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第29話「未来を選ぶ手のひら」
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その日の放課後、凛音は職員室の前で足を止めていた。
隣には天音。
彼女も小さく深呼吸をして、無言で頷いた。
二人が向かうのは、進路相談室。
例年であれば三年生中心のこの場に、今――
「特別進路面談」という名目で呼び出されたのだ。
きっかけは、もちろん合唱コンクールの映像配信。
あれ以来、凛音のもとには国内外から十数件のスカウトやオファーが殺到。
モデル業、俳優、CM契約、そして音楽レーベルまでもが“面談希望”を申し出ていた。
そして、天音に対しても。
「声に感情がある」「魅力的な表情」「バラエティ向き」と、予想外の高評価。
特に、凛音とセットでの評価が高く、
すでに「ユニット結成」の話まで出始めているという。
とはいえ、当の本人たちは――
「……はぁ。面倒なことになったな」
凛音が眉をひそめて呟く。
「でも……あのとき、凛音が“一緒に歌え”って言ってくれたから。
私、少し……歌うこと、好きになれたかも」
「……お前がそうなら、いいけどな」
「でも……それと、“芸能界”って話は別だよね」
天音の言葉に、凛音は小さく肩をすくめた。
(あの世界に入るってことは、プライベートも、俺たちの距離感も、変わるってことだ)
(しかも、俺には――)
そう考えたとき、進路相談室のドアが開いた。
「お、桐嶋くんと白石さん、どうぞ~」
入室すると、そこには教師ともう一人――
スーツ姿の女性が座っていた。
美沙、ではない。
だが、その名刺のロゴは見覚えがあった。
凛音の母、美沙が代表を務める芸能事務所《Lily+》の系列音楽部門、
プロデューサーの一人だった。
「こんにちは。少しだけ、進路の選択肢をお話しさせてください」
◆
その夜。
桐嶋家のリビングは、まるで戦時会議室のような雰囲気に包まれていた。
由依がノートPCを開いて凛音のスケジュール管理画面を映し出し、
美咲はカメラ片手に撮影用の照明を設置、
紗奈は天音の隣にぴったりくっついて「天音ちゃん、舞台衣装どんなのがいい?」とウキウキしている。
「……あの、まだ何も決まってないんですけど……」
天音の控えめな言葉にも、紗奈は笑顔を崩さない。
「え?でももう“事実婚”だし。 凛音の隣に立つってことは、あとはプロデュースだけだよ☆」
「勝手に婚姻届出すなっての」
凛音がキレ気味に言い放つが、美咲がカメラを向けて「いただきました~♡」と叫ぶ。
「はい、“弟の嫉妬ショット”撮れました~!」
「……俺の人生、いつまで盗撮されんだよ」
由依がコホンと咳払いして、画面を指差す。
「本題に戻すわよ。凛音、進路として“音楽活動を中心としたデビュー”を選択した場合、
スケジュールと学業の両立はこのようになる」
そこには、分刻みで予定が詰まった地獄のような表。
「うわ、寝る時間ゼロじゃん……」
「そうね。でもやるなら、このくらい覚悟がいるの。
ただし、あなたにはそれだけの才能がある」
美咲がニコニコしながら補足を入れる。
「でもさ、夢に進むって素敵なことじゃない?天音ちゃんも、やってみたいって気持ちはある?」
「えっと……私、歌が上手いってわけじゃないし……でも、あの日、
凛音と一緒に歌って、初めて“歌って楽しい”って思えたんです」
「それで十分よ」
美咲と紗奈がハモるように天音を包み込み、
凛音はテーブルの端でため息をついた。
(……俺は、やるなら全力でやる)
(でも、天音に“無理させたくねぇ”って気持ちもある)
「俺は――」
そのとき、凛音が立ち上がった。
「……俺は、別に芸能活動がやりてぇわけじゃねぇ。
でも、天音と一緒に何かをやれるなら、それは“やってみたい”と思ってる」
全員が静かになる。
「お前がステージに立ちたいなら、俺が引っ張ってやる。
でも、立ちたくないなら、それでもいい。
俺の未来は、お前の意思で変わっていいんだ」
天音は目を丸くして、その言葉を聞いていた。
そして、ぽつりと口を開いた。
「……私も、一緒に歌いたい。凛音の隣で。
ただの“彼女”じゃなくて、“同じ夢を見てる相方”でいたい」
「決まりね!!!」(美咲)
「衣装案、10パターンあるよ」(紗奈)
「じゃ、契約書のドラフト作るわ」(由依)
嵐のように“進路会議”は再加速していく。
でもその中で、凛音と天音はただ静かに、手を重ねた。
