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スピンオフ編【一ノ瀬悠真】:第3話「気づいてしまった側の孤独」
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誰にも言えないことって、
たいてい、誰かに気づかれている。
そういうのを、夏菜は昔からよく知っていた。
人の目線。
言葉の抑揚。
沈黙の質。
一瞬のため息の深さ。
たったそれだけで、
「この人は、何かを抱えてるな」って察する感覚。
それは特技でも才能でもなく、
ただ――“誰にも気づかれなかった子ども時代”の後遺症みたいなものだった。
だからこそ。
悠真が誰にも見せない顔で、
凛音を見つめるたび、
夏菜の胸には、静かな痛みが走った。
◆
「夏菜~、明日さ、クラスで集まりあるって知ってた?」
放課後、天音がスキップ混じりに駆け寄ってくる。
相変わらず、ふわふわした笑顔。
風に揺れる長い髪に、男子たちが廊下からちらちら視線を寄越している。
天音はそれに気づいていない。
いや、気づいていても気にしていないのかもしれない。
「知ってるよ。担任が言ってた」
「悠真くんも来るかな? なんか最近ちょっと元気ないよね?」
――その言葉に、夏菜の指先がわずかに震える。
「……うん。そうだね。気づいてたんだ」
「うん。だって、いつもより“静かに優しい”もん」
天音はまっすぐな目でそう言った。
その目には、濁りがない。
裏がない。
どこまでもまっすぐで、だからこそ――残酷なほど、優しい。
「凛音くんのこと、悠真くん……すごく大事にしてるでしょ?」
その言葉に、夏菜は返事をしなかった。
だってそれは、天音が“気づいてないフリをしてる”ことを証明してしまうから。
そして、彼女自身がその関係の真ん中にいることを知ってしまうから。
「……ねえ、天音。あんたってさ」
「もしさ、凛音が誰かを好きだって言ったら、どうする?」
「え? え? 誰? 誰? ってなるよね!」
笑う天音に、夏菜も思わず吹き出した。
「ほんと、あんたってさ……罪だよ」
「えー? なんか私、悪いことした?」
「してない。……してないけどさ。ちょっとくらいは、自覚しなよ」
◆
その夜。
夏菜は、自分の部屋でスマホをいじっていた。
チャットアプリを開いて、
一度、悠真とのトーク欄を開き、何も書かずに閉じる。
書くべき言葉が、わからなかった。
「“気づいた側”は、黙ってなきゃいけない」って、
いつからか、そんなルールが心にあった。
告げることで、相手を傷つけてしまうくらいなら。
気づいてないフリを続ける方が、ずっと優しい――って。
でも本当は、それって
“逃げ”なんだと思う。
悠真の中にある気持ちを、
ちゃんと見てしまった自分が、
どこかで怖がってる。
だって。
悠真が凛音を好きだというその現実を、
ちゃんと認めてしまったら――
自分が、その“隙間”に入り込める余地なんて、
永遠になくなってしまう気がしたから。
(でも)
(それでも、私は……)
手を止めていた指が、ゆっくりと動き出す。
《ねぇ悠真、明日ちょっと話せる?》
◆
翌朝。
校門前で待ち合わせた悠真は、
やけに静かな顔をしていた。
夏菜は、何も言わずに歩き出す。
二人で学校の裏の桜並木を抜ける。
季節はもう、初夏に近い。
なのに、風はまだどこか冷たい。
「昨日、いろいろ考えた」
「……俺、自分が思ってたより、凛音のこと……大事だったんだなって」
悠真の言葉に、夏菜はうなずく。
「うん。気づいてたよ」
「でも、大事ってだけじゃないでしょ」
悠真は立ち止まり、
少しだけ笑った。
ほんの少し、涙が混じるような、微かな笑顔だった。
「……うん。たぶん、好きだったんだと思う」
「でも、それを言葉にしたら……もう戻れなくなる気がして。
親友って関係すら、壊れそうで、怖かった」
「わかるよ。壊したくないって思うほど、苦しくなることってあるよね」
「うん……ありがとう」
その“ありがとう”は、
夏菜に対するものなのか、
気づいてくれた誰かに対するものなのか、
自分を認めた自分に対するものなのか――分からなかった。
