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深夜タクシーの謎の客
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深夜2時。
都心のタクシー乗り場はまばらな人影で、あたりには微かに酒場の残り香が漂っていた。
運転手の佐々木は、この時間帯の空気に妙な安心感を覚えるタイプだった。
喧騒が収まり、都会が一息ついているような感覚。
けれども、時には奇妙な客も乗せることがある。
その夜、佐々木は眠気と戦いながらタクシーのハンドルを握っていた。
そこへ、一人の男がタクシーのドアをコンコンと叩いた。
スーツ姿だが、どこか古びたデザインのものを着ている。
年代物の懐中時計を手に持ち、不思議な雰囲気を漂わせていた。
「どちらまで行かれますか?」
佐々木がドアを開けながら尋ねる。
男は笑みを浮かべて答えた。
「月の裏側まで。」
一瞬、佐々木は冗談かと思った。
深夜の変な酔っ払いだろう。
しかし、男の目は真剣だった。
その眼差しに少し圧倒されながらも、彼は笑って返す。
「いやいや、さすがに月までは行けませんよ。
でも、具体的な住所を教えていただければ。」
男は懐中時計を指で弾きながら答える。
「いや、本当に月の裏側だよ。
大丈夫、ルートは私が指示する。」
佐々木は内心困惑しながらも、客を乗せて出発した。
奇妙なリクエストをする客は時々いるが、大半は途中で正気に戻るものだ。
彼もそのうち「やっぱり…渋谷で降ります」とか言うだろうとたかをくくっていた。
しかし、男の指示は具体的で、迷いがなかった。
「次の交差点を左。
そこをまっすぐだ。」
その道は佐々木にとっても馴染みのない路地だった。
普段なら絶対に通らないような細い道へと案内され、タクシーはどんどん都会の中心部から離れていった。
やがて街灯もまばらになり、辺りは薄暗い闇に包まれていく。
「本当にこの先で合ってますか?」
佐々木は不安になって尋ねた。
男は笑顔を崩さずに頷く。
「心配はいらない。
もうすぐだ。」
やがて、タクシーは人気のない広場にたどり着いた。
そこには古びた時計塔が立っており、その時計の針は深夜の3時を指していた。
男は懐中時計を再び開き、それをじっと見つめた。
「ここが出発点だ。」
「え?どういうことです?」
男はタクシーから降りると、懐中時計を掲げ、塔の方向に向けた。
その瞬間、塔の針が異常な速度で回り始め、周囲の空気が震えるような音を立てた。
佐々木は思わず目を見張り、手のひらに冷たい汗がにじむのを感じた。
「準備はできた。」
男はタクシーの窓越しに言う。
「次はまっすぐ進むだけでいい。」
「ちょっと待ってください。
これ、一体どうなってるんですか?」
男は微笑んで言った。
「心配するな、君はただの運転手だ。
私は目的地に導くだけだ。」
言われるがままに、佐々木は再びハンドルを握り直し、タクシーを進ませた。
奇妙なことに、広場を出た瞬間、車の前方に信じられない光景が広がっていた。
そこはもはや地球の風景ではなく、青い地球が夜空に浮かぶ荒涼とした大地だった。
「これ…まさか…月?」
男は満足げに頷いた。
「その通り。
ここが月の裏側だよ。」
佐々木は頭が混乱していた。
どうやってこんな場所に来たのかも分からない。
しかも、周囲には人影がちらほら見え、皆が古風な服装をしていた。
広場の中心には巨大な建造物があり、男はそこへ向かって歩き出した。
「君はここで待っていてくれ。
すぐに戻る。」
「いやいや、ちょっと待ってください!
説明してくれないと困ります!」
男は振り返り、佐々木にだけ聞こえる声で言った。
「この世界では時間も場所も意味を持たない。
ただ、忘れるな。
深夜のタクシーには時々こういう仕事もあるのさ。」
それだけ言い残し、男は建造物の中に消えていった。
佐々木は助手席に腰を落ち着け、月の裏側らしき風景を呆然と眺めていた。
しばらくして男が戻ってきたとき、彼の顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
「ありがとう、これで全て終わった。
地球に戻ろう。」
再び指示に従いタクシーを走らせると、広場に着いたとたん元の街並みが目の前に戻ってきた。
時計塔の針は元通り深夜3時を指している。
「お代は?」
佐々木が尋ねると、男は懐中時計を差し出しながら笑った。
「これが支払いだ。
好きに使うといい。」
男がタクシーを降り、闇の中に消えていった後、佐々木はその時計を眺めた。
不思議なことに、時計の針はどんなに眺めても深夜3時から動かないのだった。
翌日、佐々木は仕事の合間にその時計を骨董屋に持って行った。
店主はそれを見るなり目を丸くした。
「こ、これ…伝説の時計ですよ!
