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第3話「幼馴染の再会、俺様男子動揺」
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屋上に現れた天音を見た瞬間、
凛音の体は一瞬だけ、本能的に逃げ出しそうになった。
心臓が妙に早く打つ。
頭のどこかが警報を鳴らしていた。
(なんで……こいつが、ここに……)
彼のこの“逃げ場所”を知っているのは、悠真くらいしかいないはずだった。
鍵が開いていたのは、たぶん姉たちの配慮。
けれど天音がこの場所にたどり着くなんて、偶然で片付けるには出来すぎている。
「ねえ」
天音が、柔らかく微笑みながら近づいてくる。
何も警戒せず、まるで5年の時を飛び越えたような距離感で。
「昼休み、屋上にいるの、昔から変わらないんだね」
「……なんで知ってる」
「だって、昔もよく屋上にいたじゃん。給食袋持ってさ」
「そんな昔の話、覚えてるわけ――」
「覚えてるよ。全部」
即答だった。
迷いのないその声に、凛音は一瞬だけ、言葉を失った。
「……あのな」
「うん」
「もう俺、昔の“弟くん”じゃねぇからな」
そう言って、立ち上がる。
顔を見られたくなかった。
このまま目を合わせていれば、きっと何かが壊れる気がした。
「俺は、今は――」
「“りおん様”?」
天音の声は、あっさりと凛音の背中を撃ち抜いた。
「さっき、みんながそう呼んでた。俺様で、クールで、女子に塩対応な王子様、だって」
「……うっせ」
「でもね、私、そんなの信じないから」
振り返れば、天音は階段の扉の前で、まっすぐこちらを見ていた。
その瞳には、微塵の疑いもなかった。
「だって、りおんは昔――私のために、泣いてくれたじゃん」
「……!」
凛音の呼吸が止まる。
胸の奥で、古い記憶が強制的に再生された。
姉たちに追い詰められて、泣いていた自分。
そんな自分を、天音は庇って、真正面から怒鳴った。
「男の子だからって泣いちゃだめって言わないで!」
「私は、凛音が泣いても守るから!」
その声が、耳に残っていた。
忘れたつもりだった。
でも――忘れられるわけがなかった。
「……そんなもん、子供の話だ」
「子供のときの気持ちって、嘘つけないんだよ」
天音の声は、優しかった。
でも、芯があった。
凛音は、再び息を吸い込んだ。
感情が揺れていた。
過去が現在を脅かしてくるような、あの独特のざわつき。
それを――振り払うために。
「いい加減、黙れよ」
口調が、冷たくなる。
顔も、目も、感情を押し殺すように整える。
これは“仮面”だ。
家庭用の凛音とは真逆の、“学園用”の仮面。
「お前が何を思い出そうが、俺には関係ねぇ」
「俺のことは、俺が決める。……勝手に懐かしがって、寄ってくんな」
一瞬。
天音の顔に、確かに影が差した。
でも、それはほんの一瞬だった。
すぐに、彼女はふっと微笑む。
「うん。……そうやって突き放すとこも、やっぱり変わってない」
そして、近づいてきて、凛音の制服の袖を指でつまんだ。
「でもね。私は知ってるよ。りおんは、本当は優しいって」
その瞬間、凛音の体温が急上昇した。
心拍数が暴走する。
だけど、絶対に認めたくない。
「……だから、ほっとけって言ってんだろ」
そう言って、袖を振り払う。
だが、天音はそれさえも笑って受け流した。
そして、くるりと背を向けて、扉へ向かう。
「じゃあ、また。明日はどこで昼食べようか?」
扉を開ける瞬間、振り返らずにそう言った。
それは、もはや“選択肢”ではなかった。
強制参加型の、幼馴染再会イベントだった。
◆
「……なんだよ、それ」
屋上に一人残された凛音は、呆然と立ち尽くす。
心の中はぐちゃぐちゃだった。
頭では否定してる。
「昔のこと」「もう関係ない」って、何度も繰り返してる。
でも――心が先に反応する。
懐かしさ。
安堵。
戸惑い。
そして、ほんの少しの、期待。
(……バカか)
そんなの、俺様キャラには似合わねぇんだよ。
