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スピンオフ編【一ノ瀬悠真】:第5話「誰の隣にもなれない日」
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「位置について――よーい!」
ピストルの音と同時に砂煙が舞い上がり、グラウンド中の歓声が揺れる。
悠真の視界の先、白いラインの上を全力で駆ける夏菜の背中が見えた。
長い髪が風に舞い、リズム良く踏みしめられるステップに力強さが宿る。
それはもう、悠真にとって“ただの同級生”という言葉では括れない存在になっていた。
バトンの受け渡し地点。
瞬き一つせず、足元を見つめる。
夏菜が駆け寄ってきて、声にならない呼吸とともに手が伸びた。
――ちゃんと、受け取る。
それが彼女との約束だった。
手と手が触れ、バトンが滑り込む。
次の瞬間、悠真は全力で駆け出した。
耳の中で風の音がうなる。
沿道から聞こえる声援。
どこかで叫んでいる凛音の声も、天音の声も聞こえる気がした。
でも今は、振り返らない。
このバトンを、次に繋ぐためだけに走る。
それだけを考えていた。
◆
走り終えたあとの静寂。
太陽の下、身体中から汗が噴き出してくる。
「お疲れー! 悠真、めっちゃ速かった!」
振り返ると、夏菜が大きく手を振って笑っていた。
「お前もな。俺より良いスタート切ってたじゃん」
「へへっ、褒められた~!」
屈託のない笑顔。
少し日焼けした頬。
砂埃で汚れた靴。
こんなにも隣で笑ってくれる人がいるのに、
心のどこかで、悠真は別の何かを探してしまっている。
視線の先。
凛音と天音が、クラスの仲間たちに囲まれていた。
勝利の歓喜。
写真撮影。
手を取り合って笑い合う姿。
どこを切り取っても、まるで“物語の主人公たち”みたいだった。
自分は、その輪の外。
けっして入り込めない場所。
気づかれずに傍にいて、
気づいてほしいとも願えずにいた日々の延長線上に、
いまの自分がいた。
◆
昼休憩のテントの中。
クラスごとの敷物の上で、皆が弁当を広げている。
悠真は一人、ペットボトルのお茶を飲みながら遠くの空を見ていた。
「隣、いい?」
声をかけてきたのは、やっぱり夏菜だった。
「どーせ一人で陰キャ飯するんだろうと思ってさ。
ちゃんと褒めてあげに来たんだから、感謝しなよ?」
「……誰が陰キャだ」
「違うの? じゃあ、なに? “影の実力者系男子”?」
悠真は少しだけ笑った。
ほんの少し、ほっとするような笑い。
夏菜は、その笑いを見ると、何も言わずに同じ方向を見つめた。
「ねぇ」
「“誰かの隣”って、タイミングだと思うんだよね」
「好きとか嫌いとかじゃなくて、その瞬間、誰と一緒にいたいかってこと」
「それが“恋”になるか、“友情”になるかは、そのあとに決まる」
悠真は、そっと目を伏せた。
夏菜の言葉は、いつもやさしくて、でもまっすぐだった。
「私はね、今こうして悠真の隣にいることを、“悪くない”って思ってる」
「凛音の隣じゃなくてもいいって、自分に言い聞かせてるだけかもしれないけど」
その言葉に、悠真はハッとする。
気づいた。
彼女もまた――同じような痛みを抱えていた。
誰かを想いながら、別の誰かの“隣”を選ぶしかなかった人間の、
静かな諦めと、それでも一緒にいたいという願い。
それは、悠真自身がいちばん理解できる感情だった。
◆
午後の種目が始まり、いよいよリレーの決勝。
凛音がアンカーで走る。
空気が、張り詰める。
彼がスタート位置に立つだけで、全体がどよめく。
母・美沙が連れてきたスタッフたちは、最前列でカメラを構えている。
三姉妹たちは校舎の屋上から旗を振って叫んでいた。
その中で、天音が応援席の中央で手を合わせていた。
「がんばれ……凛音くん……!」
その小さな声を、悠真は聞いた。
聞いてしまった。
その瞬間、胸の中に、針を刺されたような感覚が走った。
(やっぱり、あいつの隣は……俺じゃなかった)
◆
リレーは凛音の圧勝で幕を下ろす。
歓声の中で、彼が優勝旗を掲げ、
天音がトロフィーを両手で受け取る。
その並んだ姿は、もう“完成された絵”だった。
悠真は、その光景を静かに見つめながら、
夏菜の横に立っていた。
「……なあ」
「ん?」
「俺、これからちゃんと“隣”を選び直すよ」
「今度こそ、自分の足で、ちゃんと立つ」
