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第4話「天音と凛音のすれ違いトーク劇場」
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朝の陽射しが、校舎の窓から差し込む。
教室のカーテンが、風に揺れてはまた静かに戻ってくる。
金曜日の朝、教室内はそれなりに穏やかな空気に包まれていた。
けれど、凛音の内側は、ひたすらにざわついていた。
前日の帰り道のことが、まだ頭の奥で反芻している。
「泣いてもいいんだよ」
あの言葉。
優しかった。
でも――思い出すたびに、腹の底がかき乱される。
(……思い上がってんな)
凛音は自分のノートを開いて、ペンを握る。
けれど、ペン先は紙の上を滑る前に、止まってしまう。
天音は今日も相変わらずだ。
席に座って、窓の外を見ながら、ぼんやりと笑っている。
時折、近くの女子たちからの視線に気づいて軽く会釈する。
そして、クラスの男子が声をかけるたびに、嬉しそうに返事をする。
悪意はまったくない。
だから、悪いとも思っていない。
その無防備な対応が、ますます周囲の女子たちをざわつかせるのだが、
当の本人はまったく気づいていない。
「……無自覚すぎだろ、あいつ」
「ん?」
隣で声を漏らした凛音に、悠真が反応する。
彼はいつも通りのんびりした顔で、パンをかじっていた。
「いや、天音のことだろ?」
「……何が」
「すっげー笑顔で男子に話してるぞ。お前、気になるんじゃね?」
「バカか。気になるわけねぇだろ」
「ふーん。で、何回チラ見した?」
「は?」
「三回。しかも全部、天音が笑ったタイミング」
凛音は無言でノートを閉じた。
悠真が笑いをかみ殺すように口を押さえる。
その横で、天音が振り返った。
「あ、りおん、おはよ!」
クラスの空気がピンと張りつめる。
何人かの女子がこちらを睨むような目を向けた。
でも天音はまるでそれに気づかず、机に顔を近づけてくる。
「今日もいい天気だね~。屋上、行く?」
「……教室にいろ」
「えー? どうして?」
「騒がれるの、うざいんだよ」
「え、私のせい?」
「自覚しろ。お前、男子に囲まれてんだぞ。女子からの目、気になんねぇのか」
「んー……そういうの、あんまり気にしたことないなあ」
「だから言ってんだろ。無自覚なんだよ」
「うーん、凛音、ちょっと怒ってる?」
「怒ってねぇ」
「でも目、ちょっと鋭いよ?」
「……うっせぇ」
天音は、いたずらっぽく笑った。
その笑顔がまた、凛音の神経を逆なでする。
無意識なのか、確信犯なのか――わからない。
ただ確実に言えるのは、彼女が自分の平穏を壊しにきているということ。
昼休み。
凛音は屋上ではなく、購買の裏のベンチでパンを食べていた。
少し遅れて、悠真が隣に腰を下ろす。
「お前、今日は屋上じゃないのか」
「……誰かにバレたからな」
「天音か?」
「誰でもいい。あそこは俺の逃げ場所だった」
「でも今は、逃げる必要ないんじゃない?」
凛音は無言でパンをかじる。
チョコクリームの甘さが、妙に胸につかえるようだった。
「お前、昔からそうだったよな」
「……何が」
「好きなものほど、無視しようとする。興味ないふりして、避けようとする」
「黙れ。悠真、お前までこっち側に回んなよ」
「こっち側?」
「“俺の気持ちをわかってる”みたいな顔すんなってことだ」
悠真は肩をすくめる。
「わかってないよ。ただ、お前が天音を避けてるのは明白だからさ」
「……避けてねぇ」
「じゃあ、なんで目を合わせないんだ?」
「目なんて、合わせる意味ないだろ」
「……あーあ。めんどくせーな、お前」
その時だった。
悠真の視線が、ふと背後を見た。
そして、微妙な顔をして口をすぼめる。
「天音、後ろにいるぞ」
「は?」
振り返れば、本当にいた。
パンと牛乳を持った天音が、キョトンと立っている。
「えっと……なんかごめん?」