◆
教室に戻ると、空気が妙にざわついていた。
天音が戻ってきたと同時に、女子たちの視線が鋭くなる。
明らかに、“屋上でふたりきり”だったことが、バレている。
「さっき、白石さん……桐嶋くんと一緒にいたよね?」
一人の女子が、探るように訊ねた。
天音はにこにこと笑って答える。
「うん。お昼誘おうと思って。昔から仲良しだったから」
その瞬間、女子グループの空気が凍った。
「へぇ……仲良し、なんだ……」
「でも、桐嶋くんって女子嫌いじゃなかった?」
「特別ってことかなー?」
言葉は柔らかいが、トゲは剥き出しだった。
けれど、天音はまったく気にした様子もなく――
「うーん、私、女じゃなくて天音だからなー」
と、超理論を笑顔でぶち上げた。
悠真が机に突っ伏して肩を震わせている。
たぶん笑いをこらえているのだろう。
凛音はと言えば、顔を隠すようにノートをめくった。
絶対、誰にも顔を見せたくなかった。
(何が、“天音だから”だ……)
でも――悔しいことに。
その発言が、嫌いじゃなかった。
◆
放課後。
昇降口で靴を履き替えていると、背後から声がした。
「今日、帰り道わかんないんだけど...」
振り返れば、案の定、天音。
悠真が一緒だったのだが、にやりと笑って「お先に~」と逃げていった。
(逃げんな、裏切り者)
「道、わからないふりして近づくとか、お前も案外計算高ぇな」
「え、わざとじゃないよ?」
「バカ」
一緒に歩き出す。
並んで歩くと、やっぱりかなり身長差があった。
昔は、自分の方が低かった。
それが今では、天音の頭を軽く見下ろせる。
それなのに、彼女の方が、ずっと“大人”に見えた。
「昔の凛音、たまに泣いててさ」
「言うな」
「でも、泣いてる顔もかわいかった」
「二度と言うな」
「今は泣かないんだね」
「……泣くわけねぇだろ」
「そっか。でも……泣いてくれても、いいんだよ?」
優しい声だった。
笑顔じゃなくて、本気の。
心が、ちょっとだけ揺れた。
けれど凛音は、いつものように仮面を貼り付ける。
「うるせぇよ」
そのくせ、耳まで赤くなるあたりが、致命的だった。
【つづく】
凛音の体は一瞬だけ、本能的に逃げ出しそうになった。
心臓が妙に早く打つ。
頭のどこかが警報を鳴らしていた。
(なんで……こいつが、ここに……)
彼のこの“逃げ場所”を知っているのは、悠真くらいしかいないはずだった。
鍵が開いていたのは、たぶん姉たちの配慮。
けれど天音がこの場所にたどり着くなんて、偶然で片付けるには出来すぎている。
「ねえ」
天音が、柔らかく微笑みながら近づいてくる。
何も警戒せず、まるで5年の時を飛び越えたような距離感で。
「昼休み、屋上にいるの、昔から変わらないんだね」
「……なんで知ってる」
「だって、昔もよく屋上にいたじゃん。給食袋持ってさ」
「そんな昔の話、覚えてるわけ――」
「覚えてるよ。全部」
即答だった。
迷いのないその声に、凛音は一瞬だけ、言葉を失った。
「……あのな」
「うん」
「もう俺、昔の“弟くん”じゃねぇからな」
そう言って、立ち上がる。
顔を見られたくなかった。
このまま目を合わせていれば、きっと何かが壊れる気がした。
「俺は、今は――」
「“りおん様”?」
天音の声は、あっさりと凛音の背中を撃ち抜いた。
「さっき、みんながそう呼んでた。俺様で、クールで、女子に塩対応な王子様、だって」
「……うっせ」
「でもね、私、そんなの信じないから」
振り返れば、天音は階段の扉の前で、まっすぐこちらを見ていた。
その瞳には、微塵の疑いもなかった。
「だって、りおんは昔――私のために、泣いてくれたじゃん」
「……!」
凛音の呼吸が止まる。
胸の奥で、古い記憶が強制的に再生された。
姉たちに追い詰められて、泣いていた自分。
そんな自分を、天音は庇って、真正面から怒鳴った。
「男の子だからって泣いちゃだめって言わないで!」
「私は、凛音が泣いても守るから!」
その声が、耳に残っていた。
忘れたつもりだった。
でも――忘れられるわけがなかった。
「……そんなもん、子供の話だ」