夏菜は、何も言わなかった。
ただ、静かに――それでも確かに、笑っていた。
その笑顔が、まるで一番の答えだった。
ピストルの音と同時に砂煙が舞い上がり、グラウンド中の歓声が揺れる。
悠真の視界の先、白いラインの上を全力で駆ける夏菜の背中が見えた。
長い髪が風に舞い、リズム良く踏みしめられるステップに力強さが宿る。
それはもう、悠真にとって“ただの同級生”という言葉では括れない存在になっていた。
バトンの受け渡し地点。
瞬き一つせず、足元を見つめる。
夏菜が駆け寄ってきて、声にならない呼吸とともに手が伸びた。
――ちゃんと、受け取る。
それが彼女との約束だった。
手と手が触れ、バトンが滑り込む。
次の瞬間、悠真は全力で駆け出した。
耳の中で風の音がうなる。
沿道から聞こえる声援。
どこかで叫んでいる凛音の声も、天音の声も聞こえる気がした。
でも今は、振り返らない。
このバトンを、次に繋ぐためだけに走る。
それだけを考えていた。
◆
走り終えたあとの静寂。
太陽の下、身体中から汗が噴き出してくる。
「お疲れー! 悠真、めっちゃ速かった!」
振り返ると、夏菜が大きく手を振って笑っていた。
「お前もな。俺より良いスタート切ってたじゃん」
「へへっ、褒められた~!」
屈託のない笑顔。
少し日焼けした頬。
砂埃で汚れた靴。
こんなにも隣で笑ってくれる人がいるのに、
心のどこかで、悠真は別の何かを探してしまっている。
視線の先。
凛音と天音が、クラスの仲間たちに囲まれていた。
勝利の歓喜。
写真撮影。
手を取り合って笑い合う姿。
どこを切り取っても、まるで“物語の主人公たち”みたいだった。
自分は、その輪の外。
けっして入り込めない場所。
気づかれずに傍にいて、
気づいてほしいとも願えずにいた日々の延長線上に、
いまの自分がいた。
◆
昼休憩のテントの中。
クラスごとの敷物の上で、皆が弁当を広げている。
悠真は一人、ペットボトルのお茶を飲みながら遠くの空を見ていた。
「隣、いい?」
声をかけてきたのは、やっぱり夏菜だった。
「どーせ一人で陰キャ飯するんだろうと思ってさ。
ちゃんと褒めてあげに来たんだから、感謝しなよ?」
「……誰が陰キャだ」
「違うの? じゃあ、なに? “影の実力者系男子”?」
悠真は少しだけ笑った。
ほんの少し、ほっとするような笑い。
夏菜は、その笑いを見ると、何も言わずに同じ方向を見つめた。
「ねぇ」
「“誰かの隣”って、タイミングだと思うんだよね」
「好きとか嫌いとかじゃなくて、その瞬間、誰と一緒にいたいかってこと」
「それが“恋”になるか、“友情”になるかは、そのあとに決まる」
悠真は、そっと目を伏せた。
夏菜の言葉は、いつもやさしくて、でもまっすぐだった。
「私はね、今こうして悠真の隣にいることを、“悪くない”って思ってる」
「凛音の隣じゃなくてもいいって、自分に言い聞かせてるだけかもしれないけど」
その言葉に、悠真はハッとする。
気づいた。
彼女もまた――同じような痛みを抱えていた。
誰かを想いながら、別の誰かの“隣”を選ぶしかなかった人間の、
静かな諦めと、それでも一緒にいたいという願い。
それは、悠真自身がいちばん理解できる感情だった。
◆
午後の種目が始まり、いよいよリレーの決勝。
凛音がアンカーで走る。
空気が、張り詰める。
彼がスタート位置に立つだけで、全体がどよめく。
母・美沙が連れてきたスタッフたちは、最前列でカメラを構えている。
三姉妹たちは校舎の屋上から旗を振って叫んでいた。
その中で、天音が応援席の中央で手を合わせていた。
「がんばれ……凛音くん……!」
その小さな声を、悠真は聞いた。
聞いてしまった。
その瞬間、胸の中に、針を刺されたような感覚が走った。
(やっぱり、あいつの隣は……俺じゃなかった)
◆
リレーは凛音の圧勝で幕を下ろす。
歓声の中で、彼が優勝旗を掲げ、
天音がトロフィーを両手で受け取る。
その並んだ姿は、もう“完成された絵”だった。
悠真は、その光景を静かに見つめながら、
夏菜の横に立っていた。
「……なあ」
「ん?」
「俺、これからちゃんと“隣”を選び直すよ」
「今度こそ、自分の足で、ちゃんと立つ」
夏菜は、何も言わなかった。
ただ、静かに――それでも確かに、笑っていた。
その笑顔が、まるで一番の答えだった。
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