夜の物語たち

naomikoryo

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死神と戦った男

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深夜の病院は不気味だった。
白い蛍光灯の光が無機質な廊下を照らし、足音を立てるたびに静寂が響いた。
息をひそめながら進む若い男の名は翔太。
十年間家を出て行方をくらましていた彼が、父親の容体を知ったのは、たまたま目にしたネットの記事だった。

“交通事故で重傷。50代男性、意識不明の重体…”

記事に載った写真はぼやけていたが、それでも父親だと直感で分かった。
十年ぶりに思い出す父の顔には、心に重くのしかかる何かがあった。
翔太は荷物をまとめ、翌日の夜には地元の病院に忍び込んでいた。

**

病室にたどり着いた翔太は、ドアの前で一瞬ためらった。
重い扉を押し開けると、病室の中には機械の音が規則的に鳴り響き、父親はベッドの上で眠っていた。
頭に巻かれた包帯と無数の管が痛々しい。

だが、翔太の視線はすぐに異質な存在に吸い寄せられた。

父親のベッドの横に座っているサラリーマン風の男。
黒いスーツにネクタイを締め、書類らしきものを手にしている。
翔太は驚きと不安で声を失った。

「君が息子かい？」

不意に男が口を開いた。
落ち着いた口調だが、その目は不気味なほど冷たい。

「誰だよ、お前…」

翔太が声を絞り出すと、男はにやりと笑った。

「私は死神だ。
君のお父さんの魂を回収しに来た。」

瞬間、翔太の頭の中が真っ白になった。

「は？冗談だろ？」

「いや、本気だ。仕事だからな。」

男は淡々とした調子で言い、書類を手渡そうとした。

「署名をもらうだけだ。簡単なことだ。」

「ふざけんな！」

翔太は怒りで拳を握り締めた。
死神と名乗る男の平然とした態度が、怒りに油を注いだ。

「親父はまだ死なねえよ！お前なんかに渡してたまるか！」

死神は肩をすくめた。

「感情的にならないでくれ。これも運命だ。」

「運命なんてクソくらえだ！」

翔太は叫びながら父親のベッドの前に立ちはだかった。

**

それからの翔太の行動は、思わぬ方向へ進んでいく。
死神を追い払おうと必死になった翔太は、ベッド脇の水差しを掴んで男に向かって水をぶっかけた。

「お前が本物の死神なら、こういうの効くんだろ！」

死神はびしょ濡れになり、少しむっとした表情を浮かべた。

「それは吸血鬼だ、君が言いたいのは。」

「じゃあ塩だ！塩持ってくる！」

翔太は病室を飛び出し、どこかから調味料の小袋を見つけて戻ってきた。
塩を手に死神に向けて振りかける。

「これでも効かないのか？」

死神は眉をひそめながら答えた。

「君、完全に的外れだな。塩はお清めの儀式だが、死神には何の影響もない。」

「だったら、これだ！」

翔太は父親の愛読書である聖書をカバンから取り出し、大声で読み始めた。
声が震えつつも必死だった。

「そういうのも効かないな。私は宗教に縛られる存在じゃないから。」

「じゃあ、これならどうだ！」

翔太は病室にあったカーテンを外し、男に向かって投げつけた。

「何のつもりだ？」

「死神って黒い影みたいなもんだろ！光を遮って消すんだ！」

死神は呆れたように笑った。

「随分と独創的だが、私は物理的な存在だ。」

それでも翔太は諦めなかった。
病室の冷蔵庫から氷を取り出し、死神に向かって投げつけた。

「これで冷たくなって仕事を辞める気になるか？」

「ただ寒いだけだ。」

翔太は次々と奇抜な行動を繰り返した。
救急箱を引っ掻き回して聖水だと言い張る液体を作ったり、病院の廊下にあった観葉植物を引き抜いて
「生命力を分け与えるんだ！」と叫んだり。

死神は終始冷静だったが、ついには呆れたように時計を見て言った。

「もういい加減にしてくれ。君の情熱は理解した。」

**

数時間の攻防が続いた。
翔太は最後の手段として死神に直接取引を持ちかけた。

「俺が代わりになる。俺を連れて行け！」

死神は意外そうに翔太を見つめた。

「そう言うと思っていたよ。でも、それはできない。」

「なんでだよ！」

「規則だからさ。魂を奪う相手はあらかじめ決まっている。」

死神は溜息をつき、腕時計をちらりと見た。

「だが、君の気持ちは分かった。少しだけ猶予を与えよう。」

死神はそう言うと、姿を消した。

**

翌朝、翔太が目を覚ますと、父親はまだベッドの上で眠っていた。
医師がやってきて、「奇跡的に容態が安定しました」と告げた。

翔太は安堵の息をつき、父親の手を握った。
死神との攻防は終わったが、これからの父親との時間を大切にしようと誓った。

そして遠くで、死神が静かに微笑んでいた。