「子供のときの気持ちって、嘘つけないんだよ」
天音の声は、優しかった。
でも、芯があった。
凛音は、再び息を吸い込んだ。
感情が揺れていた。
過去が現在を脅かしてくるような、あの独特のざわつき。
それを――振り払うために。
「いい加減、黙れよ」
口調が、冷たくなる。
顔も、目も、感情を押し殺すように整える。
これは“仮面”だ。
家庭用の凛音とは真逆の、“学園用”の仮面。
「お前が何を思い出そうが、俺には関係ねぇ」
「俺のことは、俺が決める。……勝手に懐かしがって、寄ってくんな」
一瞬。
天音の顔に、確かに影が差した。
でも、それはほんの一瞬だった。
すぐに、彼女はふっと微笑む。
「うん。……そうやって突き放すとこも、やっぱり変わってない」
そして、近づいてきて、凛音の制服の袖を指でつまんだ。
「でもね。私は知ってるよ。りおんは、本当は優しいって」
その瞬間、凛音の体温が急上昇した。
心拍数が暴走する。
だけど、絶対に認めたくない。
「……だから、ほっとけって言ってんだろ」
そう言って、袖を振り払う。
だが、天音はそれさえも笑って受け流した。
そして、くるりと背を向けて、扉へ向かう。
「じゃあ、また。明日はどこで昼食べようか?」
扉を開ける瞬間、振り返らずにそう言った。
それは、もはや“選択肢”ではなかった。
強制参加型の、幼馴染再会イベントだった。
◆
「……なんだよ、それ」
屋上に一人残された凛音は、呆然と立ち尽くす。
心の中はぐちゃぐちゃだった。
頭では否定してる。
「昔のこと」「もう関係ない」って、何度も繰り返してる。
でも――心が先に反応する。
懐かしさ。
安堵。
戸惑い。
そして、ほんの少しの、期待。
(……バカか)
そんなの、俺様キャラには似合わねぇんだよ。
◆
教室に戻ると、空気が妙にざわついていた。
天音が戻ってきたと同時に、女子たちの視線が鋭くなる。
明らかに、“屋上でふたりきり”だったことが、バレている。
「さっき、白石さん……桐嶋くんと一緒にいたよね?」
一人の女子が、探るように訊ねた。
天音はにこにこと笑って答える。
「うん。お昼誘おうと思って。昔から仲良しだったから」
その瞬間、女子グループの空気が凍った。
「へぇ……仲良し、なんだ……」
「でも、桐嶋くんって女子嫌いじゃなかった?」
「特別ってことかなー?」
言葉は柔らかいが、トゲは剥き出しだった。
けれど、天音はまったく気にした様子もなく――
「うーん、私、女じゃなくて天音だからなー」
と、超理論を笑顔でぶち上げた。
悠真が机に突っ伏して肩を震わせている。
たぶん笑いをこらえているのだろう。
凛音はと言えば、顔を隠すようにノートをめくった。
絶対、誰にも顔を見せたくなかった。
(何が、“天音だから”だ……)
でも――悔しいことに。
その発言が、嫌いじゃなかった。
◆
放課後。
昇降口で靴を履き替えていると、背後から声がした。
「今日、帰り道わかんないんだけど...」
振り返れば、案の定、天音。
悠真が一緒だったのだが、にやりと笑って「お先に~」と逃げていった。
(逃げんな、裏切り者)
「道、わからないふりして近づくとか、お前も案外計算高ぇな」
「え、わざとじゃないよ?」
「バカ」
一緒に歩き出す。
並んで歩くと、やっぱりかなり身長差があった。
昔は、自分の方が低かった。
それが今では、天音の頭を軽く見下ろせる。
それなのに、彼女の方が、ずっと“大人”に見えた。
「昔の凛音、たまに泣いててさ」
「言うな」
「でも、泣いてる顔もかわいかった」
「二度と言うな」
「今は泣かないんだね」
「……泣くわけねぇだろ」
「そっか。でも……泣いてくれても、いいんだよ?」
優しい声だった。
笑顔じゃなくて、本気の。
心が、ちょっとだけ揺れた。
けれど凛音は、いつものように仮面を貼り付ける。
「うるせぇよ」
そのくせ、耳まで赤くなるあたりが、致命的だった。
【つづく】
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