「……何がだ」
「わかんないけど、怒ってるのかなって。なんか、ずっと冷たいから」
凛音は言葉に詰まった。
その目。
その声。
――まっすぐで、まったく嘘がない。
でもそれが、今は一番きつい。
彼女の純度が高すぎて、自分の歪みが浮き彫りになる。
「別に、怒ってねぇ」
「じゃあ、何? 嫌いになったの?」
「……」
「りおんは、昔の私が好きだったんじゃないの?」
「……っ」
心臓が跳ねた。
天音はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、「じゃあまたね」とだけ言って、その場を離れた。
残された凛音は、しばらく言葉を失ったまま、
空の牛乳パックを握りしめていた。
◆
放課後。
帰り道。
天音はクラスメイト数人に囲まれて、笑いながら歩いていた。
その中心にいるのが、蒼井夏菜。
「天音、明日練習試合あるんだ。応援来ない?」
「え、いいの?」
「もちろん! むしろ天音の応援が勝利を呼ぶって噂だし」
わけのわからない“噂”に天音が笑い、クラスの男子たちもわいわい盛り上がる。
凛音は、その数歩後ろを、黙って歩いていた。
無言。
でも、耳だけはずっとそちらの会話に向いている。
天音が誰と笑い、誰と目を合わせ、
どの瞬間に笑ったのか、
全部、勝手に脳が記録していく。
(……バカか)
自分が。
こんなふうに、意識してること自体が、情けない。
それを――向こうは、簡単に言ってのけた。
「昔の私が好きだったんじゃないの?」
あの言葉は、地雷だった。
的確すぎて、反論もできなかった。
(ちくしょう……)
俺様ぶって、強がって、女嫌いを装って。
その全部が、たった一人にだけは、通じない。
そして――そんな相手に、惹かれてる自分を止められない。
(……俺、どうすりゃいいんだよ)
夕陽が、校舎の向こうに沈んでいく。
それを背にしながら、凛音はため息をひとつついた。
心のどこかで、
「明日、あいつとまた話すのが楽しみだ」と思っている自分を、
誰よりも、否定したかった。
【つづく】
教室のカーテンが、風に揺れてはまた静かに戻ってくる。
金曜日の朝、教室内はそれなりに穏やかな空気に包まれていた。
けれど、凛音の内側は、ひたすらにざわついていた。
前日の帰り道のことが、まだ頭の奥で反芻している。
「泣いてもいいんだよ」
あの言葉。
優しかった。
でも――思い出すたびに、腹の底がかき乱される。
(……思い上がってんな)
凛音は自分のノートを開いて、ペンを握る。
けれど、ペン先は紙の上を滑る前に、止まってしまう。
天音は今日も相変わらずだ。
席に座って、窓の外を見ながら、ぼんやりと笑っている。
時折、近くの女子たちからの視線に気づいて軽く会釈する。
そして、クラスの男子が声をかけるたびに、嬉しそうに返事をする。
悪意はまったくない。
だから、悪いとも思っていない。
その無防備な対応が、ますます周囲の女子たちをざわつかせるのだが、
当の本人はまったく気づいていない。
「……無自覚すぎだろ、あいつ」
「ん?」
隣で声を漏らした凛音に、悠真が反応する。
彼はいつも通りのんびりした顔で、パンをかじっていた。
「いや、天音のことだろ?」
「……何が」
「すっげー笑顔で男子に話してるぞ。お前、気になるんじゃね?」
「バカか。気になるわけねぇだろ」
「ふーん。で、何回チラ見した?」
「は?」
「三回。しかも全部、天音が笑ったタイミング」
凛音は無言でノートを閉じた。
悠真が笑いをかみ殺すように口を押さえる。
その横で、天音が振り返った。
「あ、りおん、おはよ!」
クラスの空気がピンと張りつめる。
何人かの女子がこちらを睨むような目を向けた。
でも天音はまるでそれに気づかず、机に顔を近づけてくる。
「今日もいい天気だね~。屋上、行く?」
「……教室にいろ」
「えー? どうして?」
「騒がれるの、うざいんだよ」
「え、私のせい?」
