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第1話「転校生、白石天音」
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登校時間を少し過ぎた教室の扉が、コン、と静かにノックされた。
その音にクラス中の視線が一斉に集まる。
「転校生が来るって言ってたよね」
「どんな子だろ……女の子って話だけど」
ざわめく声。
女子数人がそわそわと髪を整え、男子も無意識に姿勢を正す。
しかし、教室の隅の窓際――2年B組の中でも最も目立つ場所に座る桐嶋凛音は、ため息ひとつ。
教室の空気が浮つこうが、転校生が来ようが、彼には関係ない。
「……うっぜぇ」
彼の口から漏れたその一言に、隣の席の一之瀬悠真が小声で笑った。
「そう言うなよ。どうせまた凛音目当てで女子が増えるんだし」
「だから言ってんだろ。うざいって」
ぶっきらぼうな声。
しかし、その整った顔立ちと低く通る声は、むしろ魅力を増してしまう。
彼のような「俺様系クール男子」は、女子の妄想を燃え上がらせるには十分だった。
何も言わずにいるだけで「壁ドンしてきそう」と勝手に騒がれ、
無視しているだけで「塩対応が逆に刺さる」と拡散される。
それが、彼――桐嶋凛音の不幸だった。
「それでは、紹介します」
担任の声と共に、扉が開いた。
その瞬間。
クラスの空気が、変わった。
金色に近い、光の反射を帯びたような髪。
くるんとした毛先が軽く揺れて、透明なガラス玉のような瞳が、柔らかくこちらを見渡す。
口元には自然な笑み。
制服の着こなしは整っていて、無駄な装飾はないのに、華やかさがある。
「……うそでしょ……」
「ヤバい、可愛すぎない……!?」
どよめきはやがて、ざわつきへと変わり――そして、歓声へ。
「初めまして。白石天音です。よろしくお願いします!」
明るく響いた声に、クラスの女子は複雑な表情を浮かべ、
男子たちは完全に目を奪われていた。
だが――凛音は、その名を聞いた瞬間、椅子の背もたれに沈み込むように身体を硬直させていた。
(……ありえねぇ……)
視線は彼女に向けない。
だが、視界の端に映るその笑顔と仕草は、紛れもない――“白石天音”だった。
小学校のとき、姉たちから逃げ回る自分を、守ってくれた唯一の女の子。
転校してしまい、それっきり会えなかった。
毎年の誕生日に、「天音、元気にしてるかな」と一瞬だけ思い出す存在だった。
まさか、今になって現れるなんて。
それも、こんなに美少女になって。
「白石さんの席は……桐嶋の隣ね」
「……っ」
凛音の手が、机の下でピクリと動く。
悠真がにやりと口角を上げた。
「運命ってやつかもな」
「殺すぞ」
「はいはい、俺様王子様、女子嫌いの仮面剥がれそうですよ」
悠真の茶化しに、凛音は視線だけで返す。
そして、隣に座った天音が、椅子を引いて、にこにこと笑った。
「りおん、久しぶりだね」
――その言葉は、まるで時を巻き戻す魔法だった。
「なんで……お前……」
「うん、やっぱり変わってないね。怖い顔してるけど、ちょっと照れてるとこもそのまんま」
クラス中が「え、知り合いなの!?」と色めき立つ中、
凛音の頭の中だけは静かに、ざわざわと、過去の記憶がざわめいていた。
あの日、泣いていた自分の手を引っ張って、
「男の子のくせに泣くなー!」って言いながら、姉たちの前に立った彼女の姿。
その時と、全く同じ笑顔。
「……覚えてんのかよ」
「当たり前じゃん。私、りおんに会いたくて、帰ってきたのもあるんだよ?」
「ふざけんな……冗談にしても、重すぎんだろ」
バカか、と続けようとしたが、