それは不安の手でも、支えを求める手でもなく――
未来を共に選ぶ手だった。
【つづく】
隣には天音。
彼女も小さく深呼吸をして、無言で頷いた。
二人が向かうのは、進路相談室。
例年であれば三年生中心のこの場に、今――
「特別進路面談」という名目で呼び出されたのだ。
きっかけは、もちろん合唱コンクールの映像配信。
あれ以来、凛音のもとには国内外から十数件のスカウトやオファーが殺到。
モデル業、俳優、CM契約、そして音楽レーベルまでもが“面談希望”を申し出ていた。
そして、天音に対しても。
「声に感情がある」「魅力的な表情」「バラエティ向き」と、予想外の高評価。
特に、凛音とセットでの評価が高く、
すでに「ユニット結成」の話まで出始めているという。
とはいえ、当の本人たちは――
「……はぁ。面倒なことになったな」
凛音が眉をひそめて呟く。
「でも……あのとき、凛音が“一緒に歌え”って言ってくれたから。
私、少し……歌うこと、好きになれたかも」
「……お前がそうなら、いいけどな」
「でも……それと、“芸能界”って話は別だよね」
天音の言葉に、凛音は小さく肩をすくめた。
(あの世界に入るってことは、プライベートも、俺たちの距離感も、変わるってことだ)
(しかも、俺には――)
そう考えたとき、進路相談室のドアが開いた。
「お、桐嶋くんと白石さん、どうぞ~」
入室すると、そこには教師ともう一人――
スーツ姿の女性が座っていた。
美沙、ではない。
だが、その名刺のロゴは見覚えがあった。
凛音の母、美沙が代表を務める芸能事務所《Lily+》の系列音楽部門、
プロデューサーの一人だった。
「こんにちは。少しだけ、進路の選択肢をお話しさせてください」
◆
その夜。
桐嶋家のリビングは、まるで戦時会議室のような雰囲気に包まれていた。
由依がノートPCを開いて凛音のスケジュール管理画面を映し出し、
美咲はカメラ片手に撮影用の照明を設置、
紗奈は天音の隣にぴったりくっついて「天音ちゃん、舞台衣装どんなのがいい?」とウキウキしている。
「……あの、まだ何も決まってないんですけど……」
天音の控えめな言葉にも、紗奈は笑顔を崩さない。
「え?でももう“事実婚”だし。 凛音の隣に立つってことは、あとはプロデュースだけだよ☆」
「勝手に婚姻届出すなっての」
凛音がキレ気味に言い放つが、美咲がカメラを向けて「いただきました~♡」と叫ぶ。
「はい、“弟の嫉妬ショット”撮れました~!」
「……俺の人生、いつまで盗撮されんだよ」
由依がコホンと咳払いして、画面を指差す。
「本題に戻すわよ。凛音、進路として“音楽活動を中心としたデビュー”を選択した場合、
スケジュールと学業の両立はこのようになる」
そこには、分刻みで予定が詰まった地獄のような表。
「うわ、寝る時間ゼロじゃん……」
「そうね。でもやるなら、このくらい覚悟がいるの。
ただし、あなたにはそれだけの才能がある」
美咲がニコニコしながら補足を入れる。
「でもさ、夢に進むって素敵なことじゃない?天音ちゃんも、やってみたいって気持ちはある?」
「えっと……私、歌が上手いってわけじゃないし……でも、あの日、
凛音と一緒に歌って、初めて“歌って楽しい”って思えたんです」
「それで十分よ」
美咲と紗奈がハモるように天音を包み込み、
凛音はテーブルの端でため息をついた。
(……俺は、やるなら全力でやる)
(でも、天音に“無理させたくねぇ”って気持ちもある)
「俺は――」
そのとき、凛音が立ち上がった。
「……俺は、別に芸能活動がやりてぇわけじゃねぇ。
でも、天音と一緒に何かをやれるなら、それは“やってみたい”と思ってる」
全員が静かになる。
「お前がステージに立ちたいなら、俺が引っ張ってやる。
でも、立ちたくないなら、それでもいい。
俺の未来は、お前の意思で変わっていいんだ」
天音は目を丸くして、その言葉を聞いていた。
そして、ぽつりと口を開いた。
「……私も、一緒に歌いたい。凛音の隣で。
ただの“彼女”じゃなくて、“同じ夢を見てる相方”でいたい」
「決まりね!!!」(美咲)
「衣装案、10パターンあるよ」(紗奈)
「じゃ、契約書のドラフト作るわ」(由依)
嵐のように“進路会議”は再加速していく。
でもその中で、凛音と天音はただ静かに、手を重ねた。
それは不安の手でも、支えを求める手でもなく――
未来を共に選ぶ手だった。
【つづく】
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