俺様王子は女嫌い?!本当は一途すぎて幼馴染のキミしか見てない

naomikoryo

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スピンオフ編【一ノ瀬悠真】:第8話「静かな始まり、名前のない関係」

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日常は、何事もなかったかのように過ぎていく。
凛音への想いを告げて終わらせた翌日も、
教室には昨日と同じ雑音が流れ、
グラウンドには昨日と同じ風が吹いていた。

 
でも、悠真の中では何かが確かに変わっていた。

 
――誰の隣にもなれなかった自分。

 
――けれど、誰かの隣に立ってもいい自分。
 

その微かな可能性が、
まだ名前のない感情として、心の奥にゆっくりと灯っていた。
 


 

昼休み。
悠真は中庭のベンチに座って、紙パックのジュースを飲んでいた。

 
陽がやわらかく差し込むこの時間帯は、
にぎやかな教室を少しだけ離れるのにちょうどいい。

 
「……ここにいると思った」
 

声がして振り返ると、夏菜が日陰からひょっこり顔を出していた。
制服のカーディガンを肩から羽織り、片手にはおにぎりがひとつ。

 
「食べる?」

 
「……なんで持ってきてんだよ、俺の分まで」

 
「余ってたから。ってことにしておく」

 
軽い調子で言いながら、彼女は悠真の隣に腰を下ろした。
近すぎず、遠すぎず。
何も言わなければ、たぶん他人からは“友達”にしか見えない距離。
 

だけど、悠真の中ではその距離が、いつもよりちょっとだけ、特別に思えた。
 

「……昨日、凛音に話した」
 

「うん。知ってた。顔に出てた」
 

「そんなに?」

 
「めっちゃ出てた。というか、出てたっていうか……消えてた、かも」
 

「消えてた?」
 

「うん。なんかね、“重たいもの”が取れた顔してた」

 
「それ見て、あぁ、ちゃんと終わらせたんだなーって思った」
 

悠真は笑った。
夏菜のそういう“言葉選び”が、時々、ものすごく沁みる。

 
「ありがとう」
 

「……ん?」

 
「お前が、そういうふうに言ってくれるから、俺も前に進める」

 
「……それだけ」

 
「ふーん。じゃあ私も何か言っていい?」

 
「なに」

 
「私はね、まだ“進まない”よ」

 
悠真は目を丸くした。

 
「今すぐ、恋人になりたいとか、そういうんじゃないの。
 ただ……ちゃんと、知りたいなって思っただけ」

 
「悠真ってさ、凛音のことでいっぱいいっぱいだったじゃん?
 でも、そこから抜けた今の悠真って、
 私が思ってるより、もっと違う人かもしれないでしょ」
 

「だったら、私が知らない“悠真”を、ちゃんと見てからじゃないと……」

 
言葉が途切れる。

 
風が二人の間を通り抜けていった。

 
「じゃないと?」

 
悠真が聞き返すと、夏菜は少し照れくさそうに、ジュースのストローをかじった。

 
「……じゃないと、“好きになるかもしれない”って言えないでしょ」

 
悠真の胸が、どくんと脈打った。

 
それは“好きです”ではなかった。
“付き合ってください”でもなかった。
 

けれど――その言葉は、それ以上に優しく、誠実だった。

 
「……そっか。
 じゃあ俺も、ちゃんと知りたい。お前のこと」
 

「え、私の? なにそれ、なんか恥ずっ」

 
「夏菜が、どんな音楽聴くとか、どんな映画が好きとか。
 家でどんな顔してんのかとか、寝起きとか、意外と掃除苦手そうなとことか」

 
「ちょ、ちょっと! 想像で決めつけないで!」

 
「だってさ、俺、お前のこと“親友の付き添い”みたいにしか見てなかったから。
 ちゃんと、知り直したいって思った」
 

夏菜は、ぽかんとした顔をしてから、目をそらしてふっと笑った。

 
「……やっとスタート地点に立った気分」
 

「うん。俺も」

 
二人は、ただ並んで座って、空を見上げた。

 
隣にいるのに、まだ“恋人”じゃない。
 

でも、“ただの友達”でも、もうなかった。

 
名前のない関係。
でも確かな、始まり。

 


 
放課後、校門の前。
帰り道は、今日は別々。
 

夏菜が自転車にまたがりながら、ふと振り返って言った。
 

「じゃあ、また明日。ちゃんと、クラスで会おうね」

 
「おう。教室の隅の定位置、俺の席だからな」

 
「うん、それは譲らないでね」
 

言って、笑って、手を振って。

 
その後ろ姿が、少しだけ特別に見えた。
 

(名前なんて、今はまだいらない)

 
(でも、これが始まりなら――)

 
(きっと、悪くない)

 
悠真はそう思って、歩き出した。
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