時間を超える力を持つと言われている代物だ!」
その言葉に、佐々木はただため息をつき、夜の出来事が夢か現実かも分からないまま、タクシーに乗り込んだ。
深夜の都会では、また新たな客が彼を待っているのだろう。
都心のタクシー乗り場はまばらな人影で、あたりには微かに酒場の残り香が漂っていた。
運転手の佐々木は、この時間帯の空気に妙な安心感を覚えるタイプだった。
喧騒が収まり、都会が一息ついているような感覚。
けれども、時には奇妙な客も乗せることがある。
その夜、佐々木は眠気と戦いながらタクシーのハンドルを握っていた。
そこへ、一人の男がタクシーのドアをコンコンと叩いた。
スーツ姿だが、どこか古びたデザインのものを着ている。
年代物の懐中時計を手に持ち、不思議な雰囲気を漂わせていた。
「どちらまで行かれますか?」
佐々木がドアを開けながら尋ねる。
男は笑みを浮かべて答えた。
「月の裏側まで。」
一瞬、佐々木は冗談かと思った。
深夜の変な酔っ払いだろう。
しかし、男の目は真剣だった。
その眼差しに少し圧倒されながらも、彼は笑って返す。
「いやいや、さすがに月までは行けませんよ。
でも、具体的な住所を教えていただければ。」
男は懐中時計を指で弾きながら答える。
「いや、本当に月の裏側だよ。
大丈夫、ルートは私が指示する。」
佐々木は内心困惑しながらも、客を乗せて出発した。
奇妙なリクエストをする客は時々いるが、大半は途中で正気に戻るものだ。
彼もそのうち「やっぱり…渋谷で降ります」とか言うだろうとたかをくくっていた。
しかし、男の指示は具体的で、迷いがなかった。
「次の交差点を左。
そこをまっすぐだ。」
その道は佐々木にとっても馴染みのない路地だった。
普段なら絶対に通らないような細い道へと案内され、タクシーはどんどん都会の中心部から離れていった。
やがて街灯もまばらになり、辺りは薄暗い闇に包まれていく。
「本当にこの先で合ってますか?」
佐々木は不安になって尋ねた。
男は笑顔を崩さずに頷く。
「心配はいらない。
もうすぐだ。」
やがて、タクシーは人気のない広場にたどり着いた。
そこには古びた時計塔が立っており、その時計の針は深夜の3時を指していた。
男は懐中時計を再び開き、それをじっと見つめた。
「ここが出発点だ。」
「え?どういうことです?」
男はタクシーから降りると、懐中時計を掲げ、塔の方向に向けた。
その瞬間、塔の針が異常な速度で回り始め、周囲の空気が震えるような音を立てた。
佐々木は思わず目を見張り、手のひらに冷たい汗がにじむのを感じた。
「準備はできた。」
男はタクシーの窓越しに言う。
「次はまっすぐ進むだけでいい。」
「ちょっと待ってください。
これ、一体どうなってるんですか?」
男は微笑んで言った。
「心配するな、君はただの運転手だ。
私は目的地に導くだけだ。」
言われるがままに、佐々木は再びハンドルを握り直し、タクシーを進ませた。
奇妙なことに、広場を出た瞬間、車の前方に信じられない光景が広がっていた。
そこはもはや地球の風景ではなく、青い地球が夜空に浮かぶ荒涼とした大地だった。
「これ…まさか…月?」
男は満足げに頷いた。
「その通り。
ここが月の裏側だよ。」
佐々木は頭が混乱していた。
どうやってこんな場所に来たのかも分からない。
しかも、周囲には人影がちらほら見え、皆が古風な服装をしていた。
広場の中心には巨大な建造物があり、男はそこへ向かって歩き出した。
「君はここで待っていてくれ。
すぐに戻る。」
「いやいや、ちょっと待ってください!
説明してくれないと困ります!」
男は振り返り、佐々木にだけ聞こえる声で言った。
「この世界では時間も場所も意味を持たない。
ただ、忘れるな。
深夜のタクシーには時々こういう仕事もあるのさ。」
それだけ言い残し、男は建造物の中に消えていった。
佐々木は助手席に腰を落ち着け、月の裏側らしき風景を呆然と眺めていた。
しばらくして男が戻ってきたとき、彼の顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
「ありがとう、これで全て終わった。
地球に戻ろう。」
再び指示に従いタクシーを走らせると、広場に着いたとたん元の街並みが目の前に戻ってきた。
時計塔の針は元通り深夜3時を指している。
「お代は?」
佐々木が尋ねると、男は懐中時計を差し出しながら笑った。
「これが支払いだ。
好きに使うといい。」
男がタクシーを降り、闇の中に消えていった後、佐々木はその時計を眺めた。
不思議なことに、時計の針はどんなに眺めても深夜3時から動かないのだった。
翌日、佐々木は仕事の合間にその時計を骨董屋に持って行った。
店主はそれを見るなり目を丸くした。
「こ、これ…伝説の時計ですよ!
時間を超える力を持つと言われている代物だ!」
その言葉に、佐々木はただため息をつき、夜の出来事が夢か現実かも分からないまま、タクシーに乗り込んだ。
深夜の都会では、また新たな客が彼を待っているのだろう。
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