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成り代り屋
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新宿の喧騒を抜け、狭い路地裏へと入った凛人(りんと)は、周囲を伺いながら足を進めた。
ホストクラブ「ルシファー」のナンバーワンとして名を馳せる彼だったが、最近、背後に奇妙な視線を感じることが増えていた。
それは、ただの酔客や熱心なファンのものとは異なり、冷たく鋭いものだった。
そんな折、常連の客から「成り代り屋」の噂を耳にしたのだ。
曰く、人生に一度だけ「他人になる」ことができる店。
たった3時間という制約の中で、自分では見えない真実を知ることができるのだという。
半信半疑でたどり着いたその店は、路地裏にひっそりと佇む一軒家だった。
軒先にぶら下がるぼんやりとした提灯には、手書きで「成り代り」とだけ書かれている。
酔いどれが間違えて入るような場所ではない。
扉を押し開けると、薄暗い店内には古びた畳と、無数の仮面が壁に掛けられていた。
それは奇妙に人間臭く、どれも異なる表情を浮かべている。
カウンターの奥には白髪の老人が座っていた。
彼の瞳は鋭く、まるでこちらの魂を見透かすようだ。
「成り代り屋へようこそ。」
老人の声は静かだが、その響きには奇妙な威厳があった。
凛人は自信たっぷりに口を開いた。
「最近、俺をつけてくる奴がいる。
そいつの正体を確かめたい。
成り代わるのはそいつでいい。」
老人は目を細め、軽く頷いた。
「いいでしょう。
ただし、条件は既に聞いていますね。
一度きり、3時間だけです。それで十分ですか?」
「十分だ。」
契約が成立すると、凛人は個室に案内された。
薄暗い部屋の中央には、奇妙な彫刻が施された椅子が一脚置かれていた。
老人が差し出したのは、不気味な仮面だった。
木のようでもあり、冷たい金属のようでもある。その仮面を顔に当てると、不意に全身が冷たくなり、次の瞬間には意識が遠のいた。
目を覚ましたとき、凛人は新宿の路地裏に立っていた。
ただ、見下ろした自分の姿が変わっているのに気づく。
普段の自分とは違い、暗いフードを被り、手には擦り切れたスマホを握っていた。
目の前には「自分自身」がいた。
黒いスーツ、整えられた髪、派手な時計――間違いない。
凛人がいつも通る道を歩く「自分」が目の前にいる。
「これが俺をつけていた奴の視点か……。」
3時間という時間制限を思い出し、凛人は行動を開始した。
「自分自身」を追う中で、凛人は次第に違和感を覚えた。
その「自分」は、まるで別人のような仕草を見せる。
スマホを覗き込む頻度が高く、口元が時折震えている。そして、ふと漏らした声――。
「兄さん……」
その一言に、凛人の全身が凍りついた。
兄?自分には兄弟などいないはずだ。
幼少期に両親を亡くし、施設で育った記憶しかない。
だが、心の奥底に眠る曖昧な記憶が、今になって揺れ動いた。
追跡は次第に自分自身への問いかけに変わっていった。
「兄さん」と呼ばれる人物は誰なのか?
何のために自分をつけ回しているのか?