天音がひょいと机の上に肘をつき、凛音の目をじっと見つめた。
「そういうとこだよ、“りおん様”」
にこにこしながら、天然に刺してくるその言葉に、凛音は完全にペースを崩された。
◆
昼休み。
弁当を食べながら、クラス中は“白石天音の話題”一色だった。
「芸能人かと思った」
「目、合ったときマジで時間止まった」
一方、女子たちはというと――
「は? あれで天然とかないわー」
「男子全員メロメロでウケる。マジで天敵」
嫉妬という名の炎が、教室の空気をじわじわと焦がしていく。
そんな中で、天音はというと、男子数人に囲まれながら、全く気にせず「給食ないの?」と質問攻め。
天然にもほどがある。
悠真が苦笑しながら囁く。
「お前、あれ本当に昔の知り合い?」
「ああ」
「……変わったな?」
「見た目だけな。中身はあのまんまだ」
つまり、天真爛漫で、突拍子もなくて、そして――誰よりもまっすぐ。
「でもよ。あいつ、あのままじゃヤバくねえか?」
「何が」
「ファンクラブできてるぞ。今朝もうプリント配ってるやついた」
「……はぁ?」
思わず机を叩くと、近くの女子たちが「きゃっ」と悲鳴を上げる。
そしてその反応に、さらに“俺様感”が高まり、余計に女子たちの黄色い声が飛ぶ。
「マジで王子様……」
「怒ってもカッコいい……」
うんざりする凛音の横で、悠真がケタケタと笑っていた。
そして――その昼休みの終わり際。
天音が、誰にも邪魔されず、ふらりと凛音の隣に座る。
「ね、放課後、ちょっと付き合って」
「……は?」
「このへんの街、全然知らないからさ。案内してよ。昔のりおんの、執事力に期待してるんだけど?」
「俺は執事じゃねぇ」
「でも断らないでしょ? 優しかったもん、昔のりおん」
まるで確信犯。
その笑顔は、無自覚の爆弾だ。
「……付き合わねぇっつってんだろ」
「ふーん」
「……なんだよ」
「やっぱり、ちょっとだけ照れてる」
その瞬間、凛音の頬に火が灯ったように熱が走った。
【つづく】
その音にクラス中の視線が一斉に集まる。
「転校生が来るって言ってたよね」
「どんな子だろ……女の子って話だけど」
ざわめく声。
女子数人がそわそわと髪を整え、男子も無意識に姿勢を正す。
しかし、教室の隅の窓際――2年B組の中でも最も目立つ場所に座る桐嶋凛音は、ため息ひとつ。
教室の空気が浮つこうが、転校生が来ようが、彼には関係ない。
「……うっぜぇ」
彼の口から漏れたその一言に、隣の席の一之瀬悠真が小声で笑った。
「そう言うなよ。どうせまた凛音目当てで女子が増えるんだし」
「だから言ってんだろ。うざいって」
ぶっきらぼうな声。
しかし、その整った顔立ちと低く通る声は、むしろ魅力を増してしまう。
彼のような「俺様系クール男子」は、女子の妄想を燃え上がらせるには十分だった。
何も言わずにいるだけで「壁ドンしてきそう」と勝手に騒がれ、
無視しているだけで「塩対応が逆に刺さる」と拡散される。
それが、彼――桐嶋凛音の不幸だった。
「それでは、紹介します」
担任の声と共に、扉が開いた。
その瞬間。
クラスの空気が、変わった。
金色に近い、光の反射を帯びたような髪。
くるんとした毛先が軽く揺れて、透明なガラス玉のような瞳が、柔らかくこちらを見渡す。
口元には自然な笑み。
制服の着こなしは整っていて、無駄な装飾はないのに、華やかさがある。
「……うそでしょ……」
「ヤバい、可愛すぎない……!?」
どよめきはやがて、ざわつきへと変わり――そして、歓声へ。
「初めまして。白石天音です。よろしくお願いします!」
明るく響いた声に、クラスの女子は複雑な表情を浮かべ、
男子たちは完全に目を奪われていた。
だが――凛音は、その名を聞いた瞬間、椅子の背もたれに沈み込むように身体を硬直させていた。
