもう……仕方ないって分かってても、無理なんだよ」
「……無理って思っちゃう自分が、最低だって思ってる」
夏菜は、そっと手を伸ばして、悠真の肩をぽんと叩いた。
「最低じゃないよ」
「ちゃんと、好きだったんだね」
その言葉に、悠真は初めて“胸の奥にあった感情”に触れられた気がした。
名前がなかった想いに、
誰かがそっと光を当ててくれたような――そんな感覚だった。
◆
昼休みが終わる頃、二人は並んで教室へ戻った。
誰にも気づかれず、誰にも知られず、
まるで何事もなかったかのように。
でも、悠真の胸の中では、
確かに何かが変わり始めていた。
夏菜は、前を歩く凛音と天音を一瞥してから、
「次の英語、寝たら殺すから」とだけ言った。
「……はいはい」
悠真はそう返しながら、
窓の外にいる凛音の姿を、
今度は“親友の目”ではなく、
“終わらせるための目”で見つめていた。
吹き抜ける風にほんのりと湿気が混じり始め、
日差しは暖かいのに、どうにも胸の奥がもたつくような感覚がある。
一ノ瀬悠真は、廊下の窓辺に寄りかかりながら、
ぼんやりと中庭を歩く桐嶋凛音と白石天音の背中を見つめていた。
ふたりの間には、特別な距離があった。
詰められるようで詰めきれない。
でも、どちらもその空間に不自然さを感じていないようで――
それがまた、悠真の胸をざらつかせた。
(あいつ……完全に“変わった”な)
良くも悪くも、凛音は天音の前でだけ妙に“人間味”を出す。
いつもなら他人には見せないような表情や、語尾の柔らかさ、
そして時々見せる、無防備なほどの笑顔。
そういうものを、悠真は“ずっと自分だけが見てきた”と――
どこかで思い込んでいた。
(違うんだな。もう、あいつの“特別”は、俺じゃない)
ガラス越しに見えるふたりは、
まるで映画のワンシーンみたいに絵になっていた。
天音は時折くるりと振り向きながら話し、
凛音は片手をポケットに入れたまま、それを聞いている。
自然体なのに、誰よりも“カップル然”としているその雰囲気が、
悠真にはどこか痛々しかった。
隣で気配がして、
「……おはよ、悠真」
と声をかけたのは夏菜だった。
悠真は少しだけ顔を傾け、
「おう」とだけ返した。
それ以上の言葉を探す余裕がなかった。
◆
午前の授業が終わり、昼休み。
悠真は教室に戻らず、裏庭のベンチでパンをかじっていた。
ひとりで過ごすには、ここが一番落ち着く。
誰にも“何も思われない”空間が心地よかった。
「……やっぱり、いた」
声と共にベンチが沈み、夏菜が隣に腰かけた。
彼女は紙パックのジュースを手に持ち、
それをくるくると回しながら視線を遠くにやった。
「今日、やけに真剣に見てたよね。凛音と天音」
悠真の手が、ぴたりと止まる。
「……見てたって、別に……」
「うん、いいよ。誤魔化さなくて」
夏菜は穏やかに笑った。
いつもなら冗談めかして突っついてくるのに、今日はやけに静かだ。
「私ね、ずっと前から思ってたんだ」
「お前って、凛音のこと見るとき――天音のこと見るより、目が深くなるよね」
「……は?」
「ほら、普通さ。好きな子見るときって、ちょっとドキドキしてる感じの目になるじゃん」
「でも悠真は違うの。凛音を見てるとき、なんかね――懐かしそうなんだよ」
悠真は、言葉を返せなかった。
目の奥が熱くなって、喉の奥が焼けるようだった。
「……バレてたのかよ」
ぽつりと漏れたその言葉に、
夏菜は少しだけ口元を緩めた。
「たぶん、他の子にはわかんないよ。
でも私、昔から“片想いする側”だったからさ。
そういう目線には、ちょっと敏感なの」
「天音のこと、好きなんだと思ってた」
「私も最初はそう思ってたよ。
でも見てるうちに気づいた。
天音を見てる悠真って、ちょっとだけ“羨ましそう”なんだよね」
悠真は言葉を失ったまま、ジュースのストローを持つ手を見つめた。
手の中がじんわりと汗ばんでいる。
「俺……」
やっと絞り出した声は、ひどく掠れていた。
「好きって言っていいのかもわかんない。
でも……凛音のこと、見てると、胸が痛くなるんだ」
「だから、たぶん……そうなんだと思う」
夏菜は黙って頷いた。
何も否定しない。ただ、そこにいてくれる。
「俺が男だからとか、
あいつが親友だからとか、
そういうのじゃなくて……
あいつが、俺を必要としてくれてた時間が、
たぶん俺の一番――大事な居場所だった」
「それが、あの子に変わってくのが、
なんかもう……仕方ないって分かってても、無理なんだよ」
「……無理って思っちゃう自分が、最低だって思ってる」
夏菜は、そっと手を伸ばして、悠真の肩をぽんと叩いた。
「最低じゃないよ」
「ちゃんと、好きだったんだね」
その言葉に、悠真は初めて“胸の奥にあった感情”に触れられた気がした。
名前がなかった想いに、
誰かがそっと光を当ててくれたような――そんな感覚だった。
◆
昼休みが終わる頃、二人は並んで教室へ戻った。
誰にも気づかれず、誰にも知られず、
まるで何事もなかったかのように。
でも、悠真の胸の中では、
確かに何かが変わり始めていた。
夏菜は、前を歩く凛音と天音を一瞥してから、
「次の英語、寝たら殺すから」とだけ言った。
「……はいはい」
悠真はそう返しながら、
窓の外にいる凛音の姿を、
今度は“親友の目”ではなく、
“終わらせるための目”で見つめていた。
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