けれどその瞬間、
ふたりの間に流れた空気は、
言葉では形にできないほど――やさしかった。
たいてい、誰かに気づかれている。
そういうのを、夏菜は昔からよく知っていた。
人の目線。
言葉の抑揚。
沈黙の質。
一瞬のため息の深さ。
たったそれだけで、
「この人は、何かを抱えてるな」って察する感覚。
それは特技でも才能でもなく、
ただ――“誰にも気づかれなかった子ども時代”の後遺症みたいなものだった。
だからこそ。
悠真が誰にも見せない顔で、
凛音を見つめるたび、
夏菜の胸には、静かな痛みが走った。
◆
「夏菜~、明日さ、クラスで集まりあるって知ってた?」
放課後、天音がスキップ混じりに駆け寄ってくる。
相変わらず、ふわふわした笑顔。
風に揺れる長い髪に、男子たちが廊下からちらちら視線を寄越している。
天音はそれに気づいていない。
いや、気づいていても気にしていないのかもしれない。
「知ってるよ。担任が言ってた」
「悠真くんも来るかな? なんか最近ちょっと元気ないよね?」
――その言葉に、夏菜の指先がわずかに震える。
「……うん。そうだね。気づいてたんだ」
「うん。だって、いつもより“静かに優しい”もん」
天音はまっすぐな目でそう言った。
その目には、濁りがない。
裏がない。
どこまでもまっすぐで、だからこそ――残酷なほど、優しい。
「凛音くんのこと、悠真くん……すごく大事にしてるでしょ?」
その言葉に、夏菜は返事をしなかった。
だってそれは、天音が“気づいてないフリをしてる”ことを証明してしまうから。
そして、彼女自身がその関係の真ん中にいることを知ってしまうから。
「……ねえ、天音。あんたってさ」
「もしさ、凛音が誰かを好きだって言ったら、どうする?」
「え? え? 誰? 誰? ってなるよね!」
笑う天音に、夏菜も思わず吹き出した。
「ほんと、あんたってさ……罪だよ」
「えー? なんか私、悪いことした?」
「してない。……してないけどさ。ちょっとくらいは、自覚しなよ」
◆
その夜。
夏菜は、自分の部屋でスマホをいじっていた。
チャットアプリを開いて、
一度、悠真とのトーク欄を開き、何も書かずに閉じる。
書くべき言葉が、わからなかった。
「“気づいた側”は、黙ってなきゃいけない」って、
いつからか、そんなルールが心にあった。
告げることで、相手を傷つけてしまうくらいなら。
気づいてないフリを続ける方が、ずっと優しい――って。
でも本当は、それって
“逃げ”なんだと思う。
悠真の中にある気持ちを、
ちゃんと見てしまった自分が、
どこかで怖がってる。
だって。
悠真が凛音を好きだというその現実を、
ちゃんと認めてしまったら――
自分が、その“隙間”に入り込める余地なんて、
永遠になくなってしまう気がしたから。
(でも)
(それでも、私は……)
手を止めていた指が、ゆっくりと動き出す。
《ねぇ悠真、明日ちょっと話せる?》
◆
翌朝。
校門前で待ち合わせた悠真は、
やけに静かな顔をしていた。
夏菜は、何も言わずに歩き出す。
二人で学校の裏の桜並木を抜ける。
季節はもう、初夏に近い。
なのに、風はまだどこか冷たい。
「昨日、いろいろ考えた」
「……俺、自分が思ってたより、凛音のこと……大事だったんだなって」
悠真の言葉に、夏菜はうなずく。
「うん。気づいてたよ」
「でも、大事ってだけじゃないでしょ」
悠真は立ち止まり、
少しだけ笑った。
ほんの少し、涙が混じるような、微かな笑顔だった。
「……うん。たぶん、好きだったんだと思う」
「でも、それを言葉にしたら……もう戻れなくなる気がして。
親友って関係すら、壊れそうで、怖かった」
「わかるよ。壊したくないって思うほど、苦しくなることってあるよね」
「うん……ありがとう」
その“ありがとう”は、
夏菜に対するものなのか、
気づいてくれた誰かに対するものなのか、
自分を認めた自分に対するものなのか――分からなかった。
けれどその瞬間、
ふたりの間に流れた空気は、
言葉では形にできないほど――やさしかった。
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