(……ありえねぇ……)
視線は彼女に向けない。
だが、視界の端に映るその笑顔と仕草は、紛れもない――“白石天音”だった。
小学校のとき、姉たちから逃げ回る自分を、守ってくれた唯一の女の子。
転校してしまい、それっきり会えなかった。
毎年の誕生日に、「天音、元気にしてるかな」と一瞬だけ思い出す存在だった。
まさか、今になって現れるなんて。
それも、こんなに美少女になって。
「白石さんの席は……桐嶋の隣ね」
「……っ」
凛音の手が、机の下でピクリと動く。
悠真がにやりと口角を上げた。
「運命ってやつかもな」
「殺すぞ」
「はいはい、俺様王子様、女子嫌いの仮面剥がれそうですよ」
悠真の茶化しに、凛音は視線だけで返す。
そして、隣に座った天音が、椅子を引いて、にこにこと笑った。
「りおん、久しぶりだね」
――その言葉は、まるで時を巻き戻す魔法だった。
「なんで……お前……」
「うん、やっぱり変わってないね。怖い顔してるけど、ちょっと照れてるとこもそのまんま」
クラス中が「え、知り合いなの!?」と色めき立つ中、
凛音の頭の中だけは静かに、ざわざわと、過去の記憶がざわめいていた。
あの日、泣いていた自分の手を引っ張って、
「男の子のくせに泣くなー!」って言いながら、姉たちの前に立った彼女の姿。
その時と、全く同じ笑顔。
「……覚えてんのかよ」
「当たり前じゃん。私、りおんに会いたくて、帰ってきたのもあるんだよ?」
「ふざけんな……冗談にしても、重すぎんだろ」
バカか、と続けようとしたが、
天音がひょいと机の上に肘をつき、凛音の目をじっと見つめた。
「そういうとこだよ、“りおん様”」
にこにこしながら、天然に刺してくるその言葉に、凛音は完全にペースを崩された。
◆
昼休み。
弁当を食べながら、クラス中は“白石天音の話題”一色だった。
「芸能人かと思った」
「目、合ったときマジで時間止まった」
一方、女子たちはというと――
「は? あれで天然とかないわー」
「男子全員メロメロでウケる。マジで天敵」
嫉妬という名の炎が、教室の空気をじわじわと焦がしていく。
そんな中で、天音はというと、男子数人に囲まれながら、全く気にせず「給食ないの?」と質問攻め。
天然にもほどがある。
悠真が苦笑しながら囁く。
「お前、あれ本当に昔の知り合い?」
「ああ」
「……変わったな?」
「見た目だけな。中身はあのまんまだ」
つまり、天真爛漫で、突拍子もなくて、そして――誰よりもまっすぐ。
「でもよ。あいつ、あのままじゃヤバくねえか?」
「何が」
「ファンクラブできてるぞ。今朝もうプリント配ってるやついた」
「……はぁ?」
思わず机を叩くと、近くの女子たちが「きゃっ」と悲鳴を上げる。
そしてその反応に、さらに“俺様感”が高まり、余計に女子たちの黄色い声が飛ぶ。
「マジで王子様……」
「怒ってもカッコいい……」
うんざりする凛音の横で、悠真がケタケタと笑っていた。
そして――その昼休みの終わり際。
天音が、誰にも邪魔されず、ふらりと凛音の隣に座る。
「ね、放課後、ちょっと付き合って」
「……は?」
「このへんの街、全然知らないからさ。案内してよ。昔のりおんの、執事力に期待してるんだけど?」
「俺は執事じゃねぇ」
「でも断らないでしょ? 優しかったもん、昔のりおん」
まるで確信犯。
その笑顔は、無自覚の爆弾だ。
「……付き合わねぇっつってんだろ」
「ふーん」
「……なんだよ」
「やっぱり、ちょっとだけ照れてる」
その瞬間、凛音の頬に火が灯ったように熱が走った。
【つづく】
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