ついに「自分」が止まったのは、薄汚れたアパートの一室だった。
扉が開き、中から小さな部屋が見える。
散乱する書類と古いアルバムの山。
その中に、一枚の写真が見えた。
それは幼少期の凛人と、もう一人の少年が写ったものだった。
「兄さん……お前は生きていたのか。」
突如、体が強烈に引き戻される感覚に襲われた。
目を覚ますと、凛人は「成り代り屋」の個室にいた。
老人が静かに茶を啜っている。
「見つけましたか?」
凛人は答えられなかった。
ただ胸の奥に何かが突き刺さったような痛みを感じながら、呟いた。
「あれは……
俺自身じゃない。俺が捨てた過去だ。」
老人は薄く笑い、静かに言った。
「過去は、どんな形でもあなたを追い続けます。
逃げても、隠しても。
さて、どう向き合いますか?」
「……向き合うさ。」
凛人は立ち上がった。
アパートに戻り、もう一度、扉を叩こうと決めていた。
成り代り屋の灯が、再び夜の闇に溶けて消えた。
ホストクラブ「ルシファー」のナンバーワンとして名を馳せる彼だったが、最近、背後に奇妙な視線を感じることが増えていた。
それは、ただの酔客や熱心なファンのものとは異なり、冷たく鋭いものだった。
そんな折、常連の客から「成り代り屋」の噂を耳にしたのだ。
曰く、人生に一度だけ「他人になる」ことができる店。
たった3時間という制約の中で、自分では見えない真実を知ることができるのだという。
半信半疑でたどり着いたその店は、路地裏にひっそりと佇む一軒家だった。
軒先にぶら下がるぼんやりとした提灯には、手書きで「成り代り」とだけ書かれている。
酔いどれが間違えて入るような場所ではない。
扉を押し開けると、薄暗い店内には古びた畳と、無数の仮面が壁に掛けられていた。
それは奇妙に人間臭く、どれも異なる表情を浮かべている。
カウンターの奥には白髪の老人が座っていた。
彼の瞳は鋭く、まるでこちらの魂を見透かすようだ。
「成り代り屋へようこそ。」
老人の声は静かだが、その響きには奇妙な威厳があった。
凛人は自信たっぷりに口を開いた。
「最近、俺をつけてくる奴がいる。
そいつの正体を確かめたい。
成り代わるのはそいつでいい。」
老人は目を細め、軽く頷いた。
「いいでしょう。
ただし、条件は既に聞いていますね。
一度きり、3時間だけです。それで十分ですか?」
「十分だ。」
契約が成立すると、凛人は個室に案内された。
薄暗い部屋の中央には、奇妙な彫刻が施された椅子が一脚置かれていた。
老人が差し出したのは、不気味な仮面だった。
木のようでもあり、冷たい金属のようでもある。その仮面を顔に当てると、不意に全身が冷たくなり、次の瞬間には意識が遠のいた。
目を覚ましたとき、凛人は新宿の路地裏に立っていた。
ただ、見下ろした自分の姿が変わっているのに気づく。
普段の自分とは違い、暗いフードを被り、手には擦り切れたスマホを握っていた。
目の前には「自分自身」がいた。
黒いスーツ、整えられた髪、派手な時計――間違いない。
凛人がいつも通る道を歩く「自分」が目の前にいる。
「これが俺をつけていた奴の視点か……。」
3時間という時間制限を思い出し、凛人は行動を開始した。
「自分自身」を追う中で、凛人は次第に違和感を覚えた。
その「自分」は、まるで別人のような仕草を見せる。
スマホを覗き込む頻度が高く、口元が時折震えている。そして、ふと漏らした声――。
「兄さん……」
その一言に、凛人の全身が凍りついた。
兄?自分には兄弟などいないはずだ。
幼少期に両親を亡くし、施設で育った記憶しかない。
だが、心の奥底に眠る曖昧な記憶が、今になって揺れ動いた。
追跡は次第に自分自身への問いかけに変わっていった。
「兄さん」と呼ばれる人物は誰なのか?
何のために自分をつけ回しているのか?
ついに「自分」が止まったのは、薄汚れたアパートの一室だった。
扉が開き、中から小さな部屋が見える。
散乱する書類と古いアルバムの山。
その中に、一枚の写真が見えた。
それは幼少期の凛人と、もう一人の少年が写ったものだった。
「兄さん……お前は生きていたのか。」
突如、体が強烈に引き戻される感覚に襲われた。
目を覚ますと、凛人は「成り代り屋」の個室にいた。
老人が静かに茶を啜っている。
「見つけましたか?」
凛人は答えられなかった。
ただ胸の奥に何かが突き刺さったような痛みを感じながら、呟いた。
「あれは……
俺自身じゃない。俺が捨てた過去だ。」
老人は薄く笑い、静かに言った。
「過去は、どんな形でもあなたを追い続けます。
逃げても、隠しても。
さて、どう向き合いますか?」
「……向き合うさ。」
凛人は立ち上がった。
アパートに戻り、もう一度、扉を叩こうと決めていた。
成り代り屋の灯が、再び夜の闇に溶けて消えた。
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