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スピンオフ編【一ノ瀬悠真】:第4話「何も知らないフリをする勇気」
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「お前は、変わらないな」
ふと、そう言ったのは、いつだったか。
凛音がぽつりと呟いた一言。
それは、褒め言葉だったのか、
それともただの事実を述べたに過ぎなかったのか。
だけど、悠真の心には確かに残った。
変わらない。
変わらなかった。
そして――変われなかった。
それは、親友として隣に居続けるために、
“好き”という気持ちをずっと心の底に閉じ込めていた結果だった。
それがどれほど臆病で、
どれほど不誠実だったかなんて、
分かっていた。
それでも、変わることは怖かった。
◆
午後の体育館は、次の体育祭に向けた練習でざわめいていた。
クラス対抗リレーのメンバー表が貼り出され、
夏菜と悠真は、二人でベンチに腰かけてその紙を眺めていた。
「ま、妥当だね」
「お前も走るんだろ?」
「うん、三番手。悠真が四番、アンカーは凛音……でしょ?」
「だな。あいつ、こういうときだけ全力出すからな」
「“目立ちたくない”って言って、めちゃくちゃ目立ってんの、ウケるよね」
クスクス笑う夏菜に、
悠真も思わず口元を緩めた。
その瞬間だけ、世界は優しかった。
言わなければ、壊れない。
気づかないフリをすれば、いまの関係は守れる。
そう思っていた。
だけど――
「ねぇ、悠真」
夏菜がふいに、まっすぐな目でこちらを見た。
「いつまで“知らないふり”するつもり?」
「……え?」
「凛音のこと。天音のこと。
そして、自分のこと――」
悠真は言葉を失った。
足元の床がゆらいだように感じた。
「私は、全部知ってるよ」
「でも、私は何も言わない。
それが今、悠真にとって一番“優しい”って分かってるから」
「だけど、私は――いつか言ってほしい」
「ちゃんと、“好き”だったって。
そう言えたら、悠真はもっと強くなれるから」
夏菜の言葉は、柔らかかった。
でも、その奥には確かな意志があった。
「今は、それが無理でもいいよ。
でも、いつか。いつかちゃんと、自分の気持ちを抱きしめてあげて」
「私の前なら、それしてもいいから」
悠真は、静かに目を伏せた。
言葉が、胸の奥から出てこなかった。
ただ、心が熱くて、泣きそうだった。
◆
その日の夜、悠真は机の前に座ったまま、ずっと窓の外を眺めていた。
部屋の灯りは消してある。
カーテンの隙間から入ってくる月明かりだけが、
静かに机の上を照らしていた。
スマホの通知は何度も鳴った。
グループチャット。
担任の連絡。
そして――凛音からのメッセージ。
《明日、体育祭の練習。お前、夏菜とバトン渡すんだろ? 頼んだぞ》
悠真はそのメッセージを見つめたまま、そっとスマホを伏せた。
変わらないフリ。
知らないフリ。
何も感じてないフリ。
その全部を、誰よりも近くで見抜いてくれたのは、夏菜だった。
(ありがとう、夏菜)
心の中でそう呟いた。
それだけで、少しだけ呼吸が楽になった。
それでも、やっぱり――
今はまだ、言えない。
“好きだった”という言葉を口にするには、
まだ自分は、ずっと臆病すぎた。
◆
次の日の放課後。
グラウンドで、悠真は夏菜と向かい合って立っていた。
バトンの受け渡し練習。
でもそれは、単なるリレーの動作練習じゃなかった。
「手の感覚、ちゃんと覚えておいてね」
「私から渡すんじゃなくて、悠真が“受け取る”の。
それができたら、うまく繋がるから」
バトンを握った夏菜の手が、まっすぐに差し出された。
悠真は、それを両手で包むように受け取った。
その手の温かさが、
凛音の肩を抱いた時とは、まったく違っていた。
でも――これはこれで、悪くなかった。
ふと、そう言ったのは、いつだったか。
凛音がぽつりと呟いた一言。
それは、褒め言葉だったのか、
それともただの事実を述べたに過ぎなかったのか。
だけど、悠真の心には確かに残った。
変わらない。
変わらなかった。
そして――変われなかった。
それは、親友として隣に居続けるために、
“好き”という気持ちをずっと心の底に閉じ込めていた結果だった。
それがどれほど臆病で、
どれほど不誠実だったかなんて、
分かっていた。
それでも、変わることは怖かった。
◆
午後の体育館は、次の体育祭に向けた練習でざわめいていた。
クラス対抗リレーのメンバー表が貼り出され、
夏菜と悠真は、二人でベンチに腰かけてその紙を眺めていた。
「ま、妥当だね」
「お前も走るんだろ?」
「うん、三番手。悠真が四番、アンカーは凛音……でしょ?」
「だな。あいつ、こういうときだけ全力出すからな」
「“目立ちたくない”って言って、めちゃくちゃ目立ってんの、ウケるよね」
クスクス笑う夏菜に、
悠真も思わず口元を緩めた。
その瞬間だけ、世界は優しかった。
言わなければ、壊れない。
気づかないフリをすれば、いまの関係は守れる。
そう思っていた。
だけど――
「ねぇ、悠真」
夏菜がふいに、まっすぐな目でこちらを見た。
「いつまで“知らないふり”するつもり?」
「……え?」
「凛音のこと。天音のこと。
そして、自分のこと――」
悠真は言葉を失った。
足元の床がゆらいだように感じた。
「私は、全部知ってるよ」
「でも、私は何も言わない。
それが今、悠真にとって一番“優しい”って分かってるから」
「だけど、私は――いつか言ってほしい」
「ちゃんと、“好き”だったって。
そう言えたら、悠真はもっと強くなれるから」
夏菜の言葉は、柔らかかった。
でも、その奥には確かな意志があった。
「今は、それが無理でもいいよ。
でも、いつか。いつかちゃんと、自分の気持ちを抱きしめてあげて」
「私の前なら、それしてもいいから」
悠真は、静かに目を伏せた。
言葉が、胸の奥から出てこなかった。
ただ、心が熱くて、泣きそうだった。
◆
その日の夜、悠真は机の前に座ったまま、ずっと窓の外を眺めていた。
部屋の灯りは消してある。
カーテンの隙間から入ってくる月明かりだけが、
静かに机の上を照らしていた。
スマホの通知は何度も鳴った。
グループチャット。
担任の連絡。
そして――凛音からのメッセージ。
《明日、体育祭の練習。お前、夏菜とバトン渡すんだろ? 頼んだぞ》
悠真はそのメッセージを見つめたまま、そっとスマホを伏せた。
変わらないフリ。
知らないフリ。
何も感じてないフリ。
その全部を、誰よりも近くで見抜いてくれたのは、夏菜だった。
(ありがとう、夏菜)
心の中でそう呟いた。
それだけで、少しだけ呼吸が楽になった。
それでも、やっぱり――
今はまだ、言えない。
“好きだった”という言葉を口にするには、
まだ自分は、ずっと臆病すぎた。
◆
次の日の放課後。
グラウンドで、悠真は夏菜と向かい合って立っていた。
バトンの受け渡し練習。
でもそれは、単なるリレーの動作練習じゃなかった。
「手の感覚、ちゃんと覚えておいてね」
「私から渡すんじゃなくて、悠真が“受け取る”の。
それができたら、うまく繋がるから」
バトンを握った夏菜の手が、まっすぐに差し出された。
悠真は、それを両手で包むように受け取った。
その手の温かさが、
凛音の肩を抱いた時とは、まったく違っていた。
でも――これはこれで、悪くなかった。
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