「自覚しろ。お前、男子に囲まれてんだぞ。女子からの目、気になんねぇのか」
「んー……そういうの、あんまり気にしたことないなあ」
「だから言ってんだろ。無自覚なんだよ」
「うーん、凛音、ちょっと怒ってる?」
「怒ってねぇ」
「でも目、ちょっと鋭いよ?」
「……うっせぇ」
天音は、いたずらっぽく笑った。
その笑顔がまた、凛音の神経を逆なでする。
無意識なのか、確信犯なのか――わからない。
ただ確実に言えるのは、彼女が自分の平穏を壊しにきているということ。
昼休み。
凛音は屋上ではなく、購買の裏のベンチでパンを食べていた。
少し遅れて、悠真が隣に腰を下ろす。
「お前、今日は屋上じゃないのか」
「……誰かにバレたからな」
「天音か?」
「誰でもいい。あそこは俺の逃げ場所だった」
「でも今は、逃げる必要ないんじゃない?」
凛音は無言でパンをかじる。
チョコクリームの甘さが、妙に胸につかえるようだった。
「お前、昔からそうだったよな」
「……何が」
「好きなものほど、無視しようとする。興味ないふりして、避けようとする」
「黙れ。悠真、お前までこっち側に回んなよ」
「こっち側?」
「“俺の気持ちをわかってる”みたいな顔すんなってことだ」
悠真は肩をすくめる。
「わかってないよ。ただ、お前が天音を避けてるのは明白だからさ」
「……避けてねぇ」
「じゃあ、なんで目を合わせないんだ?」
「目なんて、合わせる意味ないだろ」
「……あーあ。めんどくせーな、お前」
その時だった。
悠真の視線が、ふと背後を見た。
そして、微妙な顔をして口をすぼめる。
「天音、後ろにいるぞ」
「は?」
振り返れば、本当にいた。
パンと牛乳を持った天音が、キョトンと立っている。
「えっと……なんかごめん?」
「……何がだ」
「わかんないけど、怒ってるのかなって。なんか、ずっと冷たいから」
凛音は言葉に詰まった。
その目。
その声。
――まっすぐで、まったく嘘がない。
でもそれが、今は一番きつい。
彼女の純度が高すぎて、自分の歪みが浮き彫りになる。
「別に、怒ってねぇ」
「じゃあ、何? 嫌いになったの?」
「……」
「りおんは、昔の私が好きだったんじゃないの?」
「……っ」
心臓が跳ねた。
天音はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、「じゃあまたね」とだけ言って、その場を離れた。
残された凛音は、しばらく言葉を失ったまま、
空の牛乳パックを握りしめていた。
◆
放課後。
帰り道。
天音はクラスメイト数人に囲まれて、笑いながら歩いていた。
その中心にいるのが、蒼井夏菜。
「天音、明日練習試合あるんだ。応援来ない?」
「え、いいの?」
「もちろん! むしろ天音の応援が勝利を呼ぶって噂だし」
わけのわからない“噂”に天音が笑い、クラスの男子たちもわいわい盛り上がる。
凛音は、その数歩後ろを、黙って歩いていた。
無言。
でも、耳だけはずっとそちらの会話に向いている。
天音が誰と笑い、誰と目を合わせ、
どの瞬間に笑ったのか、
全部、勝手に脳が記録していく。
(……バカか)
自分が。
こんなふうに、意識してること自体が、情けない。
それを――向こうは、簡単に言ってのけた。
「昔の私が好きだったんじゃないの?」
あの言葉は、地雷だった。
的確すぎて、反論もできなかった。
(ちくしょう……)
俺様ぶって、強がって、女嫌いを装って。
その全部が、たった一人にだけは、通じない。
そして――そんな相手に、惹かれてる自分を止められない。
(……俺、どうすりゃいいんだよ)
夕陽が、校舎の向こうに沈んでいく。
それを背にしながら、凛音はため息をひとつついた。
心のどこかで、
「明日、あいつとまた話すのが楽しみだ」と思っている自分を、
誰よりも、否定したかった。
【つづく】
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